Kagaku to Seibutsu 55(9): 624-630 (2017)
解説
植物の重力屈性の分子メカニズム根が地中に潜り茎が空へ向かうしくみ
Molecular Mechanism of Plant Gravitropism: How Roots Grow Downward and Stems Grow Upward
Published: 2017-08-20
植物は生活環のほとんどで移動することはないが,「運動」する.さまざまな植物の運動の中でも「屈性」という成長運動は,進化論で有名なDarwinなど多くの研究者の興味をひ引いてきた,植物生理学の課題である.屈性の特徴は,植物が光,重力,水分,接触などの刺激の方向を認識したうえで成長方向を変化させる,という点にある.屈性は,刺激受容,細胞内シグナル伝達,細胞間シグナル伝達,器官屈曲の順に反応が進むと考えられる.後に紹介するが,細胞間シグナル伝達や器官屈曲とオーキシンとの関連性は,近年分子・細胞レベルの研究が進んでいる.本稿では重力屈性を中心に,最新の知見を概説する.また最後に,植物の側方器官が重力を指標に一定の角度を保って成長をする傾斜重力屈性と呼ばれる現象についての解説も加える.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
一般的に,植物の根は重力の方向に,地上部は重力と反対の方向に成長する,正常重力屈性を示す.重力屈性は植物が重力方向に対する体の傾きを認識して行う姿勢制御運動であると言える.20世紀初め,重力応答を行う器官において,重力方向に沈降するデンプンを高密度に蓄積したアミロプラストと呼ばれる色素体が観察され,重力屈性の重力認識機構としてデンプン平衡石説が提唱された.その後さまざまな研究から,デンプン平衡石説は高等植物の重力屈性における主要な重力認識機構として現在も受け入れられている(1, 2)1) F. D. Sack: Int. Rev. Cytol., 127, 193 (1991).2) M. T. Moirta: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 706 (2010)..水棲植物や水棲器官の少数例では平衡石によらない重力屈性が見られ,原形質全体の質量が重力方向にある細胞壁にもたらす圧を認識するとするprotoplast pressure仮説が提唱されている(3)3) M. P. Staves: Planta, 203(Suppl. 1), S79 (1997)..陸上植物がこのような感受機構を有するかは明らかではないが,重力屈性には複数の重力感受機構が存在する可能性が示唆されている.
沈降性アミロプラストを含む重力感受細胞は,根では根冠のコルメラ細胞,地上部では植物種によって異なるが,シロイヌナズナでは内皮細胞であることが示されている(図1図1■シロイヌナズナの花茎および根の重力感受細胞).内皮細胞のアミロプラストは,コルメラ細胞のそれとは異なり,デンプン粒とともに色素やチラコイド膜をもつため,正確にはデンプンを高度に蓄積した葉緑体であるが,ここでは便宜上アミロプラストと呼ぶ.生細胞イメージングにより,アミロプラスト動態がコルメラ細胞と内皮細胞とでは大きく異なることが示された.コルメラ細胞では平衡石のイメージどおりに,重力方向変化後アミロプラストは新たな重力方向に移動し,その後ほとんど移動しない.一方,花茎内皮細胞の場合は重力方向変化後,大部分のアミロプラストが沈降し始めるがその動きは複雑かつ不均一で,動き回りながらも重力方向へ偏って分布する.アミロプラスト動態にこのような差が生じるのは,それぞれの細胞内環境の違いに起因すると考えられる.内皮細胞の体積のほとんどは液胞に占められ,アミロプラストは液胞膜と細胞膜の間の非常に狭い原形質領域や原形質糸を移動する.分子遺伝学的解析から,内皮細胞のアミロプラスト動態はごく近傍に存在する液胞やアクチン細胞骨格に強く影響を受けることが示された(4)4) 森田(寺尾)美代,橋口泰子:細胞工学,30, 137 (2011)..コルメラ細胞には,発達した液胞や顕著なアクチン細胞骨格は見らない.
上段中央:花茎の重力感受細胞は内皮細胞(赤)である.内皮は1層の細胞からなる円柱状の組織で,表皮および皮層の内側に位置する.上段右:内皮細胞は沈降性のアミロプラストを含む.液胞が発達しており内皮細胞の体積のほとんどを占める.アミロプラストは液胞膜に周囲を取り囲まれて移動する.下段中央:根の重力感受細胞は根冠のコルメラ細胞(赤)である.中央コルメラの2層目の細胞が特に重力受容への貢献度が高い.下段右:コルメラ細胞も沈降性のアミロプラストを含むが,液胞は小さい.核は基部側に位置し,細胞周縁部に小胞体が存在する.
脊椎動物の平衡石は細胞外に形成され,その比重を利用して重力方向と移動により生じる加速度を,有毛細胞と感覚神経で感知する.一方,植物の平衡石は細胞内に存在し,重力方向の変化は平衡石の細胞内での位置を変化させる.重力感受細胞は,アミロプラスト沈降をどのように感受しているのだろうか? 細胞膜上の機械刺激受容チャネルに連結したアクチン繊維もしくは細胞膜をアミロプラストが押すことで,チャネルを活性化しCa2+濃度変化にシグナル変換するというモデルが考えられている(5)5) G. Perbal & D. Driss-Ecole: Trends Plant Sci., 8, 498 (2003)..しかし残念ながら,重力感受細胞に機械刺激受容チャネルが存在するかどうか示されておらず,感受細胞内で重力変化に応答するCa2+シグナルは検出されていない(6)6) V. Legue, E. Blancaflor, C. Wymer, G. Perbal, D. Fantin & S. Gilroy: Plant Physiol., 11, 789 (1997)..さまざまな植物の地上部の重力屈性を詳細に解析した最近の報告では,重力屈性においても上述の動物の平衡覚のように,重力方向と加速度(力)を感受するとされた従来の仮説に対し,力ではなく器官の傾き(方向)のみを感受しており,おそらくアミロプラストの細胞内での偏在がもたらす細胞内因子との相互作用や細胞内輸送への影響が,シグナル変換の実態となる可能性を提示している(7)7) H. Chauvet, O. Puliquen, Y. Forterre, V. Legue & B. Moulia: Sci. Rep., 6, 35431 (2016)..この仮説にはより多くの実験的支持が今後必要になるが,内皮細胞内での複雑なアミロプラスト動態を考慮すると,合理的な部分もあり魅力的な仮説である.
根では,重力感受細胞であるコルメラ細胞から離れて存在する伸長領域での偏差成長によって屈曲が起こる.横たえられた根端の下側の伸長成長が阻害されるのか,上側の成長が促進されるのか議論が交わされてきたが,詳細な成長速度の計測からその両者が複合的に組み合わさった結果であることがわかった.根の屈曲反応は3つの連続した過程,屈曲形成期・屈曲維持期・屈曲停止期に分かれる.始めは,下側の成長が阻害され上側の成長が促進され屈曲が開始する.そして,両側の成長速度は等しくなり根は屈曲し続ける.そして,根が垂直方向に近づくと,上側の成長速度がゼロになり下側の成長が促進され,屈曲が停止する(8)8) J. M. L. Selker & A. Sievers: Am. J. Bot., 74, 1863 (1987)..ここで留意しておきたいことは,屈曲が停止するには最初に形成された器官内の非対称な成長が逆転しなければならないということである.非対称な成長から対称な成長に移行するだけでは,屈曲は停止することなく器官はくるくると巻いてしまう.
地上部の屈曲は,イネ科の場合は葉枕と呼ばれる節,シロイヌナズナを含むほかの多くの植物の場合は胚軸や茎の非対称な成長により引き起こされる.そのなかでも,維管束に隣接する感受細胞から外側に数細胞離れた場所に位置する組織の偏差成長が屈曲の原動力となる.根の場合とは逆に,下側の成長が促進され上側の成長が阻害される.このように,いずれの器官においても重力の感受部位と屈曲部位は物理的に離れており,感受細胞で生じたシグナルを屈曲部位へと伝達し偏差成長を始動させる仕組みが必要である.そのシグナル伝達には,移動性の植物ホルモンであるオーキシンが関与することが明らかとなってきた.
器官の偏差的な成長は器官内に形成されたオーキシン偏差分布によって引き起こされるとする仮説はコロドニー・ウェント説と呼ばれ,今でも広く支持されている.重力刺激によって下側にオーキシンが蓄積し,地上部ではオーキシン蓄積部位の成長を促進し,オーキシン応答性が高い根では成長を阻害すると考えられてきた.内生オーキシンの定量実験から,重力刺激後30分以内に器官の上下でオーキシンの偏差的分布が検出された(9)9) K. Philippar, I. Fuchs, H. Luthen, S. Hoth, C. S. Bauer, K. Haga, G. Thiel, K. Ljung, G. Sandberg, M. Bottger et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 12186 (1999)..また,オーキシン応答性マーカーの発現解析や重力初期応答遺伝子の網羅的発現解析からも,重力刺激を受けた器官の下側でオーキシン応答が上昇することが示された(10~12)10) G. Brunoud, D. M. Wells, M. Oliva, A. Larrieu, V. Mirabet, A. H. Burrow, T. Beeckman, S. Kepinski, J. Traas, M. J. Bennett et al.: Nature, 482, 103 (2012).11) C. A. Esmon, A. G. Tinsley, K. Ljung, G. Sandberg, L. B. Hearne & E. Liscum: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 236 (2006).12) M. Taniguchi, M. Nakamura, M. Tasaka & M. T. Morita: Plant Signal. Behav., 9, e29570 (2014)..これらのことから,重力方向の変化の感受後速やかに器官内にオーキシンの偏差分布が形成されることが実証された.
オーキシンの偏差分布に依存して細胞伸長が制御され,器官屈曲が引き起こされると考えられている.オーキシンによる植物の伸長成長制御に関しては,オーキシンが細胞壁を含む細胞間環境を酸性化し,細胞壁を軟化させることにより細胞伸長を引き起こすとされる「酸成長説」が古くから提唱されている(13)13) A. Hager: J. Plant Res., 116, 483 (2003)..近年のシロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究から,酸成長説を裏づける分子機構が明らかになりつつある.オーキシンは,細胞膜型H+-ATPaseのリン酸化を促進し活性化することでH+を細胞外へ放出し細胞外の酸性化を引き起こし,引き続いて起こるK+流入とそれに伴う水の流入により細胞が伸長成長する.細胞伸長が盛んな領域において発現誘導されるオーキシン早期誘導性遺伝子SMALL AUXIN UP RNA(SAUR)がコードするタンパク質は,細胞膜型H+-ATPaseを脱リン酸化するプロテインホスファターゼ2C-Dと相互作用してその活性を阻害することで,オーキシンによる細胞膜型H+-ATPaseの活性制御に寄与することが示された(14)14) A. K. Spartz, H. Ren, M. Y. Park, K. N. Grandt, S. H. Lee, A. S. Murphy, M. R. Sussman, P. J. Overvoorde & W. M. Gray: Plant Cell, 26, 2129 (2014).(図2図2■オーキシンによる伸長成長モデル).地上部の下側で重力刺激に応じたSAUR遺伝子の発現誘導や細胞間領域の酸性化が報告されている(12, 15)12) M. Taniguchi, M. Nakamura, M. Tasaka & M. T. Morita: Plant Signal. Behav., 9, e29570 (2014).15) M. Fendrych, J. Leung & J. Friml: eLife, 5, e19048 (2016)..今後,重力などによる器官屈曲時の細胞膜型H+-ATPaseの調節機構の詳細が明らかになっていくであろう.
重力刺激に応じたオーキシンの偏差分布はどのように確立されるのだろうか? 1950年頃から放射性同位体による標識オーキシンを投与するトレーサー実験により,器官内のオーキシンの動きについて多くの知見が得られるようになった(16)16) M. H. M. Goldsmith: Annu. Rev. Plant Physiol., 28, 439 (1977)..重力刺激を与えた器官では,標識オーキシンが下側に多く検出されることが示され,オーキシンの偏りは組織内のオーキシンが重力側に輸送されることにより形成されることが明らかとなった.このようなオーキシンの細胞間輸送システムは,「オーキシン極性輸送」と呼ばれる.オーキシン極性輸送は,重力屈性に限らず,光屈性,胚発生や葉脈のパターン形成,葉・花・根などの器官の発生,頂芽優勢など,多岐にわたる植物の形作りにおいて重要な役割を果たす(17)17) S. Vanneste & J. Friml: Cell, 136, 1005 (2009)..オーキシン極性輸送のメカニズムについては長年謎であったが,シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究によってオーキシン輸送体が同定された.Okadaら(18)18) K. Okada, J. Ueda, M. K. Komaki, C. J. Bell & Y. Shimura: Plant Cell, 3, 577 (1991).によって花茎のオーキシン極性輸送に異常を示す突然変異体pin-formed1(pin1)が単離され,その後Palme, ZazimalovaとFrimlらのグループ(19~21)19) L. Galweiler, C. Guan, A. Muller, E. Wisman, K. Mendgen, A. Yephremov & K. Palme: Science, 282, 2226 (1998).20) J. Petrásek, J. Mravec, R. Bouchard, J. J. Blakeslee, M. Abas, D. Seifertová, J. Wisniewska, Z. Tadele, M. Kubes, M. Covanová et al.: Science, 312, 914 (2006).21) J. Wisniewska, J. Xu, D. Seifertová, P. B. Brewer, K. Ruzicka, I. Blilou, D. Rouquié, E. Benková, B. Scheres & J. Friml: Science, 312, 883 (2006).によってPIN1がオーキシン排出輸送体であり,細胞膜上で偏って局在することが報告された.このオーキシン排出輸送体の細胞内局在の偏りがオーキシン極性輸送には重要で,その偏りが細胞間でそろうことによってオーキシンの方向性をもった移動が可能になると考えられている(図3A図3■重力屈性時のオーキシン極性輸送).つまり,オーキシン排出輸送体の細胞内局在の偏りを調べれば,オーキシンの輸送方向を推定できるのである.そこで,重力屈性時のオーキシン極性輸送を調べるために,重力屈性の場である根の先端および地上部の茎および胚軸において,PIN1とそれに類似したPIN2およびPIN3の細胞内局在が詳細に調べられた.
A:PINによるオーキシン極性輸送.緑は細胞膜上のPIN局在を,赤矢印はオーキシンの輸送方向を表す.B:横倒しになった胚軸におけるPIN3の局在.上側に位置する内皮細胞においてPIN3の局在が変化し,オーキシンが胚軸下側の表層に蓄積する.B′:十分に屈曲した胚軸におけるPIN3の局在.下側に位置していた内皮細胞においてPIN3の局在が変化し,表層の偏差的なオーキシン蓄積が解消される.C:根の先端におけるPIN2およびPIN3の局在.上側に位置する表層細胞ではPIN2は分解される.コルメラ細胞のPIN3は下側の細胞膜へと局在を変化させる.根端表層の下側にオーキシンが蓄積する.
オーキシンは維管束を通って茎の先端から根の先端に向かって流れるが,PIN1はその維管束において主に機能する.PIN1は維管束細胞の基部側の細胞膜上に局在し,オーキシンを頂端から基部方向へと輸送する(19)19) L. Galweiler, C. Guan, A. Muller, E. Wisman, K. Mendgen, A. Yephremov & K. Palme: Science, 282, 2226 (1998)..重力方向が変化してもPIN1の局在は変化することなく,維管束におけるオーキシンの輸送方向は変わらない.一方で,PIN3は地上部の重力感受細胞である内皮細胞において強く発現し,重力に応答して細胞内分布が変化する(22)22) J. Friml, J. Wisniewska, E. Benková, K. Mendgen & K. Palme: Nature, 415, 806 (2002)..真直ぐ上方に成長している胚軸の内皮細胞では,PIN3は細胞膜全面に存在する.植物体が重力方向に対して90度傾くと,上側に位置する内皮細胞においてPIN3は維管束側の細胞膜上にのみ局在するようになる(23)23) H. Rakusová, J. Gallego-Bartolomé, M. Vanstraelen, H. S. Robert, D. Alabadí, M. A. Blázquez, E. Benková & J. Friml: Plant J., 67, 817 (2006).(図3B図3■重力屈性時のオーキシン極性輸送).内皮細胞が維管束に隣接することから,PIN3は維管束を流れるオーキシンを重力に依存して側方に輸送することが考えられる.その後屈曲が進行するにつれて,今度は下側に位置していた内皮細胞においても,PIN3が維管束側の細胞膜に局在するようになる(24)24) H. Rakusová, M. Abbas, H. Han, S. Song, H. S. Robert & J. Friml: Curr. Biol., 26, 3026 (2016).(図3B′図3■重力屈性時のオーキシン極性輸送).それに伴って,胚軸における非対称なオーキシン応答が解消され,胚軸の屈曲が停止すると考えられている.次に,地下部に目を移してみよう.PIN3は根の重力感受細胞・コルメラ細胞においても強く発現している(22)22) J. Friml, J. Wisniewska, E. Benková, K. Mendgen & K. Palme: Nature, 415, 806 (2002)..重力方向に成長している根のコルメラ細胞ではPIN3は細胞膜全面に局在し,維管束を通って頂端方向から輸送されてきたオーキシンを周囲に拡散させる.根が横たえられた状態になると,PIN3は重力方向側の細胞膜上に再配置され,オーキシンを根冠の下側に輸送する(図3C図3■重力屈性時のオーキシン極性輸送).前述したように,根の屈曲は伸長領域のオーキシン依存的な偏差成長により引き起こされる.コルメラ細胞と伸長領域は物理的に離れており,その間をPIN2によるオーキシン極性輸送がつなぐ.PIN2は側方根冠および表皮細胞において頂端側の細胞膜上に偏って局在し,コルメラ細胞から運ばれてきたオーキシンを伸長領域へと輸送する(25)25) A. Müller, C. Guan, L. Gälweiler, P. Tänzler, P. Huijser, A. Marchant, G. Parry, M. Bennett, E. Wisman & K. Palme: EMBO J., 17, 6769 (1998)..PIN2についても,重力に応答した細胞内局在の変化が報告されている(26)26) L. Abas, R. Benjamins, N. Malenica, T. Paciorek, J. Wisniewska, J. C. Moulinier-Anzola, T. Sieberer, J. Friml & C. Luschnig: Nat. Cell Biol., 8, 249 (2006)..根が横たえられると,上側の表層で一過的にPIN2の存在量が低下する一方で,下側の表層ではPIN2の存在量が一過的に上昇する(図3C図3■重力屈性時のオーキシン極性輸送).こうした重力に応答したPIN2およびPIN3の細胞内局在の変化から,維管束を通って根端に集められたオーキシンがコルメラ細胞において重力方向に再分配され,側方根冠および表層を通って伸長領域の下側により多く輸送されると考えられている.
では,重力方向の変化に応答してPINの局在を変化させる分子機構は一体いかなるものなのか? この問題についても,近年のシロイヌナズナを用いた分子生物学的研究が解明の端緒を開きつつある.横たわった根の上側ではPIN2はユビキチン化され液胞へと運ばれ分解される一方で,下側ではPIN2のエンドサイトーシスと液胞への輸送が調節されることで細胞膜上の存在量が調節されている(27)27) B. R. Harrison & P. H. Masson: Plant J., 53, 380 (2008)..そして,これらのPIN2の量的制御がオーキシンにより調節されることから,コルメラ細胞によるオーキシンの再分配に端を発するフィードバック制御であることが示唆されている.コルメラ細胞でのPIN3の再配置制御については,分子シャペロンとして機能することが予想されるJドメインをもつALTERED RESPONSE TO GRAVITY1(ARG1)とその類似タンパク質ARG1-LIKE2(ARL2)の関与が報告されている(27)27) B. R. Harrison & P. H. Masson: Plant J., 53, 380 (2008)..ARG1とARL2はコルメラ細胞で細胞膜近傍に局在し,PIN3の再配置を制御する重力シグナル伝達因子と考えられているが,詳細な分子機能はいまだ明らかにされていない.また最近,オーキシン極性輸送の制御が上述のようなPINの細胞内局在制御だけではなく,リン酸化を介したPINのオーキシン輸送能の制御にもよることがわかってきた(28)28) M. Zourelidou, B. Absmanner, B. Weller, I. C. R. Barbosa, B. C. Willige, A. Fastner, V. Streit, S. A. Port, J. Colcombet, S. de la Fuente van Bentem et al.: eLife, 3, e02860 (2014)..PINとの関連性はまだ不明であるが,植物に特有の機能未知タンパク質LAZY1ファミリーがオーキシン極性輸送制御にかかわる可能性が示唆されている.イネ・トウモロコシ・シロイヌナズナ・ウマゴヤシ(マメ科の1属)においてLAZY1ファミリーは重力屈性に関与することが示されており(29~32)29) P. Li, Y. Wang, Q. Qian, Z. Fu, M. Wang, D. Zeng, B. Li, X. Wang & J. Li: Cell Res., 17, 402 (2007).30) Z. Dong, C. Jiang, X. Chen, T. Zhang, L. Ding, W. Song, H. Luo, J. Lai, H. Chen, R. Liu et al.: Plant Physiol., 163, 1306 (2013).31) T. Yoshihara, E. P. Spalding & M. Iino: Plant J., 74, 267 (2013).32) L. Ge & R. Chen: Nat. Plants, 2, 16155 (2016).,特にイネおよびシロイヌナズナでは重力感受細胞を含む組織で発現し,重力屈性時のオーキシンの器官内偏差分布の形成に機能する因子として報告されている.LAZY1ファミリー遺伝子群の機能の部分的な欠失は重力屈性能の低下を招く一方で,完全に機能が失われると屈曲方向が逆転する(33)33) M. R. Rosquete, D. Wangenheim, P. Marhavý, E. Barbez, E. H. K. Stelzer, E. Benková, A. Maizel & J. Kleine-Vehn: Curr. Biol., 23, 817 (2013)..重力とは反対方向に根が成長する変異体のコルメラ細胞においてアミロプラストが野生型と同じように沈降することから(34)34) M. Taniguchi, M. Furutani, T. Nishimura, M. Nakamura, T. Fushita, K. Iijima, K. Baba, H. Tanaka, M. Toyota, M. Tasaka & M.T. Morita: Plant Cell, in press.,LAZY1ファミリーはアミロプラストの沈降方向にオーキシンを再分配する機能を有していることが示唆される.さらに,機能欠損変異体が示す逆転した重力屈性は,植物が本来もつ重力屈性の負の制御機構が顕在化した可能性が考えられ,非常に興味深い.正常重力屈性はLAZY1ファミリーなどの正の制御因子が未知の負の制御因子に対して優性に働くことによって成し遂げられるのかもしれない.残念ながら現時点では,LAZY1ファミリータンパク質としての分子機能についてはほとんど理解が進んでおらず,負の制御因子も未同定である.しかし,今後のLAZY1ファミリーの機能解析が,重力屈性を理解するうえで重要な洞察を与えてくれることは間違いないであろう.
これまでは主にシロイヌナズナの最初の根(主根)および最初の茎(主茎)の正常重力屈性について解説してきたが,この章では主根および主茎から枝分かれして生じる側根および側枝の成長方向の制御について紹介する.主根および主茎は前述のとおりそれぞれ重力に正および負の方向に成長する一方で,側根および側枝は一定の角度を保って傾斜して成長する(図4図4■傾斜重力屈性).これも重力応答により制御されており,傾斜重力屈性と呼ばれる.傾斜重力屈性を制御する機構については長年謎であったが,最近の研究から解明の糸口が見つかっている.
左:側枝は斜め上方,側根は斜め下方に成長する.側根の根端ではオーキシンが下側に一過的に蓄積する.右:lazy1多重変異体の側枝は垂れ,根は横もしくは上方を向いて成長する.側根の根端におけるオーキシンの蓄積パターンは逆転する(34)34) M. Taniguchi, M. Furutani, T. Nishimura, M. Nakamura, T. Fushita, K. Iijima, K. Baba, H. Tanaka, M. Toyota, M. Tasaka & M.T. Morita: Plant Cell, in press..
主根の正常重力屈性と同様の機構が側根の傾斜重力屈性においても重要な役割を果たす.側根のコルメラ細胞において非対称な局在を示すPIN3が,側根先端に非対称なオーキシン応答そして側根の偏差成長を引き起こし,傾斜成長角度に影響を与えている(33)33) M. R. Rosquete, D. Wangenheim, P. Marhavý, E. Barbez, E. H. K. Stelzer, E. Benková, A. Maizel & J. Kleine-Vehn: Curr. Biol., 23, 817 (2013)..また,LAZY1ファミリーは主根および主茎の正常重力屈性だけではなく,側根および側枝の傾斜重力屈性も制御する(31, 35)31) T. Yoshihara, E. P. Spalding & M. Iino: Plant J., 74, 267 (2013).35) J. M. Guseman, K. Webb, C. Srinivasan & C. Dardick: Plant J., (in press)..LAZY1ファミリーの機能欠損変異体では側枝が垂れ側根が横方向に成長するという表現型が観察された(図4図4■傾斜重力屈性).LAZY1ファミリーは傾斜重力屈性においても重力屈性を正に制御することで角度を調節し,またこれら変異体の表現型は,主根や主茎の場合と同様に重力屈性の負の制御が顕在化したものと考えることができる.傾斜屈性を説明する仮説として,重力屈性を相殺するような要素(抗重力屈性)の存在を想定し,傾斜重力屈性は重力屈性と抗重力屈性のバランスの結果であるとするものが提示されているが(36)36) S. Roychoudhry & S. Kepinski: Curr. Opin. Plant Biol., 23, 124 (2015).,LAZY1ファミリーはこの仮説を裏づける鍵となるかもしれない(図4図4■傾斜重力屈性).推定上の抗重力屈性についても,興味深い研究結果が報告されている.イネ・トウモロコシ・モモ・シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究によって,傾斜重力屈性を制御する鍵因子Tiller Angle Control 1(TAC1)が同定された(37~39)37) B. Yu, Z. Lin, H. Li, X. Li, J. Li, Y. Wang, X. Zhang, Z. Zhu, W. Zhai, X. Wang et al.: Plant J., 52, 891 (2007).38) L. Ku, X. Wei, S. Zhang, J. Zhang, S. Guo & Y. Chen: PLoS ONE, 6, e20621 (2011).39) C. Dardick, A. Callahan, R. Horn, K. B. Ruiz, T. Zhebentyayeva, C. Hollender, M. Whitaker, A. Abbott & R. Scorza: Plant J., 75, 618 (2013)..TAC1の機能を失うと側枝がより上向きに成長し,過剰に機能させると側枝が横向きに成長することから,TAC1は傾斜重力屈性における抗重力屈性に関与すると考えることができる.さらに興味深いことに,TAC1はLAZY1に類似したタンパク質であるが,LAZY1ファミリーのメンバー間で高度に保存されている機能発揮に重要なC末端配列を欠く(39)39) C. Dardick, A. Callahan, R. Horn, K. B. Ruiz, T. Zhebentyayeva, C. Hollender, M. Whitaker, A. Abbott & R. Scorza: Plant J., 75, 618 (2013)..このことはTAC1がLAZY1ファミリーの仲介する重力応答シグナル伝達を阻害する可能性を示唆しており,側枝の傾斜重力屈性はLAZY1ファミリーとTAC1の機能バランスによって制御されているのかもしれない.
こうして見てみると,正常重力屈性においても傾斜重力屈性においても共通してLAZY1ファミリーとその逆の機能をもった負の制御因子が拮抗して働くという重力応答機構が浮かび上がってくる.ここで思い出して欲しいのは,重力屈性過程には屈曲停止期が存在し,屈曲が停止するには最初に形成された器官内の偏差成長が逆転する必要があるということである.LAZY1ファミリーが屈曲形成期の偏差成長を制御し,負の制御因子が屈曲停止期の逆転した偏差成長を制御すると考えることはできないだろうか? そして,側根や側枝の傾斜重力屈性では,負の制御因子が働き始めるタイミングが主根や主茎に比べて早く,傾斜屈曲中に停止してしまうと考えることもできる.何がこのタイミングを制御しているのか気になるところではあるが,傾斜重力屈性において重力感受細胞におけるオーキシンシグナル伝達が抗重力屈性を制御するという報告がある(40)40) S. Roychoudhry, M. D. Bianco, M. Kieffer & S. Kepinski: Curr. Biol., 23, 1497 (2013)..主根と側根,および主茎と側枝間でオーキシンの量もしくは応答に差があり,オーキシンシグナル伝達が負の制御因子の作動タイミングを制御するというのは十分ありうる仮説である.
Reference
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