解説

珪藻のバイオファクトリー化を目指した基盤技術の開発珪藻バイオファクトリー

Development of Basic Technologies for Biofactory Utilizing Diatoms: Diatom Biofactory

Yasuhiro Kashino

菓子野 康浩

兵庫県立大学大学院生命理学研究科

Kentaro Ifuku

伊福 健太郎

京都大学大学院生命科学研究科

Published: 2017-10-20

地球温暖化の進行や近い将来の原油の枯渇に備え,生物由来の再生可能エネルギーが注目されている.なかでも微細藻類は次世代のバイオ燃料資源として期待され,有用藻の探索が進められている.一方,野生株でバイオ燃料をはじめとする化成品を低コストで生産するには限界もあり,有用変異株の単離や形質転換技術の開発がブレークスルーとなる可能性がある.われわれは,微細藻の中でも珪藻に着目し,実用珪藻(ツノケイソウ)の実用的形質転換技術を確立した.そして珪藻の生産性の強化だけでなく,珪藻が本来産生することができない有用物質も生産させることを試みている.本稿では,この技術開発の概要,ならびに研究開発の現状,今後の展望を紹介する.

なぜ珪藻か

珪藻は,その珪酸質の被殻の美しさから小学校の教科書にも写真付きで登場し,よく知られている藻類である.鮎のかぐわしい香りは,餌として食す珪藻由来と言われ,七輪や耐火煉瓦の材料としての珪藻土が珪藻の死骸の堆積物であるなど,われわれの生活にとっても珪藻は身近な生き物である.しかし,具体的な珪藻の特徴を数え上げるのは容易ではないかもしれない.まず,珪藻は二次共生生物である.紅藻や緑藻,高等植物は,原核光合成生物であるシアノバクテリアが真核生物の祖先に細胞内共生することにより成立した生物(一次共生生物)であるのに対し,珪藻はそうした一次共生生物,おそらくは紅藻がほかの真核生物に取り込まれて細胞内共生することにより成立した二次共生生物である(1)1) 井上 勲:“藻類30億年の自然史 藻類から見る生物進化・地球・環境”東海大学出版会,2011..同様の二次共生生物としてハプト藻類などがある.こうした生物群としての成立過程から酸素発生型の光合成を行うが,一般的な光合成生物のイメージとは異なり,茶褐色をしている(図1A図1■ツノケイソウ).これは,光合成の補助色素としてクロロフィルcとカロテノイドの一種であるフコキサンチンを光捕集タンパク質に多量に結合しているためであり,緑色の光合成生物があまり吸収しない緑色の光を光合成に利用することができる.実際,海洋では表層から海底に向けて,光強度の減衰とともに,可視光の中でも赤色域の光が減衰するが(2, 3)2) P. G. Falkowski & J. A. Raven: “Aquatic Photosynthesis,” Princeton University Press, 2007, p. 484.3) J. T. O. Kirk: “Light & Photosynthesis in Aquatic Ecosystems,” Cambridge University Press, 1994, p. 509.,珪藻はこのような光環境中でも効率的に光を吸収して活発に光合成を行う.また真核の単細胞生物ではあるが,C4型光合成のように無機炭素濃縮機構を備えており(4)4) 菊谷早絵,中島健介,松田祐介:光合成研究,22, 185 (2012).,光呼吸の活性は低い(2)2) P. G. Falkowski & J. A. Raven: “Aquatic Photosynthesis,” Princeton University Press, 2007, p. 484..このような光利用効率の高さも一因と考えられるが,珪藻は地球上の光合成の20~25%を担うとされ,水圏の生態系を支える重要な基礎生産者である(5, 6)5) C. B. Field, M. J. Behrenfeld, J. T. Randerson & P. Falkowski: Science, 281, 237 (1998).6) D. M. Nelson, P. Treguer, M. A. Brzezinski, A. Leynaert & B. Queguiner: Global Biogeochem. Cycles, 9, 359 (1995)..珪藻のこの光合成量は熱帯雨林のそれに匹敵し,したがって生態学的にも重要な生物であり,二次共生生物としての生物学的特異性も合わさって,すでに一部の珪藻についてはゲノム解析が行われ,モデル珪藻として研究が進められている(7~9)7) E. V. Armbrust, J. A. Berges, C. Bowler, B. R. Green, D. Martinez, N. H. Putnam, S. Zhou, A. E. Allen, K. E. Apt, M. Bechner et al.: Science, 306, 79 (2004).8) C. Bowler, A. E. Allen, J. H. Badger, J. Grimwood, K. Jabbari, A. Kuo, U. Maheswari, C. Martens, F. Maumus, R. P. Otillar et al.: Nature, 456, 239 (2008).9) T. Tanaka, Y. Maeda, A. Veluchamy, M. Tanaka, H. Abida, E. Marechal, C. Bowler, M. Muto, Y. Sunaga, M. Tanaka et al.: Plant Cell, 27, 162 (2015).

図1■ツノケイソウ

(A)左端が茶褐色のツノケイソウ.次いで,色の比較として,ともにラン色の原始紅藻,シアノバクテリア.細胞密度は同じではない.(B)ツノケイソウの顕微鏡写真(山形大学・堀田純一准教授提供).

珪藻のこのような高い光合成生産は,近代に限ったことではない.多くの珪藻は細胞内にトリグリセリド(TAG)を光合成産物として蓄積し,原油の起源生物の一つとされる(10, 11)10) K. Aoyagi & M. Omokawa: J. Petrol. Sci. Eng., 7, 247 (1992).11) P. J. Grantham & L. L. Wakefield: Org. Geochem., 12, 61 (1988)..過去に珪藻が優占的に繁茂した時代があったことは,大量の珪藻土の存在が物語っている.現在,珪藻は海水,淡水を問わず広く分布し,その種数は20,000~200,000とされるが,地球上への出現は比較的最近で,約20,000年前の白亜紀の時代と考えられている(12)12) P. A. Sims, D. G. Mann & L. K. Medlin: Phycologia, 4, 361 (2006).

温暖化ガス削減の必要性の高まりと化石燃料枯渇の現実味から,近年,再生可能エネルギー開発の機運が高い.食糧との競合の問題をはらむ可食性作物から作られる第1世代のバイオ燃料,イネ藁などの非可食性バイオマスを原料にした第2世代のバイオ燃料に続き,第3世代として微細藻類が注目されている(13)13) M. Yoshida, Y. Tanabe, N. Yonezawa & M. M. Watanabe: Biofuels, 3, 761 (2012)..微細藻類の単位面積あたりの年間収量は,陸上の最も高収量のパーム油よりも10~20倍高いともされ(14)14) Y. Chisti: Biotechnol. Adv., 25, 294 (2007).,微細藻類を用いた物質生産が国内外で取り組まれている(15)15) 一般財団法人石油エネルギー技術センター:JPECレポート,2015年度第31回,2016..仮にパーム油の20倍もの油脂生産能力があるような藻類が見つかれば,その大量培養技術を構築するのが近道のように思われるかもしれない.しかしながら,細胞に油脂等の有用物質を多量に蓄積するような微細藻が見いだされても,多くの場合,コストがかからない野外での大量培養に結びつけることが困難である場合が多い.その理由として,増殖速度や野外の強光環境下での光合成特性,変動する環境下特に光環境下での光合成・増殖の安定性,捕食者への抵抗性など,諸々の要因がかかわってくることが挙げられる.作物の生長に窒素・リン酸・カリなどの栄養塩が必要なように,微細藻の増殖にも光合成の基質となる二酸化炭素以外に栄養塩が必要であり,増殖の過程では栄養塩が消費され,培養液中の栄養塩の濃度が大きく変動する.また細胞密度が高くなると,光の透過量も減少し,かつ,培養液の表層と下層とで光強度が大きく異なる状態で培養液を撹拌しながら培養する場合,個々の細胞が受容する光強度が大きく変動する状態となり,光阻害の影響などが顕著になる可能性がある.そこで環境条件の変化や外部環境の変化が,光合成活性や増殖過程に与える影響を生理学的に評価し,その知見を基により良い培養条件を見いだして大量培養に結びつける努力が必要となる.一例として,東日本大震災の復興にかかわる事業として,一般社団法人藻類産業創成コンソーシアムにより行われている,福島県再生可能エネルギー次世代技術開発事業「土着藻類によるバイオマス生産技術の開発」では,現地の環境に適応した土着藻類を用いて1,000 m2規模の培養から,水熱反応処理によるオイル生産までの一貫生産の技術開発が進められ,コスト削減も含めて大きな努力がなされている状況である(16)16) 出村幹英:化学工学,80, 266 (2016).

一方,すでに大量培養されている微細藻への新しい物質生産能の付与や,生産能力向上という戦略も考えられる.産業的な利用が可能という意味を込め,商業的な大量培養が可能な微細藻類を,われわれは実用微細藻類と呼んでいる.現在,そのような実用微細藻類としては,アスタキサンチン生産のヘマトコッカス(緑藻),主にサプリメント原料としてのスピルリナ(シアノバクテリア),クロレラ(緑藻),ユーグレナ(ミドリムシ;ユーグレナ類)などが挙げられるが,まだ種類は非常に少ない.また,そのような実用微細藻類には,分子育種に必要な実用的形質転換技術が十分でないものも多い.そうしたなか,われわれは,二枚貝やエビの餌料として大量の培養がなされている海洋性の実用珪藻,ツノケイソウ(図1B図1■ツノケイソウ)に着目した.ツノケイソウはすでに漁業の養殖の餌料として使われている微細藻であり(17, 18)17) C. V. Nhu: Asian Fish. Sci., 17, 357 (2004).18) 加藤元一,増田篤稔,武山 悟,高橋光男,向阪信一:照明学会誌,85, 204 (2001).,少なくとも野生株であれば大量培養に対する社会の理解が得やすいというメリットがある.また,珪藻は弱光適応型の光合成生物であるため,良好な日照条件を求めて海外展開を考えなくとも,国内で十分に展開可能であると期待した.さらに,珪藻の細胞は堅いシリカの殻に包まれているが,筆者らはツノケイソウから凍結・融解のみで健全なタンパク質を調製する手法を見いだしており(19, 20)19) Y. Ikeda, M. Komura, M. Watanabe, C. Minami, H. Koike, S. Itoh, Y. Kashino & K. Satoh: Biochim. Biophys. Acta, 1777, 351 (2008).20) Y. Ikeda, K. Satoh & Y. Kashino: “Photosynthesis: Fundamental Aspects to Global Perspectives,” eds by A. van der Est & D. Bruce, Alliance Communications Group, 2005, p. 38.,代謝物の抽出も問題ないと考えられた.そこでこのツノケイソウを軸にして,培養条件の最適化による生産性の向上を検討しつつ,遺伝子工学的手法による形質改変の技術開発を進めた.

ツノケイソウの光環境適応能と屋外培養系の評価

珪藻の産業的利用のためには,培養コストを抑えるため,多大な電力を消費する人工光ではなく,野外光で培養することが望ましい.しかし,珪藻は弱光適応型の生物であり,大きな光捕集系を備えている.そのため,光強度に応じた光合成系の調節機構を解析し,適切な培養環境を構築することが重要となる.そこで,まず実験室レベルで異なる光強度で珪藻の培養を行い,特に光合成電子伝達系の調節機構の解析を進めた.その結果,ツノケイソウは光強度が変わっても,補助色素(カロテノイド)の組成を大きく変えることはなく,また,多くの光合成生物で見られる強光下での光化学系保護のためのキサントフィルサイクルの活性(21)21) B. Demmig-Adams: Biochim. Biophys. Acta, 1020, 1 (1990).(後述)が,強光下では顕著ではないことが明らかとなった(22)22) 菓子野康浩,伊福健太郎:化学工業,64, 429 (2013)..それにもかかわらず,ツノケイソウはモデル珪藻Phaeodactylum tricornutumがあまり増殖できない300 µmol photons·m−2·s−1という比較的強い光環境下でも順調に増殖した.その原因として,生育光強度が変わると,光捕集系から光化学系IとIIに配分される光エネルギーの量的バランスが調節されているらしいことを認めている(未発表).詳細な分子機構についてはさらなる解析が必要ではあるが,ツノケイソウは光補集能を柔軟に調節して光環境の変化に対応する能力が高いということが示唆された.

そこで次の段階として,野外開放系におけるツノケイソウの培養実験を行った.兵庫県立大学播磨理学キャンパス内に,1 m四方程度のタンクを設置し,200~300 Lの人工海水を用いて,培地組成や通気条件の検討を進めた(図2A図2■野外でのツノケイソウの培養の様子).夏場は,日中1,700 µmol photons·m−2·s−1の強い光が差し込み,水温は30度以上になり,夜間は光がほとんどなく,水温も下がる環境である(図2B図2■野外でのツノケイソウの培養の様子).日中の光強度は,通常実験室内で使う光の10~40倍にもなり,おそらく珪藻が海中で経験する光強度よりもずっと強いと考えられる.光は光合成のために必要であるが,強すぎる光は光化学系を破壊する.高等植物の場合,強光から光化学系を守る機構の一つとしてキサントフィルサイクル(ビオラキサンチンサイクル)を有し,強光下でチラコイド膜中のビオラキサンチンが脱エポキシ化したアンテラキサンチンやゼアキサンチンが過剰な光エネルギーを熱として放散する(21)21) B. Demmig-Adams: Biochim. Biophys. Acta, 1020, 1 (1990)..一方,珪藻は,ディアディノキサンチンとディアトキサンチンからなるキサントフィルサイクルを有し,強光下で光化学系を保護している(22)22) 菓子野康浩,伊福健太郎:化学工業,64, 429 (2013)..われわれは,珪藻のキサントフィルサイクルの活性や光捕集タンパク質系の解析を進めてきているが,環境中の光強度の変化に応じ,光合成系の調節が絶妙に行われていることを認めており,このことが野外の強光下における増殖を可能にしていると考えられる(23)23) H. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016).図2C図2■野外でのツノケイソウの培養の様子).培養2日目の日中には,細胞が二分裂する時間(倍加時間,世代時間)が7.7時間となり,最初の2日間の平均倍加時間が17.8時間であった.ミドリムシ(ユーグレナ)の倍加時間がおよそ20時間,ボトリオコッカスの榎本株がおよそ4日であることを考えると,比較的速い増殖を実現できたと言える.加えて,さらに大型の3 m×6 m×0.6 m(w×d×h)程度のプールを設置して3~5 tクラスの培養実験も行っており,200~300 Lの培養と同様の増殖特性を実現できた.これらの野外培養実験での大きな収穫は,夏場,天候に左右されず,比較的良好な増殖(約6日で細胞密度が10倍)を達し,多量の雨で培養液の塩濃度が薄まっても良好な増殖が続いたことである.実験回数はまだ少ないものの,心配した他種藻類の混入や,捕食者による捕食の影響も顕著ではなかった.一方,問題点として,単位体積当たりの蓄積油脂量は実験室での値に比べおよそ10%程度にとどまった.連続光を使った室内での実験と異なり,光のない夜の存在が影響していると考えられ,その解決策,ならびに増殖と有用物質生産性のバランスの良い培養条件の検討を進めている.

図2■野外でのツノケイソウの培養の様子

(A)内寸約100×80センチの水槽に,約30センチの深さで,人工海水を用い,二酸化炭素を加えない通常空気での通気により,培養を行った.写真は,培養6日目.(B)気温(緑),水温(黒),光強度(赤)の変化.(C)細胞密度の変化.DTは,倍加時間.文献2323) H. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016).より改変.

培養のコスト削減に向けた試み

多くの微細藻類は,窒素欠乏条件に晒すことで油脂の蓄積が誘導されることが知られている(24)24) Z. K. Yang, Y. F. Niu, Y. H. Ma, J. Xue, M. H. Zhang, W. D. Yang, J. S. Liu, S. H. Lu, Y. Guan & H. Y. Li: Biotechnol. Biofuels, 6, 67 (2013)..ツノケイソウの増殖過程を解析すると,培養開始2日後には培地中のリン酸やシリカが失われ,その翌日には硝酸もほぼ消失した(図3図3■ツノケイソウの増殖過程).対数増殖期においては,細胞は10時間弱の倍加時間で増殖したが,定常期に入って細胞密度の増加が抑えられてからもTAGの量は増大した.すなわち,窒素欠乏培地に入れ替えることなく油脂の蓄積を行わせることが可能であった.通常,藻類に油脂を蓄積させるためには,対数増殖期終盤に窒素欠乏培地に入れ替える操作が行われるが,大量培養の場合にはその操作は大がかりとなり,コストを引き上げる要因となる.ツノケイソウについてはその操作が不要となるため,実用上有利であると考えられる.

図3■ツノケイソウの増殖過程

(A)主要な栄養塩(NO3,黒,黒四角;PO42−,赤,白四角;SiO44−,青,菱形)の変化.初期値(NO3=50 ppm; PO42−=2.3 ppm; SiO44−=16 ppm)に対する割合で示した.(B)細胞密度(黒,黒丸)とTAG量(青,白丸)の変化.文献2323) H. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016).より改変.

微細藻類の増殖には,作物と同様,窒素・リン酸などの栄養塩が必要であり,これらの栄養塩が培養コストを引き上げる主たる要因になっている.低コストでの産業的培養を行うためには,培地組成も重要な検討課題である.培地中の栄養塩の中で最もコストがかかるのが窒素源としての硝酸塩である.まず室内実験において,硝酸の代わりにより低コストの尿素が有効であることが確認できた(23)23) H. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016)..さらに低コスト化を実現するため,下水処理場に流入する汚水や,畜産で排出される糞尿由来の液肥の利用可能性を検討した(23)23) H. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016).表1表1■各種培地での増殖特性の比較).海水を汚水などと混合すると塩濃度が下がるため,培地に含まれる塩濃度の検討を行った結果,塩濃度の変化にかかわらず,良好な増殖特性が観察された.さらに,液肥を海水に混ぜてもツノケイソウの良好な増殖特性が観察された.液肥は,北海道や九州では,家畜からの膨大な量の糞尿のメタン発酵後の副産物(廃液)として多量に得られ,用途が少ないために廃液処理の問題が生じている.この液肥を利用することで,培養コストを大きく下げることが期待される.また,下水処理場に流入する汚水を海水の2倍量加えても,塩濃度が海水の1/3程度に下がるものの,脂質の生産性を大きくは損なわずに培養可能なことが判明した.一方,多くの下水処理場では,消化槽からメタンを含んではいるが多量の二酸化炭素が排出されている.したがって,沿岸部に位置する下水処理場に培養設備を設置し,流入汚水と海水を混合した培養液を用い,消化槽からの二酸化炭素で光合成を促進すると,低コストで効率的に培養することが可能と考えられる.珪藻の増殖により窒素分やリン酸分が消費されるため,下水処理の負荷を少しでも軽減することができ,かつ,下水処理により排出される二酸化炭素を吸収することで温暖化ガス対策にもなるため,下水処理場にとってもメリットは大きいと考えている.このようなアイデアに基づき,われわれは兵庫県姫路市の理解と協力を得て,姫路市内の沿岸部に立地する下水処理場内にパイロットプラント(培養設備)の設置に着手したところである.

表1■各種培地での増殖特性の比較
F/2強化培地50%汚水b2%液肥b
人工海水NaCl濃度(%)
013
倍加時間(h)a10.211.19.1611.315.415.9
培養10日後の細胞密度(106 cells/mL)7.243.896.293.636.1911.6
培養10日後のTAGの量(mg/L)196223272172203213
文献2323) H. Tokushima, N. Inoue-Kashino, Y. Nakazato, A. Masuda, K. Ifuku & Y. Kashino: Biotechnol. Biofuels, 9, 235 (2016).より抜粋.a細胞が二分裂する時間.短いほど,増殖速度が速い.b表示の比率で,人工海水と混合した.

高効率な形質転換技術の確立

技術開発に取り組んだ当初(2012年),珪藻の形質転換技術としては,主にP. tricornutumThalassiosira pseudonanaを対象にしたパーティクルガン法が用いられていた(25)25) L. A. Zaslavskaia, J. C. Lippmeier, P. G. Kroth, A. R. Grossman & K. E. Apt: J. Phycol., 36, 379 (2000)..それらの珪藻種は形質転換が可能,かつゲノムも解読され,モデル珪藻として広く用いられている.しかしながら,それらの形質転換に用いられる既存のベクターを用いてパーティクルガン法でツノケイソウの形質転換を行ったものの,形質転換体は得られなかった.そこでわれわれは,より迅速かつ容易に,高効率で形質転換を行うため,エレクトロポレーション法の開発を進めた.珪藻には,細胞を囲む堅いシリカの殻と,珪藻が二次共生生物(1)1) 井上 勲:“藻類30億年の自然史 藻類から見る生物進化・地球・環境”東海大学出版会,2011.であるという特異性に加えて,2つの大きな問題があった.一つは,ツノケイソウが海洋性の珪藻であるため,培地に高濃度の塩(約3% NaCl相当)を含んでいることである.このため,サンプルに高電圧を印加するエレクトロポレーション法を用いるためには,浸透圧も考えた代替液を検討しなくてはならない.幸い,近在の研究室が海産のホヤに対してエレクトロポレーションを行っている条件が参考となり,培養液を0.77 Mマンニトール溶液に置換することで解決できた.また,エレクトロポレーション法についても,日本の企業(ネッパジーン社)が開発し,近年,哺乳動物のプライマリ細胞の形質転換で実績を上げている多重矩形波パルス法を藻類で初めて応用した(図4図4■多重矩形波パルスを用いた藻類の形質転換).多重矩形波パルス法では,細胞膜に微細孔を開けるポアーリングパルスと遺伝子や薬剤を複数回にわたり細胞内に送り込むトランスファーパルス,さらに極性を切り替えたトランスファーパルスを印加することにより,遺伝子導入効率の向上を図る.まず,モデル系としてP. tricornutumを用いて条件検討を行った結果,従来のパーティクルガン法よりも高効率の形質転換を実現した(26)26) M. Miyahara, M. Aoi, N. Inoue-Kashino, Y. Kashino & K. Ifuku: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 874 (2013)..すなわち,従来のパーティクルガン法に比べ,必要細胞数が約1/4,かつ,得られる形質転換体は50倍以上になった.しかも,パーティクルガン法の煩雑な手順や高コストな消耗品がなく,形質転換体の選抜に要する日数も約10日と,大幅に短縮された.これは,ハイスループット化が可能な海洋性珪藻での実用的なエレクトロポレーション法として,国際的にも初めての例である.またこの開発の過程で,緑藻クラミドモナスでも細胞壁を除去することなく効率的に形質転換できることも見いだされ(27)27) T. Yamano, H. Iguchi & H. Fukuzawa: J. Biosci. Bioeng., 115, 691 (2013).,微細藻類の新しい形質転換技術として,国内と米国で特許が成立している.

図4■多重矩形波パルスを用いた藻類の形質転換

(A)高電圧の多重パルス(poring pulse: P.P.)で細胞膜に穿孔を生じさせ,続いて低電圧多重パルス(transfer pulse: T.P.)を,電場を逆転させながら加え,細胞内への核酸等の導入を促進する.写真は装置のイメージ(ネッパジーン社:NEPA21).(B)実際の形質転換スキーム.従来法に比べ,より低コストかつ迅速な形質転換が可能となった.写真は蛍光タンパク質を発現するツノケイソウ.

2つめの問題は,ほかの珪藻種で形質転換の成功例があるベクターが,ツノケイソウではほぼ機能しないことである.これは珪藻が非常に多様に進化したことから,導入遺伝子の発現を調節するプロモーター配列の種特異性が非常に高いためであると考えられた.そこで,次世代シーケンスを用いてツノケイソウのゲノムのドラフト解析を行い,RNA-seq解析を組み合わせて,遺伝子予測と発現解析を行った.その結果,複数の高発現遺伝子をピックアップし,そのプロモーター領域のクローニングを行い,10種の高発現プロモーターを取得した.一方,ツノケイソウの増殖を阻害する抗生物質を探索したところ,1 mg/mLカナマイシンや500 µg/mLゲンタマイシンなどは増殖抑制効果がなく,ゼオシン,エリスロマイシン,ハイグロマイシン,ノーセオスリシン(nourseothricin)が増殖を阻害した.そこで,選択マーカーとしてノーセオスリシン耐性遺伝子(nat)を用いて発現ベクターを構築した(28)28) K. Ifuku, D. Yan, M. Miyahara, N. Inoue-Kashino, Y. Y. Yamamoto & Y. Kashino: Photosynth. Res., 123, 203 (2015)..現在では,選抜したプロモータを用いることにより,108細胞当たり~450の形質転換体という高い効率で形質転換を行うことができるようになった.さらに硝酸還元酵素の誘導型プロモーターを用いた場合には,硝酸塩の代わりにアンモニウム塩を用いた培地で培養することで導入遺伝子の発現を抑え,特定の時期に硝酸塩を添加することにより,その発現を誘導することができることから,発現時期の調節や最適化を行うことが可能となった.これにより,細胞にとって好ましくない物質を合成する酵素遺伝子のような場合でも,細胞密度が高くなってから遺伝子発現を誘導することで,効率的に目的物質の合成を行わせることも期待できる.

珪藻バイオファクトリーの応用と課題

実際にわれわれの形質転換系を利用して,珪藻に新しい物質生産能を付与することが可能となっている.一例として,麦角菌由来のリシノール酸生合成酵素遺伝子CpFAHをツノケイソウに導入し,リシノール酸生産に成功した(29)29) M. Kajikawa, T. Abe, K. Ifuku, K. I. Furutani, D. Yan, T. Okuda, A. Ando, S. Kishino, J. Ogawa & H. Fukuzawa: Sci. Rep., 6, 36809 (2016)..さらに新たにゼオシン耐性遺伝子を選抜マーカーとするベクターを開発し,それを用いてCpFAHを導入済みの形質転換体に,糸状菌由来の脂肪酸鎖長延長酵素遺伝子MALCE1(30)30) E. Sakuradani, M. Nojiri, H. Suzuki & S. Shimizu: Appl. Microbiol. Biotechnol., 84, 709 (2009).を追加導入することもできた.これにより,ツノケイソウの主な脂質である炭素鎖16のパルミチン酸がCpFAHの基質である炭素鎖18のオレイン酸に変換され,リシノール酸の含有量は1.5倍多くなり,細胞当たり3.3 pg,全脂質の12%にまで達した.ほかの化合物をターゲットにした代謝改変も進めており,ツノケイソウを用いた代謝工学は新たな段階に進んでいる.

当面の課題としては,導入遺伝子によっては形質転換体が得られても発現が低い,もしくは認められない場合があることである.コドン使用頻度の不一致が原因とも考えられ,今後,ゲノム情報をもとに導入遺伝子発現の最適化条件を進める.また,珪藻の機能を調節するためには,遺伝子導入に加えて,遺伝子破壊(遺伝子発現抑制)が必要な場合も考えられる.RNAiはわれわれのベクター系でも不完全ながら機能することを認めている(未発表)が,より強い,かつ特異的な遺伝子発現抑制を達成するためには,近年,他生物種での利用が広まりつつあるゲノム編集(CRISPR/Cas,もしくはTALEN)により変異体を作成することが望ましい.すでにモデル珪藻におけるゲノム編集が報告されており(31~33)31) P. D. Weyman, K. Beeri, S. C. Lefebvre, J. Rivera, J. K. McCarthy, A. L. Heuberger, G. Peers, A. E. Allen & C. L. Dupont: Plant Biotechnol. J., 13, 460 (2015).33) A. Hopes, V. Nekrasov, S. Kamoun & T. Mock: Plant Methods, 12, 49 (2016).,ツノケイソウにおける開発も進めている.

社会実装に向けた課題

このように,珪藻機能を活用したバイオファクトリー化の基盤技術開発は着々と進行している.将来を見据えての課題は,このようにして創出した珪藻バイオファクトリーをどのようにして社会実装につなげるかである.現時点で,形質転換した微細藻類を閉鎖系において低コストで大量培養する基礎技術は国内では確立しておらず,法的な整備も慎重に検討しなくてはならない.ツノケイソウについては,北海道の厚岸などで,貝の餌料として多数の準閉鎖系の大型培養槽で培養されている(18)18) 加藤元一,増田篤稔,武山 悟,高橋光男,向阪信一:照明学会誌,85, 204 (2001)..このような培養装置を参考にして,組換え藻類を培養設備の外に漏出させないように改良し,形質転換体を培養することができるようにすることも一案である.さらに,万一組換え体が培養設備の外に漏出した場合の対策として,自然界では生育することができないようにするための生物学的封じ込め技術の開発も必要であろう.

一方,培養コストの問題を含めたさまざまな問題をクリアし,大量培養が軌道に乗ったとしても,大量培養後に有用物質を回収・精製する工程の開発が大きな課題となる.一般的には,細胞の回収,細胞の乾燥,乾燥細胞からの目的物質の抽出,精製,という工程をたどる(34, 35)34) “微細藻類の大量培養・事業化に向けた培養技術”:情報機構,2013.35) 神田英輝:“藻類オイル開発研究の最前線—微細藻類由来バイオ燃料の生産技術研究”,エヌ・ティー・エス,2013, p. 83..しかし,培養後期に細胞密度が高くなったときでも細胞量は小さく,重量比で1%以下である.現状では,大量の水から微細藻細胞を回収し,乾燥・破砕する工程に多大なエネルギーコストがかかっている.社会実装のためには,大量培養後に有用物質を低コストで回収・精製するための技術開発も重要である.われわれのグループも精力的に取り組んでおり,マイクロバブル技術を用いることで,大量の水から微細藻細胞を回収するという煩雑でコストのかかる工程を省略し,細胞の破砕と有用物質の濃縮を一括して行うことができる技術の開発に成功した(特許出願中).

おわりに

地球温暖化は確実に進行しており,また,原油は早晩枯渇するとも言われている.われわれの目標は,珪藻の機能を利用してバイオファクトリーを創出する基盤技術の一つひとつを確立し,これらをパッケージ化して社会実装を進めることである.そしてふんだんに降り注ぐ太陽のエネルギーを駆動力として,大気中や下水処理場・火力発電所の排ガス中の温暖化ガスである二酸化炭素を有用物質に転換することを目指している.すでに健康食品や化粧品原料などでは,非組換え体の藻類由来の成分を使ったビジネスが成立しており,決して夢物語ではないと考えている.一方,組換え珪藻を用いたバイオファクトリーについては,まだまだクリアすべき課題が多く,場合によっては次世代の叡智に選択を委ねることになるかもしれないが,将来の社会実装に備え,地道に基盤研究を続ける必要があると考えている.

Acknowledgments

本研究は,科学技術振興機構(JST)の先端的低炭素化技術開発(ALCA)による支援を受けて実施している.野生株の大量培養研究の一部は,新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援を受けた.また,ALCAグループの共同開発メンバーをはじめ,多くの共同研究者のお力添えをいただいた.この場を借りて,深く御礼申し上げる.

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