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糖鎖アレイは何に使えるのか糖鎖との相互作用解析法

Shin-ichi Nakakita

中北 愼一

香川大学総合生命科学研究センター

Published: 2017-11-20

生体内において細胞表面は糖鎖と呼ばれる単糖が数個から数十個(場合によっては数百個)つながったもので覆われている.つまり細胞と外界との接触には糖鎖が介在すると考えられる.実際,細胞接着や細胞認識や細胞のがん化,病原菌やウイルスによる感染などに糖鎖が大きく関与していくことがこれまでの研究で明らかになっている(1~7)1) J. Etulain & M. Schattner: Glycobiology, 24, 1252 (2014).2) D. Compagno, F. M. Jaworski, L. Gentilini, G. Contrufo, I. González Pérez, M. T. Elola, N. Pregi, G. A. Rabinovich & D. J. Laderach: Curr. Mol. Med., 14, 630 (2014).3) J. Gu, T. Isaji, Q. Xu, Y. Kariya, W. Gu, T. Fukuda & Y. Du: Glycoconj. J., 29, 599 (2012).4) J. Ma & D. M. Underhill: Glycobiology, 23, 1047 (2013).5) E. Ficko-Blean & A. B. Boraston: Curr. Opin. Struct. Biol., 22, 570 (2012).6) J. E. Stencel-Baerenwald, K. Reiss, D. M. Reiter, T. Stehle & T. S. Dermody: Nat. Rev. Microbiol., 12, 739 (2014).7) K. Viswanathan, A. Chandrasekaran, A. Srinivasan, R. Raman, V. Sasisekharan & R. Sasisekharan: Glycoconj. J., 27, 561 (2010)..その現場には糖鎖を認識するタンパク質が存在する.たとえば,糖鎖構造を認識し結合するレクチンやがんマーカー,ウイルスの表面タンパク質であるヘマグルチニンなどの生理機能において重要な因子として注目される分子が関与している.この糖鎖とレクチンの特異性研究を行う際,最もネックとなるのはリガンド側である糖鎖の供給法である.糖鎖は遺伝子の2次産物であり,遺伝子やタンパク質のように大腸菌などで増やすことができない.糖鎖を入手するには,1. 有機化学的手法を用いて合成する(8~10)8) Y. Kajihara, N. Yamamoto, T. Miyazaki & H. Sato: Curr. Med. Chem., 12, 527 (2005).9) A. K. Adak, C. C. Yu, C. F. Liang & C. C. Lin: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 1030 (2013).10) C. H. Wu & C. C. Wang: Org. Biomol. Chem., 12, 5558 (2014).,2. 糖転移酵素と糖ヌクレオチドを使って酵素化学的に合成する(11~13)11) H. Abe, K. Tomimoto, Y. Fujita, T. Iwaki, Y. Chiba, K. I. Nakayama & Y. Nakajima: Glycobiology, 11, 1248 (2016).12) H. Ito, Y. Chiba, A. Kameyama, T. Sato & H. Narimatsu: Methods Enzymol., 478, 127 (2010).13) M. Gotoh, T. Sato, T. Akashima, H. Iwasaki, A. Kameyama, H. Mochizuki, T. Yada, N. Inaba, Y. Zhang, N. Kikuchi et al.: J. Biol. Chem., 277, 38189 (2002).,3. 天然物(鶏卵や牛肝臓など)や市販の糖タンパク質(フェツインや卵白アルブミンなど)から糖鎖を切り出して精製するなどの方法(14~16)14) M. Maeda, M. Tani, T. Yoshiie, C. J. Vavricka & Y. Kimura: Carbohydr. Res., 435, 50 (2016).15) M. Maeda, T. Tanaka, M. Kimura & Y. Kimura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 276 (2014).16) N. Jia, W. S. Barclay, K. Roberts, H. L. Yen, R. W. Chan, A. K. Lam, G. Air, J. S. Peiris, A. Dell, J. M. Nicholls et al.: J. Biol. Chem., 289, 28489 (2014).が考えられる.それぞれメリット,デメリットがある.まず,1. の方法では,大量に合成すること(gからkgスケール)は可能であろうが,多種類の糖鎖を入手するには,手間とコストがかかる.2. の方法では,多種類の糖鎖を入手することは可能であるが,少量(ngからμgスケール)しか入手できないうえ,糖ヌクレオチドを利用するためコスト高となる.3. の方法は,量的にはある程度の量を入手可能ではあるが(mgからgスケール),切り出された糖鎖が多様な構造をしており,それを分離精製しなければならず,手間とコストがやはりかかる.また,天然にほとんどないような糖鎖構造を入手することは不可能である.

近年では,これらの糖鎖調製法を組み合わせ,糖鎖アレイと呼ばれるものが開発された.糖鎖アレイは,糖鎖がガラスまたは樹脂基板上に高密度で化学的に固定されたものであり,溶液中のウイルスやビオチン化したレクチンと反応させたのちに蛍光標識された特異抗体やアビジンと反応させることで結合特異性を測定することができる.この糖鎖アレイを作製する際に利用されるスポッター(アレイヤーとも呼ばれる)は,DNAアレイや抗体アレイに用いられるものとほぼ同じものであり,1 cm平方当たり300個程度のスポットが可能である(17)17) J. Hirabayashi, M. Yamada, A. Kuno & H. Tateno: Chem. Soc. Rev., 42, 4443 (2013)..つまり,少量の試料溶液で300種類の糖鎖との相互作用を同じ条件(スポットの上で反応させることができるので,温度,緩衝液,試料濃度,反応時間などがすべて同じになる)で測定することが可能になる.これまで糖鎖とレクチンの相互作用測定装置として用いられてきた表面プラズモン共鳴(ビアコア)や等温滴定型カロリメトリー(iTC)に比べ,そのスループットが格段に上昇することから,研究ツールとしていろいろなものに利用されることが期待される.この糖鎖アレイの実用化したのがアメリカのConsortium for Functional Glycomics(CFC)であり,現在も糖鎖アレイを作製し,主にアメリカ国内の研究者に供給している.固定化されている糖鎖の種類は600種類以上あり,糖鎖アレイの最も大きな供給源である.この糖鎖アレイ(CFG型糖鎖アレイ)に固定されている糖鎖はスペーサーを介して基盤と結合している.このようなタイプの糖鎖アレイは,数社の企業から販売されている(表1表1■現在市販されている糖鎖アレイ).CFG型糖鎖アレイはウイルス研究者にもよく利用されており(18~22)18) A. K. Sauer, C. H. Liang, J. Stech, B. Peeters, P. Quéré, C. Schwegmann-Wessels, C. Y. Wu, C. H. Wong & G. Herrler: PLOS ONE, 21, e89529 (2014).19) S. Gulati, Y. Lasanajak, D. F. Smith, R. D. Cummings & G. M. Air: Cancer Biomark., 14, 43 (2014).20) J. Stevens, O. Blixt, L. M. Chen, R. O. Donis, J. C. Paulson & I. A. Wilson: J. Mol. Biol., 381, 1382 (2008).21) R. P. de Vries, X. Zhu, R. McBride, A. Rigter, A. Hanson, G. Zhong, M. Hatta, R. Xu, W. Yu, Y. Kawaoka et al.: J. Virol., 88, 768 (2014).22) http://www.functionalglycomics.org/glycomics/publicdata/primaryscreen.jsp,特にインフルエンザウイルスに関する知見がホームページ上でも公開されており,その測定法についても詳しいプロトコルが作成されている(23)23) http://www.functionalglycomics.org/glycomics/publicdata/selectedScreens.jsp.そのプロトコルでは,試料のウイルスの量は25 HAU(hemagglutinin unit: 血球凝集力価)以上のものを利用し,1. 試料をアレイ上で1時間ほど反応(湿潤箱に入れ試料が蒸発しないようにする),2. 界面活性剤入り緩衝液で洗浄後,緩衝液で洗浄,3. 抗ウイルス抗体(1次抗体)と反応,4. 界面活性剤入り緩衝液で洗浄後,緩衝液で洗浄,5. ビオチン化抗IgG抗体と反応,6. 界面活性剤入り緩衝液で洗浄後,緩衝液で洗浄,蛍光標識化ストレプトアビジンと反応,7. 界面活性剤入り緩衝液で洗浄後,緩衝液で洗浄,8. 水で洗浄後,乾燥,9. 蛍光スキャナーを使って蛍光強度を測定,というような手順となっている.試料や抗体などの濃度,液量に関しても詳しい設定がなされており,初めて利用する研究者にも簡便に利用できるように工夫されている.また,レクチンの特異性を測定する際も同様の方法をほぼ用いることが可能である.このように600種類以上の糖鎖,利用しやすいプロトコル,これまでの結果をホームページ上で公開していることなどからCFG型糖鎖アレイの有用性は明らかである.しかしながら問題点も存在する.それは,その感度の低さである.インフルエンザウイルスの場合,ウイルスを単離後,培養細胞などに感染させウイルスを増殖させる手法がとられる.こうして増殖させたウイルスを,超遠心機などで分離濃縮させた場合に得られるウイルスの量が25 HAUであり,これ以上になると鶏卵に感染させる方法がとられる.また,レクチンの場合も数十µgから数百µg必要であり,CFG型糖鎖アレイの問題点でもある.この問題点の原因として考えられるのがその洗浄工程にあると考えられる.抗体と抗原タンパク質の相互作用の場合,解離定数は10−8から10−9 Mとなる.しかしながら,糖鎖(リガンド)とレクチン(レセプター)の場合,解離定数は,最も高いと思われるコンカナバリンA(タチナタマメのレクチン)であっても10−4 M程度である.つまり,未反応の試料を除去するために洗浄工程を繰り返した場合,弱い結合しているレクチンまで糖鎖から外れてしまい,結合しているレクチンの数が減り,結果として感度が下がることが考えられる.実際に,インフルエンザウイルスのように,ウイルスの測定を行う場合の方が(レセプターであるヘマグルチニンがウイルス表面上でポリバレントな状態で存在する),高感度に検出する場合もあり,植物レクチンのようなオリゴマーのほうが,動物レクチンのようなモノマーよりも高感度に検出できるという結果からも示唆される.

CFG型糖鎖アレイのように糖鎖を直接基板上に固定するのではなく,タンパク質やポリアクリルアミドのような高分子の土台を介して,基盤に固定化している糖鎖アレイも開発されている.これは複合糖質型糖鎖アレイ(Neoglycoconjugate array; NGC型糖鎖アレイ)とも呼ばれるタイプの糖鎖アレイである.このタイプの糖鎖アレイは,調製した糖鎖を,糖鎖をもたないタンパク質の代表例であり,安価で市販されているウシ血清アルブミンやポリアクリスアミド,ポリグルタミン酸などの高分子ポリマーに化学的に固定化し,糖鎖ポリマーとして,基板上に固定化したものを指す.NGC型糖鎖アレイは,研究室レベルで報告されているものが多く(24, 25)24) H. Tateno, A. Mori, N. Uchiyama, R. Yabe, J. Iwaki, T. Shikanai, T. Angata, H. Narimatsu & J. Hirabayashi: Glycobiology, 18, 789 (2008).25) S. Nakakita & J. Hirabayashi: Methods Mol. Biol., 1368, 225 (2016).,実用化段階には程遠い部分はあるが,ポリアクリルアミドに単糖から2~3糖程度の糖が結合したものが,すでに市販されており,これをスポッターでアレイ基板にスポットすれば簡単に作製することが可能であることや,すでにこれらをガラス基板に固定化されたものが販売されていることから,今後各所で利用されると考えられる(表1表1■現在市販されている糖鎖アレイ).

表1■現在市販されている糖鎖アレイ
メーカー名商品名スポット数URL
(CFG型糖鎖アレイ)
Z BIOTECHGlycan microarray100http://www.zbiotech.com/services.html
Ray BiotechGlycan array 100100http://www.raybiotech.com/products/arrays/glycobiology-arrays/glycan-arrays/
Glycan array 300300
住友ベークライト糖鎖固定化アレイ28https://www.sumibe.co.jp/product/s-bio/glycan/glycanarray/index.html
糖脂質糖鎖固定化アレイ24
(CFG型糖鎖アレイ)
レクザムBio-REX 糖鎖チップ10016http://www.wako-chem.co.jp/siyaku/kiki/molecule/Scan200/index.htm

舘野らはポリアクリルアミドに固定化された糖をエポキシコートガラスに固定化し,これを市販のビオチン化レクチン,アビジン化Cy3と反応させ,エバネッセントスキャナーと呼ばれる蛍光スキャナーで測定を行った(24)24) H. Tateno, A. Mori, N. Uchiyama, R. Yabe, J. Iwaki, T. Shikanai, T. Angata, H. Narimatsu & J. Hirabayashi: Glycobiology, 18, 789 (2008)..その結果,数ng/mLの濃度のレクチンで特異性を十分に分析することができた.ここで測定に用いられたエバネッセントスキャナーとは,エバネッセント光(ガラスにある角度で光を入射させたときに発生する近接場光)によって励起した物質の蛍光を測定する装置である.この装置の大きな利点は,近接場光で励起するため,ガラスの表面近くに存在するものの蛍光しか観察されない(図1図1■エバネッセントスキャナーによる測定原理).そのため,溶液中に存在する多くの蛍光物質は全く励起されない.つまりガラス表面に存在する糖鎖と結合しているレクチン上の蛍光物質しか励起できないため,バックグランドを低くすることができる.その結果,この測定法を利用した場合,CFG型糖鎖アレイでは必ず必要であった.洗浄工程を行わなくても糖鎖と結合しているレクチンの検出を行うことができる(26)26) H. Tateno: Methods Mol. Biol., 1200, 353 (2014)..この方法を使った論文はCFG型糖鎖アレイに比べれば,まだ少ないが最近では結果が少しずつ報告されてだしている(27~29)27) S. Yamashita et al.: FEBS Lett., 279, 3937 (2012).28) T. Imamura, M. Okamoto, S. Nakakita, A. Suzuki, M. Saito, R. Tamaki, S. Lupisan, C. N. Roy, H. Hiramatsu, K. E. Sugawara et al.: J. Virol., 88, 2374 (2014).29) M. Kubota, K. Takeuchi, S. Watanabe, S. Ohno, R. Matsuoka, D. Kohda, S. I. Nakakita, H. Hiramatsu, Y. Suzuki, T. Nakayama et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 11579 (2016)..しかしながら,NGC型糖鎖アレイの場合,糖鎖を精製したのち,タンパク質やポリアクリルアミドのようなポリマーと結合させてからアレイ化するため,作製が煩雑となり,多種類の糖鎖ポリマーを作製することが難しい.また,導入する糖鎖の構造や大きさの違いによってポリマーの物性が変わるため,安定したアレイ作製の条件を設定することが難しいことから量産化の足かせになっている.実際に市販化されているNGC型糖鎖アレイに結合している糖は単糖から3糖程度の大きさのものであり,糖鎖の種類も16種類程度である.

図1■エバネッセントスキャナーによる測定原理

糖鎖アレイは,まだ開発段階にある研究ツールではあるが,今後いろいろな研究に利用される可能性をもっている.特に,これまで糖鎖認識機構があまり解明されていなかったウイルスの研究においては大きな役割を果たすに違いないと考えられる.現在,アレイのフォーマットは基礎研究に対応した形(反応槽が1個から数個,糖鎖の種類が10種類以上)になっている.たとえば,インフルエンザウイルスに特化した場合,反応槽を100個以上にし,糖鎖の種類をα2→3結合したシアル酸をもつ糖鎖(トリ型ウイルスが認識する構造)とα2→6結合したシアル酸をもつ糖鎖(ヒト型ウイルスが認識する構造)の2種類のみにすれば,トリ型からヒト型に変異したウイルスの検索をハイスループットで行える可能性がある.このようなことからも,糖鎖アレイの今後の可能性に期待したい.

Reference

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11) H. Abe, K. Tomimoto, Y. Fujita, T. Iwaki, Y. Chiba, K. I. Nakayama & Y. Nakajima: Glycobiology, 11, 1248 (2016).

12) H. Ito, Y. Chiba, A. Kameyama, T. Sato & H. Narimatsu: Methods Enzymol., 478, 127 (2010).

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14) M. Maeda, M. Tani, T. Yoshiie, C. J. Vavricka & Y. Kimura: Carbohydr. Res., 435, 50 (2016).

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19) S. Gulati, Y. Lasanajak, D. F. Smith, R. D. Cummings & G. M. Air: Cancer Biomark., 14, 43 (2014).

20) J. Stevens, O. Blixt, L. M. Chen, R. O. Donis, J. C. Paulson & I. A. Wilson: J. Mol. Biol., 381, 1382 (2008).

21) R. P. de Vries, X. Zhu, R. McBride, A. Rigter, A. Hanson, G. Zhong, M. Hatta, R. Xu, W. Yu, Y. Kawaoka et al.: J. Virol., 88, 768 (2014).

22) http://www.functionalglycomics.org/glycomics/publicdata/primaryscreen.jsp

23) http://www.functionalglycomics.org/glycomics/publicdata/selectedScreens.jsp

24) H. Tateno, A. Mori, N. Uchiyama, R. Yabe, J. Iwaki, T. Shikanai, T. Angata, H. Narimatsu & J. Hirabayashi: Glycobiology, 18, 789 (2008).

25) S. Nakakita & J. Hirabayashi: Methods Mol. Biol., 1368, 225 (2016).

26) H. Tateno: Methods Mol. Biol., 1200, 353 (2014).

27) S. Yamashita et al.: FEBS Lett., 279, 3937 (2012).

28) T. Imamura, M. Okamoto, S. Nakakita, A. Suzuki, M. Saito, R. Tamaki, S. Lupisan, C. N. Roy, H. Hiramatsu, K. E. Sugawara et al.: J. Virol., 88, 2374 (2014).

29) M. Kubota, K. Takeuchi, S. Watanabe, S. Ohno, R. Matsuoka, D. Kohda, S. I. Nakakita, H. Hiramatsu, Y. Suzuki, T. Nakayama et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 11579 (2016).