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酵素活性を引き出す隠し味溶媒のひと振りで酵素活性は変えられる

Norifumi Kawakami

川上 了史

慶應義塾大学理工学部

Published: 2017-10-20

酵素は化学反応を加速する触媒機能を有するタンパク質である.多くの生命科学研究では,その機能が生命活動とどのようにリンクしているのかを解明し,理解を深めることに主眼が置かれる.一方で,触媒としてみたときには,常温,常圧,中性pHのような,温和な環境で化学反応を加速させる有用な物質と捉えることができる.実際に,数十年にわたって実用化に向けた研究が積み重ねられており,工業利用される酵素もある.しかし,一般的に言って,得られた酵素の多くは魅力的な機能をもちつつも,実用化にまで至る例は少ない.その理由には,1)酵素活性が低く,十分な生成物量が得にくい,2)酵素には特定の反応しか触媒できない高い分子認識能(基質特異性)があり,われわれにとって都合の良い反応を触媒できない,3)酵素自体の安定性が低いものが多く,比較的短時間で活性を失ってしまう,4)そもそも調製コストが高すぎる,などが挙げられる.

調製コストに関しては,実用化された酵素がある以上,本当に有益な反応に利用できれば,十分に克服可能な課題であると考えられるが,1)~3)に関しては,酵素自体の性質の改善なくして,克服することは困難である.従来,酵素機能の改善手法として用いられてきたのは,酵素のアミノ酸配列を変換する遺伝子変異導入法である.特に,酵素分子の立体構造が明らかになり,誰でも容易に構造データにアクセスができるようになったことや,どのアミノ酸が反応に重要なのかを視覚的に捉えられるようになったことで,酵素機能を狙ったように改変しようとする部位特異的変異導入法が広く利用されるようになった.これは,合理的な設計手段として現在でも重要な機能改変技術の一つになっている.

そのほか,同じく変異導入による改変ではあるが,目的の酵素にランダムに変異を導入した,大量の変異体群(変異体ライブラリー)を作成した後,そこから,目的の機能を有する変異体酵素を探し出す手法や,酵素に非天然化合物を直接結合させる化学修飾により活性を改善する手法,さらにはコンピュータシミュレーションによる酵素自体の設計など,有用酵素を生み出すための基盤技術が多数報告されている.

研究段階において実際にどの手法を採用するのかは,各研究者の得意とする手法や酵素分子の性質などから決められるが,いずれの手法についても共通している課題は,各実験作業に時間がかかる割に,狙ったとおりの改善にはつながらないことであり,最終的には試行錯誤を避けられない点にある.そのため,より簡単に酵素機能を改変できる手法が望まれている.

近年,容易に機能改変を実現できる可能性がある手法として注目されはじめているのが,反応液中に本来の反応,酵素活性とは直接関係のない化合物を添加することで,酵素活性や基質特異性,立体選択性を変換する手法である(1)1) Y. R. Liang, Q. Wu & X. F. Lin: Chem. Rec., 17, 90 (2016)..個別の紹介については総説(1)1) Y. R. Liang, Q. Wu & X. F. Lin: Chem. Rec., 17, 90 (2016).を参照していただきたいが,多くに共通する特長は,添加した化合物が酵素と非共有結合により相互作用し,安定性,活性や基質特異性を変換している点である.このような,化合物と酵素の相互作用によってその酵素機能の変化が起こる現象は,天然でもアロステリック効果としてしばしば観察される仕組みである.したがって,現象自体は普遍的なものであるが,天然の環境ではおよそ接触することもないような化合物でも,同様に酵素機能調節に関与できるということはたいへん興味深い.とりわけ,合成プロセスで酵素を用いる場合には,非天然化合物と接触する可能性は高く,酵素と小分子相互作用と活性や基質特異性の相関を解明することは,実用化の観点でも重要な課題と言える.

実際の合成プロセスのなかで,酵素が触れる可能性が最も高い非天然化合物は有機溶媒分子であろう(必ずしも,非天然なものばかりではないが,酵素が機能する天然環境とはかけ離れていることから,本稿では非天然とする).いかに,水溶性が低い非混和性の有機溶媒を用いても,水層への分配を完全に抑制することができないことや,水層–有機層の液界面にも酵素は接近しうるため,酵素と溶媒の相互作用は避けられないものと考えられる.実際に,有機溶媒を用いた酵素反応は,長い間研究の対象となっており,その活性や安定性に関する研究例は非常に多い.しかし,その反応系は,水を排除した高濃度有機溶媒環境であることが多く,酵素機能を改変,調節できる添加分子として利用検討をする研究例は少ない(2, 3)2) K. S. Rabe, M. Erkelenz, K. Kiko & C. M. Niemeyer: Biotechnol. J., 5, 891 (2010).3) T. Gerhards, U. Mackfeld, M. Bocola, E. von Lieres, W. Wiechert, M. Pohl & D. Rother: Adv. Synth. Catal., 354, 2805 (2012)..そこで,酵素機能を向上させる,添加分子として溶媒分子を利用し,酵素や基質の組み合わせを系統的に解析することで,一貫した性質などを見いだせないかと考え,研究を進めてきた.

対象とした酵素はアルコール脱水素酵素(ADH)である.複数の生物に由来するADHに対して,さまざまな溶媒,基質の組み合わせを検討したところ,実際に,Thermoanaerobacter brockiiに由来する耐熱性TbADHに環状エーテルである1,3-ジオキソランを添加すると,基質である2-ブタノールの酸化反応速度が3倍程度,加速することを突き止めた.興味深いことに,同じ環状エーテルでも,僅かに構造が変わるだけで,活性向上効果が見られなくなったり,むしろ抑制されるようになったりするケースがあることも明らかにした.この,1,3-ジオキソランの添加によるアルコールの酸化反応の加速も,よりアルキル鎖の長いアルコールを基質にした場合では,阻害が見られる組み合わせもあることが明らかになった(4)4) N. Kawakami, Y. Hara & K. Miyamoto: Catal. Sci. Technol., 5, 3922 (2015)..

以上の結果は,酵素反応に添加した溶媒分子が,状況によってはわれわれにとって都合のよい機能変換をもたらしうることを示唆している.しかし,課題は多く,実際にどのように溶媒分子が結合しているのか,いかにして活性向上をもたらしたのか,などは解明には至っていない.最近,未発表ではあるが,シミュレーションによる溶媒結合部位の推定を行い,酵素周りに存在する環状エーテルの分布が明らかになりつつある(図1図1■TbADH表面の1,3-ジオキソランの分布シミュレーション).同様のシミュレーションを,活性が向上したさまざまな溶媒で繰り返し,相互作用部位の分布について特定のパターンなどが存在することを明らかにできれば,逆に,どのような溶媒分子を添加すれば,活性向上や,基質特異性変換ができるようになるかを推定できるようになる可能性がある.当然シミュレーション自体には,一定の時間を要するものの,活性が向上する溶媒,酵素,基質の組み合わせの探索は,従来型の活性改善法と比較すれば一実験に要する時間,コストを格段に削減できること,シミュレーションで指針が定まれば,最適化の過程も溶媒分子の変換だけで行える可能性があることなどから,結果的に効率的な活性改善手法になると考えられる.

図1■TbADH表面の1,3-ジオキソランの分布シミュレーション

TbADH(リボンモデル)と1,3-ジオキソラン(左上の分子構造)共存下で5 nsの分子動力学シミュレーションを行い,溶媒の分布を計算した.黄色で示した領域は,長時間溶媒が存在する領域を表しており,その近傍は溶媒と相互作用しやすい構造になっているのではないかと予想される(赤,青,水色,白の球で示されたモデルは補酵素).

しかし,工業的なスケールで考えると,少量の溶媒であっても直接反応系に添加することが問題になることもあるだろう.たとえば,添加した溶媒のせいでプロダクトの回収効率が低くなってしまう可能性や,添加した溶媒を除去するために新たなプロセスを導入しなければならなくなるような,コストに見合わないケースである.シミュレーションで明らかにできる有機溶媒の分布は,すなわち溶媒分子の結合しやすい部位を明らかにすることであり,そこに位置するアミノ酸を同定することにつながる.活性向上が見られる複数の有機溶媒分子を用いたシミュレーションによって,常に,溶媒分布が重なる領域を見いだすことができれば,そこには,活性向上に重要なアミノ酸が存在する可能性が高い.したがって,その領域のアミノ酸に変異を導入し,擬似的に溶媒結合状態を再現するような変異体を設計できれば,活性向上のために溶媒を添加する必要はなくなる.これは,実用化に向けた障害を克服できるだけでなく,有機溶媒分子を活性向上に重要なアミノ酸を探索するプローブとして利用することで,立体構造や反応機構からだけでは設計できないような新たな活性向上変異体の設計法にもなると考えている.

現段階では,用いる溶媒分子も混和性溶媒に限定されているが,同様に活性向上を引き起こす分子には非混和性溶媒分子なども含まれるものと思われる.これらの分子を用いた実験的な活性向上の検証と,シミュレーションを組み合わせることで,効率的な触媒の設計を目指したい.

Reference

1) Y. R. Liang, Q. Wu & X. F. Lin: Chem. Rec., 17, 90 (2016).

2) K. S. Rabe, M. Erkelenz, K. Kiko & C. M. Niemeyer: Biotechnol. J., 5, 891 (2010).

3) T. Gerhards, U. Mackfeld, M. Bocola, E. von Lieres, W. Wiechert, M. Pohl & D. Rother: Adv. Synth. Catal., 354, 2805 (2012).

4) N. Kawakami, Y. Hara & K. Miyamoto: Catal. Sci. Technol., 5, 3922 (2015).