Kagaku to Seibutsu 55(9): 611-616 (2017)
解説
特殊ポリケチドライブラリの創生を目指して天然の優れた化学工場のリプログラム
Toward the Construction of a Specialty Polyketide Library: Engineering a Bacterial Chemical Factory
Published: 2017-08-20
タイプIモジュラーポリケチド合成酵素(モジュラーPKS)は,極めて多様な構造の化合物を合成するという特性から,優れた“天然の化学工場”と言える.モジュラーPKSはアシルCoAを基質として利用するポリメラーゼであり,さまざまなアシルCoAを順次縮合することにより,一般にポリケチドと総称されるさまざまな化合物を合成する.最近,基質となるアシルCoAの種類がタンパク質合成におけるアミノ酸のそれに匹敵することが明らかになった.これら多様なアシルCoAを自在に縮合することができれば,合成しうる化合物の種類は天文学的な数になる.本稿では,その鍵となるモジュラーPKSの基質特異性のリプログラミングに関する最新の研究成果を概説する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
抗菌薬として現在でも広く使用されているエリスロマイシンやその誘導体(クラリスロマイシン,アジスロマイシン),免疫抑制剤として有名なFK-506(別名タクロリムス),また大村博士のノーベル賞受賞で脚光を浴びた抗寄生虫薬のイベルメクチン(アベルメクチンの誘導体)はすべて,微生物(主に放線菌)由来のモジュラーPKSにより自然界で生産されたもの,もしくはその誘導体である(図1図1■タイプIモジュラーポリケチド合成酵素由来の天然物あるいはその誘導体).1990年代以前は,天然物やその誘導体が創薬スクリーニングにおいて非常に重要な位置を占め,100を超える化合物が薬としてアメリカ食品医薬品局(FDA)に承認されている(1)1) D. J. Newman & G. M. Cragg: J. Nat. Prod., 75, 311 (2012)..1990年代以降も天然物をベースとしたスクリーニングは続いていたものの,利用可能な化合物の数に限界があり,化合物ライブラリの構築においては徐々に化学合成が主流となっていった.たとえば,グラクソ・スミスクライン社は1995年から2001年にかけて,50種類を超える潜在的な抗菌薬のターゲットに対して約50万種類の合成化合物を用いてスクリーニング行った.しかしながら蓋を開けてみると,そのヒット率は天然物やその誘導体比べに著しく低く,100億円規模のこのプロジェクトにおいても新たな薬は生み出されなかったようである(2)2) D. J. Payne, M. N. Gwynn, D. J. Holmes & D. L. Pompliano: Nat. Rev. Drug Discov., 6, 29 (2007)..これはグラクソ・スミスクライン社に限った話ではなく,一般に天然物を模倣していない合成化合物が薬になる確率は非常に低い.この経験から,最近は再び天然物が薬剤シードとして注目を集め始めている(3)3) A. L. Harvey, R. Edrada-Ebel & R. J. Quinn: Nat. Rev. Drug Discov., 14, 111 (2015)..しかし,大規模かつ高品質な化合物ライブラリをどのように準備するのか.その答えはまだ模索中と言っていいだろう.以下では,その解決策の一つとしてモジュラーPKSの基質特異性の人工的なリプログラミングに着目し,その可能性を掘り下げていく.
1991年にアメリカの研究グループによってモジュラーPKSの反応機構が初めて提唱された(4)4) S. Donadio, M. J. Staver, J. B. McAlpine, S. J. Swanson & L. Katz: Science, 252, 675 (1991)..モジュラーPKSは多数のタンパク質ドメインからなる巨大な酵素であり,その大きさはリボソームの大きさに匹敵する.たとえば,エリスロマイシンの基本骨格である6-デオキシエリスロノリドB(6-dEB)を合成する6-dEB合成酵素(DEBS)は28の異なるタンパク質ドメインからなり,約2 MDaの酵素として働く.基質は,プロピオニルCoAとメチルマロニルCoA, NADPHの3つであり,これらたった3つの基質から複雑な化学構造をもつ6-dEBを合成する(図2図2■タイプIモジュラーポリケチド合成酵素の反応機構).しかしながら,その反応機構はそれほど難解ではなく,モジュールと呼ばれる複数のタンパク質ドメインの塊に分割するとわかりやすい.モジュールの定義は,ポリケチド鎖伸長反応を1回触媒するために必要なタンパク質ドメインの塊である.通常,各モジュールでポリケチド鎖は2炭素伸長される.先に述べたDEBSの例では,6つのモジュールからなる.したがって,DEBSではポリケチド鎖開始反応後(プロピオニルCoAが基質となる),2×6=12炭素伸長されるということである.この“ルール”は非常に重要で,モジュラーPKSはタンパク質の大きさ(モジュールの数)によってポリケチドの長さをコントロールする.これまで報告された最大のモジュラーPKSはネオメディオマイシンを合成する酵素で,30モジュールからなり(5)5) L. Zhang, T. Hashimoto, B. Qin, J. Hashimoto, I. Kozone, T. Kawahara, M. Okada, T. Awakawa, T. Ito, Y. Asakawa et al.: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 56, 1740 (2017).,60炭素伸長する.当然,この酵素はリボソームよりもはるかに大きいということになる.次にモジュラーPKSが合成しうる化合物の多様性に関して触れておきたい.DEBSが3つの単純な基質から複雑な化合物を合成することはすでに述べた.しかし,各モジュールの基質を変えることができれば,多種多様な化合物ライブラリを合成しうる.図3図3■タイプIモジュラーポリケチド合成酵素の基質に示したように,現在知られているモジュールの基質の種類は,タンパク質合成のアミノ酸のそれに匹敵する.仮にDEBSの各モジュールで図3図3■タイプIモジュラーポリケチド合成酵素の基質に示した20種類の基質が使えるとしよう.その場合,鎖伸長反応の基質を変えるだけで,6モジュールで206(約108)多様性を生み出すことができる.各モジュールには,伸長反応に必要な触媒ドメインと伸長したポリケチド鎖の主鎖の修飾にかかわる触媒ドメインが存在する(後述).主鎖の修飾にかかわる触媒ドメインによる反応も自在に操作できれば,化合物の多様性は6モジュールで約1011にもなる(6)6) J. Gonzalez-Lergier, L. J. Broadbelt & V. Hatzimanikatis: J. Am. Chem. Soc., 127, 9930 (2005)..これがたとえば30モジュールともなれば,まさに天文学的な数の多様性を生み出すことが理論的には可能になる.モジュラーPKSは主に放線菌から単離されてきたが,この巨大なタンパク質はさまざまな細菌の種間で進化的に保存されている.一般的に考えれば,これほど大きなタンパク質を維持するのはコストがかかるはずだが,合成しうる酵素産物の多様性を考えれば,そのコストに十分に見合うということなのかもしれない.
前項で述べたように,各モジュールはさまざまな基質を取り込み,ポリケチド鎖を伸長することができる.鎖伸長反応にかかわる触媒ドメインはケト合成酵素(KS)ドメイン,アシル転移酵素(AT)ドメイン,アシルキャリアープロテイン(ACP)ドメインの3つである.したがって,最小のモジュールはこの3つのタンパク質ドメインのみから構成される(図2図2■タイプIモジュラーポリケチド合成酵素の反応機構のDEBSで言えばモジュール3).主鎖の修飾にかかわるのは,ケト還元酵素(KR)ドメインや脱水酵素(DH)ドメイン,エノイル還元酵素(ER)ドメインなどである.このうち,基質の取り込みを担っているのがATドメインであり,モジュールの基質特異性を変えたい場合,まずATドメインの基質特異性を変える必要がある.モジュラーPKSの基質特異性のリプログラミングの研究の歴史は古く,最初の報告は1996年であった(7)7) M. Oliynyk, M. J. B. Brown, J. Cortes, J. Staunton & P. F. Leadlay: Chem. Biol., 3, 833 (1996)..この論文では,ATドメインスワッピングという方法を提案している.文字どおり,ATドメイン全体を別の基質特異性のATドメインに置き換えるという方法である.ATドメインの基質特異性を変える方法はほかにも提案されているが(8)8) C. D. Reeves, S. Murli, G. W. Ashley, M. Piagentini, C. R. Hutchinson & R. McDaniel: Biochemistry, 40, 15464 (2001).,実はこの最初の方法が,現在まで最も頻繁に用いられているものであり,ATドメインスワッピングを使ってこれまでにさまざまな特殊ポリケチドが合成された.この方法の特筆すべき点は,任意のモジュラーPKSの任意のATドメインの基質特異性を思いどおりに変えられることである.ただし問題点もあり,8割程度の確率で,生産性が8割以上落ちてしまうのである(7~16)7) M. Oliynyk, M. J. B. Brown, J. Cortes, J. Staunton & P. F. Leadlay: Chem. Biol., 3, 833 (1996).8) C. D. Reeves, S. Murli, G. W. Ashley, M. Piagentini, C. R. Hutchinson & R. McDaniel: Biochemistry, 40, 15464 (2001).9) P. Kumar, A. T. Koppisch, D. E. Cane & C. Khosla: J. Am. Chem. Soc., 125, 14307 (2003).10) L. Liu, A. Thamchaipenet, H. Fu, M. Betlach & G. Ashley: J. Am. Chem. Soc., 119, 10553 (1997).11) X. Ruan, A. Pereda, D. L. Stassi, D. Zeidner, R. G. Summers, M. Jackson, A. Shivakumar, S. Kakavas, M. J. Staver, S. Donadio et al.: J. Bacteriol., 179, 6416 (1997).12) D. L. Stassi, S. J. Kakavas, K. A. Reynolds, G. Gunawardana, S. Swanson, D. Zeidner, M. Jackson, H. Liu, A. Buko & L. Katz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 7305 (1998).13) J. Lau, H. Fu, D. E. Cane & C. Khosla: Biochemistry, 38, 1643 (1999).14) R. McDaniel, A. Thamchaipenet, C. Gustafsson, H. Fu, M. Betlach, M. Betlach & G. Ashley: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 1846 (1999).15) K. Patel, M. Piagentini, A. Rascher, Z. Q. Tian, G. O. Buchanan, R. Regentin, Z. Hu, C. R. Hutchinson & R. McDaniel: Chem. Biol., 11, 1625 (2004).16) H. Petkovic, A. Sandmann, I. R. Challis, H. J. Hecht, B. Silakowski, L. Low, N. Beeston, E. Kuscer, J. Garcia-Bernardo, P. F. Leadlay et al.: Org. Biomol. Chem., 6, 500 (2008)..基質特異性を変える前の酵素では,ポリケチドが単位時間当たり100作れたとしよう.ATドメインスワッピング後は,特殊ポリケチドの生産量が単位時間当たり20以下になる確率が8割程度ということである.これは非常に重要な点でありながら,課題解決に取り組んだ事例は少なく,筆者らが最近論文を発表するまで具体的な解決法は提示されてこなかった(17)17) S. Yuzawa, K. Deng, G. Wang, E. E. Baidoo, T. R. Northen, P. D. Adams, L. Katz & J. D. Keasling: ACS Synth. Biol., 6, 139 (2017)..筆者らが着目したのは,ATドメインスワッピングをする際のドメイン境界である.すなわち,ATドメインがどこから始まり,どこで終わるかを正確に捉える試みである.複数のタンパク質ドメインからなる酵素のドメインを丸ごと一つ置き換えるのは容易なことではない.間違ったドメイン境界を用いれば,酵素の4次構造を破壊することにつながり,活性を著しく失う.モジュラーPKSはモジュール内で複数の化学反応を順序立てて触媒しており,各ドメインの空間的配置が非常に重要だと考える.この空間的配置は各反応によって変わるかもしれない.少なくともACPドメインの相対的位置は各反応において物理的に変わらざるを得ないことが構造生物学の研究から推測され,非常に繊細なデザインの上に成り立っているはずである.筆者らは,さまざまなドメイン境界を利用してATドメインスワッピングを行い,得られた酵素の活性をin vitroで絶対的に評価した.その結果,任意のモジュールの4次構造に影響を与えることなく,ATドメインを交換できる可能性のある境界を発見した(図4図4■最適化されたATドメインスワッピングのドメイン境界).興味深いことに,筆者らが同定したドメイン境界はアミノ酸配列が高度に保存されており,自然界におけるモジュラーPKSの進化の観点からもその重要性が示唆された.
モジュールの基質特異性を変えるにはATドメインの基質特異性を変える必要があり,筆者らの最新の研究から達成の見通しがつきそうであることを紹介した.しかしまだ第2の障壁があり,それはKSドメインによる鎖伸長反応における基質特異性である.先に述べたように,モジュール内には主鎖の修飾にかかわる触媒ドメインも存在する(KR, DH, ERなど).任意のモジュールの基質特異性を変えた場合,新しい基質とこれらドメインとのかかわりも考慮しなければならないものの,KSドメインによる鎖伸長がモジュール内の律速反応だと示唆する研究は多い(18)18) C. Khosla, Y. Tang, A. Y. Chen, N. A. Schnarr & D. E. Cane: Annu. Rev. Biochem., 76, 195 (2007)..したがって,特殊ポリケチドライブラリの創生には,KSドメインの基質特異性の理解とエンジニアリングが最大の鍵であろうと筆者は考えている.では,モジュラーPKSのKSドメインの基質特異性の理解はどの程度進んでいるのか.たとえば,マイコラクトンを合成する酵素は16モジュールからなり,各モジュールに存在するKSドメインはさまざまな基質を受け入れ,鎖伸長反応を触媒する必要がある.しかしながら,その16のKSドメインの相同性は97%以上である(19)19) T. P. Stinear, A. Mve-Obiang, P. L. C. Small, W. Frigui, M. J. Pryor, R. Brosch, G. A. Jenkin, P. D. R. Johnson, J. K. Davies, R. E. Lee et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 1345 (2004)..この例を見れば,KSドメインは鎖伸長反応において非常に非特異的であるとの結論に至るが,他のモジュラーPKSにおいてはある程度の基質特異性を示唆する論文もあり(20)20) J. Wu, K. Kinoshita, C. Khosla & D. E. Cane: Biochemistry, 43, 16301 (2004).,KSドメインのより詳細な理解のためにはさらなる研究成果が待たれる.こうした背景から,大規模かつ高品質な特殊ポリケチドライブラリを実際に用意するには,任意のKSドメインの基質特異性を予測する高精度なアルゴリズムが必要不可欠になるであろう.そのためには,さまざまなKSドメインを対象に生化学的,構造生物学的な研究を行い,その基質特異性の実験的データを収集することが急務である.信頼できるアルゴリズムがあれば,どのモジュールに対してATドメインスワッピングを行えば,特殊ポリケチドを高確率かつ高い生産量で生合成できるかが予測できるようになるかもしれない.任意のKSドメインの基質特異性を変えることもおそらく可能であろう.モジュラーPKSの基質特異性のリプログラミングによって合成しうる化合物の新規性や多様性を考えれば,特殊ポリケチドライブラリをベースにした創薬スクリーニングによってさまざまな化合物がこれまでよりも高い確率でFDAに承認される未来もそう遠くはないと信じている.
次世代DNAシーケンサーの導入により,ここ数年に読まれたゲノムの情報は爆発的に増加している.カナダのチームによる最新の研究によると,これまで読まれた微生物のゲノムの数は数万にもなり,このほぼすべてが2010年以降に読まれたものである(21)21) C. A. Dejong, G. M. Chen, H. Li, C. W. Johnston, M. R. Edwards, P. N. Rees, M. A. Skinnider, A. L. Webster & N. A. Magarvey: Nat. Chem. Biol., 12, 1007 (2016)..このうちモジュラーPKSをコードする新規遺伝子の数は約1,000種類もあると予測され,これまでと比較して約10倍の新規ポリケチドが今後発見される可能性があることを示唆している.また,アメリカの研究グループは,1万5,000種類の放線菌のゲノム情報が得られれば,自然界に存在するすべてのモジュラーPKSの遺伝子が見つかるだろうと予測しており,その総数は約1万とされる(22)22) J. R. Doroghazi, J. C. Albright, A. W. Goering, K. S. Ju, R. R. Haines, K. A. Tchalukov, D. P. Labeda, N. L. Kelleher & W. W. Metcalf: Nat. Chem. Biol., 10, 963 (2014)..これは創薬スクリーニングにとっては大きな励みとなるニュースかもしれないが,さまざまな問題も想定される.第一に,それら遺伝子をコードする微生物の培養の難しさである.現在われわれが一般的に使用する実験室の条件下では,地球上の微生物の約1%しか培養できないとも言われており(23)23) S. R. Vartoukian, R. M. Palmer & W. G. Wade: FEMS Microbiol. Lett., 309, 1 (2010).,残りの99%は微生物を増やす段階にも至らないのである.次に遺伝子サイレンシングの問題である.仮に目的の遺伝子をもつ微生物を研究室で培養できたとしよう.しかしながら,目的の遺伝子がその条件下で発現され,実際にその酵素産物を検出できる割合は2~3割程度と言われている(24)24) P. J. Rutledge & G. L. Challis: Nat. Rev. Microbiol., 13, 509 (2015)..したがって,ゲノムシークエンシングにより予測された多様な新規ポリケチドを実際に得て,創薬スクリーニングに使用できる可能性は低いと言わざるを得ない.これでは現在下降の一途をたどっている薬剤承認率を上げることは難しいのではないだろうか.本稿で述べたように,まだまだ発展途上ではあるが,モジュラーPKS(あるいは非リボソーム型ペプチド合成酵素とのハイブリッド型のモジュラーPKS)の基質特異性のリプログラミングにより,爆発的な多様性を生み出すことが新薬発見の近道だと筆者は信じている.いずれはそれが薬剤開発のスタンダードとなる日が来ることを期待して,分野の発展に貢献できるよう,これからも尽力していきたい.
Reference
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