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野菜類の微小害虫を対象とした新たな誘引・忌避技術の開発農業害虫の「選り好み」を利用して植物ウイルス病を防ぐ

Jun Ohnishi

大西

農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門野菜病害虫・機能解析研究領域

Hiroshi Abe

安部

理化学研究所バイオリソースセンター

Published: 2017-11-20

農作物の生産現場では植物ウイルスなどの病害や害虫などが猛威を振るい,対抗する防除手段としておもに化学農薬による薬剤防除が行われている.一方,近年では害虫の薬剤抵抗性が発達して化学農薬のみでは防除が困難になっていること,食に対する消費者の安全意識の高まりから安全で安心な農産物の安定供給が求められること,また生態環境への負荷軽減の観点から,化学農薬の連続的な使用と散布量を抑えた新たな防除手段の開発が求められている.野菜類では化学農薬による防除が困難な害虫として,ウイルス病を媒介する微小な害虫類であるアザミウマ類ならびにコナジラミ類が問題となっている.これら害虫はその体長が成虫でも1~2 mm程度とほかの害虫類と比べて小さく,植物体上のちょっとした隙間に潜むこともあり,発生の初期には見逃しやすく,また化学農薬を散布しても掛かりにくく,十分に殺虫することができない.また,これらの害虫は国内の野菜類の生産現場で甚大な被害を引き起こしている複数のウイルス病を伝播する媒介昆虫として知られている.ウイルス病を伝播するこれら媒介虫のなかには,すでに薬剤抵抗性を発達させた個体群の存在が報告されている.近年,殺虫するのではなく,害虫の忌避や誘引といった行動を制御(コントロール)することにより農作物から害虫類を遠ざけ,ひいてはウイルス病の被害を軽減するような技術開発の取り組みが行われている.われわれも,総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」の支援を受け,産官そして地方公設試との連携により,コナジラミ,そしてアザミウマの新たな忌避剤の開発とその作用の解析を実施している.以下にその概要を一部紹介したい.

タバココナジラミは薬剤抵抗性を発達させた個体群が日本をはじめ世界各地に分布し,トマト生産において主要な減収要因となるトマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)を媒介する.本病は現在までに38都府県において発生が確認されているが,今後も媒介虫の生息域の拡大に伴い被害地域の拡大が懸念されている.そんなタバココナジラミに対して忌避行動を誘導する物質が食品添加物より見つかっている(1)1) T. Kashima, Y. Fukumori, T. Kitamura, M. Takeda, K. Yoshida & Y. Arimoto: Crop Prot., 75, 144 (2015)..食品添加物のグリセリン酢酸脂肪酸エステル(アセチル化グリセリド:AG)は,可塑剤としてチューインガムやパン,ケーキミックスなどの多くの食品に含まれ,安全性が十分に確認されている成分である.われわれは通常の食生活のなかでこれら食品から摂取している.あらかじめトマトにAG水溶液を噴霧しておくと,コナジラミが飛来してきても忌避行動を示し,寄生する個体数が顕著に少なくなることが明らかになった(1)1) T. Kashima, Y. Fukumori, T. Kitamura, M. Takeda, K. Yoshida & Y. Arimoto: Crop Prot., 75, 144 (2015)..さらに,TYLCVを保持したコナジラミ媒介虫を,AGを噴霧したトマトに放して寄生させたところ,ウイルスに感染して発病するトマトの株数が減少した.AGを噴霧したトマトでは媒介虫であるコナジラミが忌避し,それによりウイルスの伝播が抑えられることが明らかとなった(1)1) T. Kashima, Y. Fukumori, T. Kitamura, M. Takeda, K. Yoshida & Y. Arimoto: Crop Prot., 75, 144 (2015)..さらに興味深いことに,AGを散布したトマト上になんとか寄生しているコナジラミでは,雌雄間の交信やそれに続く交尾行動が抑えられ,次世代の個体数が減少することも判明した(2)2) T. Kashima, K. Kanmiya, K. Yoshida & Y. Arimoto: J. Appl. Entomol., 140, 11 (2016)..タバココナジラミが媒介するウイルス病の脅威から作物を保護する一定の効果を示し,さらに子孫を大幅に減少させるという,殺虫作用がないのに害虫の個体群の密度を低下させるユニークな効果がある.また,受粉用ミツバチには影響がないことも確認されている.AGはコナジラミ成虫にたいする行動制御剤として,2015年に「ベミデタッチ」という名称でトマトならびにミニトマトにおいて農薬登録された.AGがコナジラミ媒介虫にどのように作用してウイルスの伝播を抑えるのか,雌雄間の交信や交尾行動がいかにして抑制されるのかについて,今後の研究の進展が望まれる.さらに,ほかの化学農薬の代替として,または化学農薬との併用により,既存農薬の使用量の削減も期待される.

コナジラミ類と並んで,アザミウマ類においても薬剤抵抗性を発達させた個体群が世界的な問題となっている.アザミウマ類は単独でも野菜類の葉や果実を摂食して食害を起こすだけでなく,トスポウイルスを媒介して作物に深刻な被害を起こす.トスポウイルス属には複数のウイルス種があり,国内でも大きな被害が報告されているトマト黄化えそウイルス(TSWV),キク茎えそウイルス,メロン黄化えそウイルスなどがある.アザミウマ類は食害とウイルス病害という多重被害を農作物に発生させている.そのため,ウイルスを保持したアザミウマが栽培施設などに侵入し,防除しないでいると壊滅的な被害に陥る.近年の研究により,ミカンキイロアザミウマ(以下,ことわりのない限りアザミウマと略す)はTSWVに感染した植物に誘引されるという興味深い事実が明らかになった.昆虫媒介性の植物ウイルスにとって唯一の移動手段はその媒介虫であることから,非常によくできた話である.さらに詳細に解析をしたところ,健全な植物がアザミウマの食害を受けると植物ホルモンであるジャスモン酸の濃度が上昇して蓄積され,植物体の積極的な防御反応を起動させていた(3)3) H. Abe, Y. Tomitaka, T. Shimoda, S. Seo, T. Sakurai, S. Kugimiya, S. Tsuda & M. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 53, 204 (2012)..一方,植物がTSWVに感染した場合,ジャスモン酸の蓄積が抑えられ,アザミウマに対する防御反応も低下することが明らかとなった(4)4) H. Abe, T. Shimoda, J. Ohnishi, S. Kugimiya, M. Narusaka, S. Seo, S. Tsuda & M. Kobayashi: BMC Plant Biol., 9, 97 (2009)..つまり,TSWVに感染した植物はアザミウマにとって好適な植物へと変化しており,アザミウマはそのような植物の防御反応の変化を敏感に察知して誘引されたと考えられる.ではなぜ,TSWVに感染した植物では,アザミウマに対する防御が弱まるのであろうか? それは,植物がウイルス感染に対する防御反応を発揮すると,その反応自体がアザミウマに対する防御反応を抑える働きをしてしまうという,互いに拮抗した反応の結果であることが理由であった(図1図1■誘引と忌避によるアザミウマ行動制御).アザミウマによるTSWVの伝染環には,このような植物の防御機構が巧みに利用されていたのである.

図1■誘引と忌避によるアザミウマ行動制御

われわれは植物がもつこうした防御反応に着目し,人為的に反応をコントロールすることにより,アザミウマの行動を制御して植物からアザミウマを忌避させることができるか調べることにした.ジャスモン酸を散布した植物と散布していない植物を同一空間中に配置し,ミカンキイロアザミウマを放飼したところ,多くのアザミウマがジャスモン酸を散布した植物を忌避し,散布していない植物を加害することが明らかとなった.そこで,現在,植物成長調節剤として用いられているジャスモン酸関連資材(プロヒドロジャスモン:PDJ)についてアザミウマ忌避剤としての効果を検討し,良好な結果が得られている.

コナジラミ類やアザミウマ類は体長がわずか数ミリ程度であるため,わが国においては,輸入農作物に紛れて海外から侵入するリスクに常時さらされている.現に,アザミウマ類の一種であるネギアザミウマでは,これまで国内在来のメス系統しか知られていなかったが,近年,海外から新たなオス系統が侵入し,これまで寄生が知られていなかったキャベツにまで被害が及ぶようになったという.化学農薬が連続投入されると,その後しばらくして薬剤抵抗性を発達させた害虫個体群が発生するという問題が繰り返され,深刻化している.こうした「イタチごっこ」に歯止めをつけるためには,本稿で紹介したような殺虫ではなく害虫の行動を制御する「制虫」により農作物の被害を軽減させる技術開発が必要な時期に来ているのかもしれない.こうした「制虫」の発想でなるべく殺虫剤などの化学農薬の使用を減らし,害虫が薬剤抵抗性を獲得することを防ぐことで,化学農薬と薬剤抵抗性のイタチごっこに終止符を打つことができると思われる.

殺虫作用がなくとも害虫の行動を抑えて農産物を守る防除技術の開発は試験研究機関で展開されており,昆虫が受容する光,音や振動など,特定の感覚・触覚器官に作用させる手法が研究されている.これらはいずれも,物理的な防除手段となる.本稿で紹介した物質は食品添加物や植物ホルモンといった安全性の高い物質を基礎にした新たな化学的防除手段に分類される.農業害虫に対する忌避剤は世界的に見ても例がなく,実用化されれば新しいジャンルの薬剤となり,世界的なインパクトは非常に大きい.今後は,こうした複数の技術を栽培体系や地域の生産体系に合わせて合理的に組み合わせ,病害虫管理技術として体系化する取り組みが期待される.

(本研究の一部は,総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」の支援を受けて行った.)

Reference

1) T. Kashima, Y. Fukumori, T. Kitamura, M. Takeda, K. Yoshida & Y. Arimoto: Crop Prot., 75, 144 (2015).

2) T. Kashima, K. Kanmiya, K. Yoshida & Y. Arimoto: J. Appl. Entomol., 140, 11 (2016).

3) H. Abe, Y. Tomitaka, T. Shimoda, S. Seo, T. Sakurai, S. Kugimiya, S. Tsuda & M. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 53, 204 (2012).

4) H. Abe, T. Shimoda, J. Ohnishi, S. Kugimiya, M. Narusaka, S. Seo, S. Tsuda & M. Kobayashi: BMC Plant Biol., 9, 97 (2009).