Kagaku to Seibutsu 55(11): 750-758 (2017)
解説
幹細胞における糖鎖の働き―ショウジョウバエモデルからES細胞まで―幹細胞に機能する糖鎖
Glycan Function on Stem Cells: Drosophila and Mammalian Stem Cells—Glycans Involved in Stem Cell Regulation
Published: 2017-10-20
細胞表面に提示される糖鎖は,組織特異的に,また,発生段階特異的に発現が制御されており,その一部は胚性幹細胞のマーカーとしても使われている.しかし,幹細胞における糖鎖の役割については,不明な点が多かった.一方,ヘパラン硫酸などの硫酸化糖鎖は,線維芽細胞増殖因子(FGF),Wnt,骨形成タンパク質(BMP)などの共受容体として機能している.これらのシグナルは,組織幹細胞や胚性幹細胞の維持や分化を決めており,糖鎖もまた,これらの幹細胞の維持や分化に大きく関与すると考えられた.本解説では,幹細胞における糖鎖の機能をショウジョウバエの組織幹細胞から,マウスやヒトの胚性幹細胞をはじめとする多能性幹細胞まで,その現状を紹介する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
胚性幹細胞(ES細胞)は,胚盤胞の内部細胞塊(ICM)に由来する多能性幹細胞である.自己複製し,成体を構成するすべての細胞へ分化する多能性をもつ.マウスで1981年に樹立され(1)1) M. J. Evans & M. H. Kaufman: Nature, 292, 154 (1981).,ノックアウトマウスの作製などに広く用いられている.1998年にヒトのES細胞が樹立されると(2)2) J. A. Thomson, J. Itskovitz-Eldor, S. S. Shapiro, M. A. Waknitz, J. J. Swiergiel, V. S. Marshall & J. M. Jones: Science, 282, 1145 (1998).,ヒトへの応用を目指した研究が開始された.さらに,induced pluripotent stem cells(iPS細胞)が,数種類の遺伝子を繊維芽細胞などの体細胞に強制発現させることにより樹立された(3)3) K. Takahashi & S. Yamanaka: Cell, 126, 663 (2006)..内因性の転写因子に加え,FGF, BMP, Wntなどの細胞外因子からのシグナル伝達が,これらの多能性幹細胞の維持や分化を決定していた(4)4) L. Weinberger, M. Ayyash, N. Novershtern & J. H. Hanna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 155 (2016)..現在,多能性幹細胞を用いた創薬や再生医療を目指した研究が盛んに行われ始めている.
一方,造血幹細胞や神経幹細胞などの成体で組織維持に働く組織幹細胞は,自己複製する一方で,分化した細胞種を生み出す.このような組織幹細胞の性質の維持には,幹細胞ニッチと幹細胞の適切な空間配置と非対称分裂,さらには,幹細胞ニッチから幹細胞へのシグナル伝達が重要であることが,ショウジョウバエや哺乳類で,近年明らかにされた(5)5) Y. C. Hsu & E. Fuchs: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 103 (2012)..ショウジョウバエの組織幹細胞は,哺乳類の組織幹細胞へ良いモデルを提供し,共通な細胞外因子からのシグナルが機能していた.ここにおいても,多能性幹細胞と同様に,BMPやWntシグナルなどが細胞運命を決定する重要な鍵となっている.
細胞膜上のタンパク質や分泌されるタンパク質は,その多くが糖鎖修飾を受けた糖タンパク質である.細胞表面に提示される糖鎖は,生物の発生過程,あるいは,疾病に向かう過程で,顕著に変化する.各過程で特異的に発現する約200種の糖転移酵素が,小胞体やゴルジ体でさまざまな糖を付加し,糖タンパク質上の多様な糖鎖を合成する.細胞表面のstage-specific embryonic antigen-1(SSEA-1)などの糖鎖は,ES細胞やiPS細胞のマーカーとして汎用されており(6)6) S. Nishihara: Glycoconj. J., Oct 28. [Epub ahead of print], DOI: 10.1007/ s10719-016-9740-9 (2016).,また,CA19-9などの糖鎖は腫瘍マーカーとして臨床に用いられている.他方,細胞質や核に唯一存在するO-GlcNAc転移酵素(Ogt)は,細胞質や核のタンパク質のセリン,スレオニン残基に,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)を1分子付加している.
このように,細胞や組織の状態を敏感に反映する糖鎖は細胞マーカーとして広く用いられるが,それにとどまらず,細胞外因子からのシグナル伝達も制御している.特に,ショウジョウバエからヒトまで保存された構造をもつヘパラン硫酸などの硫酸化された糖鎖は,FGF, BMP, Wntに結合し,さまざまな細胞でこれらの因子の安定化や共受容体として機能している(7~9)7) S. Nishihara: Methods Enzymol., 480, 323 (2010).8) N. Sasaki, K. Okishio, K. Ui-Tei, K. Saigo, A. Kinoshita-Toyoda, H. Toyoda, T. Nishimura, Y. Suda, M. Hayasaka, K. Hanaoka et al.: J. Biol. Chem., 283, 3594 (2008).9) H. Nakato & J. P. Li: Int. Rev. Cell Mol. Biol., 325, 275 (2016)..幹細胞においても,その維持や細胞運命の決定に重要なこれらのシグナルで,同様な機能をもつと考えられた.現在,ショウジョウバエと哺乳類で共通する糖鎖の幹細胞における役割が,ショウジョウバエの組織幹細胞やマウスES細胞で次々と明らかにされている.本解説では,それらを紹介し,幹細胞に対する糖鎖の働きを概観する.
細胞外へ分泌,あるいは,細胞膜に停留するタンパク質や脂質は,小胞体からゴルジ体を通過する過程で,その内腔側に活性領域を向けている種々の糖転移酵素により,さまざまな糖を順次付加され,多様な糖鎖修飾を受ける.糖転移酵素を解析すると,それが合成する糖鎖構造が推定できる.酵母から哺乳類へと進化が進むにつれ,生物は多様な糖鎖を付加,合成する糖転移酵素を獲得してきた(図1A図1■糖転移酵素の進化と合成される糖鎖構造の共通性).ヒトやマウスなどの哺乳類の細胞は,約200種の糖転移酵素を発現している.旧口動物の分岐以前,後生動物までに,すでに各種糖転移酵素遺伝子ファミリーの原型が存在している(10)10) M. Kaneko, S. Nishihara, H. Narimatsu & N. Saitou: TIGG, 13, 147 (2001)..ショウジョウバエの糖転移酵素はヒトの半数程度であるが,オーソログは類似した活性を示し,ショウジョウバエと哺乳類とで共通するヘパラン硫酸,コンドロイチン硫酸などの糖鎖構造を合成する(11, 12)11) S. Nishihara, R. Ueda, S. Goto, H. Toyoda, H. Ishida & M. Nakamura: Glycoconj. J., 21, 63 (2004).12) M. Yamamoto-Hino, H. Yoshida, T. Ichimiya, S. Sakamura, M. Maeda, Y. Kimura, N. Sasaki, K. F. Aoki-Kinoshita, A. Kinoshita-Toyoda, H. Toyoda et al.: Genes Cells, 20, 521 (2015).(図1B図1■糖転移酵素の進化と合成される糖鎖構造の共通性).さらに,質量分析による構造解析から,一部のN-結合型糖鎖,T抗原(Galβ1→3GalNAcα1-O-Ser/Thr)やTn抗原(GalNAcα1-O-Ser/Thr)などのムチン型のO-結合型糖鎖,O-α-フコース(Fuc),O-β-グルコース(Glc),O-結合型マンノース(Man),グルコシルセラミド(GlcCer)が,共通して存在することがわかっている(13)13) K. Aoki & M. Tiemeyer: Methods Enzymol., 480, 297 (2010)..細胞質や核に唯一存在する糖鎖修飾であるO-β-GlcNAcも,また,ショウジョウバエと哺乳類で共通している.
生殖幹細胞,腸幹細胞,造血幹細胞,神経幹細胞など,さまざまな組織幹細胞がある.組織幹細胞は,それ自身を維持するために都合の良い微小環境が必要であり,この部位を幹細胞ニッチと呼ぶ.幹細胞自身の内在性の調節シグナルだけでなく,周囲のニッチ細胞からの外来性のシグナルが,組織幹細胞の維持に必要である.組織幹細胞は非対称分裂し,ニッチ細胞側に接触する細胞は組織幹細胞として維持され,ニッチ細胞に接触しない細胞はその組織を構成する細胞へと分化する.幹細胞ニッチからの近距離のシグナルの伝達に糖鎖が関与することが,ショウジョウバエの生殖幹細胞で明らかにされた(図2A図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).
(A)生殖幹細胞.(i)ショウジョウバエ成虫の卵巣の構造.(ii)キャップ細胞に発現するDivision abnormally delayed(Dally)がもつヘパラン硫酸が,キャップ細胞から分泌されるDecapentaplegic(Dpp)をトラップし,生殖幹細胞でDppシグナルを活性化させ,分化を抑制している.(iii)ショウジョウバエ成虫の精巣の構造.(iv)ハブ細胞に発現するDally-like protein(Dlp)がもつヘパラン硫酸が,ハブ細胞から分泌されるGlass-bottom boat(Gbb)およびUnpaired(Upd)をトラップし,生殖幹細胞でシグナルを活性化させ,分化を抑制している.さらに,ハブ細胞に発現する6位が硫酸化されたヘパラン硫酸が,幹細胞の中心体の位置取りに関与している.(B)腸幹細胞.(i)ショウジョウバエ成虫の腸における幹細胞とその周辺細胞.(ii)腸幹細胞の分裂後,一方の娘細胞に発現するDeltaが,もう一方の娘細胞に発現するO-α-Fuc修飾されたNotchと結合し,Notchシグナルを強く活性化する.強いNotchシグナルを受けた娘細胞が腸芽細胞へと運命づけされる.腸幹細胞から分泌される基底膜の構成成分であるパールカンが腸幹細胞のアイデンティティを維持している.腸細胞から分泌される3位が硫酸化されたヘパラン硫酸が腸幹細胞において上皮成長因子(EGF)受容体からのシグナルを阻害して,増殖を抑制している.腸幹細胞において,6位が硫酸化されたヘパラン硫酸がUpd2およびUpd3, EGF, Hedgehog(Hh)をトラップし,シグナルを活性化させることによって,増殖を促進している.6位の硫酸エステル加水分解酵素(Sulf1)がこれらのシグナルの活性化を抑制している.(C)造血幹細胞.(i)ショウジョウバエ幼虫の造血器官の構造.造血幹細胞から分泌されるパールカンが線維芽細胞増殖因子(FGF)を抑制し,造血幹細胞の分化を抑制している.成熟血球細胞で合成されるムチン型糖鎖が,造血幹細胞ニッチにおけるフィロポディア伸長に機能し,造血幹細胞の未分化性維持に寄与している.(ii)造血幹細胞ニッチでは,DlpがDppシグナルを促進し,ショウジョウバエMyc(d-Myc)を抑制することによって,ニッチ細胞の増殖を制御している.
細胞表面にある代表的なヘパラン硫酸プロテオグリカンには,膜貫通領域をもつシンデカンとグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー型タンパク質のグリピカンがあり,ショウジョウバエには,2種のグリピカン,Division abnormally delayed(Dally)とDally-like protein(Dlp)がある.卵巣の幹細胞ニッチであるキャップ細胞では,Dallyが発現している(図2A-ii図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).Dallyは,キャップ細胞が分泌するBMPのホモログであるDecapentaplegic(Dpp)をトラップし,隣接する幹細胞にDppをトランスに提示し,BMPシグナルを入力して分化を抑制していた(9)9) H. Nakato & J. P. Li: Int. Rev. Cell Mol. Biol., 325, 275 (2016)..このため,幹細胞が非対称分裂して生じた2つの娘細胞のうち,キャップ細胞に隣接する娘細胞は幹細胞として維持され,もう一つの娘細胞は分化する.さらに,ヘパラン硫酸の合成にかかわる糖転移酵素の欠損個体では,Dallyはこの役目を果たさず,Dally 上のヘパラン硫酸が鍵となっていた.また,精巣のニッチ細胞であるハブ細胞では,Dlp 上のヘパラン硫酸が同様な役割を果たしていた(図2A-iv図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).BMPのもう一つのホモログであるGlass-bottom boat(Gbb)とインターロイキン-6のホモログであるUnpaired(Upd)が,ハブ細胞から分泌される.Dlpは,これらをトラップして隣接する幹細胞にトランスに提示し,シグナルを入力させて分化を抑制しているようだ.さらには,ハブ細胞で発現する6位が硫酸化されたヘパラン硫酸(GlcNAcの6位が硫酸化されている)が,幹細胞の中心体の位置取りに関与し,非対称分裂にかかわることもわかってきた(14)14) D. C. Levings, T. Arashiro & H. Nakato: Mol. Biol. Cell, 27, 888 (2016)..
一方,腸幹細胞では,分裂後,新たな腸幹細胞と腸芽細胞が生じる(図2B-i図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).一方の娘細胞のDeltaが,もう一方の娘細胞のNotchを活性化して強いシグナルを送り,腸芽細胞への運命づけを行う(図2B-ii図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).このNotchシグナルの強い活性化に,NotchのO-α-Fuc修飾が必要となっていた(15)15) C. N. Perdigoto, F. Schweisguth & A. J. Bardin: Development, 138, 4585 (2011)..また,ヘパラン硫酸プロテオグリカンのパールカンは,腸幹細胞から分泌され,基底膜の構成員となる.このパールカンが,腸幹細胞と細胞外マトリクスの接着を介して,腸幹細胞のアイデンティティーと増殖性を維持していた(16)16) J. You, Y. Zhang, Z. Li, Z. Lou, L. Jin & X. Lin: Stem Cell Rep., 9, 761 (2014)..すなわち,パールカンがニッチ形成に一役買っているのではないかと提案されている.さらには,3位が硫酸化されたヘパラン硫酸(グルクロン酸(GlcA),あるいは,イズロン酸(IdoA)の3位が硫酸化されている)が,腸幹細胞で上皮成長因子(EGF)受容体からのシグナルを阻害して増殖の抑制に働き恒常性を維持すること(17)17) Y. Guo, Z. Li & X. Lin: Cell. Signal., 26, 2317 (2014).,損傷後の再生過程では,6位が硫酸化されたヘパラン硫酸が,ヤヌスキナーゼ–シグナル伝達性転写因子(Jak-Stat),EGFR, Hedgehog(Hh)シグナルを介して,腸幹細胞の分裂を活性化し,その収束には6位の硫酸エステル加水分解酵素(Sulf1)が必要なことが,報告されている(18)18) M. Takemura & H. Nakato: J. Cell Sci., 130, 332 (2017)..このようなヘパラン硫酸のさまざまな硫酸化修飾パターンも,ショウジョウバエからヒトまで保存されおり,主要なシグナルを介して幹細胞を制御していた.
ショウジョウバエ幼虫の造血器官であるリンフグランドのPrimary lobeは造血幹細胞ニッチ・造血幹細胞・成熟血球細胞で構成され,造血幹細胞からは成熟血球細胞であるプラズマ細胞・クリスタル細胞・ラメロサイトが生み出される(19)19) J. Shim: BMB Rep., 48, 223 (2015).(図2C-i図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).プラズマ細胞は,成熟血球細胞のおよそ90~95%の割合で存在し,哺乳類のマクロファージと同様に貪食作用をもつ.ヘパラン硫酸プロテオグリカンのうち,Dlpが造血幹細胞ニッチに発現して,BMPシグナルを介してニッチ細胞数を制御していた(20)20) D. Pennetier, J. Oyallon, I. Morin-Poulard, S. Dejean, A. Vincent & M. Crozatier: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 3389 (2012).(図2C-ii図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).また,造血幹細胞から,細胞外マトリクスを形成するパールカンが分泌される(図2C-i図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).これが,おそらくはFGFをトラップすることによりFGFシグナルを阻害して,造血幹細胞の分化を阻害し,幹細胞を維持している(21)21) M. Dragojlovic-Munther & J. A. Martinez-Agosto: Dev. Biol., 384, 313 (2013)..他方,プラズマ細胞は,血リンパ(体液)中にさまざまな分子を分泌する.血リンパは,それに浸っている組織細胞の直接の環境であり,その恒常性の維持は,組織の生理機能に重要なものとなる.糖鎖がかかわる初めての例として,プラズマ細胞から分泌される血リンパ構成因子が,ムチン型のO-結合型糖鎖をもつことで,ショウジョウバエの造血幹細胞の維持環境を整えていることがわかった(22)22) T. J. Fuwa, T. Kinoshita, H. Nishida & S. Nishihara: Dev. Biol., 401, 206 (2015).(図2C-i図2■ショウジョウバエの組織幹細胞で機能する糖鎖とシグナルへの関与).この糖鎖がなくなると,ニッチ細胞からのフィロポディアの伸長が阻害され,造血幹細胞が消失した.この糖鎖も,また,ヒトとショウジョウバエで保存される構造であった.
このほか,筋ジストロフィーのショウジョウバエモデルとなるO-Man転移酵素の変異体で,筋芽細胞の密度が高くなりアポトーシスが亢進すること(23)23) M. Ueyama, Y. Akimoto, T. Ichimiya, R. Ueda, H. Kawakami, T. Aigaki & S. Nishihara: PLOS ONE, 5, e11557 (2010).,パールカンが,FGFとHhシグナルを介して神経芽細胞の分裂を促進していること(24)24) 吉田秀樹,西原祥子:蛋白質核酸酵素,49,2319(2004).も報告されている.
このように,ショウジョウバエの組織幹細胞の維持や分化のさまざまな場面で,糖鎖,特にショウジョウバエからヒトに至るまで保存されている糖鎖構造が,主要なシグナルを制御して,重要な機能を果たしていた.
ショウジョウバエの組織幹細胞で働くシグナルのほとんどが,哺乳類の多能性幹細胞の未分化性維持や分化にかかわっている.それらのシグナルを制御する糖鎖も,また,多能性幹細胞の未分化性維持や分化に関与すると考えられた.
一方,ES/iPS細胞の表面マーカーの多くが,糖鎖である(6, 25)6) S. Nishihara: Glycoconj. J., Oct 28. [Epub ahead of print], DOI: 10.1007/ s10719-016-9740-9 (2016).25) 西原祥子:実験医学,31,1574(2013).(表1表1■多能性幹細胞の状態による性質の違い).SSEA-1はGalβ1→4(Fucα1→3)GlcNAcで表される糖鎖で,Lewis X抗原(LeX)とも呼ばれ,マウスES/iPS細胞の糖タンパク質上にも糖脂質上にも見いだされたが,ヒトES/iPS細胞では発現していない.ヒトES/iPS細胞では,SSEA-3(R-3GalNAcβ1→3Galα1→4),SSEA-4(NeuAcα2→3Galβ1→3GalNAcβ1→3Galα1→4),SSEA-5(Fucα1→2Galβ1→3GlcNAcβ),TRA-1→60抗原,TRA-181抗原が発現しており,これらがマーカーとして用いられる.さらに,近年,マウスやヒトのES/iPS細胞表面にあるさまざまな糖鎖が,質量分析などを用いた網羅的な構造解析により報告されている.しかし,これらの表面マーカーの機能についての報告はほとんどなく,不明な点が多かった.そこで,われわれは,マウスES細胞で,糖鎖合成にかかわる遺伝子の発現を網羅的にノックダウンし,アルカリホスファターゼ染色陽性を自己複製能の指標にスクリーニングを行った.以下には,その結果も含め,哺乳類の多能性における糖鎖の機能について,シグナルへの関与を中心に述べる.
項目/状態 | ナイーブ状態 | プライム状態 |
---|---|---|
対応する発生段階 | 着床前の胚盤胞 | 着床後の胚盤胞 |
樹立されている多能性幹細胞 | ES/iPS細胞(マウス) | エピブラスト幹細胞(マウス),ES/iPS細胞(ヒト) |
要求される増殖因子 | LIF | FGF2, activin |
多能性に関わる転写因子 | Oct3/4, Sox2, Nanog, Klf2, Klf4 | Oct3/4, Sox2, Nanog |
マーカー分子 | Rex1, Nr0b1, Klf4 | Fgf5, T |
DNAのメチル化 | 低メチル化 | — |
X染色体の不活性化 | XaXa1) | XaXi2) |
代謝 | 酸化的リン酸化,解糖系 | 解糖系 |
ミトコンドリアの活性 | 高 | 低 |
表面の糖鎖マーカー | SSEA-13) | SSEA-3,4,54), Tra-1→604), Tra-1→814) |
テラトーマの形成 | 可 | 可 |
分化能 | 多分化能 | 多分化能(生殖細胞を除く) |
キメラ形性能 | 高 | 低 |
コロニーの形態 | 丸く盛り上がる | 平たい |
1細胞への解離 | 可 | 不可5) |
増殖速度 | 速い | 遅い |
LIF: leukemia inhibitory factor, FGF: fibroblast growth factor, SSEA: stage-specific embryonic antigen. 1) Xa,活性化しているX染色体;2) Xi,不活性化しているX染色体;3)マウスES/iPS細胞に対する糖鎖マーカー; 4)ヒトES/iPS細胞に対する糖鎖マーカー;5) ROCK阻害剤を添加しないとできない. |
哺乳類の多能性幹細胞は,異なる発生段階に対応する状態にあり,「ナイーブ状態」と「プライム状態」にわけられる(4, 6, 25)4) L. Weinberger, M. Ayyash, N. Novershtern & J. H. Hanna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 155 (2016).6) S. Nishihara: Glycoconj. J., Oct 28. [Epub ahead of print], DOI: 10.1007/ s10719-016-9740-9 (2016).25) 西原祥子:実験医学,31,1574(2013).(表1表1■多能性幹細胞の状態による性質の違い).ナイーブ状態のマウスES細胞は,受精後3.5日目の着床前のICMから樹立され,ICMに対応し,単一細胞で培養可能で増殖能が高い.培地に白血病抑制因子(LIF)を添加して,未分化性を維持する.一方,マウスエピブラスト幹細胞(エピ幹細胞)は,受精後5.5日目の着床後の卵円筒胚のエピブラストから樹立されたプライム状態の多能性幹細胞である.マウスエピ幹細胞の未分化性維持には,LIFではなく,FGF2とactivinが必須である.マウスエピ幹細胞の網羅的な遺伝子発現やエピジェネティックな制御の状態は,マウスES/iPS細胞とは全く異なっていたが,ヒトES/iPS細胞と酷似していた.このため,ヒトES/iPS細胞も,「プライム状態」にあるとされた.プライム状態の多能性細胞は,増殖が遅く,単一細胞では生存性が低い.また,遺伝子導入効率も低いため,機能解析や再生医療への応用に向けて,ヒトES/iPS細胞のナイーブ化が望まれている.
ナイーブ状態のマウスES細胞を,LIFの代わりにFGF2とJAK阻害剤(LIFシグナル阻害剤)を添加して培養し続けると,プライム状態のエピ幹細胞様の細胞に分化する.また,プライム状態のマウスエピ幹細胞様の細胞を,FGF2の代わりにLIFとWntシグナル促進剤(CHIR99021, CHIR),FGFシグナル阻害剤(PD0325901, PD03)を添加して培養すると,ナイーブ状態のES細胞に戻すこともできる.しかし,ヒトES/iPS細胞をナイーブ化するのは容易ではなく,さまざまな方法が開発され,比較検討されているところである(26~28)26) Y. Wang & S. Gao: Cell Stem Cell, 18, 301 (2016).28) A. J. Collier, S. P. Panula, J. P. Schell, P. Chovanec, A. Plaza Reyes, S. Petropoulos, A. E. Corcoran, R. Walker, I. Douagi, F. Lanner et al.: Cell Stem Cell, Mar 21. [Epub ahead of print], DOI: 10.1016/j.stem.2017.02.014 (2017)..
ナイーブ状態のマウスES細胞の培養でLIFが要求されるのは(表1表1■多能性幹細胞の状態による性質の違い),LIFシグナルが,その下流でナイーブ状態の未分化性,すなわち,多能性と自己複製能の維持にかかわる遺伝子の転写を促進しているからである(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル).スクリーニングの結果見いだされたものの一つに,ラックダイナック(LacdiNAc)糖鎖構造(GalNAcβ1→4GlcNAc)があった.この糖鎖構造は,ヒトからショウジョウバエまで共通して存在している(13)13) K. Aoki & M. Tiemeyer: Methods Enzymol., 480, 297 (2010)..LacdiNAcは,LIF/Stat3シグナルを介してナイーブ状態を規定し,ナイーブ状態の維持に必要であった(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル, 4)(29)29) N. Sasaki, M. Shinomi, K. Hirano, K. Ui-Tei & S. Nishihara: Stem Cells, 29, 641 (2011)..LacdiNAcの発現は,ナイーブ状態のマウスES細胞で高く,分化に伴って低下する.一方,ラフト/カベオラは,スフィンゴ脂質とコレステロールに富んだ細胞膜上の微小領域のうち,カベオリンを含むものである.そこには種々のシグナル受容体が集積して,シグナル伝達の場となっている.LIF/Stat3シグナルの効率的な伝達には,LIF受容体とgp130がラフトに局在することが必要である(図4A図4■糖鎖を介した受容体のラフト局在によるシグナルの増強と入力).LacdiNAcの発現が高いナイーブ状態のマウスES細胞では,LIF受容体とgp130 上のLacdiNAcを介して両者はカベオリン-1複合体などのラフト構成因子と結合して,ラフト/カベオラに局在する.このため,LIFシグナル伝達に必要なLIF受容体とgp130の複合体形成が促進され,効率的にシグナルが伝達されていた.
ナイーブ状態のマウスES/iPS細胞で,糖鎖は,未分化状態の維持と分化の出口に働く4つの主要なシグナル(白血病抑制因子(LIF),骨形成タンパク質(BMP),Wnt,線維芽細胞増殖因子(FGF))に関与する.LacdiNAc糖鎖構造は,LIF/Statシグナルを介して未分化なナイーブ状態の維持に働く.また,ヘパラン硫酸(HS)は,Wnt/β-cateninとBMP/Smadシグナルを介してナイーブ状態の維持に働き,FGF4/細胞外シグナル制御キナーゼ(ERK)シグナルを介して分化の出口に働く.HSプロテオグライカンの一種であるグリピカン4は,Wnt/β-cateninシグナル特異的である.Oct3/4 上のO-GlcNAcは,ナイーブ状態の維持に必須な遺伝子群の転写を促進している.3位が硫酸化されたヘパラン硫酸(3-O-HS)は,Fasシグナルを介してプライム状態への遷移を促進する.
(A)ナイーブ状態とプライム状態の多能性幹細胞におけるLacdiNAc糖鎖構造によるLIF/Stat3シグナルの制御.LIF/Stat3シグナルの効率的な伝達には,LIF受容体とgp130が脂質ラフトに局在することが必要である.LacdiNAcの発現が高いナイーブ状態の細胞(マウスES細胞)では,LIF受容体とgp130 上のLacdiNAc構造を介して,両者はカベオリン-1複合体などのラフト構成因子と結合し,ラフト/カベオラに局在する.このため,LIFシグナル伝達に必要なLIF受容体とgp130の複合体形成が促進され,効率的にシグナルが伝達される.LacdiNAcの発現が低いプライム状態の細胞(マウスエピ幹細胞様細胞とヒトES/iPS細胞)では,LIF受容体とgp130は,LacdiNAc構造をほとんどもたず,ラフト/カベオラに局在しない.このため,LIF受容体とgp130の複合体形成が効率的になされず,強いシグナルが伝達されない.(B)Fasシグナルは,Fasリガンドがなくても受容体であるFasが,細胞表面の脂質ラフトに集積すると活性化される.3位が硫酸化されたヘパラン硫酸(3位硫酸化)は,ゴルジ体内腔でFasと結合し,脂質ラフトまでFasを移行させ,Fasシグナルを活性化させる.Fasシグナルはカスパーゼ経路を活性化し,未分化維持因子であるNanog タンパク質を分解し,分化を誘導する.
LIF/Stat3シグナル経路以外にも,Wnt/β-catenin, BMP4/mothers against dpp homolog(Smad)シグナル経路がナイーブ状態のマウスES細胞の維持に必要である(4, 6)4) L. Weinberger, M. Ayyash, N. Novershtern & J. H. Hanna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 155 (2016).6) S. Nishihara: Glycoconj. J., Oct 28. [Epub ahead of print], DOI: 10.1007/ s10719-016-9740-9 (2016).(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル).ヘパラン硫酸の伸長にかかわる遺伝子も,スクリーニングで見いだされた(30)30) N. Sasaki, K. Okishio, K. Ui-Tei, K. Saigo, A. Kinoshita-Toyoda, H. Toyoda, T. Nishimura, Y. Suda, M. Hayasaka, K. Hanaoka et al.: J. Biol. Chem., 283, 3594 (2008)..われわれを含むいくつかのグループの解析から,ヘパラン硫酸がWntとBMPシグナルを制御して,マウスES細胞のナイーブ状態の維持に機能していることがわかり(6)6) S. Nishihara: Glycoconj. J., Oct 28. [Epub ahead of print], DOI: 10.1007/ s10719-016-9740-9 (2016).(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル),ヘパラン硫酸の硫酸化も必須であった(31)31) N. Sasaki, T. Hirano, T. Ichimiya, M. Wakao, K. Hirano, A. Kinoshita-Toyoda, H. Toyoda, Y. Suda & S. Nishihara: PLoS One, 4, e8262 (2009)..さらに,ヘパラン硫酸プロテオグリカンのうち,グリピカン4が選択的にWntシグナルに関与することが報告された(32)32) A. Fico, A. De Chevigny, J. Egea, M. R. Bösl, H. Cremer, F. Maina & R. Dono: Stem Cells, 30, 1863 (2012).(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル).ヘパラン硫酸は,種々のコアタンパク質に結合してヘパラン硫酸プロテオグリカンを形成している.シグナルによってコアタンパク質が使い分けられている様子がうかがわれた.
細胞質や核に唯一存在する糖鎖修飾であるO-β-GlcNAcも,マウスES細胞のナイーブ状態の維持に働いている.これまでに,多能性維持にかかわる転写因子のOct3/4(33)33) H. Jang, T. W. Kim, S. Yoon, S. Y. Choi, T. W. Kang, S. Y. Kim, Y. W. Kwon, E. J. Cho & H. D. Youn: Cell Stem Cell, 11, 62 (2012).やTen-eleven translocation-1(Tet1)(34)34) F. T. Shi, H. Kim, W. Lu, Q. He, D. Liu, M. A. Goodell, M. Wan & Z. Songyang: J. Biol. Chem., 288, 20776 (2013).のO-GlcNAc修飾が,ナイーブ状態のマウスES細胞の維持に必要であると報告された.Oct3/4 上のO-GlcNAcは,Oct3/4の転写標的遺伝子のうち,ナイーブ状態の維持に必須な遺伝子群の転写を促進している(33)33) H. Jang, T. W. Kim, S. Yoon, S. Y. Choi, T. W. Kang, S. Y. Kim, Y. W. Kwon, E. J. Cho & H. D. Youn: Cell Stem Cell, 11, 62 (2012)..また,Tet1は,5-メチルシトシンを5-ヒドロメチルシトシンに変換する酵素で,5-ヒドロメチルシトシンはDNAの脱メチル化経路の中間体である(34)34) F. T. Shi, H. Kim, W. Lu, Q. He, D. Liu, M. A. Goodell, M. Wan & Z. Songyang: J. Biol. Chem., 288, 20776 (2013)..Tet1のO-GlcNAc修飾はTet1 タンパク質を安定化して,ナイーブ状態の維持に寄与している.
このように,ナイーブ状態のマウスES細胞の維持においても,ショウジョウバエからヒトまで保存されている糖鎖構造が,主要なシグナルを制御して,重要な機能を果たしていた.
ナイーブ状態のマウスES細胞の分化の出口でFGF4シグナルは働いており,分化への引き金を引く(35)35) T. Kunath, M. K. Saba-El-Leil, M. Almousailleakh, J. Wray, S. Meloche & A. Smith: Development, 134, 2895 (2007)..ここにも,ヘパラン硫酸が関与することがわかっている(6)6) S. Nishihara: Glycoconj. J., Oct 28. [Epub ahead of print], DOI: 10.1007/ s10719-016-9740-9 (2016).(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル).
LIFの代わりにFGF2とJAK阻害剤を添加して培養すると,ナイーブ状態のマウスES細胞から,プライム状態のエピ幹細胞様の細胞を誘導することができる(4)4) L. Weinberger, M. Ayyash, N. Novershtern & J. H. Hanna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 155 (2016)..この過程では,3位が硫酸化されたヘパラン硫酸が,Fasシグナルを介して働いている(36)36) K. Hirano, T. H. Van Kuppevelt & S. Nishihara: Biochem. Biophys. Res. Commun., 477, 430 (2013).(図3図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル).Fasシグナルは,Fasリガンドがなくても受容体のFasが,細胞表面の脂質ラフトに集積すると活性化される.3位が硫酸化されたヘパラン硫酸は,ゴルジ体内腔でFasのヘパリン結合配列(KLRRRVH)に結合し,Fasを脂質ラフトに移行させ,Fasシグナルを活性化させる(37)37) K. Hirano, N. Sasaki, T. Ichimiya, T. Miura, T. H. Van Kuppevelt & S. Nishihara: PLOS ONE, 7, e43440 (2012).(図4B図4■糖鎖を介した受容体のラフト局在によるシグナルの増強と入力).Fasシグナルはカスパーゼ経路を活性化し,未分化維持因子であるNanog タンパク質を分解してプライム状態への移行を促進させていた.
また,細胞質や核の唯一の糖転移酵素であるOgtが,ナイーブ状態からプライム状態への遷移において,マウスES細胞の生存に必要であることも,報告されている(38)38) C. M. Speakman, T. C. Domke, W. Wongpaiboonwattana, K. Sanders, M. Mudaliar, D. M. van Aalten, G. J. Barton & M. P. Stavridis: Stem Cells, 32, 2605 (2014)..
最近,プライム状態の多能性幹細胞においても,糖鎖機能の解析がなされ始めた.マウスES細胞から誘導されたプライム状態のエピ幹細胞様の細胞では,Ogtが未分化性維持には関与しないが,生存に必須であることがわかった(39)39) T. Miura & S. Nishihara: Biochem. Biophys. Res. Commun., 480, 655 (2016)..
さらに,プライム状態のヒトES細胞では,β-ガラクトシドα2,6シアル酸転移酵素1(ST6GAL1)が多能性の維持に必要であることが示された(40)40) Y. C. Wang, J. W. Stein, C. L. Lynch, H. T. Tran, C. Y. Lee, R. Coleman, A. Hatch, V. G. Antontsev, H. S. Chy, C. M. O’Brien et al.: Sci. Rep., 25, 13317 (2015)..ST6GAL1は,N-結合型糖鎖上のGalβ1→4GlcNAcのGalにシアル酸を転移する酵素であり,ヒトのES/iPS細胞で発現が高い.両者の糖転移酵素OgtとST6GAL1は,各々対応するショウジョウバエオーソログとそれに類似する糖鎖も存在しており(12, 13)12) M. Yamamoto-Hino, H. Yoshida, T. Ichimiya, S. Sakamura, M. Maeda, Y. Kimura, N. Sasaki, K. F. Aoki-Kinoshita, A. Kinoshita-Toyoda, H. Toyoda et al.: Genes Cells, 20, 521 (2015).13) K. Aoki & M. Tiemeyer: Methods Enzymol., 480, 297 (2010).(図1図1■糖転移酵素の進化と合成される糖鎖構造の共通性),ショウジョウバエからヒトまで共通する糖鎖の機能が推察された.
プライム状態のマウスエピ幹細胞様の細胞を,FGF2の代わりにLIFとWntシグナル促進剤,FGFシグナル阻害剤を添加して培養すると,ナイーブ状態のES細胞に戻すことができる(4)4) L. Weinberger, M. Ayyash, N. Novershtern & J. H. Hanna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 155 (2016)..
LacdiNAc構造が,LIF/Stat3シグナルを介してナイーブ状態の維持にかかわっていたこと(図3, 4図3■マウスES細胞で働く糖鎖とシグナル図4■糖鎖を介した受容体のラフト局在によるシグナルの増強と入力)からも容易に想像できるように,LacdiNAc構造がこの過程で必要だった(29)29) N. Sasaki, M. Shinomi, K. Hirano, K. Ui-Tei & S. Nishihara: Stem Cells, 29, 641 (2011)..プライム状態のマウスエピ幹細胞とヒトiPS細胞では,LacdiNAcの発現は非常に低く,LIF受容体とgp130のラフト/カベオラへの局在も低下していた.プライム状態の多能性幹細胞では,LIF/Stat3シグナルは未分化維持に働かない.LacdiNAcを合成する糖転移酵素をノックダウンすると,マウスエピ幹細胞様の細胞からナイーブ状態のマウスES細胞に戻すことができなくなった.これらの事実から,ナイーブ状態のマウスES細胞とプライム状態のヒトES/iPS細胞やマウスエピ幹細胞のLIF感受性の違いは,LIF受容体とgp130 上のLacdiNAcの発現の違いにも起因しており,LacdiNAc糖鎖がナイーブ状態の誘導にも必要であることが明らかになった.
さらに,細胞質や核に存在するO-GlcNAc修飾をおこなうOgtとその分解酵素であるO-GlcNAc分解酵素の両者が,この過程に必須であることも報告されている(39)39) T. Miura & S. Nishihara: Biochem. Biophys. Res. Commun., 480, 655 (2016)..
主要な翻訳後修飾の一つである糖鎖修飾は,その発現が発生・分化の過程で精密に制御され,多様な役割を担っている.本稿では,現在までに明らかにされている幹細胞における糖鎖の働きを,ショウジョウバエの組織幹細胞から哺乳類の多能性幹細胞まで,われわれの結果も含めて概説した.各々の糖鎖は,それぞれの幹細胞で主要なシグナルを制御し,未分化性,自己複製能,多能性の維持に働いていた.そして,そのほとんどが,ショウジョウバエからヒトに至るまで保存されている糖鎖であった.これらの糖鎖は,幹細胞のみならず,発生・分化のさまざまな時点,あるいは,異常な発生,あるいは,恒常性の破綻とも捉えられるさまざまな疾病に至る経過点で,主要なシグナルを介して働いていると考えられた.
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