Kagaku to Seibutsu 55(12): 803-809 (2017)
解説
ショウジョウバエを用いた体温調節行動の解析温度受容体と共生細菌を介した制御
Behavioral Thermoregulation of Drosophila: Regulation of Thermoregulatory System by Thermoreceptors and Commensal Bacteria
Published: 2017-11-20
体温はさまざまな生命現象に影響を与えるため,生物は自律性および行動性の体温調節によって生体の恒常性を維持している.しかしながら,生物がどのように至適な体温を決定しているのかについて明確な答えは出ていない.本稿ではショウジョウバエをモデルとした体温調節行動解析から明らかとなった温度受容体の機能やエネルギー代謝と体温調節との関連について紹介したい.また,われわれが見いだした共生細菌と体温調節機構との関連について,近年明らかにされつつあるショウジョウバエにおける共生細菌の機能と役割における知見なども併せて紹介したい.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
体温はさまざまな生命現象に影響を与える因子であり,生体の恒常性を保つためには体温の調節および制御が必要不可欠である.体温調節は大きく自律性体温調節と行動性体温調節に分けられる.自律性体温調節としては血管の拡張や発汗,筋肉でのふるえ熱産生が挙げられ,哺乳類では褐色脂肪組織による非ふるえ熱産生も行われる.対して行動性体温調節は,自ら至適な温度環境への移動や着衣などの行動を通じて体温を調節するものである.高度な自律性体温調節は哺乳類と鳥類にしか見られないが,行動性体温調節はほぼすべての生物に見られ,体が小さく熱を保持できない小型の生物にとっては極めて重要な体温調節機構である.昆虫などの小型動物は平常時での体熱の産生能が低く,主に行動性体温調節に依存していることから外温動物または変温動物と呼ばれる.対して,自律性体温調節機構によって常に一定の体温に調節を行う動物は恒温動物または内温動物と呼ばれる.
動物の生活史において個体に至適な体温の設定温度をセットポイントと呼ぶ.内温動物と外温動物のいずれも体温のセットポイントはごく限られた範囲に決められており,その温度域でエネルギー代謝や活動が最も活発となる.体温のセットポイントは動物種や個体間で異なることが知られているが,動物がどのようにして体温のセットポイントを決めているのか,またその生活史の各局面でいかにしてセットポイントを変更しているのか,いまだに解明されていない謎である.
本稿では,われわれが進めているショウジョウバエの体温調節行動の解析から明らかとなった体温を決定する因子と,さらに最近着目している共生細菌の体温調節への影響について,ショウジョウバエをモデルとした共生細菌研究の概説とともに紹介したい.
キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster: 以下単にショウジョウバエとする)は飼育が容易で世代交代が早いといった利点をもつのみならず,ヒト疾患原因遺伝子の70%以上を保有しており(1)1) E. Bier: Nat. Rev. Genet., 6, 9 (2005).,各種の分子遺伝学的解析手法が確立されているモデル生物である.特にGAL4/UASシステムを用いて時空間的に特定の遺伝子の過剰発現や発現抑制を行うことが可能であること(2)2) A. H. Brand & N. Perrimon: Development, 118, 401 (1993).,また膨大な遺伝子改変個体のリソースが利用可能であることから,これまでに多くの遺伝子の機能の解明がショウジョウバエで行われてきた.
体長が2 mmと小さいショウジョウバエは外温動物であり,自らの体温のセットポイントへの移動や,極度の高温や低温に対する忌避行動などの行動性体温調節機構により温度変化に適応している.このためショウジョウバエ個体の示す温度選好性から体温調節機構の解析を行うことが可能であり,温度勾配を生成させたプレート上でのショウジョウバエ個体の動きから温度選好性を評価する方法がSayeedらによって確立されている(3)3) O. Sayeed & S. Benzer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 6079 (1996).(図1図1■当研究室で用いている体温調節行動解析装置).この選好温度解析を遺伝学的アプローチと組み合わせて用いることで,これまでに体温調節機構を制御する因子の同定が進められてきた(図2図2■体温調節行動解析から明らかとなった体温制御因子).
長方形のアルミ板の両端をペルティエ素子によって冷却または加熱し,アッセイを行うアガロースゲルプレートに温度勾配を生成させる(A).プレート上約28°Cの位置にショウジョウバエ3齢幼虫を置き,20分後における選好温度分布を観測する(B).(文献14参照).
温度の感知によって体温調節が行われ,フィードバック制御によって平衡に達するまでさらに温度の感知と体温調節を行う.これまでに温度感知に関与するTRPチャネルファミリーが同定されている.また,当研究室ではこれまでにatsugari(atu)遺伝子の関与を見いだしており,さらに腸内細菌の関与が示唆されている.
温度を感知する温度受容体の解析は最も進められており,温度受容を担う温度感受性ニューロンに存在する数多くの温度受容体が同定されている.この受容体の実体としてTransient receptor potential(TRP)チャネルが主に機能していることが明らかにされている.TRPチャネルは哺乳類では6つの(TRPA, TRPC, TRPM, TRPML, TRPP, TRPV),ショウジョウバエではTRPNを加えた7つのサブファミリーに分けられる6回膜貫通型のカチオンチャネルであり,温度変化や機械刺激,電位変化,化学物質刺激の感知にかかわる(4)4) K. Venkatachalam & C. Montell: Annu. Rev. Biochem., 76, 387 (2007)..温度感知には忌避行動につながる侵害的な温度の感知と温度選好につながる適温付近での温度の感知の2種類あり,体温調節行動解析からは主に後者の適温付近での温度感知にかかわる因子の同定が可能となる.
27°Cから41°Cの温度勾配を生成させた装置上の33°C付近に野生型のショウジョウバエをおいた場合,低温域(<31°C)に回避する行動が観察される.一方,TRPA1の欠損体およびGAL4/UASシステムを用いてTRPA1の発現を神経細胞特異的に抑制したショウジョウバエ3齢幼虫を用いて体温調節行動解析を行うと,高温に対する回避行動が喪失し高温側へも移動するようになる(5)5) M. Rosenzweig, K. M. Brennan, T. D. Tayler, P. O. Phelps, A. Patapoutian & P. A. Garrity: Genes Dev., 19, 419 (2005)..また成虫において18°Cから31.5°Cの温度勾配を生成させた装置上での野生型の選好温度は22~25°C付近であるが,TRPA1の機能阻害によって高温域(>28°C)を選好する個体が増加する(6)6) F. N. Hamada, M. Rosenzweig, K. Kang, S. R. Pulver, A. Ghezzi, T. J. Jegla & P. A. Garrity: Nature, 454, 217 (2008)..ショウジョウバエTRPA1は培養細胞を用いた解析から24~29°C付近で活性化すること(7)7) V. Viswanath, G. M. Story, A. M. Peier, M. J. Petrus, V. M. Lee, S. W. Hwang, A. Patapoutian & T. Jegla: Nature, 423, 822 (2003).,さらにTRPA1を発現する神経細胞が25°C付近で活性化することから,TRPA1が温度感受性ニューロンを活性化することで体温調節行動に関与していると考えられている.一方,TRPCサブファミリーに属するTRPとTRPLが18°C以下の低温感知に関与することが体温調節行動解析から明らかになっている(8)8) M. Rosenzweig, K. Kang & P. A. Garrity: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 14668 (2008)..
また,体温調節行動解析以外の手法を用いた実験からも温度感知を担うTRPチャネルとして侵害的な高温に対する受容体としてTRPAファミリーのPainless(9)9) W. D. Tracey Jr., R. I. Wilson, G. Laurent & S. Benzer: Cell, 113, 261 (2003).,Pyrexia(10)10) Y. Lee, Y. Lee, J. Lee, S. Bang, S. Hyun, J. Kang, S. T. Hong, E. Bae, B. K. Kaang & J. Kim: Nat. Genet., 37, 305 (2005).,低温感知を担うTRPPファミリーのBrv1, Brv2, Brv3が同定されている(11)11) M. Gallio, T. A. Ofstad, L. J. Macpherson, J. W. Wang & C. S. Zuker: Cell, 144, 614 (2011)..さらに,近年TRPチャネルファミリー以外にも温度受容体である可能性のある分子として,2つの化学物質受容体GR28b(D)とIR25aが同定されている.GR28b(D)は環境温度の変化への急性の応答に関与する分子として(12)12) L. Ni, P. Bronk, E. C. Chang, A. M. Lowell, J. O. Flam, V. C. Panzano, D. L. Theobald, L. C. Griffith & P. A. Garrity: Nature, 500, 580 (2013).,IR25aは温度による概日周期の制御因子として(13)13) C. Chen, E. Buhl, M. Xu, V. Croset, J. S. Rees, K. S. Lilley, R. Benton, J. J. Hodge & R. Stanewsky: Nature, 527, 516 (2015).機能する.これら2つの化学物質受容体は温度感受性について報告のないタンパク質のファミリーに属しており,進化的になぜ温度感知の機能をもつようになったのか不明である.また,これらの温度感知にかかわる分子のうちTRPA1およびGr28b(D)は実際に温度変化によってチャネルが活性化することが示されているが,そのほかのイオンチャネルについては直接温度を受容しているのかは不明であり,ほかの分子と協同して温度感知を担っている可能性も指摘されている.
このように数多くのイオンチャネルが温度感知を担う分子として同定されているが,ショウジョウバエの体温のセットポイントを決定するのはこれらの分子の働きだけなのであろうか.われわれはショウジョウバエの体温を決定する因子を探索するため,トランスポゾンであるP因子のランダムなゲノム上への挿入により作製した突然変異体ライブラリーに対し温度選好性の評価を行った.われわれが用いた野生型のショウジョウバエは12°Cから35°Cまでの温度勾配を生成させた装置上において22°Cを選好する.一方で,選好温度が18°Cとなるような変異体をわれわれは発見しatsugari(atu)変異体と命名した(14)14) K. Takeuchi, Y. Nakano, U. Kato, M. Kaneda, M. Aizu, W. Awano, S. Yonemura, S. Kiyonaka, Y. Mori, D. Yamamoto et al.: Science, 323, 1740 (2009)..生化学的な解析の結果,atu変異体では酸素消費量の増加やATP量の増加といったエネルギー代謝の亢進と細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観測された.また,atu変異体はジストログリカン遺伝子の低発現変異体であり,ジストログリカンの発現を回復させることで選好温度が野生型に近づく.膜貫通型の糖タンパク質であるジストログリカンは細胞外マトリクスと細胞骨格をつなぎとめる役割を果たしており,atu変異体ではジストログリカンの発現低下によって細胞膜の機能が不完全となりカルシウムイオンの細胞内への透過性が上昇する.われわれはatu変異体における細胞内カルシウムイオン濃度上昇とエネルギー代謝をつなぐ因子として酸化的リン酸化経路の関与を考えた.そこで酸化的リン酸化経路の律速酵素であるピルビン酸をアセチルCoAへと変換するピルビン酸脱水素酵素の活性を測定したところ野生型と比較しatu変異体において有意に活性化が見られた.また,atu変異体において酸化的リン酸化経路の阻害剤の投与や高濃度の酸素への暴露によって選好温度が回復した.以上の結果から,ジストログリカンの発現低下によって引き起こされる酸化的リン酸化の亢進が引き金となって低温選好性が誘導されること,またエネルギー代謝の亢進により生ずる酸素濃度の変動を指標に選好温度を変化させることが明らかとなった.これらの知見は,ショウジョウバエが個体内のエネルギー代謝の変化に応じて,体温のセットポイントを上下させていることを示唆している.
われわれはエネルギー代謝を変化させるほかの因子も体温調節行動に影響を与えるのではないかと考え,第二のゲノムとして近年注目されている共生細菌に着目した.
共生細菌はさまざまな物質のやりとりを通じて宿主との間で共生関係を築き上げている.これらの細菌の多くは腸内に生息する腸内細菌(腸内フローラ)として存在し,たとえばヒトの場合,約1,000種類,数100兆個の細菌が腸内に生息している(15)15) R. E. Ley, D. A. Peterson & J. I. Gordon: Cell, 124, 837 (2006)..これらの腸内細菌のもつ遺伝子はマイクロバイオーム(microbiome)と呼ばれ,第二のゲノムとして体内でさまざまな機能を果たしている.近年,宿主の免疫機能の成熟や消化管恒常性,肥満やがんなどの疾病とのかかわり,さらに神経系への作用などがその分子機構を含め明らかにされている(16)16) M. McFall-Ngai, M. G. Hadfield, T. C. Bosch, H. V. Carey, T. Domazet-Loso, A. E. Douglas, N. Dubilier, G. Eberl, T. Fukami, S. F. Gilbert et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 3229 (2013)..詳細はこれまでの本誌における他の論説などを参考にされたい(17)17) 木村郁夫:化学と生物,53, 202 (2015)..
まず,われわれは当研究室で維持している複数のショウジョウバエの系統および屋外で採取した個体について共生細菌種の解析を行った.次世代シーケンサーを用いた16SリボソームRNAの塩基配列解析の結果,Acetobacter属,Lactobacillus属,Providencia属,Propionibacterium属,Orbus属の細菌を中心とする細菌叢が形成されていることが明らかとなった.また,菌叢を構成する細菌種の組成比が系統により大きく異なることを見いだしている(図3図3■ショウジョウバエ細菌叢).先行研究ではショウジョウバエの共生細菌叢はFirmicutes門とProteobacteria門に属するLactobacillus属,Acetobacter属とEnterococcus属の細菌を含む5~20種程度によって構成されることが示されているが,飼育されている研究室や飼育培地の種類(18, 19)18) C. N. Wong, P. Ng & A. E. Douglas: Environ. Microbiol., 13, 1889 (2011).19) J. A. Chandler, J. M. Lang, S. Bhatnagar, J. A. Eisen & A. Kopp: PLoS Genet., 7, e1002272 (2011).によって共生細菌叢は異なり,また世代を経ることでもその構成が変化すること(20)20) A. C. Wong, J. M. Chaston & A. E. Douglas: ISME J., 7, 1922 (2013).が示されている.また,屋外で採取したショウジョウバエの細菌叢の解析も行われており,その場合も食餌や生息環境によって異なる細菌叢を示すことが明らかにされている(19)19) J. A. Chandler, J. M. Lang, S. Bhatnagar, J. A. Eisen & A. Kopp: PLoS Genet., 7, e1002272 (2011)..このように共生細菌叢には多様性があるが,Lactobacillus属とAcetobacter属の細菌は共通して見いだされている細菌であり,ショウジョウバエ細菌叢の核となる細菌であると考えられている.実際に当研究室の解析においても過去の報告と構成比は異なるものの主要な細菌は見いだされており,系統間での多様性も見いだされた.このような細菌叢の多様性の中で実際にどのような生理現象が共生細菌によって制御されるのだろうか.
ショウジョウバエの分子遺伝学的手法を組み合わせた研究から,ショウジョウバエにおける共生細菌の機能解析が進められており,免疫機能(21, 22)21) L. Guo, J. Karpac, S. L. Tran & H. Jasper: Cell, 156, 109 (2014).22) K. A. Lee, S. H. Kim, E. K. Kim, E. M. Ha, H. You, B. Kim, M. J. Kim, Y. Kwon, J. H. Ryu & W. J. Lee: Cell, 153, 797 (2013).,生育,寿命(23)23) T. Brummel, A. Ching, L. Seroude, A. F. Simon & S. Benzer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 12974 (2004).やエネルギー代謝さらには交尾の嗜好性(24)24) G. Sharon, D. Segal, J. M. Ringo, A. Hefetz, I. Zilber-Rosenberg & E. Rosenberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 20051 (2010).などが影響を受けることが見いだされている(図4図4■共生細菌による宿主生理機構の制御).これらのうち,生育とエネルギー代謝についての研究を紹介したい.
ショウジョウバエ共生細菌は主にAcetobacter属とLactobacillus属の細菌によって構成される.これらの共生細菌はショウジョウバエ幼虫において生育を促進することが見いだされており,成虫においてもトリアシルグリセロール量などのエネルギー代謝の制御を行う.また,寿命や交尾の嗜好性への関与も指摘されている.
栄養制限条件下では通常飼育状態と比較して,無菌化により顕著に生育が抑制されることが知られていた.Shinらは栄養制限条件下における無菌個体の生育抑制が共生細菌であるAcetobacter pomorumの投与によって回復することを見いだした(25)25) S. C. Shin, S. H. Kim, H. You, B. Kim, A. C. Kim, K. A. Lee, J. H. Yoon, J. H. Ryu & W. J. Lee: Science, 334, 670 (2011)..この表現型に影響を与える細菌側の遺伝子を明らかにするために,A. pomorumのランダムな遺伝子破壊株を作製し無菌個体へ投与しても宿主の生育を回復させない株が探索され,A. pomorumのピロロキノリンキノン依存的アルコール脱水素酵素(PQQ-ADH)遺伝子が宿主の生育に影響を与えていることが見いだされた.また,A. pomorumによる生育抑制の回復に関与する宿主側の遺伝子を同定するために,ショウジョウバエにおいて生育を制御するインスリン/インスリン様成長因子のシグナル経路(IIS)の関与が検証された.IISの機能を抑制したショウジョウバエ個体へ野生型のA. pomorumを投与しても宿主の生育は回復しないが,インスリン様ペプチドを過剰発現させたショウジョウバエにPQQ-ADH欠損株を投与した場合には生育が回復することが示された.これらの結果からA. pomorumはPQQ-ADH活性を介して宿主のインスリンシグナル依存的に,個体の成長に影響を与えることが明らかにされた.PQQ-ADHはA. pomorumにおいて酢酸の生合成に寄与する酵素である.そこで無菌個体への酢酸の投与が試みられたが生育は回復しなかった.しかし,A. pomorumのPQQ-ADH遺伝子破壊株と酢酸を同時に投与したところ無菌個体の生育が回復することが示された.このためIIS経路の活性化にはPQQ-ADH依存的に産生される酢酸以外にも,PQQ-ADH非依存的な酢酸代謝が必要と考えられている(25)25) S. C. Shin, S. H. Kim, H. You, B. Kim, A. C. Kim, K. A. Lee, J. H. Yoon, J. H. Ryu & W. J. Lee: Science, 334, 670 (2011)..
また,ショウジョウバエの共生細菌は宿主への糖の供給量を増やし,宿主の貯蔵脂質であるトリアシルグリセロール量を減少させることが明らかとなっている(26)26) E. V. Ridley, A. C. Wong, S. Westmiller & A. E. Douglas: PLOS One, 7, e36765 (2012)..このうちトリアシルグリセロール量の制御には無菌個体に対する網羅的な細菌投与の実験からAcetobacter属の細菌の寄与が大きいことが示されている(27)27) J. M. Chaston, P. D. Newell & A. E. Douglas: MBio, 5, 14 (2014)..さらに主要なAcetobacter属およびLactobacillus属のさまざまな組み合わせでの無菌個体への投与実験から,A. tropicalisとL. brevisの組み合わせが宿主のトリアシルグリセロールを最も減少させることが示され(28)28) P. D. Newell & A. E. Douglas: Appl. Environ. Microbiol., 80, 788 (2014).,さまざまな細菌が協同して宿主のエネルギー代謝を制御していると考えられる.しかしながら,TOR経路やIIS経路を介して行われている可能性が指摘されてはいるものの,これらの宿主のエネルギー代謝の制御がどのようなシグナルを介して行われているのかいまだ不明である.
このようにショウジョウバエにおいても生育や物質・エネルギー代謝などの生命現象に共生細菌が関与することが報告されてきた.そこで共生細菌の体温調節機構に与える影響を観察するため無菌個体を作製し選好温度を調べたところ,通常飼育状態と比較し高温選択的となることを見いだした(図5図5■共生細菌による体温調節制御).また無菌飼育個体への共生細菌の添加により,選好温度が低温側に回復した.また,この解析によって見いだされた選好温度変化は細菌の存在によって低温選択性になることから,一般的な細菌の感染に対する免疫応答である発熱とは異なる生理現象であると考えられる.いまだ詳細な機構は不明であるが,近年の研究から共生細菌代謝産物が宿主の痛覚神経に作用し行動や生理機能を制御することが明らかとされており(29)29) I. M. Chiu, B. A. Heesters, N. Ghasemlou, C. A. Von Hehn, F. Zhao, J. Tran, B. Wainger, A. Strominger, S. Muralidharan, A. R. Horswill et al.: Nature, 501, 52 (2013).,共生細菌が作り出す分子が宿主のエネルギー代謝や体温調節行動を制御する因子へ作用しているのかもしれない.
体温調節は生物にとって最も重要な生理機能の一つでありながら解明されていない問題の多い分野である.近年ショウジョウバエにおける研究を通して,温度受容体の同定以外にも温度感受性ニューロンの神経接続(30, 31)30) W. W. Liu, O. Mazor & R. I. Wilson: Nature, 519, 353 (2015).31) D. D. Frank, G. C. Jouandet, P. J. Kearney, L. J. Macpherson & M. Gallio: Nature, 519, 358 (2015).などに関する報告がなされており,また例に示した概日周期などさまざまな生理現象が温度感知や体温調節を通して制御されている可能性が示されている.
本稿では体温調節機能を制御する新たな因子として共生細菌に着目した.微生物の遺伝学者としてノーベル生理・医学賞を受賞したLederbergは2000年に宿主と共生生物はゲノムを一つにした超有機体(superorganism)として考えるべきであるという説を提唱した(32)32) J. Lederberg: Science, 288, 287 (2000)..われわれが見いだした,共生細菌が体温調節機構に影響を与えるという現象から,共生細菌がもたらす新たな宿主への作用が解明できるのではないかと期待している.ショウジョウバエはこれまでにモデル生物として分子遺伝学研究に大きく貢献してきた.また従来からの分子遺伝学的な利点に加え無菌動物の作製の容易さと共生細菌叢の単純さから,宿主–共生細菌関係の解析における良い実験モデルとして,生物学の従来の概念を超えた共生細菌と宿主を合わせた超有機体の生物学にも大きな成果をもたらすと期待される.
Reference
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