Kagaku to Seibutsu 55(9): 637-643 (2017)
セミナー室
腸内細菌叢の機能理解に向けてビフィズス菌における遺伝子操作系の開発
Published: 2017-08-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
この10年でいわゆる次世代シークエンスと呼ばれる並列的な大量シークエンシング技術が飛躍的に発展し,研究対象とする生物種のゲノム配列を得ることは非常に容易になった.さらにこの技術は主に16S rRNA遺伝子領域を対象とした菌叢構造解析に応用され,現在は未培養菌種を含めた腸内細菌叢の構造を詳細に知ることが可能になっている.2000年代中盤にアメリカのワシントン大学(ミズーリ州)のGordonらのグループによって発表された,肥満に腸内細菌叢の変化が関連するという報告(1, 2)1) R. E. Ley, P. J. Turnbaugh, S. Klein & J. I. Gordon: Nature, 444, 1022 (2006).2) P. J. Turnbaugh, F. Bäckhed, L. Fulton & J. I. Gordon: Cell Host Microbe, 3, 213 (2008).以降,ヒトのさまざまな疾患や生理機能に腸内細菌叢が関与することが明らかにされている(3, 4)3) J. L. Sonnenburg & F. Bäckhed: Nature, 535, 56 (2016).4) K. Tuohy & D. del Rio: “Diet-Microbe Interactions in the Gut: Effects on Human Health and Disease,” Academic Press, 2015..さらに最近では,それらに関連すると考えられる腸内細菌種が特定され始めている(5, 6)5) J. K. Goodrich, J. L. Waters, A. C. Poole, J. L. Sutter, O. Koren, R. Blekhman, M. Beaumont, W. Van Treuren, R. Knight, J. T. Bell et al.: Cell, 159, 789 (2014).6) C. G. Buffie, V. Bucci, R. R. Stein, P. T. McKenney, L. Ling, A. Gobourne, D. No, H. Liu, M. Kinnebrew, A. Viale et al.: Nature, 517, 205 (2015)..今後もこのような腸内細菌種が腸内細菌叢解析により明らかになってくることが予想される.
菌叢解析に続く大きな課題としては,次の2つがある.一つは「菌叢解析で同定された菌種をいかに単離するか」という課題である.同定された菌種が単離済みの菌種であり,実際に無菌動物や疾患モデル動物への投与により,その対象としている機能の発現が実証できれば問題はない.しかし同定された菌種が未培養菌種の場合,単離を行う努力が必要となる.これには経験とアイディア,そして膨大なトライアンドエラーが必要であり,そのため菌叢解析のレベルでとどまっている研究が多いのが現状である.この課題については,本邦の腸内細菌研究の泰斗である光岡知足先生が礎を築かれた腸内細菌の単離培養技術が大きな威力を発揮する領域であり,また応用微生物学の研究者の得意とするところであるが,本稿の主題とは少し外れてしまうため,その詳細については成書や総説をご覧いただきたい(7, 8)7) 光岡知足:腸内菌の世界—嫌気性菌の分離と同定—,叢文社,1984.8) 藤澤倫彦:日本細菌学雑誌,69, 331 (2014)..もう一つの課題は,「単離された腸内細菌種が腸内で発現する機能のメカニズムをどのように明らかにするか」という課題である.当該単離菌の機能はわかっても,その菌の「何が」そのような機能を付与しているのかを明らかにすること,言い換えれば原因となる遺伝子や分子を明らかにし,その作用機作を知ることは,疾患の予防や治療,健康維持の面から非常に重要である.そのためには,遺伝子操作による腸内細菌のゲノム上の遺伝子への変異導入が不可欠である.
近年CRISPR-Cas9に代表されるゲノム編集技術がさまざまな生物種で応用され,これまでは狙った遺伝子への変異導入が困難だった生物,特に高等真核生物において,遺伝子機能の解析が可能になってきている(9)9) 山本 卓:ゲノム編集入門—ZFN・TALEN・CRISPR-Cas9—,裳華房,2016..ゲノム編集技術では,特異的な配列を認識して2本鎖DNAを切断(Double-strand DNA break)し,その修復の過程で欠失や挿入といった変異が導入される,という仕組みが基盤となっている.この2本鎖DNA切断の修復機構の一つである非相同末端結合(Non-homologous end joining)に働く経路は,真核生物では広く保存されているが,多くの細菌で存在しない,もしくは条件的な発現しか示さないために,細菌では2本鎖DNAの切断は致死となってしまう.そのため真核生物に比べて,細菌ではゲノム編集技術の応用がまだそれほど広まっていない(9, 10)9) 山本 卓:ゲノム編集入門—ZFN・TALEN・CRISPR-Cas9—,裳華房,2016.10) I. Mougiakos, E. F. Bosma, W. M. de Vos, R. van Kranenburg & J. van der Oost: Trends Biotechnol., 34, 575 (2016)..さらに腸内細菌においては,古典的な変異導入法である相同組換えによる標的遺伝子への変異導入およびトランスポゾンを用いたゲノムワイドな変異導入についても,利用可能な腸内細菌種は非常に限られており,大腸菌,Bacteroides thetaiotaomicronに代表されるBacteroides属の一部,Clostridium属の一部の細菌(Clostridium difficile, Clostridium perfringensなど)およびLactobacillus属などが遺伝子操作のできる腸内細菌として知られている(11~13).しかも多くの場合,病原菌として知られている菌種での利用が先行しており,腸内常在菌として知られる菌種での遺伝子操作の実例は極めて限られている.
それでは腸内細菌の遺伝子操作により何ができるのか,そして何がわかるのかを見てみよう(図1図1■腸内細菌の機能解明における遺伝子操作系の役割).まず腸内細菌のもつ注目している機能のメカニズムについて明らかにするためには,その機能に関与する特徴的な構造体・タンパク質・代謝産物を同定すること,さらにそれらの生成に関与する遺伝子を同定することが必要である.そのためには,当該機能を示す菌株と示さない菌株との比較ゲノム解析や,目的の腸内細菌を腸内に単独定着させたノトバイオートマウスの腸管内でのトランスクリプトーム解析,代謝産物のメタボローム解析などのオミクス解析が主な手段して用いられる.これらの解析により,どのような遺伝子が当該機能にかかわっているのかを絞り込むことができる.
絞り込まれた遺伝子について野生株に変異を導入し,変異株が目的の機能を失うかどうかを検証することにより,同定された遺伝子がその機能に重要であることを示すことができる.細菌のもつすべての表現型や機能は,主にその設計図であるゲノムにコードされている遺伝子の働きに起因しているので,ゲノム上の遺伝子を改変する技術が腸内細菌の示す機能を解明するために必要となる.
本稿の主役であるビフィズス菌は,1899年にHenry Tissierにより単離されて以来,ヒトの腸内細菌叢の主要な構成菌種であり,健康に対してさまざまな有用効果を与える非常に重要な腸内細菌として広く知られている(14, 15)14) 上野川修一,山本憲二:世紀を越えるビフィズス菌の研究—その基礎と臨床応用から製品開発へ—,財団法人日本ビフィズス菌センター,2010.15) B. Mayo & D. van Sinderen: “Bifidobacteria: Genomics and Molecular Aspects,” Caister Academic Press, 2010..また母乳栄養児の腸内細菌叢の最優占菌であり,腸管の機能や免疫機能の発達に大きく貢献していることも知られている.さらに成人においても児童においても,日本人の腸内細菌叢にはほかの国の人々の菌叢と比べてビフィズス菌が多いことが,近年のメタゲノム解析および菌叢解析で明らかにされており(16, 17)16) S. Nishijima, W. Suda, K. Oshima, S.-W. Kim, Y. Hirose, H. Morita & M. Hattori: DNA Res., 23, 125 (2016).17) J. Nakayama, K. Watanabe, J. H. Jiang, K. Matsuda, S.-H. Chao, P. Haryono, O. La-ongkham, M. A. Sarwoko, I. N. Sujaya, L. Zhao et al.: Sci. Rep., 5, 8397 (2015).,その理由を探るうえでもビフィズス菌の機能を知ることは重要である.このようにビフィズス菌は歴史的にも古く,重要な腸内細菌であるにもかかわらず,遺伝子操作の面では非常に立ち後れており,標的遺伝子への変異導入が初めて報告されたのは,Tissierの報告から100年以上経過した2008年であった(18, 19)18) M. O’Connell-Motherway, G. F. Fitzgerald, S. Neirynck, S. Ryan, L. Steidler & D. van Sinderen: Appl. Environ. Microbiol., 74, 6271 (2008).19) F. Arigoni & M. Delley: International Patent, WO 2008/019886 A1, 2008..つい10年前まで,ビフィズス菌においてもシャトルベクターを用いた形質転換以外の遺伝子操作はできなかったのである.
なぜこのようにビフィズス菌の遺伝子操作技術の開発が遅れたのかを考えると,まず技術的な面からは,ビフィズス菌が偏性嫌気性菌であること,また概して形質転換の効率が低いことが挙げられる.筆者らが2010年に調査した限り,エレクトロポレーション法を用いたさまざまなビフィズス菌種の形質転換効率の中央値は約103形質転換体/µgプラスミドDNAであり,大腸菌のそれが108を超えることを考えると,明らかに低いことがおわかりいただけると思う(20)20) S. Fukiya, T. Suzuki, Y. Kano & A. Yokota: “Lactic Acid Bacteria and Bifidobacteria: Current Progress in Advanced Research,” ed. by K. Sonomoto & A. Yokota. Caister Academic Press, 2011, pp. 31–51..一方で研究の動向の面からみると,ビフィズス菌の健康に対する有用な効果について,まず宿主側の応答のメカニズムのほうに注目が集まり,解析が進められたという点が挙げられる.菌の「何が」ということよりも,ビフィズス菌に対する宿主の免疫応答や生理的な応答の面が重要視され,実験系が整備されていることも相まって,宿主側の解析が先に進んだというのが現実的なところである.しかし現在,ビフィズス菌に限らず腸内細菌の「何が」ヒトの健康や生理に影響を及ぼしているのか,という点について注目が集まってきており,ようやく菌の側の遺伝子操作の必要性が高まってきたというのが現状である.次項からは,ビフィズス菌における具体的な遺伝子操作法の現状を紹介したい.
この技術は,狙った遺伝子にだけ変異を導入する技術である.細菌ではDNAの相同配列間の遺伝的組換えの機構を利用した,相同組換えによる変異導入が広く用いられている.ビフィズス菌において最初に確立された手法は,1回の相同組換えで相同領域を含むベクターを染色体上の標的遺伝子に導入する,いわゆる1回組換えの方法である(18)18) M. O’Connell-Motherway, G. F. Fitzgerald, S. Neirynck, S. Ryan, L. Steidler & D. van Sinderen: Appl. Environ. Microbiol., 74, 6271 (2008)..1回組換えでは,ビフィズス菌では複製できないベクターを用いて標的遺伝子の内部の領域をクローニングし,そのベクターをビフィズス菌にエレクトロポレーション法で導入することにより,内部の領域と染色体上の遺伝子の相同な領域との間で相同組換えを起こさせる.その結果としてベクターが遺伝子の内部に挿入され,遺伝子が分断されることにより変異が導入される(図2A図2■標的遺伝子への変異導入系).ただしこの仕組みからおわかりのように,相同領域を含むベクター全体が染色体上に残ることになる.したがって相同組換えに用いられた相同な領域が染色体上に2カ所存在することになり,もう一度相同組換えが起こって遺伝子が野生型に戻ることもありうる.またベクターおよび選択マーカーである薬剤耐性遺伝子が残存することにより,標的遺伝子周辺の遺伝子の発現にも影響する場合がある.このような明確な欠点はあるものの,最も簡単に変異株を得ることができるため,現状ではこの1回組換えの手法がビフィズス菌での遺伝子変異導入法の主流となっており,2016年末までに50種類を超える遺伝子について,この方法で変異導入が行われている.
1回組換えによる遺伝子への変異導入の欠点を回避する方法としては,二重相同組換えと呼ばれる2回の相同組換えによる変異導入法が用いられる.この方法では,標的遺伝子の外側の上流・下流領域を組換え反応のための相同領域としてクローニングした変異導入用のベクターをビフィズス菌に導入することにより,まず片方の相同領域と染色体上の相同領域との間で1回目の相同組換えが起こる.ここまでは1回組換えの場合と同様,ベクター全体が染色体上に組み込まれることになる.この後もう一方の相同領域と,染色体上の相同領域との間で2回目の相同組換えが起こると,染色体上の野生型の遺伝子とベクター上の上流・下流領域の間にある選択マーカーとが置き換わり,変異が導入されるという仕組みになっている(図2B図2■標的遺伝子への変異導入系).この方法では,遺伝子の相同領域は染色体上から失われるため,遺伝子が野生型に戻ることはない.また選択マーカーが染色体上に残らないように変異導入用のベクターを設計すれば,外来のDNAが全く残らないマーカーレス欠失変異を導入することも可能であるので,周辺の遺伝子の発現への影響を回避することもできる.
この方法の問題点として,2回目の組換えが起こった株を何らかの方法で効率的に選抜する必要がある.長期の継代培養(数十世代)を行うことにより,自然発生した2回目の組換え株を得ることは可能である.しかしその存在比率は非常に低いため,選択マーカーが染色体上に残るようにベクターを設計して薬剤耐性により選抜するか,PCRで遺伝子型を調べて変異株をスクリーニングする必要がある(19, 21)19) F. Arigoni & M. Delley: International Patent, WO 2008/019886 A1, 2008.21) C. Hidalgo-Cantabrana, B. Sánchez, P. Álvarez-Martín, P. López, N. Martínez-Álvarez, M. Delley, M. Martí, E. Varela, A. Suárez, M. Antolín et al.: Appl. Environ. Microbiol., 81, 7960 (2015)..この2回目の組換え株の取得効率を上げるための改良がいくつか行われている.ビフィズス菌においては,温度感受性複製プラスミド(Temperature-sensitive plasmid)の利用(22)22) K. Sakaguchi, J. He, S. Tani, Y. Kano & T. Suzuki: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 499 (2012).,オロチン酸ホスホリボシル基転移酵素(Orotate phosphoribosyltransferase)遺伝子pyrEのカウンターセレクションマーカー(相同組換えが起こった株をポジティブに選択できるマーカー)としての利用(23)23) K. Sakaguchi, N. Funaoka, S. Tani, A. Hobo, T. Mitsunaga, Y. Kano & T. Suzuki: Biosci. Microbiota Food Health, 32, 59 (2013).,さらには染色体に組み込まれた条件複製ベクターの複製誘起と染色体複製への干渉を利用した2回目の相同組換えの活性化の手法(24)24) Y. Hirayama, M. Sakanaka, H. Fukuma, H. Murayama, Y. Kano, S. Fukiya & A. Yokota: Appl. Environ. Microbiol., 78, 4984 (2012).が開発されている.なおこれらの手法の詳細については,参考文献および関連の総説を参照していただきたい(25, 26)25) S. Fukiya, Y. Hirayama, M. Sakanaka, Y. Kano & A. Yokota: Biosci. Microbiota Food Health, 31, 15 (2012).26) A. O’Callaghan & D. van Sinderen: Front. Microbiol., 7, 925 (2016)..上記の3種類の手法は,開発された時期が2012年と最近であるため,1回組換えの手法に比べるとまだまだ利用例は少ないが,これらはいずれも本邦の研究者によって開発された手法であり,ビフィズス菌遺伝子への変異導入系の開発については本邦が世界をリードしている状況である.ここまでで紹介した標的遺伝子への変異導入系はBifidobacterium longumおよびBifidobacterium breveで開発され,現在はBifidobacterium animalis subsp. lactisにおいても遺伝子への変異導入が報告されている(19, 21)19) F. Arigoni & M. Delley: International Patent, WO 2008/019886 A1, 2008.21) C. Hidalgo-Cantabrana, B. Sánchez, P. Álvarez-Martín, P. López, N. Martínez-Álvarez, M. Delley, M. Martí, E. Varela, A. Suárez, M. Antolín et al.: Appl. Environ. Microbiol., 81, 7960 (2015)..
トランスポゾン変異導入系は文字どおり動く遺伝子であるトランスポゾンをゲノムに転移させて,さまざまなトランスポゾン挿入変異株を作り出す手法である.この方法は異なる変異株を一度に大量に作出することができるので,標的遺伝子への変異導入とは異なり,何らかの機能にかかわる遺伝子をスクリーニングする際に有用である.細菌においては,大腸菌由来のTn5およびノサシバエ由来のTc1/mariner型トランスポゾンHimar1がトランスポゾン変異導入に多く用いられている.また,細菌の内在性の転移因子である挿入配列(Insertion sequence)も利用されている.ビフィズス菌においては,Tn5をベースとした市販のトランスポゾン変異導入システム(EZ::TN™ Transposome™, Lucigen Corp.)がB. breveのトランスポゾン変異導入に応用されている(27)27) L. Ruiz, M. O’Connell-Motherway, N. Lanigan & D. van Sinderen: PLoS One, 8, e64699 (2013)..この系は,Tn5の転移を司る酵素である転移酵素(Transposase・精製された状態で市販されている)をin vitroでトランスポゾンDNAに結合させてから細菌に導入し,転移を効率よく起こさせるというシステムであり,ビフィズス菌だけでなくさまざまな細菌種で利用されている.一方,筆者らはB. longum由来の内在性挿入配列ISBlo11(28)28) M. Sakanaka, S. Fukiya, R. Kobayashi, A. Abe, Y. Hirayama, Y. Kano & A. Yokota: FEMS Microbiol. Lett., 362, fnv032 (2015).を用いて,B. longum 105-A株という形質転換効率の高い菌株を宿主株としたトランスポゾン変異導入系の開発に成功している(29)29) 吹谷 智:生物工学会誌,94, 110 (2016)..
これらのシステムをどのように腸内細菌研究に用いるかという点について考えると,まずin vitroで解析が可能な腸内細菌の機能,たとえば胃酸や胆汁酸に対する耐性,消化酵素に対する耐性などに寄与する遺伝子を同定することは可能である.ではin vivoでの腸内細菌の機能にかかわる遺伝子の探索には応用できないのだろうか? たとえば宿主の腸管内での定着や生存に寄与する遺伝子を知ることは,腸内細菌の腸内での働きを知るために非常に重要である.この場合原理的にはトランスポゾン変異株を1株ずつ実験動物に投与して,それらの定着能力を個別に評価することで,目的の遺伝子を同定することは可能である.しかしゲノムサイズが2 Mbp程度のビフィズス菌ですら,遺伝子は1,800個以上存在するため,それらを網羅できるトランスポゾン変異株の数は,数千~数万株にも達する.したがって,それぞれの変異株について投与試験を行い,目的の遺伝子をスクリーニングすることは現実的には不可能である.このようにトランスポゾン変異導入系のin vivoでの応用には限界があると考えられてきた.しかし次世代シークエンサーが台頭し,その特徴である「DNA1分子ごとに,かつ大量にシークエンシングできる」という性質を利用することで,トランスポゾン変異株集団の中からそれぞれの変異株の変異部位(トランスポゾンの挿入部位)を識別して,相対的な菌数を一度にまとめて評価するTransposon insertion sequencingと呼ばれる方法が開発され,トランスポゾン変異導入系は一転してin vivoでの腸内細菌の機能にかかわる遺伝子を同定する強力なツールとなった(30)30) T. van Opijnen & A. Camilli: Nat. Rev. Microbiol., 11, 435 (2013).(図3図3■Transposon insertion sequencingの概要).筆者らも前述のHimar1を用いたトランスポゾン変異導入系を新たに構築し,ビフィズス菌の腸内での生存に寄与する遺伝子の同定を進めている.
これまで解説してきたビフィズス菌の遺伝子変異導入系は,今のところ形質転換効率の高いビフィズス菌株での使用に限定されている.ほかのビフィズス菌種・菌株に応用していくためにはさまざまなハードルがあるが,最初のハードルである形質転換効率の問題を解決することが大前提である.形質転換効率に最も影響が大きいと考えられるのは,細菌の外来DNA防御システムとして働く制限修飾系である.細胞に導入されたベクターDNAが制限系によって分解を受けるため,形質転換効率が低下してしまう.この問題を回避するためには,目的の菌株のもつ制限修飾系を明らかにし,自身のDNAの分解を防ぐために用いている修飾系(DNAの塩基をメチル化するメチル化酵素)を利用して,プラスミドDNAを形質転換の前に修飾してしまうという戦略が取られる.ビフィズス菌では,鈴木らがこの戦略をPAM(Plasmid artificial modification)と命名し,Bifidobacterium adolescentis基準株の修飾系遺伝子を発現させた大腸菌に形質転換用のベクターを保持させ,そこから抽出したベクターを用いることで,実際に同株の形質転換効率が劇的に上昇することを報告している(31)31) K. Yasui, Y. Kano, K. Tanaka, K. Watanabe, M. Shimizu-Kadota, H. Yoshikawa & T. Suzuki: Nucleic Acids Res., 37, e3 (2009)..さらに近年,1分子リアルタイムシークエンサー PacBio(Pacific Biosciences of California, Inc.)を用いた細菌ゲノム配列のシークエンシングにより,修飾系によってメチル化されている塩基を網羅的に同定することが可能になっている(32)32) B. M. Davis, M. C. Chao & M. K. Waldor: Curr. Opin. Microbiol., 16, 192 (2013)..この手法を用いることで,修飾系によるメチル化の標的配列,すなわち修飾系とペアになっている制限系の認識配列を知ることが可能である.この情報があれば,PAM法を用いる,またはベクター上の認識配列を取り除くことで,制限系による認識を回避することが可能になるので,形質転換効率の低いビフィズス菌種にも変異導入系を応用することが可能になると考えられる.
ほかの腸内細菌種に遺伝子変異導入系を応用していく場合においても,上記の形質転換効率の問題を回避する戦略はもちろん重要である.そのうえで目的の菌種で複製可能なシャトルベクターの開発,変異株の選抜が可能なマーカー遺伝子の確立,効率的な変異株の選抜方法の策定など,いくつかの課題を解決する必要がある.これまで細菌の分子遺伝学的な研究では,これらを菌種ごとに解決してきているが,これは非常に時間と労力がかかるため,できるだけ広い菌種範囲で使用できる「versatileな変異導入系」の構築を目指すことが今後必要となってくるだろう.実際に多くの菌種が腸内細菌として知られているClostridium属では,病原性菌種および物質生産宿主として使われている菌種での研究で構築されたシステムを基盤として,広範囲のClostridium属で使用できる変異導入系開発のロードマップが提案されている(12)12) N. P. Minton, M. Ehsaan, C. M. Humphreys, G. T. Little, J. Baker, A. M. Henstra, F. Liew, M. L. Kelly, L. Sheng, K. Schwarz et al.: Anaerobe, 41, 104 (2016)..これまで述べてきた技術的な進歩および今後の戦略の策定により,これまで遺伝子操作が行われていなかった腸内細菌種について,本稿で紹介したような遺伝子変異導入系を応用できる道が現在拓かれ始めているといえよう.
腸内細菌における遺伝子変異導入系は,その開発に多大な労力を要するものの,今後の腸内細菌の分子レベルでの機能解析には不可欠な技術である.ビフィズス菌において進められたこれらの系の開発が,ほかの腸内細菌種での手法開発の先駆けとなることは間違いないだろう.今後さまざまな細菌種で利用できるような“versatile”なシステムが開発され,宿主側からだけでなく,腸内細菌側からの腸内細菌の作用機作の解明が広く進められることを期待したい.
Reference
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