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ヒザラガイの磁鉄鉱形成メカニズム磁石の歯形成にかかわるタンパク質の探索

Michiko Nemoto

根本 理子

岡山大学

Published: 2017-09-20

磁性鉱物の一種である磁鉄鉱(Fe3O4)は,マグマから形成される火成岩の一成分として環境中に分布している.1962年にLowenstamが世界で初めて,生物由来の磁鉄鉱であるヒザラガイの歯を発見し,報告した(1)1) H. A. Lowenstam: Geol. Soc. Am. Bull., 73, 435 (1962)..この報告により初めて,磁鉄鉱が生体内の穏和な条件下において形成されることが示された.その後,細菌や魚,鳥からも磁鉄鉱が発見され報告されている.生体内で磁鉄鉱を形成するため,生物はタンパク質などの有機物を使って鉄の濃縮や酸化還元を制御していると考えられる.

Lowenstamはさらに,磁鉄鉱からなるヒザラガイの歯が高い機械的強度をもつことを示した.Weaverらがナノインデンターを用いて行った硬さ測定の結果から,ヒザラガイの歯が生物由来の鉱物(バイオミネラル)のなかで最も高い硬度および剛性をもつことが示された(2)2) J. C. Weaver, Q. Q. Wang, A. Miserez, A. Tantuccio, R. Stromberg, K. N. Bozhilov, P. Maxwell, R. Nay, S. T. Heier, E. DiMasi et al.: Mater. Today, 13, 42 (2010)..その耐摩耗性は高強度材料として,歯科材料や研磨材,切削工具などに用いられるジルコニアを超えることが示されている.ヒザラガイの歯の形成機構を明らかにすることで,この超硬質歯を模倣した新しい耐摩耗性材料を創製できる可能性がある.

ヒザラガイの歯はリボン状の基底膜上に70列以上並んでおり,この組織は歯舌と呼ばれている.歯舌上にある個々の歯の歯冠部に磁鉄鉱が沈着している.ヒザラガイは歯舌の前方の数列の歯のみ摂食に利用しており,歯が擦り減ると,新しく形成された歯が後方から前に押し出されることにより歯が新生される.そのため,ヒザラガイの歯舌上では常に新しい歯が形成されている.歯の形成においては,まずα-キチンを主成分とする歯の基盤構造が形成される.この段階では鉄はほとんど沈着しておらず,有機物からなる透明な構造体である.その後,酸化鉄が沈着し,赤茶色を呈するようになる.さらに酸化鉄の結晶化が進むことで,黒色の磁鉄鉱が沈着した歯が形成される.ヒザラガイの歯舌上には上記の異なる結晶化ステージの酸化鉄を有する歯が同時に存在しているため(図1図1■オオバンヒザラガイの歯舌),生物による磁鉄鉱形成のプロセスを理解するうえで優れた研究材料であると言える.

図1■オオバンヒザラガイの歯舌

左側が未成熟の歯で右にいくほど酸化鉄の結晶化が進んでいる

筆者らは世界最大のヒザラガイであるオオバンヒザラガイ(学名:Cryptochiton stelleri)を用いて,形成過程にある歯の詳細な解析を行った.酸化鉄の沈着を示す赤茶色を呈した最初の歯およびその後に続く4列の歯を電子顕微鏡により解析した.その結果,歯冠部のキチン繊維上に酸化鉄の前駆体と思われるミネラルが沈着し,歯の成熟が進むにつれ,沈着したミネラルのサイズが増大していく様子が確認された.シンクロトロン放射光を用いたX線回折より,最初に沈着したミネラルは非晶質の酸化鉄であるフェリハイドライドであること,歯の成熟化に伴い,フェリハイドライトが磁鉄鉱に変化していくことが確認された(3)3) Q. Q. Wang, M. Nemoto, D. S. Li, J. C. Weaver, B. Weden, J. Stegemeier, K. N. Bozhilov, L. R. Wood, G. W. Milliron, C. S. Kim et al.: Adv. Funct. Mater., 23, 2908 (2013)..さらに,電子顕微鏡解析から,歯の前方部と後方部で,キチン繊維の密度と沈着するミネラルのサイズおよび数が異なることが示された(図2図2■形成過程にあるヒザラガイの歯の模式図).前方部はキチン繊維が密に存在し,直径20~50 nmのミネラルが多数沈着していた.一方,後方部のキチン繊維はよりまばらに存在し,キチン繊維上には直径100~200 nmのミネラルが沈着していたが,その数は前方部に比べると少なかった.上記観察結果より,キチン繊維がミネラル沈着部を提供していると考えられ,キチン繊維が密に存在している前方部では沈着するミネラルの数が多くなり,結果として個々のミネラルのサイズが小さくなったのに対し,キチン繊維がまばらな後方部では沈着するミネラルの数が少ないため,個々のミネラルのサイズが大きくなったと考えられた.ところで,磁鉄鉱が沈着した歯冠部と,磁鉄鉱を沈着しておらず主に有機物からなる基底部および基底膜は同じα-キチンで構成されている.このことから,歯冠部のキチン繊維上に酸化鉄を沈着するタンパク質などの有機物の存在が示唆された.

図2■形成過程にあるヒザラガイの歯の模式図

そこで筆者らは歯冠部特異的に存在するタンパク質を同定することを目的とし,磁鉄鉱が沈着した歯冠部を基底部から分離した.その後,歯冠部とそのほかの有機膜部分(基底部および基底膜)それぞれからタンパク質を抽出し,nano-LC-MSを用いて解析を行った(4)4) M. Nemoto, Q. Q. Wang, D. S. Li, S. Q. Pan, T. Matsunaga & D. Kisailus: Proteomics, 12, 2890 (2012)..オオバンヒザラガイのゲノムは未解読であるため,de novoペプチド配列解析法を用いてアミノ酸配列を決定した.その結果,6個のタンパク質が歯冠部特異的なタンパク質として同定された.同定されたタンパク質のうち,酸素運搬にかかわるミオグロビンは酸化鉄形成の際の酸素濃度の調節に関与している可能性が示唆された.また,加水分解酵素であるジエンラクトンヒドロラーゼに相同性を示すタンパク質が同定された.海綿のシリカ骨格から分離されたシリカテインタンパク質は,システインプロテアーゼに相同性を示し,活性中心残基がシリカの前駆体となるシリコンアルコキシドの加水分解およびその後の重縮合反応を触媒することが示されている(5)5) J. N. Cha, K. Shimizu, Y. Zhou, S. C. Christiansen, B. F. Chmelka, G. D. Stucky & D. E. Morse: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 361 (1999)..このことから,歯冠部から同定された加水分解酵素も,酸化鉄のバイオミネラリゼーションにおいて同様の触媒機能をもつ可能性がある.さらに,歯冠部特異的なペプチドとして,酸性アミノ酸を配列中に多く含むペプチドが同定された.複数の報告から酸性アミノ酸が酸化鉄形成において重要な役割を担っている可能性が示唆されている.磁性細菌から磁鉄鉱の形状制御にかかわるMms6タンパク質が分離,同定されている.このMms6タンパク質の配列中に含まれる酸性アミノ酸が連続したドメインは鉄イオンの結合にかかわることが示されている(6)6) A. Arakaki, J. Webb & T. Matsunaga: J. Biol. Chem., 278, 8745 (2003)..また,Gordonらは,ポリアスパラギン酸が,熱力学的に準安定相であり生理的条件下では形成されにくいフェリハイドライトの形成を促進することを示した(7)7) L. M. Gordon, J. K. Roman, R. M. Everly, M. J. Cohen, J. J. Wilker & D. Joester: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 11506 (2014)..これらのことから,ヒザラガイの歯冠部特異的に存在する酸性のペプチドは磁鉄鉱の前駆体であるフェリハイドライトの沈着にかかわっている可能性が示唆される.

ヒザラガイにおいて磁鉄鉱沈着を制御するタンパク質を特定することができれば,センサーやメモリの作製に用いられる金属酸化物の基板上へのパターニング技術に応用できる可能性がある.今後,歯冠部から同定されたタンパク質の遺伝子発現解析や機能解析などの分子生物学的研究と,生物のシステムを模倣した酸化鉄合成などの材料科学的研究を組み合わせた学際的な研究により,ヒザラガイの磁鉄鉱形成分子メカニズムの解明がさらに進むことが期待される.

Reference

1) H. A. Lowenstam: Geol. Soc. Am. Bull., 73, 435 (1962).

2) J. C. Weaver, Q. Q. Wang, A. Miserez, A. Tantuccio, R. Stromberg, K. N. Bozhilov, P. Maxwell, R. Nay, S. T. Heier, E. DiMasi et al.: Mater. Today, 13, 42 (2010).

3) Q. Q. Wang, M. Nemoto, D. S. Li, J. C. Weaver, B. Weden, J. Stegemeier, K. N. Bozhilov, L. R. Wood, G. W. Milliron, C. S. Kim et al.: Adv. Funct. Mater., 23, 2908 (2013).

4) M. Nemoto, Q. Q. Wang, D. S. Li, S. Q. Pan, T. Matsunaga & D. Kisailus: Proteomics, 12, 2890 (2012).

5) J. N. Cha, K. Shimizu, Y. Zhou, S. C. Christiansen, B. F. Chmelka, G. D. Stucky & D. E. Morse: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 361 (1999).

6) A. Arakaki, J. Webb & T. Matsunaga: J. Biol. Chem., 278, 8745 (2003).

7) L. M. Gordon, J. K. Roman, R. M. Everly, M. J. Cohen, J. J. Wilker & D. Joester: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 11506 (2014).