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低分子リガンドによる選択的タンパク質分解誘導作用新たな細胞内タンパク質代謝調節機構の発見と,その創薬への応用

Taisuke Uehara

上原 泰介

エーザイ株式会社

Takashi Owa

大和 隆志

エーザイ株式会社

Published: 2017-11-20

およそ50年前,サリドマイドは不眠症やつわりの治療薬として販売されたが,強い催奇形性が明らかとなり,世界的な薬害事件へと発展した.しかしその後,ハンセン病ならびに骨髄がんに対する治療効果が証明され,薬剤としての使用が再度承認されるに至っている.さらに,サリドマイドの類縁体であるレナリドマイドは,多発性骨髄腫およびB細胞性リンパ腫の治療において,現在,極めて重要な地位を確立している.サリドマイドとその類縁化合物が毒性や薬効を発揮する作用機序は,その標的タンパク質も含めて長らく不明であったが,2010年,サリドマイドがCullin 4(CUL4)ユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質DCAF(DDB and Cullin 4-associated factor)の一つであるCereblon(CRBN)に結合し発生異常を誘起することがScience誌に報告された(1)1) T. Ito, H. Ando, T. Suzuki, T. Ogura, K. Hotta, Y. Imamura, Y. Yamaguchi & H. Handa: Science, 327, 1345 (2010)..さらに2014年には,レナリドマイドがCRBNを介して転写因子IKZF1およびIKZF3のユビキチン化とプロテアソームによる分解を亢進し,抗腫瘍効果を発揮することが明らかにされた(2, 3)2) J. Krönke, N. D. Udeshi, A. Narla, P. Grauman, S. N. Hurst, M. McConkey, T. Svinkina, D. Heckl, E. Comer, X. Li et al.: Science, 343, 301 (2014).3) G. Lu, R. E. Middleton, H. Sun, M. Naniong, C. J. Ott, C. S. Mitsiades, K. Wong, J. E. Bradner & W. G. Kaelin, Jr.: Science, 343, 305 (2014)..つづいてサリドマイドならびにその類縁体とCRBNの共結晶構造が相次いで報告されたことにより,50年来の難題にほぼ決着がついたと言える.

一方,20年以上にわたり抗がん剤として研究開発が行われてきたインドールスルホンアミド化合物E7070(indisulam)(4)4) T. Owa, H. Yoshino, T. Okauchi, K. Yoshimatsu, Y. Ozawa, N. H. Sugi, T. Nagasu, N. Koyanagi, & K. Kitoh: J. Med. Chem., 42, 3789 (1999).とE7820(5)5) Y. Funahashi, N. H. Sugi, T. Semba, Y. Yamamoto, S. Hamaoka, N. T. Tsukahara, Y. Ozawa, A. Tsuruoka, K. Nara, K. Takahashi, et al.: Cancer Res., 62, 6116 (2002).は,長らくその標的分子および作用機序が不明であったが,これら抗がん剤がCRBNと同じCUL4ユビキチンリガーゼ複合体の基質認識タンパク質であるDCAF15と結合し,スプライシング因子の一つであるCAPERα(別名:RBM39)を選択的に分解誘導することが,2017年に明らかとなった(6, 7)6) T. Uehara, Y. Minoshima, K. Sagane, N. Sugi, K. Mitsuhashi, N. Yamamoto, H. Kamiyama, K. Takahashi, Y. Kotake, M. Uesugi et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 675 (2017).7) T. Han, M. Goralski, N. Gaskill, E. Capota, J. Kim, T. C. Ting, Y. Xie, N. S. Williams & D. Nijhawan: Science, 356, 397 (2017)..報告では,網羅的なプロテオーム解析により薬剤の細胞に与える影響をモニターし,これらの低分子化合物が大腸がん細胞株HCT116と血液がん細胞株K562において,スプライシング因子CAPERαを選択的に分解誘導することが示されている.さらに詳細な分子レベルでの解析は,本スルホンアミド系抗がん剤がDCAF15に直接的に結合することで,DCAF15とCAPERαのタンパク質–タンパク質結合とCAPERαのユビキチン化を引き起こすことを証明している.この新たな作用機序は,DCAF15遺伝子のノックアウト,ならびに遺伝子編集によるCAPERαのアミノ酸残基置換を伴う遺伝子変異が腫瘍細胞に薬剤耐性をもたらすことによっても検証,確認されている.

CAPERαはRNAの選択的スプライシング因子として機能することが知られているが,生体内においてどのような役割を担っているかについてはほとんど明らかになっていない.これまではRNAiによる遺伝子ノックダウンによって培養細胞や線虫におけるCAPERαの機能を解析するほかなかったが,当該タンパク質を選択的に分解誘導する新たなケミカルプローブが発見されたことにより,動物の生体内,特にヒトにおけるCAPERαの役割に対する理解が大きく進展することが期待される.

さらに,サリドマイドとレナリドマイドの作用機序解明に続くスルホンアミド系抗がん剤の再発見は,低分子化合物によるユビキチンリガーゼを介した選択的なタンパク質分解誘導が,これまでundruggable(薬剤の標的にならない)と考えられていた分子を狙い撃ちする新たな創薬戦略として有望であることを示唆している.DCAFには数十のファミリータンパク質分子が存在することが知られており,サリドマイド類縁体やスルホンアミド系抗がん剤のほかに,これらDCAFに結合して基質タンパク質を分解誘導する新たな低分子の発見が期待される.

低分子化合物によるタンパク質の分解誘導(ケミカルノックダウン)については,サリドマイドとレナリドマイドに代表される免疫調整薬の作用機序発見以前より,PROTAC(Proteolysis-targeting Chimera)と呼ばれる「ハイブリッド分子」が研究されてきた.PROTACの技術コンセプトは,Cullin 2(CUL2)ユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質であるVHLタンパク質に結合するケミカルプローブと,標的タンパク質に結合する化合物とをリンカーでつなぐことにより,VHLを標的タンパク質に結合させ,そのユビキチン化とプロテアソームによるタンパク質分解を誘導するものである.さらに,サリドマイド系免疫調整薬の作用機序発見の後には,VHL結合ケミカルプローブの代わりにサリドマイドを用いることで,CUL4ユビキチンリガーゼを介したケミカルノックダウンを誘導する,PROTACの亜流ともいえる方法が開発されている(8)8) G. E. Winter, D. L. Buckley, J. Paulk, J. M. Roberts, A. Souza, S. Dhe-Paganon & J. E. Bradner: Science, 348, 1376 (2015)..いずれの技術においても,2つの化合物をリンカーで結合するために薬物の構造が巨大化・複雑化することから,薬剤として物理化学的性質および薬物代謝を適切にコントロールすることは容易ではないと考えられるが,タンパク質のノックダウンという新たな創薬戦略の実用化として,今後の展開が注目されている.

ところで,低分子化合物によるユビキチンリガーゼを介した選択的タンパク質分解誘導は,サリドマイドやPROTACなどの人工の化合物のほかに,植物ホルモンであるオーキシンやジャスモン酸の作用機序として報告されている.植物の成長を制御する物質として最も古くから研究されてきたオーキシンであるが,その受容体および分子レベルでの作用機序が明らかとなったのは21世紀に入ってからである.オーキシンがSCF(Cullin 1)ユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質であるTIR1(Transport Inhibitor Response 1)に結合して転写抑制因子Aux/IAAを分解誘導することが明らかにされるとともに,オーキシン化合物とTIR1, Aux/IAAの共結晶構造がNature誌に報告されている(9)9) X. Tan, L. I. Calderon-Villalobos, M. Sharon, C. Zheng, C. V. Robinson, M. Estelle & N. Zheng: Nature, 446, 640 (2007)..その後,同じく植物ホルモンであるジャスモン酸類も,SCFユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質COI1に結合し,JAZタンパク質を分解誘導することが報告された(10, 11)10) B. Thines, L. Katsir, M. Melotto, Y. Niu, A. Mandaokar, G. Liu, K. Nomura, S. Yang He, G. A. Howe & J. Browse: Nature, 448, 661 (2007).11) A. Chini, S. Fonseca, G. Fernández, B. Adie, J. M. Chico, O. Lorenzo, G. Garcìa-Casado, I. López-Vidriero, F. M. Lozano, M. R. Ponce et al.: Nature, 448, 666 (2007)..これら植物ホルモンによる標的タンパク質の分解誘導と,ヒト細胞における人工の薬物に依存するタンパク質分解誘導の関連性は明らかではないが,サリドマイド系免疫調整薬およびスルホンアミド系抗がん剤の作用機序の生物学的意義を明らかにするうえで,同様の作用メカニズムをもつ植物ホルモンの存在は重要な鍵となるかもしれない.

以上,長年にわたって標的分子および作用機序が不明であった2つの独立した系統の低分子化合物が,共にCUL4ユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質であるDCAFに結合し,選択的なタンパク質分解を誘導すること,さらに低分子リガンドによる選択的タンパク質分解作用/ケミカルノックダウンの創薬における可能性について概説した.サリドマイド系免疫調節薬ならびにスルホンアミド系抗がん剤共に,はじめからユビキチンリガーゼを標的としてデザインされた化合物ではなく,その作用機序は偶然の産物とも言える.そのため,本作用機序に基づく新たな薬剤開発には多くの課題が残されているが,今後,酵素阻害によらない新たな低分子医薬品の可能性を押し広げるうえで,本研究分野のさらなる発展が期待される.

図1■低分子リガンドが誘導する標的タンパク質分解機構の模式図

サリドマイド類縁体ならびにスルホンアミド化合物は,それぞれユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質であるDCAFを標的タンパク質に結合させる.ユビキチンリガーゼに取り込まれた標的タンパク質はユビキチン化され,プロテアソームによって分解される.サリドマイドとブロモドメイン阻害剤からなるハイブリッド分子は,ブロモドメインタンパク質をユビキチンリガーゼに結合する.

Reference

1) T. Ito, H. Ando, T. Suzuki, T. Ogura, K. Hotta, Y. Imamura, Y. Yamaguchi & H. Handa: Science, 327, 1345 (2010).

2) J. Krönke, N. D. Udeshi, A. Narla, P. Grauman, S. N. Hurst, M. McConkey, T. Svinkina, D. Heckl, E. Comer, X. Li et al.: Science, 343, 301 (2014).

3) G. Lu, R. E. Middleton, H. Sun, M. Naniong, C. J. Ott, C. S. Mitsiades, K. Wong, J. E. Bradner & W. G. Kaelin, Jr.: Science, 343, 305 (2014).

4) T. Owa, H. Yoshino, T. Okauchi, K. Yoshimatsu, Y. Ozawa, N. H. Sugi, T. Nagasu, N. Koyanagi, & K. Kitoh: J. Med. Chem., 42, 3789 (1999).

5) Y. Funahashi, N. H. Sugi, T. Semba, Y. Yamamoto, S. Hamaoka, N. T. Tsukahara, Y. Ozawa, A. Tsuruoka, K. Nara, K. Takahashi, et al.: Cancer Res., 62, 6116 (2002).

6) T. Uehara, Y. Minoshima, K. Sagane, N. Sugi, K. Mitsuhashi, N. Yamamoto, H. Kamiyama, K. Takahashi, Y. Kotake, M. Uesugi et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 675 (2017).

7) T. Han, M. Goralski, N. Gaskill, E. Capota, J. Kim, T. C. Ting, Y. Xie, N. S. Williams & D. Nijhawan: Science, 356, 397 (2017).

8) G. E. Winter, D. L. Buckley, J. Paulk, J. M. Roberts, A. Souza, S. Dhe-Paganon & J. E. Bradner: Science, 348, 1376 (2015).

9) X. Tan, L. I. Calderon-Villalobos, M. Sharon, C. Zheng, C. V. Robinson, M. Estelle & N. Zheng: Nature, 446, 640 (2007).

10) B. Thines, L. Katsir, M. Melotto, Y. Niu, A. Mandaokar, G. Liu, K. Nomura, S. Yang He, G. A. Howe & J. Browse: Nature, 448, 661 (2007).

11) A. Chini, S. Fonseca, G. Fernández, B. Adie, J. M. Chico, O. Lorenzo, G. Garcìa-Casado, I. López-Vidriero, F. M. Lozano, M. R. Ponce et al.: Nature, 448, 666 (2007).