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アブシジン酸誘導気孔閉口におけるカルシウムシグナル制御機構明らかになった植物のカルシウムシグナル暗号解読システム

Shintaro Munemasa

宗正 晋太郎

岡山大学大学院環境生命科学研究科

Published: 2017-09-20

カルシウムイオン(Ca2+)は,ほぼすべての真核生物において重要なセカンドメッセンジャーとして機能する.植物においてCa2+は,非生物学的ストレス応答(塩・乾燥など),病害応答,ミネラル吸収,光感知など数多くの重要な生理学的過程の調節に関与することが知られている(図1図1■Ca2+はさまざまな生理応答を制御するセカンドメッセンジャーである).さまざまな環境刺激は,細胞質遊離Ca2+濃度([Ca2+cyt)の上昇を誘導する.[Ca2+cyt上昇は,カルモジュリンやCa2+依存性タンパク質リン酸化酵素(Ca2+-dependent protein kinase; CPK)などのCa2+センサータンパク質によって認識され,下流のシグナル伝達を活性化する.モデル植物であるシロイヌナズナのゲノム上には,EFハンド(Ca2+結合モチーフ)を有するCa2+センサータンパク質をコードする遺伝子が200個以上存在することが示されており(1)1) I. S. Day, V. S. Reddy, G. Shad Ali & A. S. Reddy: Genome Biol., 3, research0056.1 (2002).,多くの細胞で複数のCa2+センサータンパク質が同時発現していることが明らかとなっている.ここで起こる疑問は,数多くのシグナル伝達で働く共通メッセージであるCa2+を,植物はどのように解読して入力刺激を判別し,適切な生理応答へと導くのか,という点である(図1図1■Ca2+はさまざまな生理応答を制御するセカンドメッセンジャーである).植物におけるこのCa2+シグナル暗号解読機構の一端が近年明らかとなった.

図1■Ca2+はさまざまな生理応答を制御するセカンドメッセンジャーである

陸生高等植物の葉の表皮に存在する気孔は,一対の孔辺細胞と呼ばれる細胞から形成された小孔である.植物は気孔を開くことで,光合成に必要な二酸化炭素を吸収し,また同時に蒸散により水蒸気を放出することで土壌中の栄養を根から吸収するために必要な駆動力を得ている.しかし水の利用が限られた乾燥ストレス下では,植物は気孔を速やかに閉口し水分損失を抑制する必要がある.この乾燥ストレスに応答した気孔閉口を制御する植物ホルモンがアブシジン酸(ABA)である.ABAは乾燥ストレス下で生合成され,気孔閉口を誘導することで過度の蒸散による水分損失を抑制する.気孔閉口運動を制御する孔辺細胞ABAシグナル伝達において,Ca2+は重要なセカンドメッセンジャーとして機能することが20年以上も前から明らかとなっている(2)2) M. R. McAinsh, C. Brownlee & A. M. Hetherington: Nature, 343, 186 (1990)..ABAに応答して速やかに孔辺細胞[Ca2+cytの上昇が起こる.[Ca2+cyt上昇によって,Ca2+センサータンパク質CPKが活性化する.活性化したCPKは,孔辺細胞原形質膜に存在する陰イオン排出チャネルSLAC1をリン酸化する.リン酸化されたSLAC1は孔辺細胞から陰イオンの排出を誘導する.その結果,原形質膜が脱分極し電位依存性カリウムイオンチャネルGORKによるカリウムイオンの流出,浸透圧の低下に伴う水の流出が起こり,膨圧が低下し最終的に気孔が閉口する(図2図2■孔辺細胞におけるABAシグナル伝達の模式図).

図2■孔辺細胞におけるABAシグナル伝達の模式図

過去の多くの研究によって,孔辺細胞[Ca2+cyt上昇は,ABA処理せずとも一定の割合で観察されることが報告されている.また興味深いことにCa2+は,気孔開口を誘導する青色光のシグナル伝達においても正の調節因子として機能することが示唆されている(3)3) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007)..気孔の開口と閉口,その両方の調節に関与するメッセンジャーCa2+,いったい孔辺細胞はこのCa2+暗号をどのように解読しているのだろうか?

米国カリフォルニア大学サンディエゴ校Julian Schroeder博士らの研究グループは,ABAシグナル伝達の負の制御因子であるタンパク質脱リン酸化酵素2C(PP2C)を機能欠損したシロイヌナズナ変異体が,非特異的な孔辺細胞[Ca2+cyt上昇に応答することを見いだした(4)4) B. Brandt, S. Munemasa, C. Wang, D. Nguyen, T. Yong, G. P. Yang, E. Poretsky, F. T. Belknap, R. Waadt, F. Aleman et al.: eLife, 4, e03599 (2015)..野生株では,孔辺細胞[Ca2+cyt上昇を人為的に誘導しても,ABAが存在しなければSLAC1チャネルの活性化は起こらない.ところがPP2C遺伝子破壊変異体では,ABAが存在せずとも,[Ca2+cyt上昇に応答してSLAC1チャネル活性化が起こる(4)4) B. Brandt, S. Munemasa, C. Wang, D. Nguyen, T. Yong, G. P. Yang, E. Poretsky, F. T. Belknap, R. Waadt, F. Aleman et al.: eLife, 4, e03599 (2015).

ABAシグナルの初期応答は,ABA受容体であるPYR/PYL/RCAR, PP2C,そしてCa2+非依存性タンパク質リン酸化酵素SnRK2によって制御される(図2図2■孔辺細胞におけるABAシグナル伝達の模式図).ABA非存在下では,PP2CがSnRK2を脱リン酸化することで下流のシグナル伝達を抑制している.SnRK2は,CPKと同様にSLAC1をリン酸化して活性化することが報告されている.最近の研究によって,PP2CがSnRK2に加えて,SnRK2とCPKの基質であるSLAC1を直接脱リン酸化することが明らかとなった(4, 5)4) B. Brandt, S. Munemasa, C. Wang, D. Nguyen, T. Yong, G. P. Yang, E. Poretsky, F. T. Belknap, R. Waadt, F. Aleman et al.: eLife, 4, e03599 (2015).5) T. Maierhofer, M. Diekmann, J. N. Offenborn, C. Lind, H. Bauer, K. Hashimoto, K. A. S. Al-Rasheid, S. Luan, J. Kudla, D. Geiger et al.: Sci. Signal., 7, ra86 (2014).

以上の研究成果をまとめると(6)6) S. Munemasa, F. Hauser, J. Park, R. Waadt, B. Brandt & J. I. Schroeder: Curr. Opin. Plant Biol., 28, 154 (2015).,ABAシグナルが「OFF」の状態—すなわち,PP2CがSLAC1を脱リン酸化している状態—では,[Ca2+cyt上昇によってCPKが活性化しSLAC1をリン酸化しても,PP2Cが速やかにSLAC1を脱リン酸化する(図2図2■孔辺細胞におけるABAシグナル伝達の模式図:左側).そのためSLAC1は活性化せず,気孔は閉口しない.つまり非特異的[Ca2+cyt上昇によるSLAC1活性化,それに続く気孔閉口応答をPP2Cが抑制しているのである.反対にABAシグナルが「ON」の状態—すなわち,ABAが受容体PYR/PYL/RCARによって認識されてPP2Cが不活性化している状態—では,SnRK2とCPKによってリン酸化されたSLAC1が活性化し,気孔が閉口する(図2図2■孔辺細胞におけるABAシグナル伝達の模式図:右側).以上の研究成果は,PP2CによるSLAC1の脱リン酸化が,孔辺細胞Ca2+シグナルの特異性を決定するキーステップであることを示すものである.

SnRK2が媒介するCa2+非依存性経路とCPKが媒介するCa2+依存性経路に何らかのクロストーク機構が存在することが示唆されている(4)4) B. Brandt, S. Munemasa, C. Wang, D. Nguyen, T. Yong, G. P. Yang, E. Poretsky, F. T. Belknap, R. Waadt, F. Aleman et al.: eLife, 4, e03599 (2015).図2図2■孔辺細胞におけるABAシグナル伝達の模式図:右側).しかしその詳細は不明である.またアフリカツメガエル卵母細胞を用いた異種発現系での解析によって,CPKとは別タイプのCa2+感受性タンパク質リン酸化酵素によるSLAC1活性制御機構の存在も示唆されているが,植物体を用いた解析はまだ行われておらずその生理学的意義は不明である(5)5) T. Maierhofer, M. Diekmann, J. N. Offenborn, C. Lind, H. Bauer, K. Hashimoto, K. A. S. Al-Rasheid, S. Luan, J. Kudla, D. Geiger et al.: Sci. Signal., 7, ra86 (2014)..今後の研究により植物におけるCa2+シグナルの理解が進むことが期待される.

Reference

1) I. S. Day, V. S. Reddy, G. Shad Ali & A. S. Reddy: Genome Biol., 3, research0056.1 (2002).

2) M. R. McAinsh, C. Brownlee & A. M. Hetherington: Nature, 343, 186 (1990).

3) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).

4) B. Brandt, S. Munemasa, C. Wang, D. Nguyen, T. Yong, G. P. Yang, E. Poretsky, F. T. Belknap, R. Waadt, F. Aleman et al.: eLife, 4, e03599 (2015).

5) T. Maierhofer, M. Diekmann, J. N. Offenborn, C. Lind, H. Bauer, K. Hashimoto, K. A. S. Al-Rasheid, S. Luan, J. Kudla, D. Geiger et al.: Sci. Signal., 7, ra86 (2014).

6) S. Munemasa, F. Hauser, J. Park, R. Waadt, B. Brandt & J. I. Schroeder: Curr. Opin. Plant Biol., 28, 154 (2015).