Kagaku to Seibutsu 55(12): 798-799 (2017)
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多価不飽和脂肪酸によるリポタンパク質の質的制御を介した生理作用多価不飽和脂肪酸の新しい作用機序
Published: 2017-11-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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リポタンパク質は,コレステロール,トリグリセリド,リン脂質などの脂質とアポリポタンパク質からなる複合体である.末梢では低密度リポタンパク質(LDL)と高密度リポタンパク質(HDL)が血中における脂質の運搬に大きな役割を果たす.このうちHDLはアポリポタンパク質(apo)A-Iを主なアポリポタンパク質として含み,末梢細胞の余剰のコレステロールを回収して末梢細胞から肝臓へのコレステロール逆転送に働くことで,動脈硬化を抑制する作用がある.反対に,LDLは肝臓から末梢細胞にコレステロールを供給して動脈硬化を促進する作用があることから,LDLコレステロールとHDLコレステロールはそれぞれ悪玉コレステロール,善玉コレステロールとも呼ばれる.また,中枢神経系ではapoE含有リポタンパク質(LpE, apoE-HDL)がグリア細胞から神経細胞への脂質の供給や,神経細胞の保護,神経細胞の修復に働く.HDLとLpEの生成には,ATP-binding cassette(ABC)トランスポータースーパーファミリーに属するABCA1とABCG1が関与し,ABCA1とABCG1が協調しながら細胞膜のコレステロールとリン脂質をアポリポタンパク質に受け渡すことで,HDLやLpEが形成される(1)1) M. Matsuo: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 899 (2010)..
近年,リポタンパク質の量よりも質が重要であると考えられ始めている.HDLコレステロール量が高いほど動脈硬化リスクは低くなるが,それ以上にHDLが末梢細胞に蓄積したコレステロールを引き抜く能力,すなわち質が高いほど動脈硬化のリスクが低くなることが報告されている(2)2) A. V. Khera, M. Cuchel, M. de la Llera-Moya, A. Rodrigues, M. F. Burke, K. Jafri, B. C. French, J. A. Phillips, M. L. Mucksavage, R. L. Wilensky et al.: N. Engl. J. Med., 364, 127 (2011)..
多価不飽和脂肪酸は,炭素鎖に複数の二重結合をもつ脂肪酸である.たとえばエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3(オメガ3)多価不飽和脂肪酸は魚油に多く含まれ,炭素鎖端から3番目の炭素に二重結合があるのに対し,アラキドン酸(AA)のようなn-6多価不飽和脂肪酸は肉に多く含まれ,6番目の炭素に二重結合がある.多価不飽和脂肪酸には,細胞膜脂質の構成成分,抗酸化物質,転写因子のリガンドなどさまざまな生理作用が報告されている.n-6多価不飽和脂肪酸であるAAがエイコサノイドの前駆体となり炎症や血圧調節に関与するのに対し,n-3多価不飽和脂肪酸は抗炎症作用を示し動脈硬化抑制作用がある.DHAは脳に多くに含まれており,EPAとDHAは神経突起伸長作用や神経保護作用によりアルツハイマー病のリスクを低減させることも報告されている.多価不飽和脂肪酸は細胞に取り込まれてリン脂質の脂肪酸鎖となることから,ABCA1とABCG1によって輸送され,リポタンパク質の構成成分となることが予想される.そこで,多価不飽和脂肪酸がリン脂質としてリポタンパク質に多く含まれることで,リポタンパク質の質的変化がもたらされ,新たな生理作用をもつと仮説を立て,実験を行った.その結果,リポタンパク質の質的制御を介する炎症抑制効果と神経突起伸長効果を明らかにした(図1図1■多価不飽和脂肪酸によるリポタンパク質の質的変化と生理作用).
多価不飽和脂肪酸が細胞に取り込まれると,リン脂質中に脂肪酸鎖として取り込まれる.このリン脂質はコレステロールとともにABCA1とABCG1の働きによって細胞外へと排出され,末梢ではHDL(善玉コレステロール),中枢神経系ではLpE(脳のHDL)が形成される.リン脂質脂肪酸鎖として多価不飽和脂肪酸を含むリポタンパク質の質的変化によって炎症の抑制作用や神経突起伸長作用がもたらされる.
泡沫化したマクロファージにおける炎症反応は動脈硬化の悪化因子となる.HDLには,マクロファージからコレステロールを引き抜くだけでなく,炎症抑制効果によっても動脈硬化の進行を防ぐ作用がある(3)3) X. Zhu & J. S. Parks: Annu. Rev. Nutr., 32, 161 (2012)..また,n-3多価不飽和脂肪酸にも炎症抑制効果が知られている.それでは,n-3多価不飽和脂肪酸を含むHDLはさらに強い炎症抑制効果をもつのだろうか? マクロファージ様細胞に分化させたTHP-1細胞にn-3多価不飽和脂肪酸を添加し,培地中に分泌されたHDLを精製した.精製したn-3多価不飽和脂肪酸含有HDLをTHP-1細胞に添加し,LPS刺激で誘導される炎症性サイトカインのmRNA量を定量的PCRで調べた.その結果,n-3多価不飽和脂肪酸含有HDLが,インターロイキン(IL)-1, IL-6, TNF-αなどの炎症性サイトカインの産生をコントロールのHDLに比べて抑制することが明らかとなった.
グリア細胞から分泌されるLpEは神経細胞の軸索伸長を促進すること(4)4) M. Matsuo, R. B. Campenot, D. E. Vance, K. Ueda & J. E. Vance: Biochim. Biophys. Acta, 1811, 31 (2011).から,多価不飽和脂肪酸含有LpEが,神経突起伸長促進作用をもつか調べた.多価不飽和脂肪酸を取り込ませたラット大脳皮質由来グリア初代培養細胞の条件培地からLpEを精製した.LpEの解析によって,実際に多価不飽和脂肪酸をリン脂質脂肪酸鎖として含むことを確かめた.精製LpEをラット海馬由来神経初代培養細胞に添加し,神経突起成長を調べた結果,多価不飽和脂肪酸含有LpEは,コントロールのLpEに比べて神経突起伸長促進作用をもつことがわかった(5)5) M. Nakato, M. Matsuo, N. Kono, M. Arita, H. Arai, J. Ogawa, N. Kioka & K. Ueda: J. Lipid Res., 56, 1880 (2015)..このメカニズムは現在のところ明らかではないが,成長円錐に多く存在し神経突起伸長にかかわるGAP-43のmRNA発現量が増加していたことから,GAP-43を介していることが示唆された.
以上の結果から,多価不飽和脂肪酸はリポタンパク質の質的制御を介して,炎症の抑制や神経細胞突起伸長促進などの生理作用をもつことが示唆された.これまで,多価不飽和脂肪酸の生理作用は,多くの場合直接細胞に遊離脂肪酸を添加して研究されてきたが,リポタンパク質中のリン脂質脂肪酸鎖として含まれる多価不飽和脂肪酸の効果,すなわちリポタンパク質の質的制御を介した効果も考慮に入れる必要がある.そして,リポタンパク質を考えるうえでは,量だけではなくその構成要素である脂肪酸などの質も含めて考える必要があるだろう.