Kagaku to Seibutsu 55(10): 699-705 (2017)
セミナー室
花の老化メカニズムと日持ち延長技術花の寿命を延ばす
Published: 2017-09-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
花は儚い(はかない)ものの象徴にもなっているが,仕方なくしおれているのではなく,自ら進んでしおれていく.そもそも花は種子を作るための器官である.ヒトが見て美しいと思う花の多くは,昆虫を引き寄せて受粉を成功させるために,多種多様に進化したものである.受粉が成功した後,あるいは受粉しなくても咲いてから一定の時間が経つと,植物は積極的に花弁を老化させると考えられている.また,花の寿命は植物によってさまざまだ.アサガオのように数時間でしおれてしまう花もあれば,ランの中には2カ月以上咲き続ける花もある.花の寿命は,植物が子孫を残すための生殖戦略と密接に関連しているだろう.それでは植物はどのようにして花の寿命(老化)を調節しているのであろうか.
産業的な観点からも,花の日持ち性は重要である.消費者や流通関係者に切り花に求めることは何かとたずねると,常に上位にくるのが「日持ちのよさ」である.カーネーションなど一部の切り花では,老化を遅らせる薬剤が開発され,すでに広く使われている.しかし,日持ちを延ばす有効な手段がない切り花も多い.筆者らは,花の日持ちを延ばす技術の開発を目指し,花弁の老化機構の解明に取り組んでいる.ここでは,園芸学的な視点から,花弁の老化制御に関するこれまでの知見を概説するとともに,筆者らがアサガオを用いて行った,花弁の老化を制御する遺伝子の特定について紹介する.
花弁の老化は,細胞が自発的に死ぬ過程であり,プログラム細胞死の一種と考えられている(1)1) W. G. van Doorn & E. J. Woltering: J. Exp. Bot., 59, 453 (2008)..タンパク質の合成阻害剤であるシクロヘキシミドを処理すると,多くの植物で花弁の老化が遅れる.このことは,花弁を老化させるためには,新たにタンパク質を合成する必要があることを示しており,花弁は単に劣化しているのではなく,遺伝的なプログラムに基づいて積極的に老化していると言える.ちなみに,シクロヘキシミドは毒性が強いため,切り花の日持ち延長剤として実用的に使うことはできない.また,老化が進んだ花弁細胞では,カーネーションやペチュニア,アサガオなど多くの植物において,DNAの断片化や核の凝縮など,プログラム細胞死に特徴的な現象が観察される(2)2) K. Shibuya, T. Yamada & K. Ichimura: J. Exp. Bot., 67, 5909 (2016)..
花弁細胞の老化時には,古くからアサガオなどの植物でオートファジー様の現象が観察されている(2)2) K. Shibuya, T. Yamada & K. Ichimura: J. Exp. Bot., 67, 5909 (2016)..オートファジーは,細胞内構成成分の大規模な分解機構であり,プログラム細胞死との関連が指摘されている.アサガオ(3, 4)3) K. Shibuya, T. Yamada, T. Suzuki, K. Shimizu & K. Ichimura: Plant Physiol., 149, 816 (2009).4) T. Yamada, K. Ichimura, M. Kanekatsu & W. G. van Doorn: Plant Cell Physiol., 50, 610 (2009).やペチュニア(5, 6)5) K. Shibuya, T. Niki & K. Ichimura: J. Exp. Bot., 64, 1111 (2013).6) S. R. Broderick, S. Wijeratne, A. J. Wijeratn, L. J. Chapin, T. Meulia & M. L. Jones: BMC Plant Biol., 14, 307 (2014).ではオートファジー関連遺伝子(autophagy related genes; ATG)の発現量が花弁の老化時に増加する.また,ペチュニアでは,ATG8遺伝子の発現上昇が,受粉によって誘導されるエチレンを介して引き起こされることが示唆されている(5)5) K. Shibuya, T. Niki & K. Ichimura: J. Exp. Bot., 64, 1111 (2013)..オートファジーを正確にモニタリングすることは難しいが,花弁の老化時にはオートファジーが誘導されていると考えられる.花弁老化時のオートファジーは,死んでいく花弁細胞から種子などの発達中の組織に栄養素を転流させる機構として働いているのかもしれない.
カーネーションやスイートピー,ラン類,ペチュニアなど一部の植物では,植物ホルモンのエチレンによって花弁の老化が促進される(7)7) E. J. Woltering & W. G. van Doorn: J. Exp. Bot., 39, 1605 (1988)..これらの花では,開花後一定の時間が経つと,花弁からのエチレン生成量が急激に増加し,花弁の老化が引き起こされる.また,外生のエチレンを処理すると老化が促進される.これらの植物では,エチレンの生合成や受容を薬剤で阻害することで,花弁の老化を遅らせることができる.市場に流通しているカーネーションやスイートピーなどの切り花では,生産者が収穫直後にエチレン阻害剤を処理してから出荷している.
ペチュニアやラン類などのエチレン反応性の高い花では,受粉するとエチレン生成が誘導され,花弁の老化が促進される(8)8) W. G. van Doorn: J. Exp. Bot., 48, 1615 (1997)..エチレン情報伝達に関与するEIN2遺伝子の発現を抑制してエチレン感受性を低下させた組換えペチュニアでは,受粉しても花弁の老化が促進されない(9)9) K. Shibuya, K. G. Barry, J. A. Ciardi, H. M. Loucas, B. A. Underwood, S. Nourizadeh, J. R. Ecker, H. J. Klee & D. G. Clark: Plant Physiol., 136, 2900 (2004).(図1図1■エチレンによるペチュニア花弁の老化制御).これらのことから,受粉による老化促進には,エチレンが主要な役割を果たしていると考えられる.
植物においてエチレンは,メチオニン,S-アデノシルメチオニン,1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸(ACC)を経て合成される.ACCの合成はACC合成酵素(ACS)により,また,ACCはACC酸化酵素(ACO)によって触媒され,エチレンが生成される(10)10) H. Kende: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 44, 283 (1993)..エチレンによる老化制御を受けている花では,花弁の老化時にACSとACO遺伝子の発現が上昇し,自己触媒的なエチレン生成の上昇が起きる.花弁老化時のACSとACO遺伝子の発現制御機構に関しては不明な点が多いが,近年,これらの遺伝子の発現誘導に,homeodomain–leucine zipper(HD-Zip)(11)11) X. X. Chang, L. Donnelly, D. Y. Sun, J. P. Rao, M. S. Reid & C. Z. Jiang: PLOS ONE, 9, e88320 (2014).や,basic helix–loop–helix(bHLH)(12)12) J. Yin, X. Chang, T. Kasuga, M. Bui, M. S. Reid & C. Z. Jiang: Hort. Res., 2, 15059 (2015).などの転写因子の関与が示唆されている.生成されたエチレンは,エチレン受容体によって感受され,CTRやEIN2などの情報伝達因子を経て,転写調節因子であるEIN3に伝達される.EIN3は下流の遺伝子の発現を誘導し,さまざまなエチレン反応が引き起こされる(13)13) Z. Lin, S. Zhong & D. Grierson: J. Exp. Bot., 60, 3311 (2009)..
エチレンの生合成または作用(受容)を阻害する薬剤がいくつか知られている.ACS阻害剤としてアミノエトキシビニルグリシン(AVG)とアミノオキシ酢酸(AOA)が,ACOの阻害剤としてアミノイソ酪酸(AIB)などがある.また,エチレンの作用阻害剤として,チオ硫酸銀陰イオン性錯体(STS)と2,5-ノルボルナジエン(NBD),1-メチルシクロプロペン(1-MCP)などがある.これらの阻害剤は,効果に差はあるが,カーネーションなどの切り花の老化遅延に効果があることが知られている(14)14) V. Scariot, R. Paradiso, H. Rogers & S. de Pascale: Postharvest Biol. Technol., 97, 83 (2014)..ただし,生理学的な実験に用いる際は,阻害剤の特異性や植物体内での移行様式などに注意が必要である.
エチレン阻害剤のなかでもSTSは,カーネーションやスイートピーをはじめとしたエチレン感受性の高い切り花の老化抑制に優れた効果があり,安価であることから,実際の流通過程で広く使われている.銀がエチレンの作用を抑制することは古くから知られていたが,銀イオンは植物体内を移動しにくいため,切り花に処理した場合,花弁の老化を抑制する効果は低かった.Veen and van de Geijn(15)15) H. Veen & S. C. van de Geijn: Planta, 140, 93 (1978).は銀を陰イオン性の錯体にすると植物体内を移行しやすくなることを見いだし,STSが切り花の日持ち延長剤として広く普及する道を開いた.今日,スイートピーやデルフィニウムなどの本来日持ちの悪い花が,切り花として流通しているのは,この薬剤が開発されたためともいえる.また,1-MCPも商品化され一部の切り花の品質保持剤として使用されている.
1990年代に,当時のFlorigene社はACO遺伝子の発現をアンチセンス法により抑制し,花からのエチレン生成を低下させた組換えカーネーションを作出した(16)16) K. W. Savin, S. C. Baudinette, M. W. Graham, M. Z. Michael, G. D. Nugent, C. Y. Lu, S. F. Chandler & E. C. Cornish: HortScience, 30, 970 (1995)..このカーネーションでは花弁の老化が著しく遅れた.その後,トレニアやペチュニアなどでもエチレン生合成系遺伝子の抑制で,花弁の老化を遅延できることが示された(14)14) V. Scariot, R. Paradiso, H. Rogers & S. de Pascale: Postharvest Biol. Technol., 97, 83 (2014)..しかし,これらの組換え体では外生のエチレンにさらされると老化が誘導されてしまうため,実用的な面からは,エチレンの生合成ではなく,エチレンの感受性を低下させることが好ましいと考えられた.エチレン受容体が単離・同定され,シロイヌナズナの変異エチレン受容体遺伝子etr1-1の導入が,トマトやペチュニアなどの異種植物でもエチレン感受性を低下させるのに有効であることが報告された(17)17) J. Q. Wilkinson, M. B. Lanahan, D. G. Clark, A. B. Bleecker, C. Chang, E. M. Meyerowitz & H. J. Klee: Nat. Biotechnol., 15, 444 (1997)..この手法を用いて,カーネーションやペチュニア,カンパニュラ,カランコエなどで,花の老化が遅延した組換え体が作出されている(14)14) V. Scariot, R. Paradiso, H. Rogers & S. de Pascale: Postharvest Biol. Technol., 97, 83 (2014)..なお,植物体全身でエチレン感受性を低下させた組換え植物では,ストレスや病害に弱くなったり,発根が悪くなったりするなどの悪影響が見られることから,etr1-1の発現制御に,花器官特異的に発現するペチュニアのFBP1プロモーターなどが利用が試みられた.これにより,花以外の器官での悪影響が抑えられることが報告されているが,これまでのところ,これらの花の日持ちに関する遺伝子組換え植物が商品化に至った例はない(14)14) V. Scariot, R. Paradiso, H. Rogers & S. de Pascale: Postharvest Biol. Technol., 97, 83 (2014)..
花弁の老化にエチレンが関与しない,あるいは,関与が小さいとみなされる植物も多くある.ユリやチューリップ,キク,アイリス,グラジオラスなどの花では,エチレンの生合成や受容を阻害しても老化を遅らせることができない.また,外生的にエチレンを処理しても老化が促進されない.これらの植物では,エチレンによる調節とは別に,花の加齢(開花後の時間経過)に伴って花弁の老化を制御する仕組みがあると考えられている(1, 2)1) W. G. van Doorn & E. J. Woltering: J. Exp. Bot., 59, 453 (2008).2) K. Shibuya, T. Yamada & K. Ichimura: J. Exp. Bot., 67, 5909 (2016)..これまでに,アイリスやヘメロカリスなどをモデル植物として,エチレンに依存しない花の老化を制御する因子の探索が行われてきた.花弁の老化時に発現量が変動する遺伝子は多数明らかになっているが,花弁の老化を制御する鍵となる遺伝子の特定には至っていなかった(1)1) W. G. van Doorn & E. J. Woltering: J. Exp. Bot., 59, 453 (2008)..これらの植物では,遺伝子組換えが容易でないことが,遺伝子の機能の解析を難しくしていた.そこで,筆者らは,アサガオを用いて,花の加齢に伴う花弁老化を制御する遺伝子の特定を試みた.
アサガオの花は,通常,早朝に開花し,半日程度でしおれてしまう.アサガオのなかでも“紫”という品種では,花弁の老化時にエチレン生成の上昇が認められず,エチレン阻害剤を処理しても老化が抑制されない.したがって,アサガオ“紫”の花弁の老化はエチレンに非依存的に制御されているとみなされている(18)18) K. Shibuya: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 81, 140 (2012)..また,アサガオは形質転換が可能であり,EST(expressed sequence tag)など遺伝子配列の情報が比較的よく整備されていたことも実験材料として用いた理由である.現在では全ゲノム情報が解読されている(19)19) A. Hoshino, V. Jayakumar, E. Nitasaka, A. Toyoda, H. Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. Nagano et al.: Nat. Commun., 7, 13295 (2016)..
まず,花弁の老化に伴って発現量が増加する遺伝子を,DNAマイクロアレイを用いて選抜した.花弁の老化時には多くの遺伝子の発現量が増加していたが,なかでも,転写因子タンパク質をコードする遺伝子に注目した.転写因子は,通常,ほかの複数の遺伝子の発現を調節することから,老化のスイッチの役割を果たす転写因子があると推測されるからである.葉の老化では,数種類のNAC転写因子が細胞死の制御に関与していることが報告されている(20)20) D. Podzimska-Sroka, C. O’Shea, P. L. Gregersen & K. Skriver: Plants, 4, 414 (2015)..NAC転写因子は大きな遺伝子ファミリーを形成している植物特異的な転写因子群である.アサガオの花弁でも,複数のNAC転写因子遺伝子の発現が,老化時に上昇していた.これらの転写因子を含め,アサガオの花弁の老化時に発現量が増加する遺伝子を候補として解析を進めた.
選抜した候補遺伝子が,花弁の老化制御に関与しているか解析するために,候補遺伝子の発現を抑制した組換えアサガオ作出した.その結果,候補遺伝子の一つで,後にEPHEMERAL1(EPH1)と命名した遺伝子の発現を抑制した組換え体では,花弁の老化が著しく遅延した(21)21) K. Shibuya, K. Shimizu, T. Niki & K. Ichimura: Plant J., 79, 1044 (2014)..EPH1は,アミノ酸配列と核局在性から,NAC転写因子をコードしていると推定される遺伝子である.EPH1遺伝子の発現量は,可視的な花弁の老化が始まる前から上昇し始め,花弁の老化が進むにつれて増加した.また,EPH1遺伝子は老化花弁で発現するが,葉などのほかの組織ではほとんど発現していなかった.アサガオ‘紫’は,通常,栽培室内で育てると,花が開いてから13時間ほどでしおれ始めるが,EPH1発現抑制体では,しおれ始めるまでの時間が約2倍の24時間に延びた(図2図2■EPH1転写因子によるアサガオ花弁の老化制御).また,EPH1発現抑制体の花は,約24時間咲き続けるため,2日目の朝には,前日に咲いた花と,当日に咲いた花を同時に観察することができた.これらの結果から,EPH1転写因子がアサガオの花弁の老化を制御していることが明らかになった.アサガオの花弁では,花の加齢に伴ってEPH1遺伝子の発現が上昇し,老化を誘導していると考えられる.ちなみに,遺伝子の名前の「ephemeral」は,英語で「はかない」を意味する.
EPH1遺伝子の発現を抑制した組換えアサガオでは,花弁がしおれ始めるまでの時間が野生型に比べ約2倍に延びる.アサガオ花弁の老化時には,EPH1遺伝子の発現がエチレン非依存的に誘導されると考えられている.文献21を改変.
EPH1発現抑制体の花弁では,プログラム細胞死の指標の一つであるDNA断片化の進行が,野生型と比べ遅れていた.また,死んだ細胞を染色するエバンスブルー試薬により,細胞死の進行が遅延していることが確認された.EPH1発現抑制体の花弁では,タンパク質の分解にかかわるシステインプロテアーゼ遺伝子(SAG12),液胞内のタンパク質を活性化する液胞プロセシング酵素遺伝子(VPE),オートファジーにかかわるATG8遺伝子など,細胞死に関連すると推測される遺伝子の発現が抑制されていた.
さらに,EPH1遺伝子が内生エチレンによる発現制御を受けているか調べるために,エチレン感受性を低下させたInEIN2発現抑制体において,EPH1遺伝子の発現様式を解析した.その結果,EPH1遺伝子は,InEIN2発現抑制体においても野生型と同様に花弁の老化時に発現量が増加した.また,エチレン作用阻害剤である1-MCPを処理した花弁でもEPH1遺伝子の発現が上昇した.これらの結果から,EPH1遺伝子の発現は内生のエチレンに非依存的に制御されていることが示唆された.アサガオ“紫”では,花の加齢に伴ってEPH1遺伝子の発現が上昇し,直接的あるいは間接的に細胞死関連遺伝子群(SAG12, VPE, ATG8遺伝子など)の発現を誘導する.その結果,花弁における細胞死が進行し,老化に至ると考えられた(21)21) K. Shibuya, K. Shimizu, T. Niki & K. Ichimura: Plant J., 79, 1044 (2014)..
アサガオ以外の植物で,NAC転写因子が花弁の老化を制御していることが証明された例は知る限りないが,ペチュニアなどいくつかの植物種で,NAC転写因子遺伝子の発現が花弁の老化時に上昇することが報告されている(2)2) K. Shibuya, T. Yamada & K. Ichimura: J. Exp. Bot., 67, 5909 (2016)..ペチュニアはエチレン依存的な花弁老化を示す植物であることから,NAC転写因子がエチレンに依存的な花弁老化の制御にも関与している可能性がある.興味深いことに,アサガオ“紫”では,内生エチレンは花弁の老化制御に関与していないと考えられるが,開花直後の花に外生のエチレンを処理すると,EPH1遺伝子の発現が誘導され,花弁の老化が促進される.一方,InEIN2遺伝子の発現を抑制したエチレン低感受性アサガオでは,外生エチレンを処理してもEPH1遺伝子の発現は誘導されない(21)21) K. Shibuya, K. Shimizu, T. Niki & K. Ichimura: Plant J., 79, 1044 (2014)..これらの結果は,EPH1遺伝子が,EIN2を介するエチレン情報伝達系によって誘導されうることを示しており,EPH1転写因子がエチレンによって促進される花弁老化にも関与している可能性を示唆している.アサガオの花では,エチレンを介した老化制御経路も備えているが,自然に起こる花弁の老化では機能していないと推測される.
アサガオにおける知見を基に,一般的な花弁の老化制御機構について,次のような作業仮説を考えている.エチレンに非依存的な花弁老化では,EPH1のようなNAC転写因子がエチレンシグナルに関係なく加齢に伴い(age-dependentに)誘導され,細胞死関連遺伝子の発現を誘導する.一方,エチレン依存的老化では,受粉やストレスなどによって誘導された内生エチレンが,NAC転写因子遺伝子の発現上昇のタイミングを早め,花弁の老化が促進される(図3図3■NAC転写因子を介した花弁老化制御メカニズムの仮説モデル).エチレンに非依存的な花弁老化示す植物では,age-dependentな制御経路が主に働いており,エチレン依存的な経路は通常の老化では機能していないか,存在しない.一方,エチレン依存的な花弁老化を示す植物では,age-dependentおよびエチレン依存的な制御経路の両方が機能しており,エチレンが誘導されなくても老化は進行するが,内生エチレンが誘導されると老化が促進される.実際,薬剤処理や遺伝子組換えでエチレンの作用を阻害しても,花弁は最終的には老化する.しかし,この仮説を検証するためには,まだ多くの実験的データが不足している.特に,アサガオ以外の植物種でのNAC転写因子の機能解析とエチレンによるNAC転写因子遺伝子の制御機構に関する解析が必要である.
カーネーションやスイートピーなど,花の老化にエチレンが関与する切り花では,銀イオンを主成分とするエチレン阻害剤(STS)が日持ち延長剤として広く使用されている.これは,花の老化におけるエチレンの役割や,銀イオンの植物体内の移行性に関する研究成果のたまものである.また,エチレン生合成系や情報伝達系が明らかにされていることから,技術的には遺伝子組換えで老化を遅らせることも可能である.一方,エチレンに非依存的な老化を示す花では,老化を遅らせる効果的な方法は開発されていない.近年,アサガオにおける研究からNAC転写因子の一つであるEPH1が,花弁の老化を制御する鍵因子であることが示された.EPH1遺伝子と同様の役割をもつNAC遺伝子はほかの植物種にも存在すると考えられるが,アサガオで明らかになった花弁の老化制御機構が,植物種を超えて普遍性のあるものなのか,今後の解析が待たれる.
花の寿命(老化)の調節は,植物の生殖戦略と密接に関連していると考えられる.おそらく植物は花を獲得するのと同時に,花弁の老化を制御する仕組みを進化させていったのだろう.EPH1はNAC転写因子に属するが,NAC転写因子は大きな遺伝子ファミリーを形成している植物特異的な転写因子群であり,発生や細胞分化,ストレス応答など植物の幅広い生理現象に関与している.近年,植物が陸上に進出するための通水組織の進化にもNAC転写因子が重要な役割を果たしたことが明らかにされている(22)22) B. Xu, M. Ohtani, M. Yamaguchi, K. Toyooka, M. Wakazaki, M. Sato, M. Kubo, Y. Nakano, R. Sano, Y. Hiwatashi et al.: Science, 343, 1505 (2014)..NAC転写因子による花弁老化の調節が,植物の生殖戦略,そして進化とどう関係するのか,生態学的な観点からも興味がもたれる.
実用的な花の日持ち延長技術の開発という面では,EPH1転写因子がかかわる老化制御経路を阻害する薬剤を開発したいと考えている.有効な薬剤ができれば,ユリやチューリップなどエチレン阻害剤が効かない切り花の日持ちをよくすることができる可能性がある.また,ハイビスカスのように日持ちが短いために切り花として流通させることが困難であった花を,新たに流通させることができるようになるかもしれない.
Reference
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