巻頭言

農芸化学大会の関心事

Hideharu Taira

秀晴

岩手大学名誉教授

Published: 2017-09-20

例年春の農芸化学大会の参加は,研究室の先輩後輩や友人にお会いし,研究の進展を知ることができるので,定年退官後の楽しみになっております.農芸化学大会もパソコンによる発表,大会要旨閲覧用のアプリの整備で,快適な環境で講演を聞くことができ,隔世の感があります.近頃は院生や学生の口頭発表や質問に対する答弁はスマートで堂々として,冷静な態度にびっくりしております.昔は終了時間も忘れて熱心に発表を続ける演者や,訥弁で逡巡しながらも素晴らしい内容を発表する個性的な演者が少なからずいたことを思い出します.

私の大学院生時代の学会発表では,発表のデータ作り,レタリング,スライド作成と発表練習で多くの時間を費やし,さらに研究室の先輩から「学会では必ず一つ位質問すること」を言い渡され,当日は何かと緊張を強いられたことを憶えております.最近はプレゼンテーションの周辺機器が整備されて,見栄えのよいスライドやポスターが容易に作ることができるせいか,昔に比べて学会発表に対する執着,熱意,達成感や感激が少なくなってきているような印象です.

そのせいかほかの大きな学会同様に農芸化学大会でも,若い研究者同士の質疑応答が少ないように思われます.苦労して得られた研究成果を発表しても,全く質問もなく座長から,「それでは私から質問を」という場面がしばしば見受けられます.学会で質問をすることも研究者にとっての大事な能力ですので,是非若いうちに「質問」をする習慣をつけて欲しいものです.若いときはなかなか良い質問も思いつかず,気後れしてしまいますが,勇気をもって質問することです.質問することにより,新たな問題点が明らかになり,会場の人の理解を助けるばかりでなく,研究仲間あるいはよきライバルとして貴方のことを憶えてくれる人がでてくることがあるので,質問者が所属氏名を名乗ることも大切な作法かと思います.学部あるいは修士から学会発表後,会社に就職される方もおられると思いますが,学会発表でのプレゼンテーション能力と質問力は社会人として,大事な資質ですので,学会発表は良い機会を与えてもらったと自覚して欲しいものです.ポスター発表では,直接演者と対話し質問できるのですから,質問力をつける良い機会かもしれません.ポスター発表の演者が説明するでもなく,ただポスターの前に漫然と立っている姿もよく見られます.こちらから質問しようと思っても,十分に説明してくれないのも困りものです.学会会員同士の活発な質疑応答が,自由な知的活動の尺度となり,ひいては学会全体の活性化の指標となりますから,日頃の研究室のセミナーなどを通して「質問力」の向上を期待したいものです.私の学会デビューのときの質疑応答は忘れ得ぬ思い出で,良い質問をすることの大切さは,その後今でも身にしみて実感しております.

農芸化学大会もほかの国内の学会大会同様,年々巨大化し,しかも法人化されて何となく自由な自主的な知識の交換の場としての地位が低下しつつあるのではないかと危惧しております.幸い農芸化学会は,「生命・食・環境」の標語のもと専門分野の間口が広い割には,分野別の一般演題はポスターより口頭発表形式が多く,小さな学会のレベルを維持しており,全体として比較的自由な雰囲気を保っているようです.是非学生,院生や若い研究者は,学会の年長者に気兼ねすることなく質問しやすい雰囲気を作り出して,農芸化学大会を盛り上げて欲しいことを願っております.