農芸化学@High School

クロゴキブリの脚の褥盤の役割の解明

越前 太智

兵庫県立西脇高等学校生物部

篠田 睦生

兵庫県立西脇高等学校生物部

畑中

兵庫県立西脇高等学校生物部

奥田 真奈

兵庫県立西脇高等学校生物部

橋本 眞子

兵庫県立西脇高等学校生物部

棚倉 有紀

兵庫県立西脇高等学校生物部

岩田 真菜佳

兵庫県立西脇高等学校生物部

寶谷

兵庫県立西脇高等学校生物部

藤井 陽菜子

兵庫県立西脇高等学校生物部

Published: 2017-08-20

本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.今回の金賞受賞校でもある発表者の研究対象はなんと,私たちの日常生活でも忌み嫌われる「ゴキブリ」.ゴキブリを退治しようと新聞紙を丸めて追いかけると,壁を自由に走り回って逃げてしまう.ゴキブリはどうして平滑で垂直な壁を自由に歩くことができるのか? という疑問が本研究を行う動機になったという.こんなユニークなきっかけで開始された本研究であるが,終始,科学的な視点と手法を失わず,鋭い観察眼によって生物のもつ構造・機能的解析を進める手法は,研究材料の特異性だけでない,たいへん優れた内容であり,金賞受賞校にふさわしい研究発表であった.

本研究の目的・方法および結果

【目的】

実験試料であるクロゴキブリ(Periplaneta fuliginosa)の脚(成虫)の構造については,図1図1■クロゴキブリの脚(成虫)に示したように,先端の爪の間に爪間盤(そうかんばん)と呼ばれる板が1枚(図1図1■クロゴキブリの脚(成虫)中のX)と,そのあとに4枚の褥盤(じょくばん)と呼ばれる板(図1図1■クロゴキブリの脚(成虫)中のI~IV)がある.先端の爪と爪間盤は,床面にひっかけて歩くためのものとして知られており(1)1) BSI生物科学研究所:衛生昆虫の微細構造—第1章ゴキブリ—,2013.,褥盤は粘着物質覆われており吸着能を高めて歩行に効果的にはたらいていることがわかっている(2, 3)2) R. G. Beutel & S. N. Gorb: J. Zoological Syst. Evol. Res., 39, 177 (2000).3) 西村 満:衛生動物,44, 142(1993)..これに対して,卵から孵化したばかりのクロゴキブリでは,4枚の褥盤や爪間盤は不明瞭であり(図2図2■孵化したばかりのクロゴキブリの脚),これらは成長とともに形成されていくことが明らかになっている.そこで,本研究ではクロゴキブリの走る速さや垂直構造をも走り回れる要因と考えられるクロゴキブリの4枚の褥盤のそれぞれの役割を明らかにすることを本研究の目的とした.

図1■クロゴキブリの脚(成虫)

図2■孵化したばかりのクロゴキブリの脚

【研究材料および実験方針】

本研究ではクロゴキブリ(Periplaneta fuliginosa)を研究の対象にした.この選択は,成虫に要する時間,体重などの個体差をなくす必要性,種としてのクローンであることが望ましいこと,また,研究材料として無害なゴキブリであることなどの条件を考慮して決定された.さらに,実験試料の取り扱いに関しては,十分な経験を有する住化テクノサービス株式会社の昆虫チームの協力を得ながら,実験試料を40匹入手して実験が行われた.

次に,ゴキブリの歩行には粘着力が重要であることが知られている.そこで,前脚,中脚,後脚のそれぞれ全体に微粉末を塗布して粘着力を奪い,水平方向と垂直方向に歩行させる実験を行った.さらに,それらの脚の褥盤1枚ずつに微粉末を塗布して粘着力を奪って歩行させ,塗布前後で歩行の速度がどのように変化するかを測定することで,それぞれの脚に4枚ずつある褥盤1枚1枚の役割を明らかにした.また,クロゴキブリの活動条件(気温26~28°C,湿度65~70%)を見いだし,活動時間帯(18~22時)に沿って実験を行うことで,ゴキブリの活動に適した条件での実験遂行を努めた.

【実験方法および研究結果】

まず,すべての脚の4枚の褥盤が接地しているかどうかを観察したところ,じっとしているときには,すべての脚の4枚の褥盤が接地していたが,歩行の際にはすべての褥盤が接地しているわけではないことがわかった.そこで,歩行に重要な脚を特定するためにアクリル板を用いてゴキブリを走らせるレーンを作製した(図3図3■走行レーン).また,特定の脚や褥盤に微粉末を塗布するための装置も自作した(図4図4■粉末塗布装置).その際,ゴキブリの脚に塗布する微粉末として,生物に害を与えず,粒度が小さい(直径10 µm以下)コーンスターチ(トウモロコシデンプン)を用いた.

図3■走行レーン

図4■粉末塗布装置

次に,実際にクロゴキブリを1匹ずつ水平に置いたレーン内を走らせ,デジタルカメラで撮影した.この映像を参考に走った距離と時間から走行速度(cm/s)を求めた.同様の操作をクロゴキブリの各脚の全面に小筆を用いてコーンスターチを塗布した場合でも実施した.さらに,この操作を垂直のレーンで行った.なお,本測定は,すべて同じ1検体に対して5回行われ,総計5検体(個体1~5)が用いられた.

レーン実験の結果,水平方向に置いたレーン内の走行実験では,コーンスターチをどの脚に塗布したかによる顕著な違いは見られなかった.これに対して,垂直に設置したレーン内の走行実験では,前脚と後脚にコーンスターチを塗布した場合に顕著な差異が認められ,減速率が最大で33.5%まで低下し,垂直方向での移動速度を下げることが明らかになった.そこで,さらに,垂直なレーンを用いて前脚および後脚のそれぞれ褥盤1枚ずつの役割を確認する実験を行った.まず,コントロールとして,前脚にコーンスターチを塗布する前のクロゴキブリにレーンを走らせた場合の歩行速度を測定し,前脚にある4枚それぞれの褥盤の1枚ずつコーンスターチを塗布した場合,また,後脚にある4枚それぞれの褥盤の1枚ずつコーンスターチを塗布した場合の走行速度を比較した.

その結果,5検体に対してそれぞれ5回の測定を行い,コントロール値に対する歩行速度の変化率を表1表1■各褥盤にコーンスターチ塗布した走行実験の結果にまとめた.なお,速度の変化率(%)は,コーンスターチを塗布する褥盤が1枚少ない実験結果との差の割合を示すことで,当該褥盤への粉末の塗布による速度の減速変化率が大きければ,その褥盤に大きい力がかかっていることを表すようにした.まず,前脚の褥盤ついては,爪側から1枚目と4枚目,および2枚目と4枚目の褥盤の組み合わせでコーンスターチを塗布した場合に減速率が大きくなることが判明した.後脚については,爪側(外側)から1枚目と3枚目,および1枚目と4枚目の褥盤の組み合わせのときに大きな減速率が観察され,垂直方向への移動にはこれらの褥盤が関与していることが明らかになった.

表1■各褥盤にコーンスターチ塗布した走行実験の結果

これらの結果をまとめるとクロゴキブリの脚は,垂直方向の移動において効果的な分担があると考えられ,前脚,後脚ともに重要な役割を担っていた.静止しているときはすべての褥盤が接地しているのに対して,歩行の際には脚を立てて褥盤を使い分けていた.加えて,垂直方向の移動における前脚と後脚の各褥盤の役割について調査したところ,主に前脚の爪側から1枚目と4枚目,および2枚目と4枚目,後脚の1枚目と3枚目,および1枚目と4枚目の褥盤を組み合わせることで垂直の壁面を上がるための力を効果的に伝達していると考えられ,4枚の褥盤すべてを歩行に使うわけではなく,選択的な利用が明らかにされた.

まとめと今後の課題

本研究の達成には,実験装置を自作できる発想力,効果的な実験内容の構築,クロゴキブリの細い脚に正確にコーンスターチを塗布する高い実験技術,各褥盤の役割を鮮明化するための実験データの効果的な整理とデータ化が不可欠である.発表者はこれらのすべてをやりきって,実験結果を得ており,たいへんわかりやすい研究成果としてまとめられていた.

発表者らは,現在も走行実験を繰り返し,さらにデータの精度を高めることで,各褥盤についての役割をより鮮明化させているそうである.本研究成果をはじめ,今後の研究をさらに進めることで,顕著な効果が観察されなかった褥盤の役割や他種のゴキブリ,ゴキブリと近縁関係にある昆虫における各褥盤の利用・役割の関係性をも明らかにできそうである.さらに,これらの成果をロボット・AIの設計・作製に活用できれば,垂直に近い活動困難な場所にも対応できる自走型遠隔操作ロボットの誕生も夢ではないだろう.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) BSI生物科学研究所:衛生昆虫の微細構造—第1章ゴキブリ—,2013.

2) R. G. Beutel & S. N. Gorb: J. Zoological Syst. Evol. Res., 39, 177 (2000).

3) 西村 満:衛生動物,44, 142(1993).