解説

酵母に見いだした一酸化窒素(NO)の合成制御機構と生理機能薬にも毒にもなる一酸化窒素の使い方

Regulatory Mechanism of Nitric Oxide Synthesis and Its Physiological Function in Yeast: How to Use Nitric Oxide, Which Can Become both Medicine and Poison

那須野

Ryo Nasuno

奈良先端科学技術大学院バイオサイエンス研究科

吉川 雄樹

Yuki Yoshikawa

奈良先端科学技術大学院バイオサイエンス研究科

高木 博史

Hiroshi Takagi

奈良先端科学技術大学院バイオサイエンス研究科

Published: 2017-08-20

一酸化窒素(NO)は拡散性のフリーラジカルであり,生体内において重要なシグナル分子として機能する(1)1) T. A. Heinrich, R. S. da Silva, K. M. Miranda, C. H. Switzer, D. A. Wink & J. M. Fukuto: Br. J. Pharmacol., 169, 1417 (2013)..哺乳類の細胞内でNO合成酵素(NOS)によってアルギニンと酸素から合成されるNOは,主に医学的な観点からその生理機能が盛んに研究されてきた(2)2) J. Santolini: J. Inorg. Biochem., 105, 127 (2011)..その後,哺乳類以外に植物や細菌など多くの生物種においてNOの生理機能が明らかにされつつあるが,高等生物のモデル生物として,また種々の発酵化学産業において重要な酵母に関しては,ゲノム上に哺乳類型NOSのオルソログ遺伝子が保存されておらず,解析は進んでいなかった.本稿では,酵母に見いだしたNOS様活性とその制御機構,およびNOの生理機能について,筆者らの最新の研究成果を交えながら解説する.

NOの生理機能とその分子機構

NOは大気汚染の原因となる窒素酸化物の一種であるが,さまざまな生物種ではシグナル分子として多様な生命現象に関与している(図1図1■NOの合成・分解機構,および生理機能とその分子機構).たとえば,NOは哺乳類において,血圧の調節,神経伝達,免疫応答などに寄与している(3, 4)3) S. H. Francis, J. L. Busch, J. D. Corbin & D. Sibley: Pharmacol. Rev., 62, 525 (2010).4) D. A. Wink, H. B. Hines, R. Y. Cheng, C. H. Switzer, W. Flores-Santana, M. P. Vitek, L. A. Ridnour & C. A. Colton: J. Leukoc. Biol., 89, 873 (2011)..また,植物では生育や光合成,感染防御などへの関与が報告されている(5, 6)5) S. Takahashi & H. Yamasaki: FEBS Lett., 512, 145 (2002).6) M. H. Siddiqui, M. H. Al-Whaibi & M. O. Basalah: Protoplasma, 248, 447 (2011)..一方,細菌においても,病原性,薬剤耐性,放射線耐性やバイオフィルム形成などにかかわることが明らかにされている(7, 8)7) K. Shatalin, I. Gusarov, E. Avetissova, Y. Shatalina, L. E. McQuade, S. J. Lippard & E. Nudler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 1009 (2008).8) B. A. Patel, M. Moreau, J. Widom, H. Chen, L. Yin, Y. Hua & B. R. Crane: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 18183 (2009).

図1■NOの合成・分解機構,および生理機能とその分子機構

NOは,NOS活性によりアルギニンから,NIR活性により亜硝酸から,それぞれ合成される.NODはNOを酸化的にNORは還元的に分解する一方,GSNORはNOとGSHの反応生成物であるGSNOを還元的に分解し,それぞれ過剰なNOによる毒性を回避している.NOはタンパク質中のヘム鉄への結合やS-ニトロソ化により,タンパク質の機能を変化させる.一方,NOはO2·と反応してPNへと変化し,タンパク質や核酸,脂質をニトロ化する.

これまでにさまざまなNOの作用機序が明らかにされている(図1図1■NOの合成・分解機構,および生理機能とその分子機構).哺乳類の血管内皮細胞で合成されたNOは,血管平滑筋細胞内の可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)のヘム鉄に結合してこれを活性化し,GTPからサイクリックGMPの合成を介して,最終的に平滑筋の弛緩を引き起こす(3)3) S. H. Francis, J. L. Busch, J. D. Corbin & D. Sibley: Pharmacol. Rev., 62, 525 (2010)..一方,NOはタンパク質や低分子化合物のチオール基と反応し,S-ニトロソ化合物を生成する(1)1) T. A. Heinrich, R. S. da Silva, K. M. Miranda, C. H. Switzer, D. A. Wink & J. M. Fukuto: Br. J. Pharmacol., 169, 1417 (2013)..また,活性酸素種(ROS)の一種であるスーパーオキシドアニオン(O2−·)とNOが非酵素的に結合したパーオキシナイトライト(PN)(ONOO)は,タンパク質のチロシン残基や核酸,脂質などをニトロ化することでさまざまな生理機能を発揮する(9~11)9) R. Radi: Acc. Chem. Res., 46, 550 (2013).10) T. Sawa, M. H. Zaki, T. Okamoto, T. Akuta, Y. Tokutomi, S. Kim-Mitsuyama, H. Ihara, A. Kobayashi, M. Yamamoto, S. Fujii et al.: Nat. Chem. Biol., 3, 727 (2007).11) L. M. Baker, P. R. Baker, F. Golin-Bisello, F. J. Schopfer, M. Fink, S. R. Woodcock, B. P. Branchaud, R. Radi & B. A. Freeman: J. Biol. Chem., 282, 31085 (2007)..これらの修飾によりタンパク質の立体構造や低分子化合物の電子状態が変化し,標的タンパク質の性質や機能が制御される.

NOの合成と分解

NOは哺乳類において主にNOS活性によりアルギニン,NADPH,酸素を基質として,シトルリンとともに合成される(12)12) U. Förstermann & W. C. Sessa: Eur. Heart J., 33, 829, 837a (2012).図1図1■NOの合成・分解機構,および生理機能とその分子機構).哺乳類型NOSはアルギニンの酸化を行うオキシゲナーゼ(Oxy)ドメインとNADPHからの電子をOxyに伝達するレダクターゼ(Red)ドメインからなる(図2図2■哺乳類型NOS(mNOS),細菌型NOS(bNOS)およびTah18の構造比較).興味深いことに,Bacillus属細菌から見いだされたNOS(細菌型NOS)には,Oxyドメインに相同性を有する配列のみ存在し,Redの領域は含まれていない(13)13) I. Gusarov, M. Starodubtseva, Z. Q. Wang, L. McQuade, S. J. Lippard, D. J. Stuehr & E. Nudler: J. Biol. Chem., 283, 13140 (2008)..細菌型NOSは任意のレダクターゼタンパク質と相互作用して電子を受け取り,NOS活性を発現していると考えられている.一方,亜硝酸イオンの還元によりNOを合成する酵素活性(亜硝酸還元酵素;NIR)も見いだされている.NOは亜硝酸をアンモニアとして同化するNIR活性の反応中間体として合成されるほか(14)14) N. J. Watmough, G. Butland, M. R. Cheesman, J. W. Moir, D. J. Richardson & S. Spiro: Biochim. Biophys. Acta, 1411, 456 (1999).,ミトコンドリア呼吸鎖(MRC)の複合体IIIや複合体IVを介した亜硝酸の還元によっても合成される(15, 16)15) S. Shiva: Nitric Oxide, 22, 64 (2010).16) P. R. Castello, P. S. David, T. Mcclure, Z. Crook & R. O. Poyton: Cell Metab., 3, 277 (2006)..さらに,酸性条件下では亜硝酸イオンがプロトン化され,還元剤の存在下で非酵素的に還元されてNOが生成する(17)17) J. M. Fukuto, S. J. Carrington, D. J. Tantillo, J. G. Harrison, L. J. Ignarro, B. A. Freeman, A. Chen & D. A. Wink: Chem. Res. Toxicol., 25, 769 (2012).

図2■哺乳類型NOS(mNOS),細菌型NOS(bNOS)およびTah18の構造比較

mNOSは,アルギニンの酸化を行うヘムを含んだOxyドメインと,Oxyへ電子を伝達するRedドメインからなる.bNOSはmNOSのOxyドメインとのみ,一方,Tah18はmNOSのRedドメインとのみ,相同性を有する.

NOが適切な生理機能を発現するためには,NOの濃度や局在が厳密に制御される必要があり,その高い反応性のために高濃度のNOは細胞毒性を示す.そのため,細胞にはNOの分解系やNOに対する防御系が備わっている(図1図1■NOの合成・分解機構,および生理機能とその分子機構).フラボヘモグロビンは,好気条件下ではNOジオキシゲナーゼ(NOD)活性によりNOを硝酸へ,嫌気条件下ではNOレダクターゼ(NOR)活性によりNOを亜酸化窒素へとそれぞれ代謝する(18)18) P. R. Gardner, A. M. Gardner, L. A. Martin & A. L. Salzman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 10378 (1998)..また,NOは生体内に多量に存在するチオール化合物の一つであるグルタチオン(GSH)と反応し,S-ニトロソグルタチオン(GSNO)を生成する.GSNOレダクターゼ(GSNOR)は,GSNOを酸化型グルタチオンGSSGとアンモニアへと還元的に分解する(19)19) R. I. Astuti, R. Nasuno & H. Takagi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 9483 (2016)..さらに,チオールを多量に含むペプチドとして同定されたニトロソチオネインは,NOを捕捉し,チオレドキシン,チオレドキシンレダクターゼの系と協調的にNOを無毒化する(20)20) S. Zhou, T. Narukami, S. Masuo, M. Shimizu, T. Fujita, Y. Doi, Y. Kamimura & N. Takaya: Nat. Chem. Biol., 9, 657 (2013).

酵母におけるNOの合成機構,および生理機能

酵母のゲノム上には,哺乳類型NOS遺伝子と相同性の高い配列は保存されていないが,古くからNOSの存在は示唆されている.Kanadiaら(21)21) R. N. Kanadia, W. N. Kuo, M. Mcnabb & A. Botchway: Biochem. Mol. Biol. Int., 45, 1081 (1998).は哺乳類型NOSの抗体に反応を示すタンパク質がNOSであると主張した.また,哺乳類型NOSと類似した活性(NOS様活性)も検出されているが(22)22) B. Almeida, S. Buttner, S. Ohlmeier, A. Silva, A. Mesquita, B. Sampaio-Marques, N. S. Osório, A. Kollau, B. Mayer, C. Leão et al.: J. Cell Sci., 120, 3279 (2007).,いまだに酵母のNOS分子やそれをコードする遺伝子の同定には至っていない.一方,出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeや分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは亜硝酸を窒素源として利用できず,亜硝酸をアンモニアへと還元するNIRを有していない.しかし,これまでにMRCのNIR活性によるNOの合成が明らかにされており,複合体IIIおよびIVの寄与が報告されている(15)15) S. Shiva: Nitric Oxide, 22, 64 (2010).

酵母におけるNOの生理機能はいくつか報告されている.S. cerevisiaeにおいては,過酸化水素処理条件下でNO依存的にアポトーシス様の細胞死が誘導される(22)22) B. Almeida, S. Buttner, S. Ohlmeier, A. Silva, A. Mesquita, B. Sampaio-Marques, N. S. Osório, A. Kollau, B. Mayer, C. Leão et al.: J. Cell Sci., 120, 3279 (2007)..また,タンパク質のニトロ化が接合シグナルとして寄与することも示唆されている(23)23) J. W. Kang, N. Y. Lee, K. C. Cho, M. Y. Lee, D. Y. Choi, S. H. Park & K. P. Kim: Proteomics, 15, 580 (2015).S. pombeにおいては,胞子形成とNOの関連性が報告されている(24)24) C. Kig & G. Temizkan: Protoplasma, 238, 59 (2009)..しかし,いずれも詳しい解析は進んでおらず,その原因の一つとして,酵母におけるNOSの分子や活性の全容が明らかでないことが挙げられる.

Tah18–Dre2分子スイッチによるNOS様活性の制御機構

筆者らは近年,酵母S. cerevisiaeを用いた解析から,細胞質内の鉄硫黄クラスター合成に関与するジフラビンレダクターゼTah18がNOS様活性に関与することを見いだした(25)25) A. Nishimura, N. Kawahara & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 430, 137 (2013)..酵母を過酸化水素で処理するとNOS様活性依存的にNOを生成することが知られているが(22)22) B. Almeida, S. Buttner, S. Ohlmeier, A. Silva, A. Mesquita, B. Sampaio-Marques, N. S. Osório, A. Kollau, B. Mayer, C. Leão et al.: J. Cell Sci., 120, 3279 (2007).,Tah18の発現抑制株ではこれが顕著に抑制された(26)26) Y. Yoshikawa, R. Nasuno, N. Kawahara, A. Nishimura, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 57, 85 (2016)..Tah18は哺乳類型NOSのRedドメインと高い相同性を示すが,アルギニンの酸化に関与し,NOS活性に重要であるOxyドメインに相同な配列は有していない(27)27) D. J. Netz, M. Stümpfig, C. Doré, U. Mühlenhoff, A. J. Pierik & R. Lill: Nat. Chem. Biol., 6, 758 (2010).図2図2■哺乳類型NOS(mNOS),細菌型NOS(bNOS)およびTah18の構造比較).また,細菌型NOSは分子間相互作用によりNOS活性を発揮することから(13)13) I. Gusarov, M. Starodubtseva, Z. Q. Wang, L. McQuade, S. J. Lippard, D. J. Stuehr & E. Nudler: J. Biol. Chem., 283, 13140 (2008).,筆者らは酵母のNOS様活性において,Tah18がRedドメインとして機能し,未知のOxy様タンパク質に電子を供給することでNOS様活性に寄与していると考えている.一方,Tah18は自身も鉄硫黄クラスタータンパク質であるDre2と複合体を形成し,Dre2に電子を供給することで,細胞質内の鉄硫黄クラスターの合成に寄与している(27~29)27) D. J. Netz, M. Stümpfig, C. Doré, U. Mühlenhoff, A. J. Pierik & R. Lill: Nat. Chem. Biol., 6, 758 (2010).28) L. Vernis, C. Facca, E. Delagoutte, N. Soler, R. Chanet, B. Guiard, G. Faye & G. Baldacci: PLoS ONE, 4, e4376 (2009).29) N. Soler, E. Delagoutte, S. Miron, C. Facca, D. Baïlle, B. d’Autreaux, G. Craescu, Y. M. Frapart, D. Mansuy, G. Baldacci et al.: Mol. Microbiol., 82, 54 (2011)..そこで,酵母におけるNO合成とDre2との関連性を明らかにするため,Dre2の発現を停止した後,経時的に細胞内のNOレベルを測定した,その結果,Dre2タンパク質量の低下とともに細胞内のNOレベルが上昇したことから,Dre2は酵母のNO合成を抑制する因子であることがわかった.続いて,NOS様活性が誘導される際のTah18–Dre2複合体の挙動を解析したところ,過酸化水素処理によりTah18とDre2は解離することが判明した.さらに,Tah18とDre2を融合タンパク質として発現する株(Tah18–Dre2融合株)を作製し,相互作用の強化を図ったところ,野生型株と同様の生育を示したが,過酸化水素処理下でのNO合成はTah18発現抑制株と同様に著しく低下した.これらの結果から,Dre2はTah18と相互作用することで,Tah18依存的なNOS様活性を抑制していることが示唆された.一方,過酸化水素処理下のS. cerevisiaeでは,NOまたはTah18に依存して細胞死が誘導されることが別々に報告されている(22, 28)22) B. Almeida, S. Buttner, S. Ohlmeier, A. Silva, A. Mesquita, B. Sampaio-Marques, N. S. Osório, A. Kollau, B. Mayer, C. Leão et al.: J. Cell Sci., 120, 3279 (2007).28) L. Vernis, C. Facca, E. Delagoutte, N. Soler, R. Chanet, B. Guiard, G. Faye & G. Baldacci: PLoS ONE, 4, e4376 (2009)..Tah18発現抑制株およびTah18–Dre2融合株を用いて,過酸化水素処理下における細胞生存率を測定したところ,いずれの株も野生型株に比較して細胞死の程度が著しく低下していた.

以上の結果から,Tah18依存的なNOS様活性と細胞死誘導の制御機構について,次のようなモデルを提唱している(26)26) Y. Yoshikawa, R. Nasuno, N. Kawahara, A. Nishimura, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 57, 85 (2016).図3図3■Tah18–Dre2複合体によるNOS様活性の制御機構).すなわち,通常の非ストレス条件下では,Tah18はDre2と複合体を形成し,鉄硫黄クラスター合成に寄与しているが,過酸化水素処理などの酸化的条件では複合体が解離し,遊離したTah18が未同定のOxy様タンパク質へ電子を渡すことでNOS様活性が誘導され,その結果として細胞死が引き起こされる.つまり,Tah18–Dre2複合体は細胞のレドックス状態を感知することで,細胞の運命を司る分子スイッチとして機能していると考えられる.

図3■Tah18–Dre2複合体によるNOS様活性の制御機構

通常条件下では,Tah18はDre2と複合体を形成し,Fe-Sクラスター合成に寄与する.細胞が酸化ストレスにさらされると,Tah18はDre2から解離し,酵母NOS様活性のOxyドメインとして機能するタンパク質へと電子を伝達し,NOS様活性を発揮する.

NOによる高温ストレス耐性

また,酵母の高温ストレス耐性とNOの関連性についても解析を行った(25)25) A. Nishimura, N. Kawahara & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 430, 137 (2013)..酵母を高温ストレス(39°C)に曝すと,細胞内のNOレベルが上昇するが,これは哺乳類型NOSの阻害剤(NG-ニトロアルギニンメチルエステル;NAME)で処理することで抑制された.一方,高温ストレス処理後の細胞生存率を測定したところ,NAME処理によって細胞生存率は有意に低下した.さらに,Tah18発現抑制株では,高温ストレス処理後の細胞内NOレベル,細胞生存率ともに低下した.興味深いことに,Tah18発現抑制株における細胞生存率の低下はNOドナー処理によって回復した.このことから,Tah18依存的なNOS様活性によって合成されるNOが,酵母の高温ストレス耐性に寄与することが明らかとなった.

次に,NOが酵母の高温ストレス耐性を向上させる機構を解明するため,NOドナーで処理した酵母を用いてマイクロアレイ解析を行った(30)30) R. Nasuno, M. Aitoku, Y. Manago, A. Nishimura, Y. Sasano & H. Takagi: PLOS ONE, 9, e113788 (2014)..その結果,細胞内の銅代謝に関連する転写因子Mac1の標的遺伝子であるCTR1が,NOにより発現誘導されることがわかった.CTR1は銅の取り込みにかかわるトランスポーターCtr1をコードしている.CTR1は高温ストレス時にもその発現が誘導されたが,興味深いことにNAME処理により誘導は抑制された.また,Mac1遺伝子(MAC1)の転写量は高温ストレスによって変化しなかった.一方,酵母を高温ストレス処理した後の細胞生存率は,MAC1の破壊によって有意に低下した.また,細胞内の銅含量は高温ストレス処理により増加したが,この現象はMAC1の破壊によって抑制された.高温ストレス処理時には細胞内のROSレベルが上昇することが知られており,抗酸化酵素の一種である銅依存性スーパーオキシドディスムターゼSod1の遺伝子破壊株が高温感受性を示すことも報告されている(31)31) J. F. Davidson, B. Whyte, P. H. Bissinger & R. H. Schiestl: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 5116 (1996)..そこで,Sod1の活性を測定したところ,高温ストレス処理によって有意に上昇したが,興味深いことにMAC1破壊株においては増加しなかった.

以上の結果から,筆者らは次のようなNO依存的な高温ストレス耐性機構を提唱している(30)30) R. Nasuno, M. Aitoku, Y. Manago, A. Nishimura, Y. Sasano & H. Takagi: PLOS ONE, 9, e113788 (2014).図4図4■酵母におけるNO依存的な高温ストレス耐性機構).酵母が高温ストレスにさらされると,Tah18を必要とするNOS様活性によりNOが合成される.NOはMac1を何らかの翻訳後修飾(S-ニトロソ化,リン酸化)により活性化し,銅トランスポーターをコードするCTR1の発現を誘導する.細胞膜上のCtr1を介して細胞内に取り込まれた銅イオンがアポ型のSod1と結合することでSod1は活性型(ホロ型)へと変化し,酵素活性が上昇する.その結果,高温ストレスにより生じたROS(特にO2−·)を消去し,細胞は高温ストレス耐性を獲得する.しかし,NOによるMac1の活性化機構についてはまだ不明な点が多い.Mac1は通常状態では銅と結合して不活性化されているが,銅の欠乏時には銅が解離して活性型へと変化する(32)32) Z. Zhu, S. Labbé, M. M. Peña & D. J. Thiele: J. Biol. Chem., 273, 1277 (1998)..Mac1はシステイン残基を豊富に含む領域に多数の銅を結合している(33, 34)33) K. R. Brown, G. L. Keller, I. J. Pickering, H. H. Harris, G. N. George & D. R. Winge: Biochemistry, 41, 6469 (2002).34) L. T. Jensen & D. R. Winge: EMBO J., 17, 5400 (1998)..NOはこれらのシステイン残基をS-ニトロソ化し,銅の解離を引き起こすことで,Mac1を活性化している可能性がある.

図4■酵母におけるNO依存的な高温ストレス耐性機構

酵母が高温ストレスにさらされるとNOS様活性によりNOが合成される.NOは転写因子Mac1を翻訳後修飾によって活性化し,銅トランスポーターCTR1が誘導される.Ctr1により細胞内に取り込まれた銅イオンによりSod1活性が上昇し,高温ストレスで発生した活性酸素種(ROS)を消去し,細胞は高温ストレス耐性を獲得する.

分裂酵母におけるNOの生理機能

分裂酵母S. pombeにおいては,これまでにNOやNOS様活性が胞子形成にかかわることが報告されているに過ぎず(24)24) C. Kig & G. Temizkan: Protoplasma, 238, 59 (2009).,いまだに知見は少ない.最近筆者らは,S. pombeにおけるNOと酸化ストレス耐性との関連性を明らかにした(35)35) R. I. Astuti, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 52, 29 (2016)..細胞内のNOレベルとNOD遺伝子(yhb1)およびGSNOR遺伝子(fmd1/2/3)の関連性を解析したところ,fmd2破壊株(Δfmd2株)において定常期の細胞内NOレベルが顕著に上昇した.また,NOドナー処理によりyhb1fmd2の転写量およびタンパク質量が有意に上昇した.さらに,fmd2の破壊によってYhb1タンパク質量が,yhb1の破壊によってFmd2タンパク質量がそれぞれ上昇した.これらの結果から,S. pombeにおいてNODおよびGSNORはNOによって誘導されること,また互いに相補的に制御されていることが明らかとなった.さらに,NAME処理によりYhb1タンパク質量は細胞内NOレベルとともに有意に減少した.一方,Fmd2タンパク質量はNAME処理によって変化しなかったが,対数増殖期に比べて定常期において顕著に高い発現量を示した.一般に,細胞の定常期への移行に伴って,ミトコンドリアの量や活性が増加する.Fmd2は定常期に誘導されることから,MRCとNOの関連性を解析した.その結果,Fmd2タンパク質量は複合体IIIの阻害剤(Antimycin A)で細胞を処理すると顕著に低下したが,複合体IVの阻害剤であるKCNで処理しても変化しなかった.また,定常期の細胞内NOレベルは,Antimycin A処理や複合体IIIのサブユニットの遺伝子破壊によって有意に低下した.これらの結果は,定常期の細胞においては,MRCの複合体IIIのNIR活性によってNOが合成され,その分解制御にはGSNORが寄与していることを示している.さらに,NOドナー処理が過酸化水素処理後の細胞生存率を回復させたことから,NO依存的な過酸化水素耐性機構を明らかにする目的で,NO処理した細胞のトランスクリプトーム解析を行った.その結果,NOによって鉄の細胞内ホメオスタシスにかかわる遺伝子群や抗酸化酵素をコードする遺伝子群が発現誘導され,MRCにかかわる遺伝子群が抑制されていた.

以上の知見をもとに,S. pombeにおける細胞内NOレベルの制御機構,および酸化ストレス耐性機構について,次のようなモデルを提唱している(35)35) R. I. Astuti, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 52, 29 (2016).図5図5■S. pombeにおける生育時期依存的な細胞内NOレベルの制御とNOの生理機能).対数増殖期の細胞はNOS様活性によってNOを合成しており,主にNODによる分解を受けて一定の濃度を保っている,細胞が定常期に入ると,MRCのNIR活性によりNOが合成され,Fmd2のGSNOR活性により細胞内NOレベルが調節される.MRC由来のNOは,抗酸化酵素をコードする遺伝子の発現を誘導することで過酸化水素の毒性を緩和するとともに,鉄代謝に関連する遺伝子の転写を制御することでフェントン反応を抑制し,より毒性の高いヒドロキシラジカルの生成を阻害し,細胞を保護する.一方,MRC関連遺伝子の転写を抑制することでMRC活性を低下させ,MRCが関与するROSの産生を抑制し,細胞の酸化ストレスを緩和すると考えられる.

図5■S. pombeにおける生育時期依存的な細胞内NOレベルの制御とNOの生理機能

対数増殖期では,主にNOSによる合成,NODによる分解を介して細胞内NOレベルが調節されている.一方,定常期では,MRCのNIR活性によって合成されたNOがGSNORによって間接的に分解され,一定の細胞内NO濃度を保っている.定常期に合成されたNOは,抗酸化遺伝子の誘導,MRC関連遺伝子の転写抑制,鉄代謝を介したフェントン反応の抑制により,酸化ストレスを回避する.

酵母におけるNOの機能の二面性

以上述べてきたように,酵母におけるNOの生理機能とその合成制御機構の一端を明らかにすることができた.ここで注目すべき点として,NOの生理機能には明確な二面性があると思われる(36)36) W. C. Liu, H. M. Yuan, Y. H. Li & Y. T. Lu: FEMS Yeast Res., 15, fov051 (2015)..高温(25, 36)25) A. Nishimura, N. Kawahara & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 430, 137 (2013).36) W. C. Liu, H. M. Yuan, Y. H. Li & Y. T. Lu: FEMS Yeast Res., 15, fov051 (2015).や酸化ストレス(35)35) R. I. Astuti, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 52, 29 (2016).に対する細胞保護効果と過酸化水素処理時の細胞死誘導(22, 26)22) B. Almeida, S. Buttner, S. Ohlmeier, A. Silva, A. Mesquita, B. Sampaio-Marques, N. S. Osório, A. Kollau, B. Mayer, C. Leão et al.: J. Cell Sci., 120, 3279 (2007).26) Y. Yoshikawa, R. Nasuno, N. Kawahara, A. Nishimura, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 57, 85 (2016).は,一見すると矛盾する結果に見える.特に,S. cerevisiaeにおいては,Tah18依存的なNOS様活性という共通したNO合成機構を用いているにもかかわらず,NOには細胞保護と細胞死誘導という相反する機能があることが示されている.この原因として,一つは細胞内NOレベルの違いに起因すると考えられる.予備的な知見ではあるが,過酸化水素処理時に比べて高温処理時では,細胞内NOレベルが低いこともわかっている.また,NOは反応性の高い化合物であるため,その濃度によって修飾される生体分子の種類や量が変化することも考えられる.さらに,NOとO2−·の反応によってPNが生成するように,NOはほかの活性分子種,特にROSと反応して,さらに多様な化学種を生成することで機能を発揮する.したがって,NOが生理機能を発現する環境の違い,たとえば,高温処理条件と過酸化水素処理条件下におけるROSのレベルや種類の違いが,NOの二面性を引き出す要因になっているのではないだろうか.

おわりに

本稿では,酵母におけるNOの生理機能とその分子機構を解説するとともに,酵母に見いだしたNOS様活性の制御機構について,筆者らの知見を中心に紹介した.酵母におけるNO研究は哺乳類や植物に比べてまだ活発ではないが,高等生物を用いた研究と同様に,基礎・応用の両面でその重要性や意義は高いと考えられる(19)19) R. I. Astuti, R. Nasuno & H. Takagi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 9483 (2016)..特に酸化ストレス耐性との関連では,NO依存的な抗酸化機構を応用した産業酵母の育種が挙げられる.実際に筆者らは,パン酵母を用いて,NO合成系(プロリン・アルギニン合成系)の強化により製パン過程の酸化ストレス(乾燥,冷凍)に対する耐性と生地発酵力の向上に成功している(37)37) Y. Sasano, Y. Haitani, K. Hashida, I. Ohtsu, J. Shima & H. Takagi: Microb. Cell Fact., 11, 40 (2012)..一方,今回紹介したTah18–Dre2分子スイッチによるNOS様活性の制御は,Tah18, Dre2ともに高等生物でオルソログが保存されているため,より幅広い生物種で同様の制御機構が働いている可能性がある.たとえば,それは哺乳類においてNOSを介した古典的な機構に続く,新たなNO合成機構として機能しているかも知れない.酵母の研究から見いだした現象や機構を端緒として,生物種に横断的に存在している普遍的な真理を見いだすとともに,産業利用への可能性も検討することは農芸化学者として理想とするところではないだろうか.

Acknowledgments

本研究は主に,科学研究費補助金(基盤(A)16H02601,新学術領域26111009,若手(B)15K21165),公益財団法人発酵研究所(大型研究助成)の支援により行われました.また,共同研究者である奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科の渡辺大輔助教をはじめ,多くの方々に感謝いたします.

Reference

1) T. A. Heinrich, R. S. da Silva, K. M. Miranda, C. H. Switzer, D. A. Wink & J. M. Fukuto: Br. J. Pharmacol., 169, 1417 (2013).

2) J. Santolini: J. Inorg. Biochem., 105, 127 (2011).

3) S. H. Francis, J. L. Busch, J. D. Corbin & D. Sibley: Pharmacol. Rev., 62, 525 (2010).

4) D. A. Wink, H. B. Hines, R. Y. Cheng, C. H. Switzer, W. Flores-Santana, M. P. Vitek, L. A. Ridnour & C. A. Colton: J. Leukoc. Biol., 89, 873 (2011).

5) S. Takahashi & H. Yamasaki: FEBS Lett., 512, 145 (2002).

6) M. H. Siddiqui, M. H. Al-Whaibi & M. O. Basalah: Protoplasma, 248, 447 (2011).

7) K. Shatalin, I. Gusarov, E. Avetissova, Y. Shatalina, L. E. McQuade, S. J. Lippard & E. Nudler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 1009 (2008).

8) B. A. Patel, M. Moreau, J. Widom, H. Chen, L. Yin, Y. Hua & B. R. Crane: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 18183 (2009).

9) R. Radi: Acc. Chem. Res., 46, 550 (2013).

10) T. Sawa, M. H. Zaki, T. Okamoto, T. Akuta, Y. Tokutomi, S. Kim-Mitsuyama, H. Ihara, A. Kobayashi, M. Yamamoto, S. Fujii et al.: Nat. Chem. Biol., 3, 727 (2007).

11) L. M. Baker, P. R. Baker, F. Golin-Bisello, F. J. Schopfer, M. Fink, S. R. Woodcock, B. P. Branchaud, R. Radi & B. A. Freeman: J. Biol. Chem., 282, 31085 (2007).

12) U. Förstermann & W. C. Sessa: Eur. Heart J., 33, 829, 837a (2012).

13) I. Gusarov, M. Starodubtseva, Z. Q. Wang, L. McQuade, S. J. Lippard, D. J. Stuehr & E. Nudler: J. Biol. Chem., 283, 13140 (2008).

14) N. J. Watmough, G. Butland, M. R. Cheesman, J. W. Moir, D. J. Richardson & S. Spiro: Biochim. Biophys. Acta, 1411, 456 (1999).

15) S. Shiva: Nitric Oxide, 22, 64 (2010).

16) P. R. Castello, P. S. David, T. Mcclure, Z. Crook & R. O. Poyton: Cell Metab., 3, 277 (2006).

17) J. M. Fukuto, S. J. Carrington, D. J. Tantillo, J. G. Harrison, L. J. Ignarro, B. A. Freeman, A. Chen & D. A. Wink: Chem. Res. Toxicol., 25, 769 (2012).

18) P. R. Gardner, A. M. Gardner, L. A. Martin & A. L. Salzman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 10378 (1998).

19) R. I. Astuti, R. Nasuno & H. Takagi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 9483 (2016).

20) S. Zhou, T. Narukami, S. Masuo, M. Shimizu, T. Fujita, Y. Doi, Y. Kamimura & N. Takaya: Nat. Chem. Biol., 9, 657 (2013).

21) R. N. Kanadia, W. N. Kuo, M. Mcnabb & A. Botchway: Biochem. Mol. Biol. Int., 45, 1081 (1998).

22) B. Almeida, S. Buttner, S. Ohlmeier, A. Silva, A. Mesquita, B. Sampaio-Marques, N. S. Osório, A. Kollau, B. Mayer, C. Leão et al.: J. Cell Sci., 120, 3279 (2007).

23) J. W. Kang, N. Y. Lee, K. C. Cho, M. Y. Lee, D. Y. Choi, S. H. Park & K. P. Kim: Proteomics, 15, 580 (2015).

24) C. Kig & G. Temizkan: Protoplasma, 238, 59 (2009).

25) A. Nishimura, N. Kawahara & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 430, 137 (2013).

26) Y. Yoshikawa, R. Nasuno, N. Kawahara, A. Nishimura, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 57, 85 (2016).

27) D. J. Netz, M. Stümpfig, C. Doré, U. Mühlenhoff, A. J. Pierik & R. Lill: Nat. Chem. Biol., 6, 758 (2010).

28) L. Vernis, C. Facca, E. Delagoutte, N. Soler, R. Chanet, B. Guiard, G. Faye & G. Baldacci: PLoS ONE, 4, e4376 (2009).

29) N. Soler, E. Delagoutte, S. Miron, C. Facca, D. Baïlle, B. d’Autreaux, G. Craescu, Y. M. Frapart, D. Mansuy, G. Baldacci et al.: Mol. Microbiol., 82, 54 (2011).

30) R. Nasuno, M. Aitoku, Y. Manago, A. Nishimura, Y. Sasano & H. Takagi: PLOS ONE, 9, e113788 (2014).

31) J. F. Davidson, B. Whyte, P. H. Bissinger & R. H. Schiestl: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 5116 (1996).

32) Z. Zhu, S. Labbé, M. M. Peña & D. J. Thiele: J. Biol. Chem., 273, 1277 (1998).

33) K. R. Brown, G. L. Keller, I. J. Pickering, H. H. Harris, G. N. George & D. R. Winge: Biochemistry, 41, 6469 (2002).

34) L. T. Jensen & D. R. Winge: EMBO J., 17, 5400 (1998).

35) R. I. Astuti, D. Watanabe & H. Takagi: Nitric Oxide, 52, 29 (2016).

36) W. C. Liu, H. M. Yuan, Y. H. Li & Y. T. Lu: FEMS Yeast Res., 15, fov051 (2015).

37) Y. Sasano, Y. Haitani, K. Hashida, I. Ohtsu, J. Shima & H. Takagi: Microb. Cell Fact., 11, 40 (2012).