Kagaku to Seibutsu 55(10): 684-689 (2017)
解説
全自動1細胞解析単離装置—開発経緯と応用事例—1細胞単離ロボットが拓く新しい細胞スクリーニング
Automated Single-Cell Analysis and Isolation System: Basics and Applications—A Paradigm Shift in the Cell Screening System by Single-Cell Isolation Robot
Published: 2017-09-20
生命科学分野での細胞解析,有用物質生産分野での高産生株樹立,医療分野での細胞診断などにおいて,莫大な数の細胞ライブラリーから目的細胞を生きたまま1細胞単離することは非常に重要である.従来は,本目的のためにセルソーターが主に用いられてきたが,目的細胞存在率が極めて低いサンプル,再利用が必要な貴重サンプル,各種ストレスに対し脆弱なサンプルには不向きであり,また細胞性状の経時的変化に基づく選抜は不可能であった.本稿では,われわれが最近実用化した全自動1細胞解析単離装置(1細胞単離ロボット)の概略とともに,同ロボットにより初めて可能になった「1細胞育種コンセプト」に基づく細胞スクリーニングシステムについて紹介する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
細菌や酵母などの微生物の細胞ライブラリーから最良の形質を有する株を選抜するには,コロニーを形成させ,各コロニーを単離培養してから各種評価を行う.動物細胞の場合も同様に,細胞ライブラリーを限界希釈してコロニーを形成させ,各コロニーを単離培養してから評価を行う.このとき,1細胞から生じるコロニーに含まれる細胞群は単クローン(遺伝子的に均一)であるため,その表現型は均一であると長年信じられてきた.しかし,最近ではエピジェネティックな効果により遺伝子発現の確率論的変動(stochastic fluctuation)が引き起こされ,同じコロニー内の各細胞間の表現型のばらつき(cellular heterogeneity)が指摘されている(1)1) U. Ben-David & N. Benvenisty: Nat. Rev. Cancer, 11, 268 (2011).(図1図1■1コロニー育種と1細胞育種の比較).これは,細胞を用いる研究や産業において,絶えず細胞を維持・育種し続ける必要性を示している.一方,細胞を用いる現場において,目的形質を長期間高度かつ安定に維持する「エリート細胞」が活躍していることが知られている.そこで今後は,時間と手間を浪費するコロニー形成や大規模培養などを経ずに1細胞単位で迅速にエリート細胞を選抜できることが,細胞育種におけるハイスループット化および効率化の観点から重要と考えられている(「1コロニー育種」から「1細胞育種」への転換)(2)2) N. Yoshimoto & S. Kuroda: J. Biosci. Bioeng., 117, 394 (2014)..たとえば,従来の1コロニー育種においてマスターセルバンクとなるコロニーには,エリート細胞以外の細胞が混在する可能性が高いが,1細胞育種においては,エリート細胞のみからなるマスターセルバンクを短期間で得ることも可能である(図1図1■1コロニー育種と1細胞育種の比較).
一方,莫大な細胞ライブラリーから目的細胞を選抜して単離する装置としては,「セルソーター」がデファクトスタンダードとして長い間用いられてきた.同装置は細胞懸濁液を液滴化して層流(ラミナフロー)に乗せ,各細胞の形質(形状,大きさ,細胞表層マーカーなど)を散乱光と蛍光で評価して,目的細胞を同定し,電荷をかけて1細胞単離する.同装置は1秒あたり数万細胞を処理できるハイスループット性を有しているが,細胞に対して化学的ストレス(シース液)や物理的ストレス(高電圧,高水圧,超音波)を与えるために生存率が低いことが課題である.また,同装置は目的細胞の存在率が0.1%以下になると分光学的に同定が困難なこと,細胞ライブラリー全体を解析した後の選抜が不可能なこと,そして流路系のデッドスペースが大きく貴重な細胞サンプルの再利用が困難なことも課題である.さらに,同装置は各種刺激に対する細胞群の経時的変化(細胞内Caイオン変化)などを追跡するタイムラプス機能を付与することも不可能である.そのため,上述の「1細胞育種」を実現するにはセルソーターでは不十分と考えられた(表1表1■代表的セルソーターと全自動1細胞解析単離装置の比較).
各種特性 | セルソーター | 全自動1細胞解析単離装置 |
---|---|---|
細胞試料: | ||
単離可能な目的細胞存在率 | >0.1% | ~0.001% |
最適細胞濃度 | 106~107 cells/mL | ~3×105 cells/mL |
最大解析細胞数 | ∞ | ~4×105 cells(ϕ10 µmウェル) |
細胞懸濁液 | 緩衝液,シース液 | 培地 |
細胞塊単離 | 不可 | 可 |
機器: | ||
作動原理 | 1)層流形成 2)超音波振動による液滴形成と荷電 3)荷電液滴の静電単離 | 1)1細胞チャンバーアレイへの導入 2)ガラスキャピラリーによる単離 |
解析速度 | ~70,000 cells/s | ~340,000 cells/20 min |
ソーティング速度 | ~30,000 cells/s | 96 cells/30 min |
流路系ディスポーザビリティ | 困難 | 可 |
ゲート設定 | 一部細胞のプレラン解析に基づく(細胞ロスあり,順位付け不可,細胞再利用不可) | 全細胞解析結果に基づく(細胞ロスなし,順位付け可,細胞再利用可能) |
同時検出可能蛍光色素 | >8色 | ~3色 |
タイムラプス解析 | 不可 | 可 |
細胞形態(透過像)観察 | 不可 | 可 |
われわれは約10年前に,1)培養液中での化学的・物理的ストレスフリーな解析単離,2)目的細胞存在率0.001%への対応,3)細胞ライブラリー全体の解析結果に基づく回収,4)回収済サンプルの再利用,5)タイムラプス機能を実現する全く新しいコンセプトの「全自動1細胞解析単離装置(1細胞単離ロボット)」の開発に着手した.2013年,直径10~30 µmの1細胞チャンバーを最大34万個搭載したセルアレイ部,蛍光顕微鏡とCCDカメラが連動した解析部,グラスキャピラリー装着マイクロポンプを搭載するマニピュレーター(Z方向作動),電動ステージ(XY方向作動)と細胞回収用プレートから構成される単離部から構成された同ロボットが完成した(3)3) N. Yoshimoto, A. Kida, X. Jie, M. Kurokawa, M. Iijima, T. Niimi, A. D. Maturana, I. Nikaido, H. R. Ueda, K. Tatematsu et al.: Sci. Rep., 3, 1191 (2013).(図2図2■全自動1細胞解析単離装置(A)と1細胞チャンバーアレイ(B)).特に1細胞チャンバーアレイは,後述するさまざまな細胞スクリーニング法のために,親水化処理や各種官能基導入を可能にした(立松ら,投稿中).
抗体医薬生産現場において,最も抗体を分泌する細胞株(ハイブリドーマ,CHO細胞など)を選抜し樹立することは重要である.従来は,細胞ライブラリーを限界希釈してコロニー形成させ,全コロニーをそれぞれ培養した後にELISAなどにより選抜を行っていた.しかしながら,本プロセスは所要時間および同時培養細胞数においてハイスループット性を欠いていた.そこでわれわれは,脂質標識抗IgG Fc抗体(捕捉分子)を候補細胞の表面に均一に提示させ,分泌された新生抗体を直ちに捕捉し,蛍光標識抗IgG F(ab′)2F(ab′)2(検出分子)を用いるサンドイッチ蛍光抗体法で新生抗体を1細胞単位で定量する方法を開発した(cell surface-fluorescence immunosorbent assay(CS-FIA),図3図3■CS-FIA法(A)とイムノチャンバー法(B)A).同法は1細胞あたりfg(femtogram, 10−15 g)単位のごく微量の新生抗体をリアルタイム定量できた(4)4) A. Kida, M. Iijima, T. Niimi, A. D. Maturana, N. Yoshimoto & S. Kuroda: Anal. Chem., 85, 1753 (2013)..そして本ロボットを併用すると,約5万個の抗体産生ハイブリドーマから数時間で,親株の10倍以上の抗体産生量を1カ月以上も維持するエリート細胞を得ることができた(3)3) N. Yoshimoto, A. Kida, X. Jie, M. Kurokawa, M. Iijima, T. Niimi, A. D. Maturana, I. Nikaido, H. R. Ueda, K. Tatematsu et al.: Sci. Rep., 3, 1191 (2013)..このとき,同じ細胞ライブラリーを用いてCS-FIA法とセルソーターでスクリーニングを行ったところ,細胞の生存率は本ロボットでは95%以上であったのに対し,セルソーターでは30%未満であった(良元ら,未発表データ).以上の結果は,CS-FIA法と本ロボットとの組み合わせにより,1細胞育種コンセプトに基づいた非侵襲的な抗体産生細胞の迅速樹立が可能であることを示している.また,CS-FIA法は抗体以外の分泌される各種生体分子にも幅広く応用可能である.最近では,製薬会社を中心に細胞表層を捕捉分子で修飾することを敬遠する傾向があるため,1細胞チャンバーにアミノ基を導入して捕捉分子を固定したイムノチャンバー法も開発している(立松ら,投稿中;図3図3■CS-FIA法(A)とイムノチャンバー法(B)B).この方法により,隣接する1細胞チャンバーに分泌された各種生体分子を拡散させることなくリアルタイム定量することができる.
胚性幹細胞(ES細胞)などの各種幹細胞における多分化能マーカーは再生医療において重要であるが,その発現量も確率論的変動を示すことが多い.われわれは,高度な多分化能を安定的に保持する幹細胞株の樹立を目指して,同マーカーRex1遺伝子をEGFP(緑色蛍光タンパク質)遺伝子と融合してマウスES細胞に導入した.次に,本ロボットにより約10万個の細胞ライブラリーから最も高いEGFP由来蛍光を示す23細胞を1時間未満で得た.その後,これらの細胞から約2カ月間培養してもRex1-EGFP発現量が高度に維持されているマウスES細胞(エリート細胞)を3株得ることができた(2)2) N. Yoshimoto & S. Kuroda: J. Biosci. Bioeng., 117, 394 (2014)..以上の結果は,幹細胞株の樹立においても本ロボットによる1細胞育種が有効であることを示している.
各種受容体に作動する化合物群は,近年の分子創薬において非常に重要である.従来は,膨大な数の化合物セットを用意し,各種受容体を発現する動物細胞を用いて多大な労力と時間をかけてスクリーニングを行ってきた(スクリーニングロボットの登場は省力化を進めたが作業内容は変わらなかった).しかし,動物細胞の内在性シグナルカスケードとのクロストークにより,しばしば各受容体の活性化を定量的に取り扱うことが困難であった.そこでわれわれは,取り扱い容易でヒト受容体由来シグナルとクロストークしない出芽酵母に各種ヒト受容体(上皮成長因子受容体(EGFR),インターロイキン5受容体(IL5R),ソマトスタチン受容体(SSTR5))をリガンド依存的に活性化できる状態で発現させた(5~7)5) N. Yoshimoto, K. Tatematsu, M. Iijima, T. Niimi, A. D. Maturana, I. Fujii, A. Kondo, K. Tanizawa & S. Kuroda: Sci. Rep., 4, 4242 (2014).7) J. Ishii, M. Moriguchi, K. Y. Hara, S. Shibasaki, H. Fukuda & A. Kondo: Anal. Biochem., 426, 129 (2012)..このとき,酵母に最適化したシグナルペプチドを付加し,さらに形質転換効率が高くかつ受容体分子が安定に存在できる酵母株を選抜して使用した.次に,ロイシンジッパーを形成するαヘリックス側面の5アミノ酸残基をランダマイズ化したペプチドライブラリーで,上記化合物セットを代替することにした(図4図4■ヒト受容体発現酵母によるde novoアゴニストスクリーニング左).本ライブラリーは立体構造が固定されており,一般的なペプチドが引き起こすinduced fitによる偽陽性出現の可能性が低く,さらに受容体結合残基の空間情報(ファーマコフォア)の同定が容易である(8)8) R. El-Haggar, K. Kamikawa, K. Machi, Z. Ye, Y. Ishino, T. Tsumuraya & I. Fujii: Bioorg. Med. Chem. Lett., 20, 1169 (2010)..また,本ライブラリーを自己分泌形式により1細胞単位で作動させるため,ペプチドライブラリーのN末端側にシグナルペプチド,C末端側に細胞壁結合タンパク質FLO42を融合した(9)9) N. Sato, T. Matsumoto, M. Ueda, A. Tanaka, H. Fukuda & A. Kondo: Appl. Microbiol. Biotechnol., 60, 469 (2002)..そこで,EGFRおよびペプチドライブラリーを共発現する酵母(約20万細胞)を固定化した後,抗リン酸化EGFR抗体により蛍光免疫染色を行い1細胞単離ロボットに供した.このとき,ペプチドライブラリーがEGFRアゴニストとして作動した場合,EGFRの自己リン酸化が誘導され,酵母細胞が蛍光を呈する(図4図4■ヒト受容体発現酵母によるde novoアゴニストスクリーニング左).蛍光強度順に上位8細胞を15分程度で単離し,1細胞PCRにより当該ペプチド遺伝子を回収し,大腸菌を用いて当該ペプチドを発現精製した後,EGFRを過剰発現するA431細胞に作用させた.その結果,全く新しい構造のペプチド6種類がEGFRアゴニストとして作動することが判明した(5)5) N. Yoshimoto, K. Tatematsu, M. Iijima, T. Niimi, A. D. Maturana, I. Fujii, A. Kondo, K. Tanizawa & S. Kuroda: Sci. Rep., 4, 4242 (2014)..以上の結果は,目的細胞存在率が極めて低い細胞スクリーニングにおいて,本ロボットは有効であることを示している.
上記のホモ複合体型受容体EGFRと同様に,ヘテロ複合体型受容体IL5Rを構成するIL5Rα鎖,共通β鎖,JAK2チロシンキナーゼ,およびその基質である転写因子STAT5aを酵母に共発現させた.FLO42を介してIL5を細胞壁に同時発現させたとき,JAK2の自己リン酸化に続きSTAT5aのリン酸化が誘導されたことから,IL5Rアゴニスト活性を有するペプチドスクリーニングも本ロボットで可能であることが示唆された(図4図4■ヒト受容体発現酵母によるde novoアゴニストスクリーニング中)(6)6) N. Yoshimoto, Y. Ikeda, K. Tatematsu, M. Iijima, T. Nakai, T. Okajima, K. Tanizawa & S. Kuroda: Biotechnol. Bioeng., 113, 1796 (2016)..さらに,7回膜貫通型ソマトスタチン受容体SSTR5およびヒトGαi3と酵母Gpa1のキメラGタンパク質Gi3tpを共発現すると,ソマトスタチンに反応して酵母内FIG1プロモーター下流に結合したEGFPが発現した(図4図4■ヒト受容体発現酵母によるde novoアゴニストスクリーニング右)(7)7) J. Ishii, M. Moriguchi, K. Y. Hara, S. Shibasaki, H. Fukuda & A. Kondo: Anal. Biochem., 426, 129 (2012)..これらの結果は,酵母は広範なヒト受容体をリガンド依存的に活性化可能な状態で発現できること,また本ロボットと細胞壁結合型ペプチドライブラリーを組み合わせると,新規な構造を有する同受容体作動薬のde novo(新生)スクリーニングが可能になることを示している.
哺乳動物は数十万種類の匂い分子を嗅ぎ分ける能力を有しているが,嗅覚受容体(OR)はヒトで約400種類,マウスで約1,100種類と限られている.現在は,匂い分子1種類が複数種類のORを異なる強度で作動させ,中枢神経がその活性化パターン(ORレパートリー)を認識することにより,膨大な数の匂い分子を認識できると考えられている(10)10) B. Malnic, J. Hirono, T. Sato & L. B. Buck: Cell, 96, 713 (1999)..しかしながら,膨大な匂い分子と担当OR群との関係解析は遅々として進んでいない.これは各ORを任意の細胞において機能を完全に保持して発現することが,現時点では非常に困難なためである.そこでわれわれは,マウス初代嗅神経細胞にカルシウム指示薬を導入してセルアレイ化し,任意の匂い分子で刺激を行い,細胞内カルシウム濃度が一過性に上昇した細胞を,網羅的に本ロボットを用いて単離した(11)11) M. Suzuki, N. Yoshimoto, K. Shimono & S. Kuroda: Sci. Rep., 6, 19934 (2016).(図5図5■任意の匂い分子に応答するOR分子のクローニング).これは,セルソーターでは不可能であった細胞形質の経時的変化に基づく1細胞単離が本ロボットで初めて可能になったため実現した(タイムラプス1細胞アレイサイトメトリーと命名).得られた各嗅神経細胞は1種類のORのみを発現するため,1細胞RT-PCR(逆転写反応産物のPCR)により各OR分子を同定した.得られた各OR分子を発現する細胞は,スクリーニングに使用した匂い分子により活性化された.以上の結果は,本ロボットを用いれば,ゲノム解析により同定されたさまざまなオーファンリガンドおよびオーファン受容体の網羅的解析が可能となることを示している.
全自動1細胞解析単離装置は,従来のセルソーターにハイスループット性では劣るものの,セルソーターには困難もしくは不可能な能力を多数有することを紹介した.その結果,従来では考えられなかった細胞スクリーニングが容易に行えるようになった.さて,今後の本ロボットの用途展開は無限であり各研究者の想像力に委ねられていると言っても過言ではない.現在,われわれは本ロボットを用いて,がん診断において注目されているが存在比率が極めて低い循環がん細胞の生きたままでの1細胞単離,細菌叢に含まれる遺伝子資源として注目されている難培養性細菌の1細胞解析,そして,極めて貴重な犯罪捜査用細胞サンプルの1細胞解析などに挑戦しており,近い将来,これらの成果について紹介したいと考えている.
Acknowledgments
本研究成果の一部は,文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(S)(16H06314)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(15fk0310006h0004, 16cn0106214h0001)によるものです.全自動1細胞解析単離装置の用途開発は,古河電工株式会社,アズワン株式会社,スターライト工業株式会社,パナソニック株式会社,良元伸男博士(大阪大学産業科学研究所)と共同で行いました.