解説

農作物・食品の品種判別検査技術の開発日本の大切な品種を守るために

Development of Crop Cultivar Discrimination Method: For Conserving Valuable Cultivars Developed in Japan

Yuki Monden

門田 有希

岡山大学大学院環境生命科学研究科

Published: 2017-11-20

農作物の品種判別は食の安心・安全にかかわる重要な検査である.近年食品偽装問題が頻繁にメディアなどで取り上げられ,消費者の食品安全に対する関心は急速に高まっている.また日本で育成された農作物品種が海外へ無断で持ち出されるという不法流出や品種の盗用,偽装表示も報告されている.このような偽装表示や育成者権侵害を取り締まるため,農作物品種を適正に判別できる技術の開発が求められている.本稿では,これまでに報告されている権利侵害の被害状況や実際に開発されてきたDNA分析による品種判別技術,また最後には次世代シーケンサーという近年急速に普及している技術を活用した新しい手法の開発事例について解説する.

はじめに:品種判別の重要性

近年,消費者の食品安全や不正表示に対する関心が高まっており,農作物や加工食品に含まれる原料品種,あるいはその産地を正確に判別できる技術の確立が重要な課題となっている.また一方で,日本で育成された優良品種が無断で海外に持ち出され,逆輸入されている事例も複数報告されており,社会的に大きな問題となっている.このような偽装表示や育成者権の侵害を取り締まるため,科学的な根拠となるDNA分析を用いた正確かつ簡便な「DNA鑑定」技術の開発が求められている(図1図1■農作物の品種判別の必要性を示した概要図).特に育成者権を侵害して輸入されてくる農作物やその加工製品を税関などの水際で取り締まるためには,簡便かつ迅速に使える技術の開発が望ましい.さらに社会での実用化に向けては,手法の妥当性評価や手法を客観的に検証・認証する技術的・社会的なシステムも整備する必要がある.

図1■農作物の品種判別の必要性を示した概要図

主な目的としては,食品偽装問題や不正表示の取り締まり,また日本で育種された国産品種の保護,品種盗用や海外への無断持ち出しの防止などが挙げられる.

昭和53年に改正された農産種苗法では,新品種を育成・発見した際の品種登録と,種苗の独占的な販売権利が与えられている.さらに近年,権利の対象は従来の種苗だけではなく,その生産物にまで及ぶことになっている.つまり加工された製品に含まれる品種の権利も保護対象となる.また国際的にも植物の育成者権の保護に対する関心は高まっている.「植物の新品種の保護に関する国際条約」に基づいて設立された植物新品種保護国際同盟(UPOV)は,植物品種の保護のためDNA鑑定技術を確立するとしている(1)1) M. Shoda, N. Urasaki, S. Sakiyama, S. Terakami, F. Hosaka, N. Shigeta, C. Nishitani & T. Yamamoto: Breed. Sci., 62, 352 (2012)..日本でもDNA鑑定に関する技術開発は進められており,イネやイチゴ,イグサ,アズキ,インゲンマメ,ニホンナシ,オウトウ,チャなどで開発された品種判別マニュアルが農林水産省品種登録ホームページで公開されている(http://www.hinshu.maff.go.jp/).

ここで,これまでに報告されている品種の海外流出や無断使用,不法栽培に関する事例をいくつか取り上げる.山形県農業総合研究センターが育成し,平成3年11月19日に登録したオウトウ品種「紅秀峰」がオーストラリアに持ち出され,現地で栽培・増殖された.日本に果実が輸入されかけたこともあり,山形県は平成17年11月に種苗を持ち出した当事者を刑事告訴している.このような経緯を経て,同センターは「DNA分析によるおうとう品種の識別」マニュアルを作成した.そのマニュアルは前述の品種登録ホームページに掲載されている.また,国産イチゴ品種についても育成者権の侵害事例がいくつか報告されている.たとえば,「さちのか」や「とちおとめ」などは育成者に無断で国外へ持ち出され,栽培・流通していることが判明している(2)2) 松元 哲:施設と園芸,126, 59 (2004)..さらに「さちのか」が韓国からの輸入イチゴの中に含まれていたことも判明している(3)3) 國久美由紀,松元 哲,吹野伸子:野菜茶業研究所報告,4, 71 (2005)..また,北海道が育成者権をもつインゲンマメ品種「雪手亡」が無断で海外に持ち出され,輸入品種の中に含まれていたことも報告されている(4)4) 紙谷元一,竹内 徹,楠目俊三:育種学研究,6, 29 (2004)..さらに北海道で育成された優良なアズキ品種が海外からの輸入品種に混ざっていたことも報告されている.ジャガイモについても日本品種が無断で海外に流出した例は報告されており,その典型例としては「デジマ」が南米に持ち出され,アルゼンチンやウルグアイで主要品種になったことが挙げられる.このような国外への無断流出,さらにそれに伴う日本への逆輸入は,元々あった日本の産地へ大きな打撃を与える.事実,北海道におけるインゲンマメの作付面積は,1997年以降海外産豆の輸入が急増し,半減している.またネギやタマネギなどは近年輸入が増加しているが,輸入ネギの中には国内品種が海外で栽培されたものがあり,また産地偽装なども報告されている.一方,国外だけでなく,国内でも無断使用や不正表示の事例はある.たとえば,機能性成分を多く含むシイクワーシャージュースと偽り機能性成分をほとんど含まないカラマンシージュースを販売していた事例がある(http://www.fruit.affrc.go.jp/announcements/kisya/h16-08-03/karaman_hantei.html).あるいは福岡県農業試験場で育成されたイネ品種「夢つくし」が承諾なしに他県で育成・販売されたことも確認されている.この事例では福岡県警が食総研の開発した「コシヒカリ判別キット」を用いたDNA鑑定を行っている.

このように挙げればキリがないほど,実際に起きた権利侵害の事例は多数ある.また,これまでこのような被害の報告されていない農作物種についても,今後起きる,あるいは起きている可能性はゼロではない.品種判別技術の開発は,このような偽装表示や,不法行為の抑止力にもなると考えられており,現在さまざまな作物種,品種・系統で技術開発が進められている.本稿では,これまで行われてきたDNA分析による品種判別技術の開発状況や最近の動向,また実用化に向け今後取り組むべき課題を解説する.

DNA分析による品種判別技術

従来,果樹やイネなどの農作物の品種判別は,植物の形態的・外観的な特徴に基づいて行われてきた.しかしながら,そのような形態的な特徴は栽培環境(気象,土壌など)の影響を大きく受ける.特にリンゴやモモ,ナシ,ブドウなどの果樹では形態的な特徴による品種判別が困難である.その理由としては,葉や枝,果実などの外観の品種間差異が少ないこと,果実をつけるまでに長い時間を要すること,また環境や栽培方法などの影響により,同じ品種でも収穫期や果実形質が大きく変わってしまうことなどが挙げられる.そのため,環境や栽培条件などの影響を受けず,安定して正確な判別が可能なDNA分析による手法が用いられるようになった.DNAを用いる方法の利点としては,遺伝的に近い品種間でも判別可能なこと,また発育ステージに関係なく幼苗段階でも判別可能なことなども挙げられる.

DNAマーカーを用いた品種判別法としては,RAPD(Random amplified polymorphic DNA),RFLP(Restriction fragment length polymorphism),AFLP(Amplified fragment-length polymorphism),CAPs(Cleaved amplified polymorphism sequence),SSR(Simple sequence repeat)などのDNA多型に基づいた分析が知られている.簡単に各手法の原理と特徴を説明すると,RAPD法はランダムなプライマーを用いてPCRを行い,増幅産物の有無や長さの違いで判別する方法である(5, 6)5) J. G. K. Williams, A. R. Kubelik, K. J. Livak, J. A. Rafalski & S. V. Tingey: Nucleic Acids Res., 18, 6531 (1990).6) R. S. Reiter, J. G. Williams, K. A. Feldmann, J. A. Rafalski, S. V. Tingey & P. A. Scolnik: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 1477 (1992)..少量のDNAで検出が可能であるが,ランダムなプライマーを用いるため,再現性に問題がある.RFLP法は制限酵素切断断片長多型法のことで,制限酵素処理により切断したDNA断片の長さの違いに基づいて多型を検出する手法である(7)7) C. Chang, J. L. Bowman, A. W. DeJohn, E. S. Lander & E. M. Meyerowitz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85, 6856 (1988)..PCRを行わないため,ある程度DNA量を確保する必要がある.AFLP法は増幅断片長多型のことで,PCRで増幅された制限酵素断片の長さの違いを検出する方法である(8)8) W. Powell, M. Morgante, C. Andre, M. Hanafey, J. Vogel, S. Tingey & A. Rafalski: Mol. Breed., 2, 225 (1996)..制限酵素で断片化されたDNA産物を用い,アダプター付加反応やPCRなど行うことで,その長さの違いや断片の有無を検出する.PCRを行うため,少量のDNAでも検出が可能であり,また一度の解析で多くのDNA断片を解析可能である.また,CAPs法は制限酵素サイトの有無を利用する方法であり,制限酵素部位を挟みこむようにPCRプライマーを設計し,増幅産物を制限酵素で切断することで検出する.PCRバンドの多型を明瞭かつ簡便に検出できる.最後にSSR法についてであるが,この方法ではゲノム中に存在する短い繰り返し配列(マイクロサテライトともいう)の長さの違いを利用する.マイクロサテライトを挟むようにPCRプライマーを設計することで長さの違いを検出する(9, 10)9) D. Tautz: Nucleic Acids Res., 17, 6463 (1989).10) C. J. Bell & J. R. Ecker: Genomics, 19, 137 (1994)..このような短い繰り返し配列はゲノム中に多数存在しており,その繰り返し数に差も生じやすい.そのため多型を検出しやすい方法として知られている.そのうえ,共優性マーカーであり簡便に遺伝子型判別できるという特徴から広く使われている方法である.

これら手法の有効性が種々の作物種で検証・実証され,品種判別技術の開発が行われてきた.作物種により多少の違いはあるが,基本的には開発当初はRAPDやRFLP, AFLPマーカー法などが用いられてきたが,再現性の高さや実験のしやすさから徐々にSSRやCAPsマーカーが主流となってきている.以下いくつか代表的な作物種におけるDNAマーカーの開発状況に関して紹介する.イネの品種判別には当初RFLPマーカーが用いられていたが,その後RAPD, AFLP, SSRマーカーなどが世界各地の研究期間や大学で用いられるようになった.日本での技術開発をいくつか挙げると,まず国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所が開発し,タカラバイオが市販化した「コシヒカリ判別キット」がある.また作物研究所ではミルキークイーンの判別技術を開発している.そのほか,穀物検定協会や三菱化学BCLがDNA鑑定を企業化し,サタケではDNAの自動判別を市販化している.また被害事例で挙げられていたインゲンマメ品種「雪手亡」については,北海道立中央農業試験場がRAPDマーカーをSTS化することで,既存の手亡品種や白餡原料として輸入される海外品種との識別を可能にした(4)4) 紙谷元一,竹内 徹,楠目俊三:育種学研究,6, 29 (2004)..さらに同試験場では小豆のSTSマーカーも開発しており,アズキ品種「エリモショウズ」,「きたのおとめ」,「しゅまり」を海外品種と区別することに成功した.「きたのおとめ」や「しゅまり」などのアズキ品種については岡山大学もレトロトランスポゾンという複製DNA配列を用いたマーカーを開発しており,これを使えば複数品種が混合した加工餡からでも品種判別可能なことを報告している(11)11) 中川 藍,山下裕樹,田原 誠,大山由美:DNA多型,17, 85 (2009)..イチゴについては主にCAPsマーカーを用いた品種判別技術が開発されており,25個のマーカーを用いることで100を超える国産品種の識別が可能であるとされている(12, 13)12) M. Kunihisa, S. Matsumoto & N. Fukino: Euphytica, 134, 209 (2003).13) M. Kunihisa, N. Fukino & S. Matsumoto: Theor. Appl. Genet., 110, 1410 (2005)..モモやリンゴ,ナシなど果樹については多数の品種判別用SSRマーカーが開発されている.たとえばモモでは合計500種類ほどのSSRマーカーが開発されており(14~21)14) M. J. Aranzana, J. Garcia-Mas, J. Carbo & P. Arus: Plant Breed., 121, 87 (2002).15) M. J. Aranzana, A. Pineda, P. Cosson, E. Dirlewanger, J. Ascasibar, G. Cipriani, C. D. Ryder, R. Testolin, A. Abbott, G. J. King et al.: Theor. Appl. Genet., 106, 819 (2003).16) G. Cipriani, G. Lot, W. G. Huang, M. T. Marrazzo, E. Peterlunger & R. Testolin: Theor. Appl. Genet., 99, 65 (1999).17) E. Dirlewanger, P. Cosson, M. Tavaud, M. J. Aranzana, C. Poizat, A. Zanetto, P. Arus & F. Laigret: Theor. Appl. Genet., 105, 127 (2002).18) W. Howad, T. Yamamoto, E. Dirlewanger, R. Testolin, P. Cosson, G. Cipriani, A. J. Monforte, L. Georgi, A. G. Abbott & P. Arus: Genetics, 171, 1305 (2005).19) B. Sosinski, M. Gannavarapu, L. D. Hager, L. E. Beck, G. J. King, C. D. Ryder, S. Rajapakse, W. V. Baird, R. E. Ballard & A. G. Abbott: Theor. Appl. Genet., 101, 421 (2000).20) R. Testolin, T. Marrazzo, G. Cipriani, R. Quarta, I. Verde, M. T. Dettori, M. Pancaldi & S. Sansavini: Genome, 43, 512 (2000).21) T. Yamamoto, K. Mochida, T. Imai, Y. Z. Shi, I. Ogiwara & T. Hayashi: Mol. Ecol. Notes, 2, 298 (2002).,「白鳳」,「あかつき」,「清水白桃」など約50の国内品種の識別が可能である(22, 23)22) T. Yamamoto, K. Mochida & T. Hayashi: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 72, 116 (2003).23) T. Yamamoto, K. Mochida, T. Imai, T. Haji, H. Yaegaki, M. Yamaguchi, N. Matsuta, I. Ogiwara & T. Hayashi: Breed. Sci., 53, 35 (2003)..リンゴでは約300~400種類ほどの品種判別用SSRマーカーが開発されており(24~27)24) L. Gianfranceschi, N. Seglias, R. Tarchini, M. Komjanc & C. Gessler: Theor. Appl. Genet., 96, 1069 (1998).25) P. Guilford, S. Prakash, J. M. Zhu, E. Rikkerink, S. Gardiner, H. Bassett & R. Forster: Theor. Appl. Genet., 94, 249 (1997).26) R. Liebhard, L. Gianfranceschi, B. Koller, C. D. Ryder, R. Tarchini, E. Van de Weg & C. Gessler: Mol. Breed., 10, 217 (2002).27) E. Silfverberg-Dilworth, C. L. Matasci, W. E. Van de Weg, M. P. W. Van Kaauwen, M. Walser, L. P. Kodde, V. Soglio, L. Gianfranceschi, C. E. Durel, F. Costa et al.: Tree Genet. Genomes, 2, 202 (2006).,「ふじ」,「つがる」,「王林」など約80品種が識別可能である.ナシでは100種類以上のSSRマーカーが開発され,「豊水」,「二十世紀」,「幸水」など100品種が識別可能とされている(28, 29)28) T. Yamamoto, T. Kimura, Y. Sawamura, T. Manabe, K. Kotobuki, T. Hayashi, Y. Ban & N. Matsuta: Euphytica, 124, 129 (2002).29) T. Yamamoto, T. Kimura, M. Shoda, Y. Ban, T. Hayashi & N. Matsuta: Mol. Ecol. Notes, 2, 14 (2002)..オウトウでは品種判別用マーカーとしてRAPDやAFLPマーカーなどが開発されてきたが,その後やはりSSRマーカーが主流となっている(30~32)30) H. K. Gerlach & R. Stösser: Proc. Third Int. Cherry Sym. Acta Hort., 468, 63 (1998).31) T. Shimada, T. Shiratori, H. Hayama, K. Nishimura, M. Yamaguchi & M. Yoshida: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 68, 984 (1999).32) D. Struss, R. Ahmad & S. M. Southwick: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 128, 904 (2003)..オウトウとモモは同じPrunus属に属するため,遺伝的に近い.そのため,モモで開発されたマーカーがオウトウに適用された例もある(33~36)33) E. Dirlewanger, P. Cosson, M. Tavaud, M. Aranzana, C. Poizat, A. Zanetto, P. Arús & F. Laigret: Theor. Appl. Genet., 105, 127 (2002).34) B. H. Pedersen: J. Hortic. Sci. Biotechnol., 81, 118 (2006).35) A. Wünsch & J. I. Hormaza: Heredity, 89, 56 (2002).36) A. K. Yildis, I. Amy & C. Selim: J. Biol. Sci., 5, 616 (2005)..一方,オウトウ自体から開発されたSSRマーカーも報告されている(32, 37~39)32) D. Struss, R. Ahmad & S. M. Southwick: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 128, 904 (2003).37) M. Boritzki, J. Plieske & D. Struss: Acta Hortic., 505 (2000).38) J. B. Clarke & K. R. Tobbut: Mol. Ecol. Notes, 3, 578 (2003).39) S. P. Vaughan & K. Russell: Mol. Ecol. Notes, 4, 429 (2004)..カンキツ類でもRFLPやRAPD, CAPsなどを利用し,多数のマーカーが開発されている(40~45)40) M. Matsuyama, R. Motohashi, T. Akihama & M. Omura: Japan. J. Breed, 42, 155 (1992).41) K. Sugawara, T. Wakizuka, A. Oowada, T. Moriguchi & M. Omura: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 127, 104 (2002).42) T. Shimada, H. Fujii, T. Endo, T. Ueda, A. Sugiyama, M. Nakano, M. Kita, T. Yoshioka, T. Shimizu, H. Nesumi et al.: Tree Genet. Genomes, 10, 1001 (2014).43) F. Ollitrault, J. Terol, J. A. Pina, L. Navarro, M. Talon & P. Ollitrault: Am. J. Bot., 97, e124 (2010).44) P. Ollitrault, J. Terol, A. Garcia-Lor, A. Bérard, A. Chauveau, Y. Froelicher, C. Belzile, R. Morillon, L. Navarro, D. Brunel et al.: BMC Genomics, 13, 13 (2012).45) H. Fujii, T. Shimada, K. Nonaka, M. Kita, T. Kuniga, T. Endo, Y. Ikoma & M. Omura: Tree Genet. Genomes, 9, 145 (2013)..また二宮ら(46)46) 二宮泰造,島田武彦,遠藤朋子,野中圭介,大村三男,藤井 浩:園学研,14, 127 (2015).はこれらマーカー情報を利用し,国内主要33品種・系統すべてを識別する最少マーカーセット8種類を決定した.これら主要な果樹類で開発されたSSRマーカーはデータベース化されており,自動化・汎用化可能な技術として果樹研究所のホームページに詳しく掲載されている(http://www.fruit.affrc.go.jp/publication/man/dna/DNA_marker.pdf).

最近の動向

近年「次世代シーケンサー」というものが出現し,DNAの塩基配列を読み取るシーケンサー技術が大幅に向上している.それにより,さまざまな生物種においてゲノム解析や大規模な遺伝解析,DNAマーカーの開発が急速に進んでいる.品種判別マーカーの開発にもこの次世代シーケンサー技術を導入する動きは見られる.岡山大学の田原 誠教授が代表で平成24~26に進めてきた農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「現場での検査導入を実現する農作物品種DNA判定法の開発」では,まさにそのシーケンサー技術を積極的に取り入れ,種々の作物種(イチゴ,カンキツ,リンゴ,サツマイモ)を対象に品種判別マーカーを開発している.岡山大学のほか,独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(果樹研究所,九州沖縄農業研究センター)や栃木県農業試験場,福岡県農業総合試験場,(株)ニッポンジーン,(株)ファスマックが共同で取り組んだ事業であり,筆者も本事業にかかわることができた.この章では,その事業について解説する.

ここまでの章では品種判別の重要性,またこれまで開発されてきた技術について解説した.しかし,現行法では,原理的に複数の品種がブレンドされた加工製品などからの識別は不可能であり,また専用の実験機器や設備も必要であるため税関や食品製造・食品流通現場など実際の現場での実用化は難しい(図2図2■現行のDNA分析技術を現場検査へ導入する上で発生しうる問題点).そこでわれわれは,生物のゲノム中に存在するレトロトランスポゾンと呼ばれる複製DNA配列に注目し品種固有なDNAマーカーの開発を目指すとともに,C-PAS法という新しいDNA検査法を導入することで高価な機器も不要で簡便かつ短時間に検査が可能な手法の確立を目的とした(図3図3■筆者らが開発を進めてきた新しい品種判別技術の概要図4図4■C-PAS法によるDNAシグナル検出の手順とその特徴).

図2■現行のDNA分析技術を現場検査へ導入する上で発生しうる問題点

図3■筆者らが開発を進めてきた新しい品種判別技術の概要図

図4■C-PAS法によるDNAシグナル検出の手順とその特徴

まずは,植物のゲノム中に多種類存在するレトロトランスポゾンファミリーの中から,品種間で挿入部位が大きく異なるファミリーを同定した.レトロトランスポゾンは,真核生物のゲノム中に存在し自身のコピー配列を複製することで増殖するDNA配列である.この複製配列はいったんゲノム中のある領域に挿入されると切り出されず安定して遺伝する.また,進化の過程においてレトロトランスポゾン配列は多数のファミリー(種類のこと)を形成してきたことが知られている.そのため,ゲノム中には数百・数千というコピー配列をもつレトロトランスポゾンファミリーが多数存在する.特に植物ゲノムでは,これらレトロトランスポゾン配列の占める割合が高いことが知られている.このように,レトロトランスポゾンは多数のコピー配列をもって存在しており,また一度挿入されたコピー配列は安定して遺伝するため,品種間で異なる領域に存在するコピー配列は品種を区別するDNAマーカーとして利用可能である.逆に言うと,品種間でその挿入領域に差がないと品種判別マーカーとしては使えない.そこで筆者らはイルミナ社のHiSeq2000という次世代シーケンサーを利用し,ゲノム中に多数存在するレトロトランスポゾンファミリーの中から品種判別マーカーの開発に適したファミリーを効率的に同定する手法を確立した(47~49)47) Y. Monden, N. Fujii, K. Yamaguchi, K. Ikeo, Y. Nakazawa, T. Waki, K. Hirashima, Y. Uchimura & M. Tahara: Genome, 57, 245 (2014).48) Y. Monden, K. Yamaguchi & M. Tahara: Plant Biol., 1, 40 (2014).49) Y. Monden & M. Tahara: Hort. J., 84, 283 (2015)..手法の詳細は省略するが,これによって,イチゴ,カンキツ,リンゴにおいて品種判別マーカーの利用に適した候補ファミリーを同定することができた.

つづいて,品種判別に適すると判断されたファミリーについて多数の品種における挿入部位を同定し,マーカー利用に資する挿入部位を選定することとした.対象とした品種は市場流通量の多い品種や,各県の試験場で開発された品種,農林登録品種などである.リンゴにおいては48品種,カンキツは60品種,イチゴは75品種,サツマイモは38品種を対象とし,次世代シーケンサーを用いた解析によりゲノム網羅的に多数の挿入部位を同定した(50~52)50) Y. Monden, A. Yamamoto, A. Shindo & M. Tahara: DNA Res., 21, 491 (2014).51) 田中 勝,岡田吉弘,高畑康浩,門田有希,田原 誠:DNA多型,24, 115 (2016).52) 西谷千佳子,山本俊哉,藤井 浩,岡田和馬,門田有希,田原 誠:DNA多型,24, 101 (2016)..得られた挿入部位を品種間で比較し,品種間で差がある,あるいは品種特異的な挿入部位を選定した.選定された挿入部位の配列情報からPCRプライマーを設計し,それらの品種識別性を実験的に検証した.その結果,リンゴでは5品種,カンキツ8品種,イチゴ10品種について品種固有マーカーを開発することができた(52)52) 西谷千佳子,山本俊哉,藤井 浩,岡田和馬,門田有希,田原 誠:DNA多型,24, 101 (2016)..また,複数のマーカーを使う場合でも,少数マーカーの検査で主要品種を特定可能なマーカーセットも開発することができた.サツマイモについては色素原料用の主要3品種について混合サンプルであっても品種を特定することが可能なマーカーセットを得た(51)51) 田中 勝,岡田吉弘,高畑康浩,門田有希,田原 誠:DNA多型,24, 115 (2016).

さらに,迅速かつ簡易な品種判別検査を実現するため株式会社TBA(Tohoku Bio Array)が開発したC-PASという新しいPCR産物検出法の導入を試みた.このシグナル検出法では,クロマトPASというマッチ棒サイズのメンブレンスティックを使う(図4図4■C-PAS法によるDNAシグナル検出の手順とその特徴).またPCR増幅の際には,専用のタグ配列が付加されたプライマーを用いる.このタグ配列の相補配列がメンブレン上に固定されているため,PCR産物のタグ配列とメンブレン上の配列が合致したときのみシグナルを検出することができるという仕組みである.詳細はTBA社のHPを参考にされたい(http://www.t-bioarray.com/contents/products.html).筆者らは実際にこの手法を用い,代表的なイチゴ8品種における品種判別検査を行い,その有効性を検証した(49, 53)49) Y. Monden & M. Tahara: Hort. J., 84, 283 (2015).53) Y. Monden, K. Takasaki, S. Futo, K. Niwa, M. Kawase, H. Akitake & M. Tahara: J. Biotechnol., 185, 57 (2014)..その結果,予想どおり品種ごとに異なるシグナルを確認することができた.また操作自体も簡便で迅速にシグナルを検出することができたため,税関や食品製造・流通現場などでも十分使える技術であると考えられた.

おわりに

農作物の品種判別は日本の農業の発展,また食の安心・安全にかかわる重要な検査である.今後,日本の農作物の輸出拡大を強化することは農業所得の向上,新たな販路の拡大,国内価格下落に対するリスクの軽減などさまざまなメリットがあり,政府は「我が国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」に基づき,これらの輸出額を平成29年までに1兆円にすることを目標としている.一方で,海外に持ち出された国産品種の盗用や偽装表示,日本への逆輸入など,日本のブランド力が悪用される事態も報告されている.このような状況から,国産品種やブランド力,育成者権の保護,また海外への不法持ち出しの抑制には,品種を適正に判定する技術の確立が急務である.また,生の果実や野菜だけでなく,加工食品の偽装表示を検証する技術の開発は,消費者に食品表示に対する安心感をもたらす.

このような背景のもと,われわれが目標としたのは「現場で使える」技術の開発であり,複数の品種が混合された加工製品からの品種の特定,また高額な機器を使わず簡便かつ迅速な検査を可能にするものである.今回対象としたリンゴ,カンキツ,イチゴ,サツマイモに関して市場に出回るすべての品種について固有マーカーを開発することはできなかったが,一部の品種については開発することができ,また国内主要品種の大部分を特定可能なマーカーセットも作成できた.レトロトランスポゾンという複製配列の品種固有性に着目し,次世代シーケンサー技術を積極的に利用したことやC-PASという新たなDNA検査法を導入するなど創意工夫を重ねたことでこのような結果を得ることができた.もちろん実用化していくうえでは今後解決していくべき課題も多く,たとえば再現性の問題や混合品種割合の判定,またごく微量サンプルからの検査やDNA抽出が極めて困難であるサンプルからの検査などが挙げられる.今後も新しい技術や実験手法の開発,斬新なアイデアをもってこれらの課題を克服した技術の開発がなされることを期待したい.

Reference

1) M. Shoda, N. Urasaki, S. Sakiyama, S. Terakami, F. Hosaka, N. Shigeta, C. Nishitani & T. Yamamoto: Breed. Sci., 62, 352 (2012).

2) 松元 哲:施設と園芸,126, 59 (2004).

3) 國久美由紀,松元 哲,吹野伸子:野菜茶業研究所報告,4, 71 (2005).

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