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酵母細胞の増殖・老化と培地成分—制限要因としての培地pH培地の窒素源の違いがもたらす「晩発効果」

Akira Matsuura

松浦

千葉大学大学院理学研究院

Published: 2017-10-20

出芽酵母(パン酵母)Saccharomyces cerevisiaeは,単細胞のモデル真核生物として分子細胞生物学の多様な研究領域に用いられている.老化研究もその例に漏れず,出芽酵母の分裂の非対称性に由来する母細胞の分裂回数の有限性(分裂老化)および定常期以降の細胞の生存能低下過程(経時老化)は,それぞれ分裂細胞,非分裂細胞の老化過程のモデルとして古くから解析されている(図1図1■出芽酵母の分裂老化と経時老化).両老化過程は,活性酸素種(ROS)の増加を介したプログラム細胞死が起きるという点では共通性があるが,老化の原因には違いがあるとされている(1)1) P. Laun, M. Rinnerthaler, E. Bogengruber, G. Heeren & M. Breitenbach: Exp. Gerontol., 41, 1208 (2006).

図1■出芽酵母の分裂老化と経時老化

経時老化は,液体培地の栄養源を使い果たすまで増殖した細胞が分裂を停止し,その後徐々に生存能を失っていく過程である.ペプトン,酵母エキスを含む複合培地(YPD培地)中では,出芽酵母細胞は2カ月程度10%以上の生存率を保つが,最小(合成)培地(SD培地)で同様に培養した場合は,20日以内に生存率10%以下となる(2)2) M. MacLean, N. Harris & P. W. Piper: Yeast, 18, 499 (2001)..このことから,経時老化の速度は,定常期以降の培地中で不足する成分が決定していると考えられる.実験室で使われている出芽酵母系統の多くは栄養要求性変異をもつため,自身で合成できないアミノ酸,核酸塩基などは長期培養の過程で不足するはずである.実際,増殖に必須なアミノ酸の合成培地への添加量の多寡は,経時老化の速度に影響を与える(3)3) P. Gomes, B. Sampaio-Marques, P. Ludovico, F. Rodrigues & C. Leao: Mech. Ageing Dev., 128, 383 (2007)..では,必須アミノ酸と自身で合成可能な非必須アミノ酸とで,経時老化に与える影響は同じなのだろうか? また,経時老化に影響を与えるとされている遺伝子は,どのような遺伝的背景でも同じ効果をもつのだろうか? これらの疑問を解くべく,網羅的遺伝子破壊株の遺伝的バックグラウンドとして使われている出芽酵母BY系統から,アミノ酸要求性変異を正常に戻した原栄養株を作成し,経時老化に対するアミノ酸の効果が検討された.その結果,合成培地にアミノ酸を添加すると原栄養株の経時寿命が伸びること,その効果は特定のアミノ酸の量に依存するというよりも,アミノ酸の総量に依存することが示された(4)4) Y. Maruyama, T. Ito, H. Kodama & A. Matsuura: PLOS One, 11, e0151894 (2016).

では,非必須アミノ酸の投与は細胞にどのような変化を起こしているのだろうか.30°Cでの培養では,合成培地に含まれる炭素源としてのグルコース(初濃度20 g/L)はアミノ酸添加の有無にかかわらず3日目までに完全に消費され,その時点で細胞は最大収量の9割程度の濃度にまで増殖している.一方,窒素源として加えられている硫酸アンモニウム由来のアンモニウムイオン(初濃度0.2 g/L)は,これ以外に窒素源を含まないアミノ酸不含合成培地での培養でも7割程度が残存している一方,アミノ酸含有培地に添加されたアミノ酸(総量で初濃度1.2 g/L)は3日までに培地から消失する(図2図2■出芽酵母を合成培地で培養した際の成分の経時変化).その後の培地交換実験などから,アミノ酸添加の有無による経時老化速度の差は,定常期の培地状態の違い,具体的には最終的なpHの違いに起因することが明らかとなった.すなわち,アミノ酸を窒素源として利用する条件では培養液のpH低下が抑制され,アミノ酸不含培養においても,定常期の培地pHをアミノ酸含有培養時の定常期pHと同等に調整するだけで,アミノ酸添加による経時老化遅延効果が再現されることが示された(4)4) Y. Maruyama, T. Ito, H. Kodama & A. Matsuura: PLOS One, 11, e0151894 (2016).

図2■出芽酵母を合成培地で培養した際の成分の経時変化

酵母の液体培養中に培地が酸性化していくことは以前より知られており,酸性環境ではミトコンドリアが障害を受け,その結果細胞死の原因となるROSが産生されることが報告されている(5)5) N. Guaragnella, M. Zdralevic, L. Antonacci, S. Passarella, E. Marra & S. Giannattasio: Front. Oncol., 2, 70 (2012)..このことから,経時老化速度に培地のpHの低下が関係することに不思議はない.筆者らが作成した原要求株では,アミノ酸不含合成培地では培養開始時のpH 4.0から,3日までにpH 2.0付近にまで低下する(アミノ酸含有培地では2.5付近で落ち着く).ここまでのpHの低下は細胞の増殖に対して有害なレベルであり,培地のpHをNaOHを用いて3.0にまで戻すと,いったん停止した細胞の増殖が再開し,細胞数がさらに増加する.このことは,窒素源としてアンモニウムイオンのみを含む培地においては,特定の栄養源の枯渇よりも先に,外部環境の悪化(培地pHの低下)が原栄養株の増殖の制限要因となっていることを示している.一方,栄養要求性株を用いると,培地の必須アミノ酸量が制限となって増殖が早期に止まり,その結果培地pHの低下が抑えられる.このとき,経時寿命は原要求株よりも長くなる場合が多い.すなわち,原栄養株は栄養要求性株よりもよく増殖できるため周囲の環境をより汚染してしまい,それが最終的に自分の首を絞めるという皮肉な事態が起きていることになる.

培養により培地が酸性化する原因としては,細胞外へと放出される有機酸,細胞膜を介した二次能動輸送を駆動するために汲み出される水素イオンが挙げられている.アミノ酸含有培地での培養中,培地のアミノ酸は速やかに消費される一方でアンモニウムイオンの量はむしろ増加する(4)4) Y. Maruyama, T. Ito, H. Kodama & A. Matsuura: PLOS One, 11, e0151894 (2016).ことから,酵母は取り込んだアミノ酸の一部をアンモニウムイオンの形で培地に放出することで,少なくとも部分的に培地の酸性化を抑制しているようである.実際,窒素源としてアミノ酸のみを含む合成培地を用いると,培地に元々含まれていなかったアンモニウムイオンが培養液に蓄積されていく現象が観察される(この際培養に伴ってpHはむしろ上昇する).細胞が放出するアンモニウムイオンが,固形培地上のコロニー内の細胞間のシグナルとしてはたらいているとの報告もあることから(6)6) L. Vachova & Z. Palkova: J. Cell Biol., 169, 711 (2005).,液体培地で見られるアンモニウム放出の本来の生理的意義も別のところにあるのかもしれない.

こうして考えてくると,われわれが経時老化と呼んでいる現象が,硫酸アンモニウムという安価な窒素源の利用により生じた,自然環境下では起き得ない特殊な現象である可能性を,多少は覚悟しておく必要があるかもしれない.ただ,pHが低下しない培養条件であっても,ゆっくりではあるが経時的な細胞死は明らかに起きており,その際の細胞の老化と今回紹介した培地pH低下環境での「早期の経時老化」との共通点はあると思われる.注意は必要ではあるが,酵母の経時老化は今後も老化を研究する優れた実験系であり続けるであろう.

Reference

1) P. Laun, M. Rinnerthaler, E. Bogengruber, G. Heeren & M. Breitenbach: Exp. Gerontol., 41, 1208 (2006).

2) M. MacLean, N. Harris & P. W. Piper: Yeast, 18, 499 (2001).

3) P. Gomes, B. Sampaio-Marques, P. Ludovico, F. Rodrigues & C. Leao: Mech. Ageing Dev., 128, 383 (2007).

4) Y. Maruyama, T. Ito, H. Kodama & A. Matsuura: PLOS One, 11, e0151894 (2016).

5) N. Guaragnella, M. Zdralevic, L. Antonacci, S. Passarella, E. Marra & S. Giannattasio: Front. Oncol., 2, 70 (2012).

6) L. Vachova & Z. Palkova: J. Cell Biol., 169, 711 (2005).