巻頭言

「食」の科学との出会いから今思うこと

Naotoshi Matsudomi

松冨 直利

山口大学名誉教授

Published: 2017-10-20

私が「食」の科学と出会うきっかけは,母と親交の深かった内科医の先生の言葉だった.「急増している成人病(後の生活習慣病)は食事のバランスの乱れが要因だよ.将来,面白い仕事は『食』にかかわる分野でしょう」.この言葉が進路を方向づけ,未来への扉を開くことにもなった.

大学入学当時(1965年),全国的に農学系分野が拡充される時機で,大規模大学では農芸化学科の充実と,「食」に基盤を置く食糧化学科や食糧化学工学科などが新設されていた.母校山口大学でも,農学科の既存講座と講座増で農芸化学科の新設が予定されていた.過渡期で農学と農芸化学分野の講義や実習が設けられ,畜産実習,田植え・稲刈り,果樹園での摘果・収穫作業は,今思えば本当に懐かしい.両分野を同時に学べたことは,後の教育・研究に役立ったと実感している.最近,生化学系の学会では研究領域の先鋭・細分化を見直し,隔年で合同学会を開催している.日本農芸化学会は,生命・食・環境の広範な分野を包含しているが,さらなる発展ためには医学,生化学,農学系の各学会との共催が望まれる.

さて,わが国は世界有数の長寿国であり,平均寿命は男女とも80歳を超え,今後さらに延びると予測される.こうした平均寿命の延びの要因は,旬の食べ物や多彩な地域産物を組み合せ,美味しく調理して,バランスのとれた食事をしてきたからだと言われている.しかし一方では長寿が生活習慣病や,寝たきり,認知症を増やす結果となり,本人はもとより家族や社会の負担も増している.しかも健康寿命と平均寿命の間には男性で9年,女性で12年の差があり,日本人の老後約10年間は介助や介護が必要となる.これに向けられる費用はすでに10兆円を超え,長寿と健康をいかに両立させるかが喫緊の課題である.厚生労働省はこれからの時代のための健康指針として「健康日本21(第二次)」を策定し,「栄養・食生活,身体活動・運動,休養・こころの健康づくり」にそれぞれ目標値をかかげた.なかでも一日の野菜摂取量を350グラム以上,食塩は10グラム未満の食事指導は成果を上げ,特に野菜摂取で目標値を超えた長野県は,ここ数年長寿県としてトップを占めている.また,野菜摂取量と平均寿命が高く相関する結果は,食と農に関心をもつ自分にとって興味深く,「野菜の秘めるチカラ」の究明に期待を寄せたい.

昨今の健康ブームから,健康食品や機能性食品が話題を集めている.なかにはその商品をとれば必ず効くかのような表現が見られるが,あくまでもサプリメントであって,栄養や食生活の改善が基本である.食べ物は美味しくないと摂食行動を促さない.「おいしさ」は食べ物自体の味と香りの調和とともに,食べる人の状態(心理的・生理的要因)にも左右される.それゆえ「おいしさ」の科学には,栄養学のみならず医学,農学,食品工学の連携が不可欠になる.関連分野の連携の必要性を感じていた折,日本分子生物学会(2014年11月横浜)が「『食』と『カラダ』の相互作用」についてのワークショップを設けた.多くの参加者が関心を寄せていて,私自身当会の非会員であるが,改めて本会との共催の必要性を感じた.こんな思いもあって,昨年9月地域連携事業の支援を得て,「健康を支える医食農連携プログラム:食と健康から見た野菜のチカラ再発見」を開催した.地域で健康に携わる100名近い方々が参加された.今後,医食農連携のプラットホームになればと期待している.