Kagaku to Seibutsu 55(12): 810-816 (2017)
解説
シロイヌナズナ種内系統間におけるエピゲノム多様性1001エピゲノムプロジェクト
Natural Epigenomic Variations in Arabidopsis thaliana: 1001 Epigenomes Project
Published: 2017-11-20
エピゲノムとは生物がもつDNAメチル化やヒストン修飾などの全情報であり,全塩基配列情報であるゲノムと同様に細胞分裂を経ても遺伝しうる.エピゲノムの変化はゲノムへのアクセシビリティや機能,クロマチン構造を変化させる.したがってエピゲノムの変化は塩基配列を変化させることなくエピジェネティックに遺伝子発現や表現型の違いを生み出すことができる.近年ゲノム多様性は積極的に作物育種に取り込まれている一方で,エピゲノム多様性に関する知見は限られており,作物育種への利用にはほど遠い.本稿ではモデル植物であるシロイヌナズナにおけるエピゲノム多様性とその生物学的意義に関する研究について紹介する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
DNAメチル化はDNAを構成する塩基であるシトシンの5位炭素原子もしくはアデニンの6位炭素原子へのメチル基が付加されることである.シトシンメチル化だけでなくアデニンメチル化の存在も古くから知られており,近年では緑藻クラミドモナス,繊毛虫テトラヒメナだけでなく,動物であるショウジョウバエ,ゼブラフィッシュ,ブタにも存在することが報告されてきている(1)1) Z. K. O’Brown & E. L. Greer: Adv. Exp. Med. Biol., 945, 213 (2016)..しかしシトシンメチル化に比べてアデニンメチル化に関する研究はほとんど限られており,植物ではミトコンドリアDNAや核DNAにコードされる少数の遺伝子内におけるアデニンメチル化が報告されているだけである.したがって本稿では以後シトシンメチル化をDNAメチル化とする.DNAメチル化はメチル化シトシンのコンテキスト,つまりシトシンの3′側に続く2塩基によって3種類に分けられる.シトシンにグアニンが続くCG配列がメチル化されるCGメチル化,シトシンにグアニン以外の塩基のいずれかが続き,さらにグアニンが続くCHG配列がメチル化されるCHGメチル化,シトシンにグアニン以外の塩基のいずれかが2つ続くCHH配列がメチル化されるCHHメチル化である.CG配列とCHG配列はワトソン鎖・クリック鎖いずれにおいてもCG配列,CHG配列であり,コンテキストは対称になっている.ヒトやマウスといった動物ではES細胞やiPS細胞といった多能性細胞や脳の細胞でCHGおよびCHHメチル化(まとめてnon-CGメチル化と呼ばれる)がほかの細胞よりも濃縮され重要な役割を果たしていることも明らかになってきているが(2, 3)2) R. Lister, M. Pelizzola, R. H. Dowen, R. D. Hawkins, G. Hon, J. Tonti-Filippini, J. R. Nery, L. Lee, Z. Ye, Q. M. Ngo et al.: Nature, 462, 315 (2009).3) R. Lister, E. A. Mukamel, J. R. Nery, M. Urich, C. A. Puddifoot, N. D. Johnson, J. Lucero, Y. Huang, A. J. Dwork, M. D. Schultz et al.: Science, 341, 1237905 (2013).,CGメチル化(CpGと記載されることが多い)がDNAメチル化の大部分を占める(4)4) M. Pelizzola & J. R. Ecker: FEBS Lett., 585, 1994 (2011).(図1図1■生物種におけるメチル化されるシトシンの割合).ショウジョウバエやカイコなどの昆虫ではDNAメチル化がほとんど見られない(4)4) M. Pelizzola & J. R. Ecker: FEBS Lett., 585, 1994 (2011).(図1図1■生物種におけるメチル化されるシトシンの割合).シロイヌナズナやイネなどの植物ではCGメチル化が動物に比べて少ないが,CHGとCHHメチル化が動物よりも多くなっている(4)4) M. Pelizzola & J. R. Ecker: FEBS Lett., 585, 1994 (2011).(図1図1■生物種におけるメチル化されるシトシンの割合).
CGメチル化はDNA複製において,メチル化シトシン結合タンパク質VIM1が鋳型由来の鎖のみメチル化されたヘミメチル化部位を認識し,維持型DNAメチル化酵素MET1をその部位へ誘導することで新生DNAがメチル化されることで維持される(5)5) M. W. Kankel, D. E. Ramsey, T. L. Stokes, S. K. Flowers, J. R. Haag, J. A. Jeddeloh, N. C. Riddle, M. L. Verbsky & E. J. Richards: Genetics, 163, 1109 (2003).(図2図2■各DNAメチル化酵素がメチル化するシトシンのクラス).CHGメチル化はヒストンH3の9番目のリジン残基(H3K9)のメチル化を認識するDNAメチル化酵素CMT3によって維持される(6, 7)6) L. Bartee, F. Malagnac & J. Bender: Genes Dev., 15, 1753 (2001).7) A. M. Lindroth, X. Cao, J. P. Jackson, D. Zilberman, C. M. McCallum, S. Henikoff & S. E. Jacobsen: Science, 292, 2077 (2001).(図2図2■各DNAメチル化酵素がメチル化するシトシンのクラス).クロマチンが高度に凝集したヘテロクロマチン内のCHGメチル化とCHHメチル化はH3K9メチル化を認識するDNAメチル化酵素CMT2によって制御されている(8, 9)8) H. Stroud, T. Do, J. Du, X. Zhong, S. Feng, L. Johnson, D. J. Patel & S. E. Jacobsen: Nat. Struct. Mol. Biol., 21, 64 (2014).9) A. Zemach, M. Y. Kim, P. H. Hsieh, D. Coleman-Derr, L. Eshed-Williams, K. Thao, S. L. Harmer & D. Zilberman: Cell, 153, 193 (2013).(図2図2■各DNAメチル化酵素がメチル化するシトシンのクラス).しかしトウモロコシにはCMT2が存在しないため,必ずしもCMT2は必須でないことが知られている(9)9) A. Zemach, M. Y. Kim, P. H. Hsieh, D. Coleman-Derr, L. Eshed-Williams, K. Thao, S. L. Harmer & D. Zilberman: Cell, 153, 193 (2013)..ヘテロクロマチンのDNAメチル化はクロマチンリモデリング因子DDM1によっても制御を受ける(9)9) A. Zemach, M. Y. Kim, P. H. Hsieh, D. Coleman-Derr, L. Eshed-Williams, K. Thao, S. L. Harmer & D. Zilberman: Cell, 153, 193 (2013)..DDM1はヒストンを結びつけているリンカータンパク質H1をヘテロクロマチンから取り除く.これによりMET1, CMT3, CMT2などDNAメチル化酵素がヘテロクロマチンへ接近することが可能になり,ヘテロクロマチン内のDNAメチル化が維持される.RNA-directed DNA methylation(RdDM)はCG, CHG, CHHすべてのコンテキストのシトシンをメチル化する.RdDMではRNAポリメラーゼIIから進化した植物独自のRNAポリメラーゼIVとRNAポリメラーゼVが重要な役割を果たしている.RNAポリメラーゼIVはH3K9me2を認識するホメオドメインタンパク質SHH1によって,RNAポリメラーゼVはDNAメチル化を認識する不活性ヒストンメチル化酵素SUVH2とSUVH9によってターゲット領域に誘導される(10, 11)10) J. A. Law, J. Du, C. J. Hale, S. Feng, K. Krajewski, A. M. Palanca, B. D. Strahl, D. J. Patel & S. E. Jacobsen: Nature, 498, 385 (2013).11) L. M. Johnson, J. Du, C. J. Hale, S. Bischof, S. Feng, R. K. Chodavarapu, X. Zhong, G. Marson, M. Pellegrini, D. J. Segal et al.: Nature, 507, 124 (2014)..RNAポリメラーゼIVによって転写された短いRNAはRNA依存型RNA合成酵素RDR2によって二本鎖RNA(double stranded RNA; dsRNA)に変換され,DCL3によって24塩基の小分子干渉RNA(small interfering RNA; siRNA)に分解される(12, 13)12) J. Zhai, S. Bischof, H. Wang, S. Feng, T. F. Lee, C. Teng, X. Chen, S. Y. Park, L. Liu, J. Gallego-Bartolome et al.: Cell, 163, 445 (2015).13) T. Blevins, R. Podicheti, V. Mishra, M. Marasco, J. Wang, D. Rusch, H. Tang & C. S. Pikaard: eLife, 4, e09591 (2015)..AGO4がこれらのsiRNAを取り込み,siRNAとRNAポリメラーゼVによる転写産物の相同性を利用してAGO4がターゲット領域に誘導される.DNAメチル化酵素DRM2はAGO4との相互作用を介してターゲット領域に誘導され,ターゲット領域のシトシンをメチル化する(14)14) J. A. Law & S. E. Jacobsen: Nat. Rev. Genet., 11, 204 (2010).(図2図2■各DNAメチル化酵素がメチル化するシトシンのクラス).近年RNAポリメラーゼIIによる転写産物をトリガーとするRdDM経路があることもわかってきた(15)15) D. Cuerda-Gil & R. K. Slotkin: Nat. Plants, 2, 16163 (2016)..この経路ではRNAポリメラーゼIIによる転写産物がRDR6によってdsRNAに変換され,DCL2およびDCL4によって21塩基のsiRNAに分解される.これらのsiRNAはAGO6に取り込まれ,DRM2がターゲット領域に誘導される.RNAポリメラーゼIVとRNAポリメラーゼVに依存する経路はcanonical RdDM, RNAポリメラーゼIIに依存する経路はRDR6-RdDM経路と呼ばれることもある.ヒストンメチル化酵素KYP/SUVH4, SUVH5, SUVH6はCHGおよびCHHメチル化を認識し,その領域のH3K9をメチル化するため,non-CGメチル化とH3K9メチル化はお互いを増強することでその状態を堅牢に維持している.
植物は適切な環境を求めて自ら移動することはできず,同じ地域に世代を超えて長期間にわたって生息・定着する.このことから,植物は変わりゆく環境に適応するためにDNAメチル化を利用していると考えられてきた.実際,DNAメチル化は遺伝子発現を変化させ,それが目に見える表現型や適応形質として現れる(16, 17)16) A. Pecinka, A. Abdelsamad & G. T. Vu: Trends Plant Sci., 18, 625 (2013).17) R. J. Schmitz & J. R. Ecker: Trends Plant Sci., 17, 149 (2012)..そこで筆者らは自然界に存在するエピゲノム多様性が実際の生育環境への適応にどのようにかかわってきたかを理解するために,ゲノム全体にわたるDNAメチル化パターン(メチローム),全遺伝子発現パターン(トランスクリプトーム)の網羅的収集(カタログ化)を行う1001エピゲノムプロジェクトを立ち上げた(18)18) T. Kawakatsu, S. S. Huang, F. Jupe, E. Sasaki, R. J. Schmitz, M. A. Urich, R. Castanon, J. R. Nery, C. Barragan, Y. He et al.: Cell, 166, 492 (2016)..並行してゲノム多様性をカタログ化するために1001ゲノムプロジェクトも立ち上げられ(19)19) 1001 Genomes Consortium: Cell, 166, 481 (2016)..遺伝的多様性と自生地の地理的多様性を勘案して,世界中から集められたさまざまな環境に適応してきたシロイヌナズナ自然系統から1227系統を1001ゲノムコレクションとして各プロジェクトの解析対象とした.このうち,1001ゲノムプロジェクトで解析された1135系統のゲノムを,1001エピゲノムプロジェクトで解析された1028系統のメチローム,998系統のトランスクリプトームが公開されている(http://neomorph.salk.edu/1001.php).
メチロームを一塩基レベルの解像度で解析するにはメチル化シトシンと非メチル化シトシンを区別する必要がある.バイサルファイト(亜硫酸水素ナトリウム)は非メチル化シトシンをウラシルに変換する.バイサルファイト処理されたDNAをPCR法で増幅するとシトシンから変換されたウラシルはチミンに置換される.この増幅産物をシークエンスするとメチル化シトシンはシトシンとして,非メチル化シトシンはチミンとして読み取られるため,ゲノム全体においてどのシトシンがどの程度メチル化を受けているかを正確に知ることができる.この方法を用いて平均してゲノムの88%をカバーする高精度なメチロームデータが得られた.ゲノム上に存在するシトシンの1/3以上が少なくとも1系統でメチル化を受けており,そのうちの約80%(1,155万)が系統間でメチル化レベルに差があった.この数字は1001ゲノムプロジェクトで同定された塩基の変異(1,071万)と小さな挿入・欠失(142万)を合わせたものと近い.メチル化シトシンはセントロメア付近に多く分布するが,CGメチル化は染色体腕全体にわたって広く分布していた.これは恒常的に発現する遺伝子内においてCG配列のみがメチル化を受けている遺伝子内メチル化を反映している(20~22)20) R. K. Tran, J. G. Henikoff, D. Zilberman, R. F. Ditt, S. E. Jacobsen & S. Henikoff: Curr. Biol., 15, 154 (2005).21) X. Zhang, J. Yazaki, A. Sundaresan, S. Cokus, S. W. Chan, H. Chen, I. R. Henderson, P. Shinn, M. Pellegrini, S. E. Jacobsen et al.: Cell, 126, 1189 (2006).22) D. Zilberman, M. Gehring, R. K. Tran, T. Ballinger & S. Henikoff: Nat. Genet., 39, 61 (2007).(図3図3■植物における典型的なDNAメチル化パターン).
系統間でメチル化レベルが異なるシトシンサイトが集中し,系統間でメチル化に差異がある領域はゲノムの38%に相当する45Mbにも及んだ.系統間でCGメチル化に差違がある領域は一般的に遺伝子に,non-CGメチル化のみに差違がある領域の半分はトランスポゾン,35%は遺伝子もトランスポゾンもない領域に,CGメチル化とnon-CGメチル化両方に差違がある領域は遺伝子とトランスポゾンの両方に存在していた.ジーンオントロジー解析の結果から,CGメチル化に差違がある領域は生存に必須と考えられるハウスキーピング遺伝子に,CGメチル化とnon-CGメチル化両方に差違がある領域は病害応答にかかわる遺伝子に存在する傾向があった.このことから,CGメチル化とnon-CGメチル化両方に差違がある領域が応答性遺伝子の制御を介して環境適応に関与していることが示唆された.
主に遺伝子内に存在するCGメチル化に系統間で差異がある領域は遺伝子内メチル化の多様性を反映していると考えられたため,筆者らは遺伝子内メチル化の多様性を解析した.遺伝子内メチル化は恒常的に発現しているハウスキーピング遺伝子に多いことが知られており,リファレンス系統であるCol-0の解析から,遺伝子内メチル化はヒストンバリアントであるH2A. zの遺伝子内への蓄積を抑制し,遺伝子内メチル化を受けている遺伝子の恒常的発現に関与すると考えられていた(23)23) D. Coleman-Derr & D. Zilberman: PLOS Genet., 8, e1002988 (2012)..確かに1001ゲノムコレクション全体で比較しても,遺伝子内メチル化を受けている遺伝子は,メチル化を受けていない遺伝子や,CG, CHG, CHHすべてのクラスでメチル化を受けているトランスポゾン様メチル化(図3図3■植物における典型的なDNAメチル化パターン)を受けている遺伝子に比べて強く発現する傾向があることが確認された(図4図4■遺伝子内のDNAメチル化パターンと遺伝子発現の関係).一方で,全遺伝子の遺伝子内メチル化レベルとトランスクリプトームを比較すると,系統間でトランスクリプトームは遺伝子内メチル化よりも似た傾向を示すことが明らかとなった.たとえば遺伝子内メチル化レベルが全体的に高いBak-5,中間的なCol-0,大部分の遺伝子内メチル化が失われているUKID116やCvi-0を比較すると,遺伝子内メチル化パターンは大きく異なるにもかかわらず,個々の遺伝子発現パターンに大きな差はなかった.このことは,遺伝子内メチル化はCol-0において恒常的発現と相関があるが,温室でのコントロールされた環境下では遺伝子発現パターンにほとんど関与しないことを意味している.また,CGメチル化維持に必要なMET1の欠損変異体と野生型の交配後代自殖系統は遺伝子内メチル化をランダムに失っているが,遺伝子内メチル化と恒常的発現の関連は裏づけられていない(24)24) A. J. Bewick, L. Ji, C. E. Niederhuth, E. M. Willing, B. T. Hofmeister, X. Shi, L. Wang, Z. Lu, N. A. Rohr, B. Hartwig et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 9111 (2016)..さらに,多数の植物種の比較エピゲノム解析から,遺伝子内メチル化を完全に失ったEutrema salsugineumやConringia planisiliqua(シロイヌナズナと類縁のアブラナ科植物)とシロイヌナズナの間でもオーソログ遺伝子の発現パターン,H2A. zやそのほかのヒストン修飾の遺伝子内分布パターンはほぼ同様であることが報告されている(24)24) A. J. Bewick, L. Ji, C. E. Niederhuth, E. M. Willing, B. T. Hofmeister, X. Shi, L. Wang, Z. Lu, N. A. Rohr, B. Hartwig et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 9111 (2016)..興味深いことにこれらの遺伝子内メチル化を失った種ではCHGメチル化を行うCMT3遺伝子が欠失している.逆にCMT3遺伝子をもつほかのアブラナ科植物では遺伝子内メチル化が必ず観察されるため,遺伝子内メチル化を成立するにはCMT3が必要であることが考えられる.これらのことは,遺伝子内メチル化は遺伝子発現を制御する原因ではなく,むしろ遺伝子がもつ配列や恒常的発現など,DNAメチル化を受ける素養を反映しているのかもしれない.
これまでの研究では,CGメチル化とnon-CGメチル化両方に差違がある領域は主にトランスポゾン内に存在することが報告されていた(25, 26)25) T. Kawakatsu, T. Stuart, M. Valdes, N. Breakfield, R. J. Schmitz, J. R. Nery, M. A. Urich, X. Han, R. Lister, P. N. Benfey et al.: Nat. Plants, 2, 16058 (2016).26) R. J. Schmitz, M. D. Schultz, M. A. Urich, J. R. Nery, M. Pelizzola, O. Libiger, A. Alix, R. B. McCosh, H. Chen, N. J. Schork et al.: Nature, 495, 193 (2013)..しかし驚くべきことにCGメチル化とnon-CGメチル化両方に差違がある領域の約60%は遺伝子内に存在しており,通常トランスポゾンに見られるトランスポゾン様メチル化が多くの遺伝子に存在することを意味している.それぞれの系統について,遺伝子がもつDNAメチル化パターンを分類すると,シロイヌナズナゲノムに存在するタンパク質をコードする遺伝子の25%に相当する7,524遺伝子については遺伝子内メチル化をもつ系統とトランスポゾン様メチル化をもつ系統が存在し,あたかもDNAメチル化パターンが切り替わっているかのように見える(図5図5■複数種類のエピアリルが存在する多重エピアリル遺伝子).これらの遺伝子は複数種類のメチル化状態のバリエーションであるエピアリル(非メチル化,遺伝子内メチル化,トランスポゾン様メチル化)をもつため多重エピアリル遺伝子と名づけられた.個々の多重エピアリル遺伝子を見ていくと,遺伝子内メチル化エピアリルをもつ系統が90%程度を占めている.また,27%の多重エピアリル遺伝子ではトランスポゾン様メチル化エピアリルをもつ系統は1系統だけである.したがって,概してトランスポゾン様メチル化エピアリルは遺伝子内メチル化エピアリルよりも後に生じたと考えられる.ではどのようにして多重エピアリルは生じたのであろうか? トランスポゾン様メチル化はCG配列とnon-CG配列の両方がメチル化されているため,RdDMによって制御されていると考えられる.多重エピアリル遺伝子内および多重エピアリル遺伝子近傍にはトランスポゾンが存在する傾向が強いため,これらのトランスポゾンからRdDMが広がることが一つの原因であろう.しかし遺伝子内・近傍にトランスポゾンをもたない遺伝子も多重エピアリル遺伝子になっているため,トランスポゾンからのRdDM領域の拡大だけではトランスポゾン様メチル化の新生は説明できない.トランスポゾンが近傍にない遺伝子では,トランスポゾン様メチル化は遺伝子本体にはあるが,その近傍はメチル化されていない傾向があった.PAI1遺伝子が重複してできたPAI4遺伝子座をもつ系統では別々の染色体に座乗するPAI遺伝子群がメチル化を受ける(27)27) B. Luff, L. Pawlowski & J. Bender: Mol. Cell, 3, 505 (1999)..これはPAI1とPAI4の転写産物がinverted repeatを形成するためsiRNAが産生され,PAI1, PAI4とは別の染色体にあるPAI遺伝子群もRdDMのターゲットになるために起きる.この様な近位の遺伝子重複によるinverted repeat形成もトランスポゾン様メチル化の新生にかかわっていると考えられる.もう一つの可能性として,遺伝子内メチル化を受けている恒常的発現遺伝子が何かの弾みで過剰発現状態となり,それを抑制するためにRDR6-RdDMによってその遺伝子とそのホモログがトランスポゾン様メチル化を受けるようになったことも考えられる.
低温で栽培した個体ではゲノムワイドにトランスポゾンのCHHメチル化レベルが低下することが報告されていた(28)28) M. J. Dubin, P. Zhang, D. Meng, M. S. Remigereau, E. J. Osborne, F. Paolo Casale, P. Drewe, A. Kahles, G. Jean, B. Vilhjalmsson et al.: eLife, 4, e05255 (2015)..筆者らはゲノムワイドなDNAメチル化レベルと1001ゲノムコレクションの元々の生育地の気候や地理に関連があることを明らかにした.元々の生育地の緯度が高いほど,また降雨量が多いほど,トランスポゾン様メチル化レベルは高く,最高気温が高いほどトランスポゾンのトランスポゾン様メチル化レベルは低い傾向があった.興味深いのは,トランスポゾンのトランスポゾン様メチル化レベルが実験環境における栽培時の気温とは正の相関を,元々の生育地の気温とは負の相関を示すことである.このことから,低温は生理的にトランスポゾン様メチル化レベルを低下させるが,世代を超えて長期間にわたってそのような低温地域に生育する系統は基底的なトランスポゾン様メチル化レベルを上昇させることで,生育環境に適応してきたことが考えられた.一方で,遺伝子内メチル化レベルは冬の気温が低い地域に生育する系統ほど高くなる傾向があった.
近年,動植物を問わず表現型と関連する塩基の多型を同定するゲノムワイド相関解析(GWAS)が成果を上げてきている.筆者らは1001ゲノムプロジェクトの塩基多型情報を利用してRdDMによってメチル化を受けるトランスポゾンの平均トランスポゾン様メチル化レベルのGWASを行い,AGO1, AGO9, NRPD1Bを主要関連遺伝子として同定した.NRPD1BはRNAポリメラーゼVの主要サブユニットの一つであり,nrpd1b変異体ではゲノム全体のメチル化レベルが低下することが報告されている(29)29) H. Stroud, M. V. Greenberg, S. Feng, Y. V. Bernatavichute & S. E. Jacobsen: Cell, 152, 352 (2013)..AGO1とAGO9はRNA silencingにかかわるが,メチル化レベルを制御しているという報告はなかった.これらは他の因子との相互作用によってメチル化レベルの制御にかかわっているのかもしれない.以上のように,ゲノム全体のメチル化レベルは少数の主導遺伝子によって遺伝的に制御されていることが明らかになったが,逆に言えば,主導遺伝子の変異が選抜されてきたことを示唆している.メチル化レベルを高く保つことはトランスポゾンの転移を抑制することにつながるため,ゲノムの堅牢性を高めることになる.一方でメチル化レベルを低くすればトランスポゾンが転移しやすくなり,遺伝子機能の破壊もしくは遺伝子発現変化を誘導によって,表現型の多様性につながると考えられる.これらの知見は種内進化やゲノム免疫システムを考察するうえで非常に興味深い.
1001エピゲノムプロジェクトによって,シロイヌナズナ自然系統特有のDNAメチル化パターンは生息地やその気候との相関があることが示された.このことはDNAメチル化が生息地における適応にかかわってきたことを支持するものである.実際に,DNAメチル化変異は環境応答と関連しており,その傾向は特に耐病性にかかわる遺伝子で顕著であった.これはヒトやマウスといった動物においてDNAメチル化変動が発生にかかわる遺伝子によく見られることと明確に異なり,植物らしさ,つまり生息地を変えるのではなく適応する性質を反映しているのかもしれない.
近年トウモロコシ,イネ,ダイズといった作物でもDNAメチル化解析が活発に行われている.これらの作物はシロイヌナズナよりもトランスポゾンを多く含み,結果として大きなゲノムを有している.トランスポゾンの転移はDNAメチル化パターンの多様性を生む原因になるため,これらの作物の系統間ではシロイヌナズナで見られるよりもはるかに多様なDNAメチル化パターンが存在することが容易に想像できる.また,シロイヌナズナの自然系統間で見られたように,これらの作物の系統間でも環境応答に関連したDNAメチル化変異が存在することは十分考えられる.現代育種ではゲノム多様性が活用されているが,今後はDNAメチル化を含めたエピゲノム多様性を活用することも可能になることを期待したい.
Reference
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