Kagaku to Seibutsu 55(12): 795-797 (2017)
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天然テトラミン酸誘導体の全合成構造の多様性と興味ある生物活性
Published: 2017-11-20
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テトラミン酸とはその名のとおり酸性を示す化合物であるが,一見酸性を示す部位が見当たらないように思えるかもしれない.窒素を含む5員環に2つのカルボニル基が存在し,さまざまな互変異性体を生じることが可能で,その互変異性体の構造を見ればなるほど酸性を示しそうだとわかる(図1a図1■テトラミン酸の構造と合成).その構造的モチーフをもつ化合物群が天然から多数見いだされてきており,置換基の多様性や酸化段階,炭素鎖の修飾などバラエティに富んでいる.ユニークな生物活性を示すものも多く,有機合成化学分野において格好の標的化合物群として認識されている.一方,天然由来テトラミン酸の生合成に視点を移してみると,アミノ酸をスターターとするポリケチド合成酵素による炭素鎖の伸張や,分子内Claisen型反応による5員環の形成が主要な役割を果たしている(図1b図1■テトラミン酸の構造と合成).テトラミン酸類の構造的多様性の一部がこのアミノ酸にあることは明らかで,1位の側鎖部位はそのアミノ酸に由来し,なかには非タンパク質性アミノ酸のものもある.また,生合成の観点からも明らかなように,3位にアシル基が置換しているもの(ただし互変異性によりエノール型が優先している)が多数存在する.
このようにバラエティに富む構造を有するテトラミン酸類を合成するためには,柔軟性をもった合成戦略が求められる.最も合理的と思われる合成法としては,生合成を模倣したもので,Lacey–Dieckman環化と呼ばれる分子内Claisen型反応を用いるものである.たとえばWestwoodらによるタンパク質相互作用阻害活性を有するJBIR-22合成では,デカリン環部位は先に構築しておきβ-ケトアミドへ変換後,合成の最終盤でt-BuOKを塩基として用いたLacey–Dieckman環化によりテトラミン酸骨格を構築している(1)1) A. R. Healy, M. Izumikawa, A. M. Z. Slawin, K. Shin-ya & N. J. Westwood: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4046 (2015).(図1c図1■テトラミン酸の構造と合成).Westwoodらは同様の合成戦略によって,植物の生育を促進する活性を有するharzianic acidの合成にも成功している(2)2) A. R. Healy, F. Vinale, M. Lorito & N. J. Westwood: Org. Lett., 17, 692 (2015)..このような戦略は比較的扱いが難しく,互変異性によりNMRスペクトルが複雑化し,構造解析に苦労することになるテトラミン酸構造をなるべく避けるには都合が良いため多用されてきた.しかし一方でこのLacey–Dieckman環化は反応条件として強塩基を要求するため,その条件に耐えない化合物の合成には適さないという制約がある.たとえばカルボニル基のα位に不斉中心をもつような化合物を合成する場合は,エノール化を経由するエピメリ化を避けるために強塩基性条件を用いることは避けなければならない.Mycobacterium vaccaeに対する抗菌活性を有するepicoccarine Aはその一例であり,依田らの合成では,まず脂肪鎖とチロシンから誘導したテトラミン酸部位を縮合剤EDCIによりO-アシル化した後,塩基および添加剤として塩化カルシウムを用いてC-アシル化体への転位を鍵段階としている(3)3) Y. Ujihara, K. Nakayama, T. Sengoku, M. Takahashi & H. Yoda: Org. Lett., 14, 5142 (2012).(図2a図2■縮合–転位を鍵段階とするテトラミン酸合成).この方法論によれば,脂肪鎖部位とテトラミン酸部位を別個に合成しておき組み合わせればよいことになるので,多様な3-アシルテトラミン酸類の合成に展開が期待できる.実際依田らはHL-60に対する細胞毒性を有するpenicillenolの合成も報告している(4)4) T. Sengoku, J. Wierzejska, M. Takahashi & H. Yoda: Synlett, 2944 (2010)..
一方,本転位反応をテトラミン酸の5位窒素をカルバマート系保護基で保護した基質を用いるとO-アシル化,続くC-アシル化体への転位が連続的に進行し,3-アシルテトラミン酸を得ることができる.筆者らはこの反応を利用することにより,特異な抗菌スペクトルを示すvirgineoneのアグリコンやHeLa細胞に対する細胞毒性を示すepicoccamide類の合成を達成した(図2b, 2c図2■縮合–転位を鍵段階とするテトラミン酸合成図2■縮合–転位を鍵段階とするテトラミン酸合成).これらの化合物群は分子の両端にテトラミン酸部,配糖体部が位置し,それらが長鎖のアルキル鎖で結ばれているというユニークな構造的特徴を有する.筆者らは糖結合部位とアシル基部位にあらかじめ末端二重結合を導入しておき,合成の終盤で交差メタセシス反応によってそれぞれの部位を連結することが可能であれば,さまざまなテトラミン酸類の合成に適用可能な柔軟な合成法となりうると考えた.実際には不斉を有するカルボン酸セグメントとチロシンより誘導したテトラミン酸セグメントを縮合剤としてDCC,塩基にDMAPを用いることにより,最も効果的にO-アシル化,続くC-アシル化体への転位を進行させることが可能であり,つづくエノンとの交差メタセシス反応はGrubbs第二世代触媒を用いることで円滑に進行しカップリング体を与えた.繰り返しになるが,テトラミン酸類は酸性を示すような化合物であり,いかにも金属に配位しそうな部位を有するが,そのような基質を用いてもメタセシス反応を行うことができることを示すことができた.数段階の変換を経てvirgineoneアグリコンを合成し,天然物の立体化学を決定することができた(5)5) A. Yajima, C. Ida, K. Taniguchi, S. Murata, R. Katsuta & T. Nukada: Tetrahedron Lett., 54, 2497 (2013)..また,ほぼ同様の手法を用いてepicoccamide類の全合成を通じて天然物の立体化学を決定し,本方法論の柔軟性を示すことができた(6)6) A. Yajima, A. Kawajiri, A. Mori, R. Katsuta & T. Nukada: Tetrahedron Lett., 55, 4350 (2014)..
以上のように多様な構造を有するテトラミン酸類を合成する手法はさまざまであり,完全な一般性をもつ手法は存在しないと思われる.紙面の都合上テトラミン酸部位がさらに修飾を受けたような複雑な骨格を有する化合物については紹介できなかったが,それらの化合物の合成のためにはさらなる工夫が必要になろう.残念ながらテトラミン酸をモチーフとして有する医薬品や農薬で実用化されているものは僅少である.ユニークな生物活性を有する化合物が数多く見いだされてきていることから,医薬,農薬への応用が期待される.
Reference
2) A. R. Healy, F. Vinale, M. Lorito & N. J. Westwood: Org. Lett., 17, 692 (2015).
3) Y. Ujihara, K. Nakayama, T. Sengoku, M. Takahashi & H. Yoda: Org. Lett., 14, 5142 (2012).
4) T. Sengoku, J. Wierzejska, M. Takahashi & H. Yoda: Synlett, 2944 (2010).
6) A. Yajima, A. Kawajiri, A. Mori, R. Katsuta & T. Nukada: Tetrahedron Lett., 55, 4350 (2014).