Kagaku to Seibutsu 55(11): 727-729 (2017)
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カスパリー線形成の分子機構植物の内と外を分ける構造
Published: 2017-10-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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植物は土壌に根を伸ばし,さまざまな物質の中から栄養を特異的に吸収する.この特異性を可能にしているのがタンパク質である輸送体と,維管束を取り囲むようにして同心円状に存在する内皮細胞の間に蓄積したカスパリー線である(図1図1■カスパリー線の形成位置とMYB36の機能).土壌から細胞外の経路(アポプラスト経路)を拡散により移動してきた物質は,カスパリー線によりブロックされる.非特異的にブロックされた物質の中から輸送体が基質特異的に物質輸送を行うことにより,植物は必要な物質(栄養)を植物体内に取り込むことができる.輸送体と障壁,この二者が存在することにより,栄養のみを特異的に吸収することができる.
カスパリー線は1865年にRobert Casparyによって発見された構造体である.その実体については長らく議論があったが,シロイヌナズナではリグニンであることが2012年になり明らかにされた(1)1) S. Naseer, Y. Lee, C. Lapierre, R. Franke, C. Nawrath & N. Geldner: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 10101 (2012)..その形成にかかわる分子としてCASPと呼ばれる細胞膜タンパク質が同定され(2)2) D. Roppolo, B. De Rybel, V. Dénervaud Tendon, A. Pfister, J. Alassimone, J. E. Vermeer, M. Yamazaki, Y. D. Stierhof, T. Beeckman & N. Geldner: Nature, 473, 380 (2011).,このことを皮切りに,次々と新しい分子が同定されている.現在までに,CASPをはじめとしてESB1, PER64, RBOHF, SGN2, SGN3といった遺伝子(群)がカスパリー線の形成,すなわち,極性をもったリグニンの合成に必要であることが明らかになっている(3~6).カスパリー線の形成にはこれらの遺伝子が時空間的に同調して発現する必要があるが,その機構について明らかになっていなかった.
筆者らは,植物の栄養吸収に異常がある変異株を解析する過程で,偶然,カスパリー線形成に関与する遺伝子を同定した(7)7) T. Kamiya, M. Borghi, P. Wang, J. M. Danku, L. Kalmbach, P. S. Hosmani, S. Naseer, T. Fujiwara, N. Geldner & D. E. Salt: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10533 (2015).(図1図1■カスパリー線の形成位置とMYB36の機能).この変異株は地上部の複数の元素濃度が異なる変異株としてICP-MSを用いた多元素分析スクリーニングにより単離された.原因遺伝子は転写因子であるMYB36であり,カスパリー線が形成される根の内皮細胞特異的に発現していた.加えて,この変異株の地上部の元素濃度の変化のパターンは,ESB1やCASPsの破壊株と非常によく似ていた.そこで,カスパリー線の形態を観察したところ,リグニンの蓄積は本来蓄積する部位には全く観察されず,内皮細胞とその外側の皮層細胞の間に蓄積していた.また,カスパリー線の機能であるアポプラスト障壁としての機能も崩壊していた.
次に,MYB36が制御する遺伝子の同定を遺伝子発現解析により行った.その手がかりとして,1)カスパリー線が形成される内皮細胞で特異的に発現している遺伝子であること,2)カスパリー線の形成不全により間接的に影響を受ける遺伝子を排除するために,esb1変異株では変動しないこと,の2点を基準として用いた.その結果,myb36変異株では既知のカスパリー線関連遺伝子であるCASPファミリーのすべて,ESB1とその相同遺伝子,PER64の発現が低下していた.加えて,機能未知の複数の遺伝子の発現が低下していた.また,MYB36はCASP1, ESB1, PER64のプロモーター領域に直接結合することがChIP-qPCRにより示された.以上のことから,MYB36はカスパリー線形成に必要な遺伝子群の発現を直接的に正に制御する遺伝子であることが示された.
カスパリー線の形成には,正しい位置でリグニンの合成を行うことが必要である.これまでに,リグニン合成に関する遺伝子が含まれていることはわかっていたが,「正しい位置」を決める機構は明らかになっていない.そこで,MYB36が位置を決める遺伝子の発現をも制御しているのではないかと仮定し,myb36変異株でカスパリー線形成位置を決める分子であるCASP1の局在を観察した.その結果,CASP1はカスパリー線形成位置には局在しておらず,内皮細胞の周囲全体および細胞内に局在していた.
さらにわれわれは,MYB36がカスパリー線形成の鍵となる分子であることを示すために,MYB36を異所的に発現させ,カスパリー線の蓄積を観察した.その結果,内皮細胞間で観察されたのと同様に,リグニンの蓄積は同じ細胞同士が接着する部位で観察された.加えて,CASP1の局在も同様の位置に観察された.以上の結果は,MYB36がリグニンの合成のみならず,カスパリー線形成位置を決定する遺伝子の発現も制御していることを示している.一方で,異所的に形成されたリグニンはアポプラスト障壁としての機能は有していなかった.このことは,障壁としての形成にはMYB36により制御される遺伝子以外,たとえばSGN3など,が必要であることを示唆している.
以上の結果から,MYB36が位置決定にも重要な役割を果たす遺伝子を制御することが示されたが,MYB36が制御するどの遺伝子が関与しているかについてはわからないままである.今後,MYB36により制御される機能未知の遺伝子の解析を行うことによりこの問いに答えられるのではないかと考えている.
最後に,アポプラスト輸送の障壁としてのスベリンの機能について簡単に紹介する.スベリンは脂質のポリマーであり,成熟した内皮細胞の周囲を覆うように蓄積し,細胞外から内皮細胞内への物質輸送の障壁として機能する.われわれは,新規のカスパリー線変異株の解析を進める過程で,側根発生部位においてスベリンがアポプラスト輸送の障壁として機能することを見いだした(8)8) B. Li, T. Kamiya, L. Kalmbach, M. Yamagami, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, S. Sawa, J. Danku, D. E. Salt, N. Geldner et al.: Curr. Biol., 27, 758 (2017)..側根は内皮細胞の内側の内鞘細胞より発生し,その過程で内皮を突き破らなければならず,カスパリー線が寸断されアポプラスト障壁もなくなる.その際に,内皮細胞と側根の表皮細胞の間にスベリンが蓄積することによりカスパリー線の代わりとなるスベリンによるアポプラスト輸送の障壁が形成される.詳細は論文を読んでいただければ幸いである.
植物の栄養吸収の研究は輸送体の研究が多く行われており,吸収や分配にかかわる輸送体分子が同定され,生理的な機能や活性制御機構など多くのことが明らかになっている.一方で,栄養の吸収に影響を与える輸送体以外の要因についてわかっていることは少ない.本稿で紹介したカスパリー線やスベリンはその要因の一つに過ぎない.今後は,根に限らず植物体全体において栄養の輸送に影響を与える分子の同定や機構について明らかにしていく必要があると考えている.