農芸化学@High School

藻類を活用した放射性物質の回収に関する基礎的な研究

佐藤 亜美

福島成蹊学園福島成蹊高等学校

深田 遥奈

福島成蹊学園福島成蹊高等学校

菅野

福島成蹊学園福島成蹊高等学校

紺野 波瑠

福島成蹊学園福島成蹊高等学校

Published: 2017-09-20

本研究は日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大)での「ジュニア農芸化学会」において発表され,優秀賞を授与された.福島第一原発から約60 kmにあり比較的空間放射線量の値が高かった茶屋沼に棲息する藻類にストロンチウムを吸収・吸着する能力があることを見いだし,放射性物質の回収への利用を検討した研究である.東日本大震災での原発事故にて発生した大量の汚染水処理の問題を抱える今,若い頭脳を結集したたいへん重要な研究への取り組みとして注目される.

本研究の背景・目的

6年前の福島原子力発電所の事故により放射性物質(放射性セシウム・放射性ストロンチウムを含む)が拡散された.その後,本校の研究にて比較的空間放射線量の値が高い学校近くの茶屋沼の水質調査を行っていたところ,ミカヅキモの一種(Closterium moniliferum図1(A)図1■福島市茶屋沼で採集された藻類)を発見した.既往の研究報告からミカヅキモの末端空胞部分でバリウムイオンを分離固定する仕組みがあり,同じアルカリ土類金属であるストロンチウムイオンも分離固定するという記述を見いだした1).そこで,採集したミカヅキモを塩化ストロンチウム水溶液に投入すると,塩化ストロンチウム水溶液の電気伝導度が低下した.以上,本校の先行研究結果から,ミカヅキモを用いて,汚染水中の放射性ストロンチウムを除去することに,将来応用できないかと考え,平成24年9月より本研究を開始した.また,本校では,既報2)を参考に,ミカヅキモが属する緑藻類にさらに着目し,近辺の池から独自に緑藻類を採取し,アオミドロ(Spirogyra sp.図1(B)図1■福島市茶屋沼で採集された藻類)やアミミドロ(Hydrodictyon reticulatum図1(C)図1■福島市茶屋沼で採集された藻類)においても同様の現象を確認してきた.さらに,筆者らは茶屋沼周辺の作付け制限のあった水田より採取した土からシャジクモ(Chara braunii図1(D)図1■福島市茶屋沼で採集された藻類)を見いだし,研究検索の結果,イトシャジクモの体表面にカルシウムイオンを吸着するとの報告3)を確認したことから,採取した藻にはカルシウムイオンと同じアルカリ土類金属であるストロンチウムイオンも吸着できるのではないかという着想を得た.そして,表題の研究を開始・進展させるに至っている.本稿では,特にミカヅキモ,アオミドロ,アミミドロについて,ストロンチウムイオンの吸収・回収担体としての評価方法および実験結果を報告する.

図1■福島市茶屋沼で採集された藻類

(A)ミカヅキモ(Closterium moniliferum).(B)アオミドロ(Spirogyra sp.).(C)アミミドロ(Hydrodictyon reticulatum).(D)シャジクモ(Chara braunii).

【実験方法,および結果】

1. ミカヅキモによるストロンチウムイオンの吸収量の定量

発表者らによる先行研究の結果,ミカヅキモClosterium moniliferumにおいてストロンチウムイオンを細胞内に吸収していることが福島大学での電子顕微鏡観察により明らかにされてきた.そこで,Closterium monilifermのような一般的なミカヅキモの約3倍の大きさで,淡水で最大クラスのミカヅキモであるClosterium lunula図2図2■ミカヅキモ1細胞当たりのストロンチウム吸収量の変化)のほうが,より多くのストロンチウムイオンを吸収するのではと考えた.そこで,両藻類によるストロンチウム吸収を比較した.まず,塩化ストロンチウム水溶液(0.01 M)18 mLを試験溶器25 mLに添加し,そこにClosterium lunulaが総計2,000細胞(Closterium moniliferumの場合は20,000細胞)になるよう藻体培養液(2 mL)を加えて吸収実験を行った.藻体溶液のろ液の調製,メスアップを経て,ストロンチウムをはじめとするアルカリ土類金属イオンのキレート滴定用の指示薬であるPC(Phthalein Complexone)を用いて,EDTA(0.01 M)による逆滴定からストロンチウムイオン濃度を求め,1細胞当たりの吸収量を決定した.その結果,Closterium moniliferum, Closterium lunulaどちらも二日目の吸収量が最大となった.また,Closterium lunulaClosterium moniliferumに比べ最大で約14倍の吸収量となった.このことからClosterium lunulaのほうがストロンチウムの回収の実用化に向けて,より効率的な活用が期待できると考えられた(図2図2■ミカヅキモ1細胞当たりのストロンチウム吸収量の変化).さらに,吸収実験後のClosterium lunula細胞については分析電子顕微鏡による観察・解析を福島大学において実施した.その結果,図3図3■ミカヅキモ(Closterium lunula)の電子顕微鏡写真と元素分析によるストロンチウムマッピングデータの元素マッピングデータに示されるようにミカヅキモの末端空胞と細胞側面より,ストロンチウムが観察され,本藻類は細胞全体でストロンチウムイオンを吸収すると考えられた.

図2■ミカヅキモ1細胞当たりのストロンチウム吸収量の変化

図3■ミカヅキモ(Closterium lunula)の電子顕微鏡写真と元素分析によるストロンチウムマッピングデータ

2. アオミドロ・アミミドロによるストロンチウムイオンの吸収の可能性

次に,アオミドロ・アミミドロによるストロンチウムイオンの吸収について調査した.まず,0.01 M塩化ストロンチウム水溶液と塩化カルシウム水溶液それぞれに藻体を投与し3日間インキュベートしたところ,塩化ストロチウム水溶液に投入した場合,アオミドロとアミミドロともに電気伝導度を測定するとどちらも電気伝導度が低下する現象が見られ,水溶液中の何らかのイオンを吸収していると考えられた.そこで,塩化ストロンチウム水溶液に投入したアオミドロとアミミドロの電子顕微鏡観察を福島大学で行ったところ,アオミドロの細胞内に観察された十字型の結晶からストロンチウムが検出された(図4図4■アオミドロ・アミミドロの電子顕微鏡写真と確認された結晶の元素分析による元素マッピングデータ).また,アミミドロの細胞内の丸型の結晶からもストロンチウムが検出され(図4図4■アオミドロ・アミミドロの電子顕微鏡写真と確認された結晶の元素分析による元素マッピングデータ),両藻類ともにストロンチウムの吸収を確認できた.さらに,アオミドロの細胞内で生成される十字型の結晶にはカルシウムが特徴的に検出されることから(図4図4■アオミドロ・アミミドロの電子顕微鏡写真と確認された結晶の元素分析による元素マッピングデータ),カルシウムイオンとの関連性について調査したところ,溶液に投入する前のアオミドロには十字型の結晶は観察されなかったが,投入三日後には,アオミドロの細胞内にある十字型の結晶の個数が増加することが判明した.この結果から十字型の結晶の生成へのカルシウムイオンの関与が明らかになった.

図4■アオミドロ・アミミドロの電子顕微鏡写真と確認された結晶の元素分析による元素マッピングデータ

3. 藻類を活用したストロンチウム回収の実用化に向けて

これらの結果を参考にして,藻類を活用したストロンチウム回収の実用化に向けての初期実験を行った.実験にはミカヅキモを使用し,透析用チューブに藻体を入れ,ストロンチウム溶液に投入することで回収実験を実施した.その結果,藻体へのストロンチウムの吸収量を求めたところ,実験開始後,2日目に吸収を確認することができた.将来,汚染水中のタンクに藻類を封入した透析用チューブを用いて,簡便に放射性ストロンチウムイオンを回収できる可能性が示唆された.

本研究の意義と展望

現在も福島第一原発では大量の汚染水が発生しているので,その処理に利用できる藻類の調査・研究を行うことはとても重要である.処理した汚染水の一部を海に放出するという計画があるが,トリチウムなどの放射性物質が残ったままであり,漁業関係者の不安を解消するためにも汚染水の問題を解決することは大切である.本研究を通じて,茶屋沼で発見されたミカヅキモなどの藻類で汚染水中の放射性ストロンチウムを効率良く回収することができれば,汚染水を処理する選択肢を増やすことができる.福島で採集した藻類なので生態系などに及ぼす影響も少ないと考えられる.各地で原発の再稼働も実施されるなか,福島における原発事故の問題を風化させないためにも高等教育の場でこのような調査・研究を継続することに大いなる意義を感じる.

(文責「化学と生物」編集委員)

Acknowledgments

本研究の一部は,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)およびJSPS科研費JP15H00432の助成を受けて実施されました.また(株)リバネス教育総合研究所による,支援対象研究の認定を受け,本研究を遂行いたしました.これらのご援助に対して厚く御礼申し上げます.

Reference

1) M. R. Krejci, B. Wasserman, L. Finney, I. Mcnulty, D. Legnini, S. Vogt & D. Joester: J. Struct. Biol., 176, 192 (2011).

2) S. Fukuda, K. Iwamoto, M. Atsumi, A. Yokoyama, T. Nakayama, K. Ishida, I. Inouye & Y. Shiraiwa: J. Plant Res., 127, 79 (2014).

3) 浅枝 隆,藤野 毅:埼玉大学工学部紀要,39,152(2006).