農芸化学@High School

越後香素杉のブランド化定量的な評価法の開発

吉沢 舞凜

長岡工業高等専門学校,赤澤プレラボアロマ班

稲生 穂乃香

長岡工業高等専門学校,赤澤プレラボアロマ班

Published: 2017-10-20

本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.新潟県では林業を活性化させる政策の一つとして,県産杉のブランド化が試みられており,さらなる高付加価値化を目指した「越後香素杉」が開発されている.この特徴の一つである香りに着目し,木材中に含まれる精油を抽出し成分を分析することで,一般杉材と比較したときの優位性を明らかにした.

本研究の目的,方法および結果

【目的】

日本は国土の約7割が森林に覆われている森林大国である.さらに,戦後国策として進められた造林は利用可能な段階に入り伐採の時期にきているが,安価な外国産材への依存や林業の担い手不足のため森林の適切な管理ができず,土砂の流出や環境悪化が懸念されている.そこで,農林水産省は平成21年に「森林・林業再生プラン~コンクリート社会から木の社会へ」を策定し,現在3割程度の木材自給率を5割まで増やすことを目標に,森林保全ならびに地域における林業・木材産業の資源創造型産業の活性化を推進している(1)1) 農林水産省:“森林・林業再生プラン~コンクリート社会から木の社会へ”,2009..このため,木材の需要を喚起するために日本各地で「木材のブランド化」が進められている.

新潟県では,「越後杉」として県産杉のブランド化が試みられており,なかでも超低温乾燥製法で生産された「越後香素杉」(図1図1■越後香素杉)は,一般的な木材乾燥温度(70~100°C)よりはるかに低い45°Cでゆっくりと乾燥させるため,精油(アロマオイル)成分が豊富に残り,香りが良いとされている高付加価値化した建材である.しかしながら,感覚的な評価にとどまっていたため,定量的な評価法を確立し,本建材のブランド化を通じて地域貢献することを目的とした.

図1■越後香素杉

【方法】

1. 精油の抽出

株式会社笠原建設(新潟県,糸魚川市)より供与いただいた越後香素杉(45°C乾燥)と高温乾燥杉(70°C乾燥)を用いて,予備試験は,鉋屑各10 gにヘキサンあるいはエーテル200 mLを入れ,30分間放置後,硫酸マグネシウム2 g添加し,脱水処理後ろ過した.ろ液をエバポレーターで濃縮後,サンプル瓶に回収し重量を測定した.本試験はヘキサンですべて抽出し,同様の操作で実施した(図2図2■精油抽出法).

図2■精油抽出法

2. GC-MSによる成分解析

GC-MS分析は,GCMS-QP2010(Shimadzu Corp., Kyoto, Japan)を用いて実施した.カラムはシリカキャピラリーカラムを用いた[ZB-WAX plus, 30 m length×0.25 mm i.d.(Phenomenex Inc., CA, USA)].分析は以下の条件で実施した:100~220°C,昇温10°C/min, INJ 250°C,DET 250°C,キャリアガスHe(流速1 mL/min).

【結果と考察】

1. 精油の抽出

ヘキサンとエーテルによる抽出試験では,高温乾燥杉の精油量を1とした場合,ヘキサンでは相対比が1.94と高く(表1表1■ヘキサンおよびエーテルを用いた精油抽出量と相対比),明確な差があったことからヘキサン抽出で以降の実験を行った.

表1■ヘキサンおよびエーテルを用いた精油抽出量と相対比
抽出溶媒越後香素杉(mg)高温乾燥杉(mg)相対比
ヘキサン113.5±1.458.5±2.11.94
エーテル113.0±6.497.5±121.16

各10サンプルについてヘキサンで精油を抽出した結果,越後香素杉の平均収量は179.2 mg,高温乾燥杉では123.1 mgとなり,越後香素杉のほうが1.46倍多く精油を含んでいることがわかり,製法により精油量に有意(p<0.05)に差があることが明らかとなった(図3図3■越後香素杉と高温乾燥杉から抽出した精油量).

図3■越後香素杉と高温乾燥杉から抽出した精油量

ヘキサンで抽出し濃縮した重量を測定した(P<0.05).エラーバーは標準偏差を示す.

2. GC-MSによる成分解析

杉の成分としてさまざまな香気成分が報告されているが,防虫効果が報告されており,香りを特徴づけるとされているα-muurolene, δ-cadineneのセスキテルペンおよびセスキテルペンアルコールであるβ-eudesmolの含有量について検討した(2~4)2) M. Yatagai, H. Makihara & K. Oba: J. Wood Sci., 48, 51 (2002).3) 独立行政法人森林総合研究所:“木質建材から放散される揮発性有機化合物の評価と快適性増進効果の解明”,森林総合研究所交付金プロジェクト研究成果集5, 2005.4) 大平辰郎:Aroma Res., 4, 8 (2003).

GC-MS分析の結果,α-muurolene, δ-cadineneは越後香素杉のほうが有意に多く含まれていることが明らかとなった(p<0.05)(図4図4■越後香素杉と高温乾燥杉に含まれる香気成分量の比較).特にα-muurolene含量は高温乾燥杉と比較し約1.5倍多く含まれていることが明らかとなった.

図4■越後香素杉と高温乾燥杉に含まれる香気成分量の比較

白は越後香素杉,黒は高温乾燥杉を示す.α-muurolene, δ-cadinene(p<0.05),β-eudesmol(p>0.05).エラーバーは標準偏差を示す.

以上より,越後香素杉は通常の製法で作製した建材と比較して,有意に精油量および主要香気成分が多く含まれていることが明らかとなった.今後は木による精油量の違いを検討するとともに,α-pineneなどのモノテルペンや強度など新たな指標についても比較することで,定量的な評価法を確立する.

本研究は低学年研究教育を活性化させるプレラボ制度を活用し(5)5) 赤澤真一,田原喜宏他:長岡工業高等専門学校研究紀要,52,78(2016).,学科横断・技術職員参加型教育研究活動の一環として実施した.

本研究の意義と展望

建造物や木材加工品に使われた杉材には,自然のぬくもり,手触りの柔らかさ,心地よい香りなど,どちらかというと感性に訴える要素を強く感じる.昨今では,そのような品質について感覚的・主観的に評価するだけではなく,科学的な裏づけが求められるようになってきた.今回香りに注目し,化学的な分析結果から一般杉材との違いを明らかにしたことは,まさに感性を科学的にとらえる一端となったものと考える.今後のさらなる研究の発展を期待したい.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 農林水産省:“森林・林業再生プラン~コンクリート社会から木の社会へ”,2009.

2) M. Yatagai, H. Makihara & K. Oba: J. Wood Sci., 48, 51 (2002).

3) 独立行政法人森林総合研究所:“木質建材から放散される揮発性有機化合物の評価と快適性増進効果の解明”,森林総合研究所交付金プロジェクト研究成果集5, 2005.

4) 大平辰郎:Aroma Res., 4, 8 (2003).

5) 赤澤真一,田原喜宏他:長岡工業高等専門学校研究紀要,52,78(2016).