Kagaku to Seibutsu 55(11): 738-742 (2017)
解説
ピルビン酸含有酸性糖鎖の生物における分布と役割糖鎖へのピルビン酸付加はシアル酸のプロトタイプか?
Diversity and Biological Roles of Pyruvic Acid-Containing Oligosaccharides: Relationship between Pyruvylation and α2,6-Sialylation
Published: 2017-10-20
分裂酵母において,新たに合成される糖タンパク質糖鎖の末端に酸性基としてピルビン酸が付加される.筆者らは糖鎖のガラクトース残基にピルビン酸を転移する新奇酵素Pvg1の立体構造を明らかにした.本酵素を用いて合成したシアル酸の代わりにピルビン酸が付加したN-結合型糖鎖は,α2,6-結合のシアル酸と類似したレクチン結合特異性を示した.また,Pvg1と相同性の高いタンパク質はほかの糸状菌などの微生物や軟体動物にも存在しており,ピルビン酸化酸性糖鎖は原核生物のみならず真核生物にも広く分布していることがわかってきた.本解説では,ピルビン酸含有酸性糖鎖の構造と生体内における役割について紹介したい.
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生体において細胞表層糖タンパク質は,多くの場合細胞表面を負電荷にすることに貢献している.これは細胞への物質の流入や排出,細胞同士の接着や病原体の宿主への接着などに重要な役割を担っている(1, 2)1) A. Varki et al, 鈴木康夫,木全弘治訳:糖鎖生物学第2版,コールドスプリングハーバー,2010.2) 平林 淳:糖鎖とレクチン,日刊工業新聞社,2016..数多くの酸性糖類,たとえばウロン酸,ムラミン酸やリン酸化・硫酸化糖,さらにシアル酸などがこれまで報告されている(図1図1■生物の糖鎖中に見られる酸性糖鎖の種類とその構造).たとえばグルクロン酸やN-アセチルガラクトサミン6-硫酸などは,動物の結合組織に存在するグリコサミノグリカンの構成成分として,またムラミン酸はバクテリア細胞壁のペプチドグリカン中に存在する.マンノース6-リン酸は高等動物のリソソームタンパク質の局在化シグナルとして機能している.さらにN-アセチルノイラミン酸などのシアル酸は高等動物において血清中の糖タンパク質の寿命を決定する因子として重要な役割を果たしている.
酸性糖鎖の構成成分として,糖にピルビン酸が付加したピルビン酸化(Pv化)糖も存在する.Pv化糖鎖は,これまで主にバクテリアを中心に構造解析が行われてきた.たとえば,食品添加物(増粘多糖類)として広く利用されているキサントモナス属細菌が生産するキサンタンガムの糖鎖の末端にはマンノースにPvが付加している(3)3) Y. Maruyama, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Biochemistry, 46, 781 (2007)..また,大腸菌の細胞壁の外側にある莢膜と呼ばれる粘質物にあるコラン酸にもガラクトース末端にPvが付加している(4)4) C. Whitfiled: Annu. Rev. Biochem., 75, 39 (2006)..根粒菌であるリゾビウム属細菌の細胞外多糖にはO-アセチル化したガラクトースやグルコースにPvが付加している(5)5) T. V. Ivashina, E. E. Fedorova, N. P. Ashina, N. A. Kalinchuk, T. N. Druzhinina, A. S. Shashkov, V. N. Shibaev & V. N. Ksenzenko: J. Appl. Microbiol., 109, 731 (2010)..さらにバチルス属細菌が生産する細胞外多糖にもN-アセチルマンノサミンに結合したPvが見られる(6)6) J. Kern, C. Ryan, K. Faull & O. Schneewind: J. Mol. Biol., 401, 757 (2010)..このように糖鎖へのPvの付加は,バクテリアにおいて普遍的な酸性糖鎖の構成成分として広く存在していることがわかる.
一方,真核生物において糖鎖へのPvの付加に関する報告はたいへん少ない.Pv化糖鎖の構造が報告されているのは,カイメン(Microciona prolifera)細胞が集合するときに重要な役割を果たす糖鎖の構成成分としてPv化ガラクトースが存在すること(7)7) D. Spillmann, K. Hard, J. Thomas-Oates, J. F. Vliegenthart, G. Misevic, M. M. Burger & J. Finne: J. Biol. Chem., 268, 13378 (1993).,また紅藻類の多糖にPv化ガラクトースが含まれていることなどが報告されている(8)8) A. Chiovitti, A. Bacic, D. J. Craik, S. L. A. Munro, G. T. Kraft & M.-L. Liao: Carbohydr. Res., 299, 229 (1997)..このように真核生物においてPv化糖鎖の分布とその役割についてはほとんど明らかにされていない.
分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeと並び,細胞生物学や分子遺伝学のモデル真核細胞として広く用いられている.高等動物に普遍的に見られる糖タンパク質のN-結合型糖鎖はタンパク質のアスパラギン残基にN-アセチルグルコサミン(GlcNAc),マンノース(Man),ガラクトース(Gal)やシアル酸(NeuAc)などが連結した複雑な構造をしている(図2図2■糖タンパク質N-結合型糖鎖の動物,出芽酵母,分裂酵母の構造;Animal Complex).出芽酵母において,糖タンパク質のN-結合型糖鎖はゴルジ体においてα1,6-結合マンノースを主鎖とする過剰なマンノース残基の伸長が起こる(図2図2■糖タンパク質N-結合型糖鎖の動物,出芽酵母,分裂酵母の構造;S. cerevisiae Mannan).一方,分裂酵母も出芽酵母と同様にゴルジ体において糖鎖伸長が起こるが,マンノースだけでなく,多量のガラクトース残基が付加される(図2図2■糖タンパク質N-結合型糖鎖の動物,出芽酵母,分裂酵母の構造;S. pombe Galactomannan).分裂酵母のゲノムには10種類ものα-ガラクトース転移酵素が存在し,これらの酵素により糖鎖にガラクトースが付加される(9)9) T. Ohashi, K. Fujiyama & K. Takegawa: J. Biol. Chem., 287, 38866 (2012)..出芽酵母が酸性基としてリン酸がマンノースに付加される(図2図2■糖タンパク質N-結合型糖鎖の動物,出芽酵母,分裂酵母の構造のP)のに対して,分裂酵母には糖鎖末端のガラクトースの4位と6位にPvがケタール結合(4,6-O-(1-カルボキシエチリデン)-D-タール結合(4,6-O-(1-カルボキシエチリデン)-D-ガラクトース)していることが報告された(図2図2■糖タンパク質N-結合型糖鎖の動物,出芽酵母,分裂酵母の構造のPvGal)(10)10) T. R. Gemmill & R. B. Trimble: J. Biol. Chem., 271, 25945 (1996)..筆者は分裂酵母がなぜ,酸性糖鎖として出芽酵母のようにリン酸ではなくPvを選択したのか非常に興味があり,Pv化ガラクトースの生合成と役割についての研究を開始した.そして分裂酵母のガラクトース欠損株(11)11) N. Tanaka & K. Takegawa: Yeast, 18, 903 (2001).やガラクトース特異的に細胞が凝集する変異株(12)12) T. Matsuzawa, T. Morita, N. Tanaka, H. Tohda & K. Takegawa: Mol. Microbiol., 82, 1531 (2011).などの解析から,分裂酵母糖鎖中のガラクトースは,生育には必須ではないが細胞間の認識に極めて重要な役割を果たしていることを明らかにした(13)13) T. Matsuzawa, T. Ohashi, M. Nakase, K. Yoritsune & K. Takegawa: Trends Glycosci. Glycotechnol., 135, 24 (2012)..しかしながら糖鎖のPv化の役割については不明であった.
分裂酵母において,糖鎖にピルビン酸が付加されない変異株がTrimbleらにより報告された(14)14) E. N. Andreishcheva, J. P. Kunkel, T. R. Gemmill & R. B. Trimble: J. Biol. Chem., 279, 35644 (2004)..それらの変異株の原因遺伝子の中で,Pvg1は細菌のPv転移酵素と弱い相同性があることがわかった.そこで筆者らはPvg1タンパク質を大腸菌で発現させて,p-ニトロフェニル-β-ガラクトース(pNP-Gal)とホスホエノールピルビン酸(PEP)と反応したところ,ガラクトースにPvが付加することを確認した(15)15) K. Yoritsune, T. Matsuzawa, T. Ohashi & K. Takegawa: FEBS Lett., 587, 917 (2013)..この結果からPvg1は単独でPv転移酵素活性を示すことが明らかになった.Pvg1の細胞内局在解析から,分裂酵母において糖鎖へのPv付加はゴルジ体内腔で起こること(15)15) K. Yoritsune, T. Matsuzawa, T. Ohashi & K. Takegawa: FEBS Lett., 587, 917 (2013).,さらにPvg1の基質となるPEPをゴルジ体内腔へ輸送するトランスポーターが分裂酵母には存在することもわかった(16)16) K. Yoritsune, Y. Higuchi, T. Matsuzawa & K. Takegawa: FEMS Yeast Res., 14, 1101 (2014)..
分裂酵母においてわれわれはPvg1タンパク質がPv転移酵素であることを証明したが,Pvg1タンパク質はバクテリア由来のPv転移酵素として報告されていた大腸菌のWcaKや枯草菌のCsaBとは全く相同性がなかった.Pvg1と相同性の高いタンパク質はほかの生物にも存在するのだろうか.検索した結果,興味深いことにトリコデルマやフザリウムなどの糸状菌にPvg1ホモログが存在する.さらにアメフラシやゴカイなどの海洋に生息する動物にもホモログが存在することがわかった(図3図3■分裂酵母ピルビン酸転移酵素Pvg1と相同性の高いタンパク質の系統樹).これらのホモログが実際にPv含有糖鎖に関与していれば,Pvを酸性糖鎖に利用している生物は想像以上に多いことが予想される.これまでほかの糸状菌や酵母などにPv含有糖鎖が存在するという報告は全くない.筆者らは現在これらのホモログが実際にPv転移活性を有しているか解析を行っている.
Pvg1のPv転移反応を分子レベルで解明するため,Pvg1のX線結晶構造解析を行った(17)17) Y. Higuchi, S. Yoshinaga, K. Yoritsune, H. Tateno, J. Hirabayashi, S. Nakakita, M. Kanekiyo, Y. Kakuta & K. Takegawa: Sci. Rep., 6, 26349 (2016)..供与基質のPEPおよび受容基質としてpNP-Galを用いた共結晶作製はできなかったものの,アポ体のPvg1の構造を2.46 Åの解像度で決定できた.そしてPEPおよびラクトース(Lac)を基質としたモデリングにより,Pvg1の活性部位の推定を行った.Pvg1の予想される基質結合部位は正電荷を帯びたくぼみとなっており,負電荷を帯びた基質のPEPと結合することと合致する結果であった(図4A図4■Pvg1の結晶構造の電子表面モデルと推定活性部位構造(文献17の図を改変)).そして,Pvg1のD106がLacにおけるGalのO6と相互作用し,R217とR337がPEPと結合すると予想された(図4B図4■Pvg1の結晶構造の電子表面モデルと推定活性部位構造(文献17の図を改変)).D106, R217, R337はPvg1ホモログにも保存されており,活性に重要なアミノ酸残基と推定された.実際にD106A変異体ではpNP-Lacに対するPv転移活性がないことを確認した.
Pvと同様に負電荷を帯びている糖鎖分子として,ヒト型複合糖鎖末端のシアル酸が存在する.シアル酸はPvと構造的にも類似していることから,Pvg1がヒト型複合糖鎖の末端にシアル酸の代わりにPvを付加することができるかを検討した.シアル酸を除いたヒト型複合糖鎖の末端部は,Gal-α1,4-GlcNAc(LacNAc)構造をとる.そこで,pNP-LacNAcを受容基質にPvg1のPv転移能を調べたが,その活性は非常に低いことがわかった.LacNAcをPvg1の推定基質結合部位に当てはめると,NAc基とPvg1のH168が立体障害となることが予想された(図4B図4■Pvg1の結晶構造の電子表面モデルと推定活性部位構造(文献17の図を改変)).そこで,立体障害を解消するためにH168A変異体を作製したところ,pNP-LacNAcへのPv転移活性を確認することができた.しかし,その活性は微弱であったため,H168をほかのすべてのアミノ酸残基に置き換えた変異体を作製し,pNP-LacNAcへのPv転移活性を解析した結果,H168C変異体が最も高い活性を示すことがわかった.実際に,2本鎖ヒト型複合糖鎖を有する糖ペプチドで,糖鎖末端のシアル酸を欠いたもの(アシアロ糖ペプチド,AGP)を受容基質にPv転移活性を調べた.するとH168C変異体を用いることでAGPの両2本鎖末端にPvを付加したPvGPを合成することができた(図5図5■Pvg1変異体を用いたピルビン酸含有新奇糖鎖の酵素合成).
今回,初めて合成に成功したPv含有複合型糖鎖はどのような性質をもっているのか,得られたPvGPについてレクチンアレイ解析を行った.興味深いことに,PvGPでは2本鎖ヒト型複合糖ペプチド(SGP)と同様のレクチン結合パターン,つまりα2,6-シアル酸結合レクチンには結合し,α2,3-シアル酸結合レクチンには結合しないという結果が得られた(17)17) Y. Higuchi, S. Yoshinaga, K. Yoritsune, H. Tateno, J. Hirabayashi, S. Nakakita, M. Kanekiyo, Y. Kakuta & K. Takegawa: Sci. Rep., 6, 26349 (2016)..さらに,AGPでは見られたLacNAc結合レクチンへの結合性が,SGP同様にPvGPでは見られなかった.このことは,PvGPでは糖鎖の末端にピルビン酸が付加されていることにより,β-Gal残基が露出していないことを示唆している.以上から,2本鎖ヒト型複合糖ペプチドに付加されたピルビン酸はα2,6-シアル酸と同様の性質を示すことが明らかとなった.この性質を利用して今後新たな医薬品生産といった展開が期待できる.一例として,インフルエンザウイルスはヘマグルチニンが細胞表層のシアル酸と結合することで感染するが,Pvはこの結合を競合的に阻害することができるかもしれない.つまり,この原理により新たな抗インフルエンザ薬を生み出せる可能性が考えられる.また,近年脚光を浴びている糖タンパク質医薬品における薬理活性には,糖鎖構造が重要である.特に,ヒト型複合糖鎖末端のシアル酸が肝細胞においてシアリダーゼにより脱離すると,糖タンパク質は分解に向かう.そこで,シアル酸の性質をミミックすることができるPvが付加された糖タンパク質医薬品を作製し,実際にin vivoでの半減期が改善されれば有用性が一層高まることが期待される.
Pvg1の立体構造解析結果から,アミノ酸の1次構造ではほとんど相同性は見られないがシアル酸転移酵素の構造と類似していることも見いだした(17)17) Y. Higuchi, S. Yoshinaga, K. Yoritsune, H. Tateno, J. Hirabayashi, S. Nakakita, M. Kanekiyo, Y. Kakuta & K. Takegawa: Sci. Rep., 6, 26349 (2016)..Pvとシアル酸それぞれの転移酵素の構造が類似していることは,Pv化とシアル酸化を進化の過程で考えるうえでもとても興味深い.生体内においてシアル酸の合成と糖鎖への転移には,非常に多くのシアル酸合成関連酵素や糖ヌクレオチドトランスポーターなどが必要である.一方,糖鎖へのPvの付加は細胞内に多量に存在するPEPを利用することや多くのシアル酸合成関連酵素類を必要としないため,生物にとって有利であることが考えられる.今後は分裂酵母がなぜ酸性糖鎖としてPvを選択したのか,海洋生物になぜPv化糖鎖をもつものが多いのか,さらに明らかにしていきたい.
Reference
1) A. Varki et al, 鈴木康夫,木全弘治訳:糖鎖生物学第2版,コールドスプリングハーバー,2010.
2) 平林 淳:糖鎖とレクチン,日刊工業新聞社,2016.
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4) C. Whitfiled: Annu. Rev. Biochem., 75, 39 (2006).
5) T. V. Ivashina, E. E. Fedorova, N. P. Ashina, N. A. Kalinchuk, T. N. Druzhinina, A. S. Shashkov, V. N. Shibaev & V. N. Ksenzenko: J. Appl. Microbiol., 109, 731 (2010).
6) J. Kern, C. Ryan, K. Faull & O. Schneewind: J. Mol. Biol., 401, 757 (2010).
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15) K. Yoritsune, T. Matsuzawa, T. Ohashi & K. Takegawa: FEBS Lett., 587, 917 (2013).
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