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生命ネットワークを構成する新規分子間相互作用の発見新規合成型HaloTagプロテインアレイ技術を利用した転写因子相互作用ネットワーク解析

Junshi Yazaki

矢崎 潤史

理化学研究所統合生命医科学研究センター

Published: 2017-10-20

ポストゲノム時代に入った現在,最重要解決課題の一つはモデル生物において機能未知のままの数多くのタンパク質をコードする遺伝子に詳細な機能付けを行うことである.モデル生物の一つであるシロイヌナズナ(以下ナズナ)には約25,000の遺伝子が存在するが,そのほとんどのタンパク質の機能は未知のままである.なかでもナズナゲノム中に2,000程度存在するとされる転写因子と転写調節因子(以下TF)は,ホルモン情報伝達における鍵分子として生長・発生における多様な環境変化への対応のため遺伝子発現調節を行っていると考えられるが,そのほとんどが機能未知である.これらホルモン情報伝達経路にかかわる鍵分子の相互作用分子の新規発見は異なる情報伝達経路からのシグナルが統合される機構(クロストーク)を解明するために有用であると考えられる.TFはその調節ネットワーク内で独立して機能するのではなくほかのタンパク質と複合体を形成することが多い.そのため,TFの相互作用タンパク質を同定することは統合的な細胞内ダイナミクス調節を知る一助となる.

タンパク質間相互作用(以下PPI: protein–protein interactions)を決定するためのプロテインアレイ技術は,酵母ツーハイブリッド法(Y2H)や免疫沈降–質量分析解析法(AP-MS)といったほかのPPIアッセイ技術の相補的技術として利用されてきた.従来型のプロテインアレイの作製には,数千を超えるin vivo発現したタンパク質の精製とそれに続く精製タンパク質の基板へのスポッティングが必須である.一方,in situで合成させたタンパク質を利用したアレイ技術を用いることによりタンパク質のin vivo発現および精製が必要なくその作製が簡便化された結果(1~3)1) N. Ramachandran, E. Hainsworth, B. Bhullar, S. Einstein, B. Rosen, A. Y. Lau, J. C. Walker & J. LaBaer: Science, 305, 86 (2004).2) N. Ramachandran, J. V. Raphael, E. Hainsworth, G. Demirkan, M. G. Fuentes, A. Rolfs, Y. Hu & J. LaBaer: Nat. Methods, 5, 535 (2008).3) J. Yazaki, M. Galli, A. Y. Kim, K. Nito, F. Aleman, K. N. Chang, A. R. Carvunis, R. Quan, H. Nguyen, L. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E4238 (2016).,低コスト・短時間で1度に1万種を超えるタンパクのアッセイが可能となった.このように網羅的なタンパク質間相互作用解析に対応した技術がNAPPA(the Nucleic Acid Programmable Protein Array Technology)であるが,開発当初は無細胞タンパク質発現系と抗体による発現タンパク質のスライドガラス基板への固定化を利用していたため(1, 2)1) N. Ramachandran, E. Hainsworth, B. Bhullar, S. Einstein, B. Rosen, A. Y. Lau, J. C. Walker & J. LaBaer: Science, 305, 86 (2004).2) N. Ramachandran, J. V. Raphael, E. Hainsworth, G. Demirkan, M. G. Fuentes, A. Rolfs, Y. Hu & J. LaBaer: Nat. Methods, 5, 535 (2008).,抗GST抗体による合成タンパク質固定化効率が低く,より大きなスポットサイズを必要としスポット密度を低くせざるをえなかった(<2,000スポット/アレイ)(2)2) N. Ramachandran, J. V. Raphael, E. Hainsworth, G. Demirkan, M. G. Fuentes, A. Rolfs, Y. Hu & J. LaBaer: Nat. Methods, 5, 535 (2008)..また固定化効率の悪さから起因して発現させたタンパク質の拡散が見られた.そこでわれわれはナズナの12,000種のORFリソースを利用し,より効率的な新規タンパク質固定化技術によるin situ合成型プロテインアレイ(HaloTag-NAPPAプロテインアレイ:≦9,200スポット/アレイ)を開発した(グラフィカルアブストラクト内背景,図1図1■HaloTagプロテインアレイの作製とタンパク質間相互作用検出のスキーム(3)3) J. Yazaki, M. Galli, A. Y. Kim, K. Nito, F. Aleman, K. N. Chang, A. R. Carvunis, R. Quan, H. Nguyen, L. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E4238 (2016)..筆者らは,HaloTag(プロメガ社)を融合したORFプラスミドDNAをHaloTagと共有結合する性質をもつ低分子化合物リガンド(クロロアルケイン,以下リガンド)と共スポットした(図1図1■HaloTagプロテインアレイの作製とタンパク質間相互作用検出のスキーム).高密度にリガンドをスポットすることでスポット面積あたりのリガンド分子数が抗GST抗体分子数よりも多くなり,合成タンパク質分子が小さい面積により多く固定できるようになるとともに,HaloTagとリガンドの共有結合によりタンパク質を固定することでタンパク質の拡散が解消された.またHaloTag-NAPPA作製に利用したHaloTag融合ORFクローンはHaloTagがN末端に融合されており,HaloTagタンパク質合成直後からスライドガラスへの固定化が可能となる.これらのことからHaloTag-NAPPA(3)3) J. Yazaki, M. Galli, A. Y. Kim, K. Nito, F. Aleman, K. N. Chang, A. R. Carvunis, R. Quan, H. Nguyen, L. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E4238 (2016).はGST-NAPPA(1, 2)1) N. Ramachandran, E. Hainsworth, B. Bhullar, S. Einstein, B. Rosen, A. Y. Lau, J. C. Walker & J. LaBaer: Science, 305, 86 (2004).2) N. Ramachandran, J. V. Raphael, E. Hainsworth, G. Demirkan, M. G. Fuentes, A. Rolfs, Y. Hu & J. LaBaer: Nat. Methods, 5, 535 (2008).と比較し高密度化が容易で,非特異的シグナルが低くなると考えられる.加えてその作製過程・保存はDNAアレイと同様であり,特別な条件なしで室温においたデシケータ内で12カ月の保存が可能である.筆者らが作製したナズナ12,000種のORFリソースを利用したHaloTag-NAPPAプロテインアレイは世界最大規模であり,この技術でPPIだけでなくさまざまな分子間相互作用解析,たとえば低分子化合物–タンパク質間相互作用,核酸–タンパク質間相互作用,翻訳後修飾の基質タンパク質検出などさまざまな解析が可能である.筆者らはこの技術を転写因子PPI解析(TF-NAPPA)に用いて,数千の新規タンパク質間相互作用を発見した(グラフィカルアブストラクト内ネットワーク地図).その中にはさまざまなホルモン情報伝達にかかわるTF群と相互作用するアブシジン酸受容体ファミリータンパクPYL6なども含まれていた(3)3) J. Yazaki, M. Galli, A. Y. Kim, K. Nito, F. Aleman, K. N. Chang, A. R. Carvunis, R. Quan, H. Nguyen, L. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E4238 (2016)..HaloTagプロテインアレイによりジャスモン酸(JA)情報伝達にかかわる転写因子MYC2と相互作用することが発見されたPYL6の欠損変異体pyl6はJAとABA両方の存在下においてABA存在下より感受性が高くなることが示された(4)4) F. Aleman, J. Yazaki, M. Lee, Y. Takahashi, A. Y. Kim, Z. Li, T. Kinoshita, J. R. Ecker & J. I. Schroeder: Sci. Rep., 6, 28941 (2016)..HaloTag-NAPPAタンパク質アレイで得られた分子ネットワークはY2Hなどほかの技術と比べて偽陽性が少なく多数の相互作用するタンパク質を一度に検出することが可能であり,新規PPIの発見に有効であった.重要なホルモン情報伝達経路のTFをクエリとして,さまざまなホルモン情報伝達経路の構成要素である新規のTF相互作用タンパク質が大量に発見されたことは今後有用な知見となりうる.またこのTF-NAPPAネットワークで,ある特定のタンパク質に多くの相互作用パートナーが存在することが示されたが,これは珍しいことではなくほかの生物システムでもネットワークの中心となるタンパク質(ハブタンパク質)は多くの相互作用パートナーをもつことが示されている(たとえばintactデータベースではヒトTP53タンパク質の2,000以上のPPIが見いだされている).また多数の相互作用パートナーをもつタンパク質はTFに限らずLOW SULFUR UPREGULATEDプロテインなどでも見られている.筆者らが以前報告したナズナのPPIネットワーク(5, 6)5) Arabidopsis Interactome Mapping Consortium: Science, 333, 601 (2011).6) M. E. Cusick, H. Yu, A. Smolyar, K. Venkatesan, A. R. Carvunis, N. Simonis, J. F. Rual, H. Borick, P. Braun, M. Dreze et al.: Nat. Methods, 6, 39 (2009).では,プログラム細胞死や花芽分化を調節する膜結合型の転写因子であるANAC089では222個の相互作用するタンパク質が見られたが,そのファミリータンパク質では数個の相互作用しか見つからなかった(ANAC019は10個,ANAC072は1個).このことはハブタンパク質のホモログであったとしてもハブタンパク質同様に多数のタンパク質間相互作用をもつとは限らず,PPIネットワークは一部のタンパク質が多数の相互作用をもつ一方で,ほかのほとんどのタンパク質は僅かな相互作用しかもたないネットワーク構造(スケールフリーネットワーク)をもつことを示唆した.

図1■HaloTagプロテインアレイの作製とタンパク質間相互作用検出のスキーム

(左)HaloTag融合ORFプラスミドDNA, クロスリンカー,HaloTagリガンドをスライドガラスにスポットする.(中)HaloTag融合ORFプラスミドDNAをスポットしたスライドガラスを無細胞タンパク質発現系(小麦胚芽抽出液)に浸し,ターゲットタンパク質(9,000個以上)を発現しその場に固定しプロテインアレイを合成作製する.(右)タンパク質を発現・固定後スライドガラスを洗浄し同時に発現・相互作用した異なるタグ(3xHA)を融合したクエリタンパク質とガラス上のターゲットタンパク質との相互作用を免疫検出する.参考文献3 Yazaki et al. (2016)PNAS 113 E4238から引用改変.

今回HaloTagプロテインアレイで得られた新規データセットは,これまで未知であったホルモン情報伝達クロストークを明らかにし,より高感度かつ網羅的に相互作用するタンパク質が検出されることで転写ネットワークの実体を明らかにすることを可能にする.

なおHaloTag-NAPPAで使用されたすべてのクローン(約12,000種のナズナHaloTag-ORFコレクション)・ベクターはABRC(http://www.arabidopsis.org/)から公開され利用可能である.研究リソースの充実したナズナを使用して解析技術・情報を構築することで,基礎研究の進展と実用化(社会実装)への応用の両方が期待できる.またこのHaloTag-NAPPA技術は植物だけでなくほかの生物システムに利用可能であり,特に哺乳類(ヒト・マウス)においてはORFコレクションが充実していることから,今後HaloTag-NAPPA技術による網羅的相互作用物質探索システムの構築とこれを用いた哺乳類における分子間ネットワーク解析の進展が期待される.

Reference

1) N. Ramachandran, E. Hainsworth, B. Bhullar, S. Einstein, B. Rosen, A. Y. Lau, J. C. Walker & J. LaBaer: Science, 305, 86 (2004).

2) N. Ramachandran, J. V. Raphael, E. Hainsworth, G. Demirkan, M. G. Fuentes, A. Rolfs, Y. Hu & J. LaBaer: Nat. Methods, 5, 535 (2008).

3) J. Yazaki, M. Galli, A. Y. Kim, K. Nito, F. Aleman, K. N. Chang, A. R. Carvunis, R. Quan, H. Nguyen, L. Song et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E4238 (2016).

4) F. Aleman, J. Yazaki, M. Lee, Y. Takahashi, A. Y. Kim, Z. Li, T. Kinoshita, J. R. Ecker & J. I. Schroeder: Sci. Rep., 6, 28941 (2016).

5) Arabidopsis Interactome Mapping Consortium: Science, 333, 601 (2011).

6) M. E. Cusick, H. Yu, A. Smolyar, K. Venkatesan, A. R. Carvunis, N. Simonis, J. F. Rual, H. Borick, P. Braun, M. Dreze et al.: Nat. Methods, 6, 39 (2009).