Kagaku to Seibutsu 55(10): 663-665 (2017)
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きのこ類のキチン分解酵素と形態形成への寄与自身を壊して変身するきのこ
Published: 2017-09-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
キチンは直鎖構造のポリ(1,4)-N-アセチル-β-D-グルコサミンで,主にカニやエビなどの甲殻類,昆虫の殻,いかの軟骨などに含まれることが知られている.またキチンは真菌類の細胞壁の構成要素でもある.特に糸状菌はその細胞壁中の10~30%程度キチンが含まれると報告されている.キチンは,植物細胞壁の主成分であるセルロース(β-1,4-グルカン)につぐ第二のバイオマスと呼ばれる一方,セルロースと比べると利用されている割合が低く,最後のバイオマスとも呼ばれる.近年,キチンもセルロースと同様にナノファイバー化することにより,新たな利用法の可能性が広がっている.また,キチンは分解産物であるN-アセチルグルコサミン(またはグルコサミン)の原料としても用いられる.普段われわれが食しているきのこ類も糸状菌の一種であることから,われわれは日常的にキチンを摂取していることになる.よって,キチンの食品への利用を考える際に,きのこ由来のキチンおよびキチン分解酵素は有用であり,その応用展開が期待される.
キチンは糸状菌の細胞壁構成成分であることから,キチンの合成と分解は糸状菌の形態形成に大きな役割を果たしていると考えられる.カビ類(主に子嚢菌類に属する糸状菌)の形態形成における,キチン合成酵素および分解酵素の役割はよく調べられており,これらキチン関連酵素を欠損した変異体では,菌糸形態や胞子形成に影響が出ることが知られている.一方,きのこ類(主に担子菌類に属する糸状菌)では,キチン合成酵素や分解酵素が形態形成に果たす役割は未知な点が多い.
近年の菌類ゲノム情報の増加に伴って,きのこ類が多数の(自身の)細胞壁分解酵素(自己消化酵素)をもつことが明らかになりつつある.特に,キチンと並ぶきのこ類の細胞壁成分であるβ-1,3-1,6-グルカンを分解する酵素(β-1,3-グルカナーゼ,β-1,6-グルカナーゼ)の研究が進んでおり,これまで,Glycoside hydrolase(GH)ファミリーのうち,GH5, GH16, GH30, GH55, GH128,およびThaumatin-like proteinなどが自身の細胞壁分解にかかわることが明らかになっている(1)1) Y. Sakamoto, K. Nakade, N. Konno & T. Sato: “Food Quality, ” Intech, 2012, pp. 83–110..それらの酵素は,菌糸伸長,子実体の柄の伸長,傘の自己消化の過程で発現が上昇することから,形態形成過程の細胞壁の再構築にかかわっていると考えられている(1)1) Y. Sakamoto, K. Nakade, N. Konno & T. Sato: “Food Quality, ” Intech, 2012, pp. 83–110..一方,キチン分解酵素(キチナーゼ)についても同様に,柄の伸長過程や傘の自己消化過程で活性が上昇することが知られているが,近年まで酵素精製から遺伝子クローニングまで完了したきのこ由来のキチナーゼはほとんどなかった.
キチナーゼは主にGH18とGH19に属し,菌類からはGH18の報告が多く,GH19は菌類からはほとんど報告されていない.近年,ウシグソヒトヨタケ(Coprinopsis cinerea)というきのこから,傘の自己消化過程で発現するGH18遺伝子(chiIII)をPichia pastorisで発現させることで,その酵素活性を明らかにした論文が発表された(2)2) X. Niu, C. Liu, Y. Xiong, M. Yang, F. Ma, Z. Liu & S. Yuan: J. Agric. Food Chem., 64, 6958 (2016)..chiIIIは,キチン結合ドメインをもつ典型的なキチナーゼ遺伝子をコードしており,exo型の活性とendo型の活性の両方をもつことが示された(2)2) X. Niu, C. Liu, Y. Xiong, M. Yang, F. Ma, Z. Liu & S. Yuan: J. Agric. Food Chem., 64, 6958 (2016)..また,Coprinellus congregatusというきのこから,キチン結合ドメインをもたないGH18酵素(chi2)が得られ,キチナーゼ活性を有することが報告された(3)3) Y. Kang, H. Kim & H. T. Choi: J. Microbiol., 51, 189 (2013)..われわれは,シイタケ(Lentinula edodes)におけるトランスクリプトーム研究から,シイタケ収穫後の自己消化過程で,chiIIIのホモログ遺伝子(chi3)を含むGH18ドメインをもつ酵素の発現が上昇することを明らかにしている(4)4) Y. Sakamoto, K. Nakade & T. Sato: Curr. Genet., 55, 409 (2009).(図1図1■シイタケの成長段階に応じて発現するキチン分解酵素).そこでわれわれは,シイタケにおけるキチン分解酵素を特定する目的で,強い細胞壁分解活性が得られる収穫後の子実体からキチナーゼの酵素精製を試みたが,結晶性キチンを分解する強い活性を見いだすことができなかった.一方,結晶性キチンをシイタケ子実体抽出液と市販のエンド型キチナーゼ(Streptomyces属由来,SIGMA)で処理すると,キチナーゼを単独で反応させたときよりもN-アセチルグルコサミン生成量が大幅に増大することが明らかになった(図2図2■収穫後シイタケ子実体より抽出した粗酵素溶液によるキチン分解活性の評価).そこで,各種カラムクロマトグラフィーを用いてシイタケ抽出液からキチンオリゴ糖分解活性をもつ2種の酵素,LeHex20A(79 kDa)およびLeHex20B(75 kDa)を精製した.N末端配列をもとに遺伝子をクローニングしたところ,両酵素ともGHファミリー20に属した(5, 6)5) N. Konno, H. Takahashi, M. Nakajima, T. Takeda & Y. Sakamoto: AMB Express, 2, 29 (2012).6) N. Konno, A. Obara & Y. Sakamoto: J. Wood Sci., 61, 178 (2015)..ほかの生物由来のGH20酵素群には,活性中心付近にHxGGモチーフが共通に存在することが知られている.しかしながら,LeHex20AとLeHex20Bでは共にこの部分がSxGGとなっており,これは担子菌類のGH20に特有のモチーフであると考えられた.LeHex20AとLeHex20Bはきのこ類(担子菌類)から初めて単離・同定されたGH20酵素であるが,各種データベースを用いた相同性解析の結果,これらのホモログがきのこ類に幅広く保存されていることが明らかになった.LeHex20AとLeHex20Bのアミノ酸配列における相同性は57%であった.シイタケにおけるこれら酵素の発現パターンを解析したところ,LeHex20Aは収穫後の子実体の自己消化に,LeHex20Bは子実体の柄の伸長に主に寄与していると予想され,2つの酵素で役割が異なることが明らかとなった(図1図1■シイタケの成長段階に応じて発現するキチン分解酵素).酵素特性解析を行った結果,両酵素はN-アセチルグルコサミン系基質(pNP-GlcNAc)のみならず,N-アセチルガラクトサミン系基質(pNP-GalNAc)も分解できることから,β-N-アセチルヘキソサミニダーゼ(EC 3.2.1.52)と同定された(5, 6)5) N. Konno, H. Takahashi, M. Nakajima, T. Takeda & Y. Sakamoto: AMB Express, 2, 29 (2012).6) N. Konno, A. Obara & Y. Sakamoto: J. Wood Sci., 61, 178 (2015)..一般的なβ-N-アセチルヘキソサミニダーゼは二糖を主に分解し,長鎖基質には作用しにくい.一方,LeHex20AとLeHex20Bは,長鎖キチンオリゴ糖(三~六糖)にも活性を示し,キチン二糖よりもむしろキチン四~六糖に対してのほうが高い基質親和性(Km)を有した.これらの特性から,ほかの生物由来のβ-N-アセチルヘキソサミニダーゼと比較して,エンド型キチナーゼとの高い協調性が期待できる.酵素反応生成物について分析したところ,単糖であるN-アセチルグルコサミンのみを生成する,エキソ型の酵素であることが明らかとなった.N-アセチルグルコサミンのような機能性食品素材を安心・安全に提供するためには,食品由来の酵素を利用して製造することが望ましいことから,LeHex20AとLeHex20BはキチンからのN-アセチルグルコサミン生産において有用な酵素であると考えている.
成長段階では,LeHexB(GH20)が高発現し,収穫後の自己分解過程で,LeHexA(GH20), chi1,2,3(GH18), cho1(GH75), chd1(CE4)の発現が上昇することが明らかになっている.
シイタケ子実体収穫後には,GH18, GH20以外に,キチン結合ドメインであるLyMドメイン(carbohydrate binding domain 50)をもつタンパク質の発現が上昇することも明らかになっている(4)4) Y. Sakamoto, K. Nakade & T. Sato: Curr. Genet., 55, 409 (2009)..これらキチン結合タンパク質は,GH18やGH20をはじめとするキチン分解酵素群と協調して,きのこ細胞壁のキチン分解にかかわっている可能性があり,今後の研究展開に興味がもたれる.また,シイタケはキチンが脱アセチル化されたキトサンの分解にかかわると考えられる酵素をもつことも明らかになっている.これまでの担子菌類のゲノム解読の結果から,ほとんどの担子菌がGHファミリー75に属するキトサナーゼ遺伝子をもたないのに対し,シイタケを含むホウライタケ科のきのこ類はGH75をもっていることが明らかになった(4)4) Y. Sakamoto, K. Nakade & T. Sato: Curr. Genet., 55, 409 (2009)..シイタケにおいては,GH75遺伝子(cho1)は子実体収穫後に発現が上昇する.また,キチンデアセチラーゼ遺伝子(chd1)の発現も同時に上昇することから(4)4) Y. Sakamoto, K. Nakade & T. Sato: Curr. Genet., 55, 409 (2009).,シイタケにおいては,キチン分解だけでなく,キトサン分解経路も有している可能性が示唆されている.今後は,P. pastorisや麹菌などで上記の遺伝子の組替え酵素を発現させて,きのこ類におけるキチンおよびキトサンの分解様式,およびこれら酵素群の形態形成への関与を解明していきたいと考えている.
Reference
1) Y. Sakamoto, K. Nakade, N. Konno & T. Sato: “Food Quality, ” Intech, 2012, pp. 83–110.
3) Y. Kang, H. Kim & H. T. Choi: J. Microbiol., 51, 189 (2013).
4) Y. Sakamoto, K. Nakade & T. Sato: Curr. Genet., 55, 409 (2009).
5) N. Konno, H. Takahashi, M. Nakajima, T. Takeda & Y. Sakamoto: AMB Express, 2, 29 (2012).
6) N. Konno, A. Obara & Y. Sakamoto: J. Wood Sci., 61, 178 (2015).