Kagaku to Seibutsu 55(12): 787 (2017)
巻頭言
ジェンダーと農芸化学会
Published: 2017-11-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
今年のイグ・ノーベル賞も11年連続で日本人が受賞し,昆虫の雌雄逆転の発見という生物学的な性差を改めて問うものであった.性差は古くからすでに研究されているようではあるが,栄養化学分野においては,個々の栄養素や食品成分の生体内代謝の性差による違いについても,未知の部分がかなり多く残されているように思う.ビタミンや脂肪酸の代謝や体内動態も雌雄でかなり異なっており,ホルモンの影響だけでは説明できない部分もある.ヒトを対象とした介入研究でも,動物実験のように性腺除去や多様なホルモン補充療法でカテゴリー分けした研究論文を目にすると,そのような対象者数をある程度確保できるほど,トランスジェンダーや多様性が広く認められる社会になったことを改めて感じる.
男女共同参画や女性の活躍が叫ばれるようになって久しいが,私自身は栄養学を専門とし,女子大に勤務してきたことから,実はそれほど研究や働く環境に男女差を意識したことがなかった.昨年,男女共同参画学協会連絡会を手伝う機会を得て,自分の研究教育環境がいかに恵まれているかを再認識しているところである.学協会連絡会が開催した昨年のシンポジウムのテーマの一つに,Unconscious Bias(無意識の偏見)がある.たとえばオーケストラの採用で,相手を見ずに演奏だけで選択した場合は女性が含まれるのに対し,演奏する人を見て選考された場合には女性の採択率は減る.このような社会科学研究は多く,疲れていたり忙しかったりしたときには特定のバイアスがかかりやすいことも知られている.筆者の勤務する大学では,学長をはじめ執行部に占める女性比率も高く,教員数や教授の数も女性が多い.それでも教員採用時選考委員会に必ず女性を加えることになったのは最近のことである.Unconscious Biasを判定できるハーバード大学のIATテストも公開されており,Web上で自分がどのようなカテゴリーのバイアスをもっているのかを知ることができるので,興味のある方はぜひ一度試されたい.
農芸化学会では昨年から女性賞が設立された.男女参画学協会連絡会のなかでも女性賞をもっている学会はあるが,農芸化学会の女性賞は種類や研究費支援などの点で破格であり,連絡会で発表されたときには驚きと羨望の声が上がった.産学連携や男女参画は農芸化学とは比較的馴染みやすい印象もあるが,本会の女性賞は今後多くの学協会にとって目標となると思う.本会から一歩外の立場で参加していた私は,一会員として大変誇らしい気持ちであった.
今年度から和文誌『化学と生物』の編集委員にも女性が増えた.新体制で多様な視点からの和文誌にもご期待いただきたい.また,次年度の農芸化学会大会ではこれまでになかった女性研究者による企画のシンポジウムなども計画されていると聞いている.「農」ははるか昔より男女共同で行ってきたものである.農芸化学会が多様化する社会の中で日本の学術界をリードし,さらに発展していくことを楽しみにしていきたい.