セミナー室

観賞用花きにおけるバイオテクノロジーを利用した新しい育種技術形質の改変によって花をより魅力的にする

Mitsuko Kishi-Kaboshi

加星 光子

農研機構野菜花き研究部門

Katsutomo Sasaki

佐々木 克友

農研機構野菜花き研究部門

Published: 2017-11-20

はじめに

観賞用花きは消費者の好みの移り変わりが速く,毎年のように魅力的な新しい形質の品種が作出されている.現在,商業的に流通する品種は,主に交配育種や突然変異育種により作出されており,花弁の色,形,模様や香りなどが新たな育種のターゲットとされている.また近年では,遺伝子組換え手法による分子育種が可能になり,サントリーの青いバラ(1)1) Y. Tanaka, F. Brugliera & S. Chandler: Int. J. Mol. Sci., 10, 5350 (2009).や青いカーネーション(2)2) Y. Katsumoto, M. Fukuchi-Mizutani, Y. Fukui, F. Brugliera, T. A. Holton, M. Karan, N. Nakamura, K. Yonekura-Sakakibara, J. Togami, A. Pigeaire et al.: Plant Cell Physiol., 48, 1589 (2007).に代表されるように,分子育種による品種が商業的に流通している.実際には,これらは遺伝子組換え手法により作出されているため,野生生物に対する影響評価の後に商業利用されているが,このような分子育種のみならず,近年,目まぐるしい発展が見られるゲノム編集技術による新品種作出の可能性も広がりつつある.本稿では,観賞用花きの形質改変を目的としたバイオテクノロジーを利用した育種技術について,転写抑制因子を利用した新たな遺伝子組換え技術と,標的の遺伝子配列に人為的に変異を導入するゲノム編集技術の2タイプの育種技術を中心に最新の研究について解説する.

遺伝子組換えを利用した観賞用花きの形質改変

1. 転写抑制ドメインを付加した転写因子(キメラリプレッサー)を利用した花形の改変

転写因子は,特定のDNA配列に結合して下流の遺伝子発現を調節する機能を有しており,花の色,形(花弁や花全体の構造),模様,香りなどの花の特徴の決定に重要な機能を担っている.モデル植物であるシロイヌナズナには,1,726の転写因子遺伝子座があり,58種類のファミリーに分類されているが(3)3) K. Sasaki, N. Mitsuda, K. Nashima, K. Kishimoto, Y. Katayose, H. Kanamori & A. Ohmiya: BMC genomics., 18, 683 (2017).,シロイヌナズナの全遺伝子が27,655遺伝子(座)(4)4) ARAPORT (Araport11): https://www.araport.org/であることを考慮すると,この1,726遺伝子座由来の一つひとつの転写因子が多数の遺伝子発現を制御していると推測される.また,ABCモデルは基本的に被子植物に共通した花器官形成のモデルとして知られているが,主にMADS-boxファミリーに分類される複数の転写因子が主要な機能を担っている(5, 6)5) H. Ma: Genes Dev., 8, 745 (1994).6) D. E. Soltis, H. Ma, M. W. Frohlich, P. S. Soltis, V. A. Albert, D. G. Oppenheimer, N. S. Altman, C. dePamphilis & J. Leebens-Mack: Trends Plant Sci., 12, 358 (2007)..これらのことから,転写因子の機能制御は,花の形質改変に非常に効果的であることがうかがえる.一方,現在に至るまで,花器官形成にかかわる転写因子の機能はシロイヌナズナにおける遺伝学を中心として研究されてきている.植物では転写因子を含めて多くの遺伝子が機能重複することが知られており(6, 7)6) D. E. Soltis, H. Ma, M. W. Frohlich, P. S. Soltis, V. A. Albert, D. G. Oppenheimer, N. S. Altman, C. dePamphilis & J. Leebens-Mack: Trends Plant Sci., 12, 358 (2007).7) R. C. Moore & M. D. Purugganan: Curr. Opin. Plant Biol., 8, 122 (2005).,このような遺伝子については,機能重複したほかの遺伝子が解析対象遺伝子の機能を補うことから変異体を用いた遺伝学のみでの解析は困難であった.現在,シロイヌナズナなどでは全ゲノム配列が解読されているだけでなく,さらに各遺伝子を破壊した変異体の解析から機能重複する転写因子の存在が明らかとなっている.そのため,多重変異体の作成も可能となっているが,観賞性の園芸植物(または品種)の多くはゲノムが解読されておらず,さらには自家不和合性,高次倍数性,栄養繁殖性などの遺伝学には不向きな性質のものも多い.

一方で,転写因子の解析については,全転写因子の約8割を占める転写活性化タイプの転写因子の機能を抑制することが可能なCRES-T法(Chimeric Repressor Gene-Silencing Technology)(8)8) K. Hiratsu, K. Matsui, T. Koyama & M. Ohme-Takagi: Plant J., 34, 733 (2003).が開発されている.CRES-T法では植物特有の転写抑制ドメインが利用されており,最適化された12アミノ酸で構成されたドメインを転写因子に付与したキメラリプレッサーの導入により,重複遺伝子の存在にかかわらず転写活性化機能を抑制するシンプルな方法である(9, 10)9) N. Mitsuda & M. Ohme-Takagi: Plant Cell Physiol., 50, 1232 (2009).10) N. Mitsuda, K. Matsui, M. Ikeda, M. Nakata, Y. Oshima, Y. Nagatoshi & M. Ohme-Takagi: Methods Mol. Biol., 754, 87 (2011)..CRES-T法は,シロイヌナズナのみならず,遺伝学には不向きな園芸植物,たとえばキク,バラ,アサガオ,トレニア,リンドウ,トルコギキョウ,シクラメン,カーネーションなどのさまざまな観賞用花きで利用可能である(11, 12)11) N. Mitsuda, Y. Umemura, M. Ikeda, M. Shikata, T. Koyama, K. Matsui, T. Narumi, R. Aida, K. Sasaki, T. Hiyama et al.: Plant Biotechnol., 25, 37 (2008).12) N. Mitsuda, Y. Takiguchi, M. Shikata, K. Sage-Ono, M. Ono, K. Sasaki, H. Yamaguchi, T. Narumi, Y. Tanaka, M. Sugiyama et al.: Plant Biotechnol., 28, 123 (2011)..これらの花きのなかでも,トレニアはシロイヌナズナ由来のキメラリプレッサーの多くがそのまま利用可能であることが示されており,50種類程度を一度の操作で形質転換するCT法(collective transformation)(13)13) M. Shikata, T. Narumi, H. Yamaguchi, K. Sasaki, R. Aida, Y. Oshima, Y. Takiguchi, M. Ohme-Takagi, N. Mitsuda & N. Ohtsubo: Plant Biotechnol., 28, 189 (2011).により,多数の新しい花形が作出されている.今後は,さまざまな植物種に汎用性の高いキメラリプレッサーコンストラクト(CT法の遺伝子セット)の作出が期待される.たとえば汎用性について述べると,AtTCP3キメラリプレッサーはさまざまな観賞用花きにおいて,葉や花弁の鋸歯化といった同様の形質変化をもたらすことが観察されている(12)12) N. Mitsuda, Y. Takiguchi, M. Shikata, K. Sage-Ono, M. Ono, K. Sasaki, H. Yamaguchi, T. Narumi, Y. Tanaka, M. Sugiyama et al.: Plant Biotechnol., 28, 123 (2011)..キメラリプレッサー(または転写因子)を発現させるためのプロモーターについては,カリフラワーモザイクウィルス35S(35S)プロモーターが多くの植物種で全身発現型プロモーターとして利用可能であり,また,アサガオのMyb1プロモーターは,さまざまな植物種で利用可能な花弁特異的プロモーターとして報告されている(14)14) M. Azuma, R. Morimoto, H. Hirose, Y. Morita, A. Hoshino, S. Iida, Y. Oshima, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & K. Shiratake: Plant Biotechnol. J., 14, 354 (2016)..これらの汎用性の高いキメラリプレッサーやプロモーターの知見の蓄積は,園芸植物における分子育種の発展にとって重要な情報となるだろう.また,CT法を利用した各種の園芸植物における研究は,花が小さいシロイヌナズナでは解析が困難な,またはそもそもシロイヌナズナでは機能が見られない形質(色素や花の構造など)を制御する転写因子のスクリーニングにもつながることが期待される.

2. 花器官特異的プロモーターを利用した転写因子の発現

前節では,全身発現型の35Sプロモーターでキメラリプレッサーを発現させた研究を紹介したが,一方で,35Sプロモーターの利用における問題も見つかった.キメラリプレッサーのなかには,花の形質を変化させるのみならず,葉の形状変化や矮小化などの必ずしも望んでいない性質変化を生じさせるケースが見られている(15)15) T. Narumi, R. Aida, T. Koyama, H. Yamaguchi, K. Sasaki, M. Shikata, M. Nakayama, M. Ohme-Takagi & N. Ohtsubo: Plant Biotechnol., 28, 131 (2011)..CRES-T法は,機能重複した相同遺伝子が存在していても優先的に支配下にある遺伝子の発現を抑制するため,35Sプロモーターによりキメラリプレッサーを全身的に発現すれば,なかには花器官以外の器官にも何らかの影響が出る転写因子があることは,ある程度予想されることとも言える.

たとえば,AtMyb24キメラリプレッサーをトレニアで全身的に発現させてトレニアMyb24ホモログの機能を抑制した場合には,葉の表面が光沢を帯びて縁がカールし(13)13) M. Shikata, T. Narumi, H. Yamaguchi, K. Sasaki, R. Aida, Y. Oshima, Y. Takiguchi, M. Ohme-Takagi, N. Mitsuda & N. Ohtsubo: Plant Biotechnol., 28, 189 (2011).,また,つぼみまでは形成しても開花にも至らない表現型が観察されている(16)16) K. Sasaki, R. Aida, H. Yamaguchi, M. Shikata, T. Niki, T. Nishijima & N. Ohtsubo: Plant Biotechnol., 28, 181 (2011)..そこで,花器官特異的なAtAP1プロモーターを利用してAtMYB24キメラリプレッサーを発現させたところ,その組換え体は開花し,野生型と異なる立体的にウェーブ状の花弁が観察され,同時に葉の形質変化も回避されている(16)16) K. Sasaki, R. Aida, H. Yamaguchi, M. Shikata, T. Niki, T. Nishijima & N. Ohtsubo: Plant Biotechnol., 28, 181 (2011)..また,AtTCP3キメラリプレッサーをトレニアで全身的に発現した場合には,野生型と異なる花弁の鋸歯化や花弁の色が淡くかすれるなど特徴的な表現型が見られる一方で,葉も同様に鋸歯化および植物体の矮化が観察された(15)15) T. Narumi, R. Aida, T. Koyama, H. Yamaguchi, K. Sasaki, M. Shikata, M. Nakayama, M. Ohme-Takagi & N. Ohtsubo: Plant Biotechnol., 28, 131 (2011)..そこで花形の形質の改変と同時に,これらの花以外での望まない形質変化を回避するため,花器官特異的プロモーターとしてAtAP1プロモーターとトレニア由来の性質の異なる4種類の花器官特異的プロモーターを用いてAtTCP3キメラリプレッサーを発現させている(17)17) K. Sasaki, H. Yamaguchi, I. Kasajima, T. Narumi & N. Ohtsubo: Plant Cell Physiol., 57, 1319 (2016)..その結果,5種類の花器官特異的プロモーターによる組換え体では,期待どおりに葉の形質変化と植物体の矮化が回避された.これと同時に興味深い結果が得られており,35Sプロモーターを含めた計6種類すべてのプロモーターに関して,それぞれのプロモーターごとに野生型と異なる特徴的な花形が観察されている(図1図1■AtTCP3キメラリプレッサーが導入されたトレニアの花).また,この研究では新たな興味深い課題も見つかっており,6種類すべてのプロモーターそれぞれにおいて同一のプラスミドにより作出された組換え体であっても,さまざまな色のバリエーションが見られた(図1図1■AtTCP3キメラリプレッサーが導入されたトレニアの花).TCP3は,細胞の分化にかかわる因子であるため(18)18) B. C. Crawford, U. Nath, R. Carpenter & E. S. Coen: Plant Physiol., 135, 244 (2004).,花の色の決定ステージにおける発現量の差(植物が発現したと感じる閾値に至る発現量)などが,その後の花弁表皮細胞の状態や色素合成に影響したことが予想される.実際に,これらの組換えトレニアの花弁表皮細胞をSEMで観察すると細胞の形が3パターン程度に分かれていた(17)17) K. Sasaki, H. Yamaguchi, I. Kasajima, T. Narumi & N. Ohtsubo: Plant Cell Physiol., 57, 1319 (2016).TCP3キメラリプレッサーのトレニアにおける色素合成への影響が直接的であるか間接的であるか現時点では定かでなく,今後の詳細な解析が期待される.

図1■AtTCP3キメラリプレッサーが導入されたトレニアの花

花器官特異的プロモーターを用いてTCP3ホモログの機能を抑制したトレニア(右)および全身的に発現する35Sプロモーターで抑制したトレニア(左)は,野生型(上)と比較して,花弁の形や配色パターンが変化したさまざまな形質が観察された.それぞれのプロモーターを用いて作出した系統のうち,3系統ずつを例として示す.

3. 複数の花器官特異的プロモーターによる形質変化の多様性が示すこと

たった1種類の転写因子(AtTCP3キメラリプレッサー)を用いたにもかかわらず,6種類の異なる性質のプロモーターの利用により,トレニアの花には6タイプの特徴の異なる形質変化が観察されたが,これは学術的にも応用的にも非常に興味深い現象だと考えている.

学術的に見た場合,この花の形質変化の多様性は,TCP3がトレニアの花器官形成に対して時間空間特異的に多面的な機能を有していることが推測される興味深い現象である.言い換えると,性質の異なる花器官特異的プロモーターの利用により,花器官の発生・形成のさまざまなステージにおいて,異なる組織,時期,タイミングで転写因子機能を抑制したことにより変異体では観察できない多面的な花の形質変化に至ったと推測される(図2図2■花器官特異的プロモーターの性質の違いについて).一方で,今回利用された花器官特異的プロモーターとTCP3およびその機能重複した転写因子の植物体における実際の発現は完全には一致してはいないことも推測される.現時点では,単純に花器官プロモーターを利用するだけで転写因子の時間空間特異的な機能を完全に理解することは困難ではあるが,将来的には,標的とした転写因子の発現を時間空間特異的にピンポイントに制御・検出が可能になることで,TCP3のみならず標的とした転写因子の時間空間特異的な機能をより詳細に理解することが可能になると期待している.

図2■花器官特異的プロモーターの性質の違いについて

図1図1■AtTCP3キメラリプレッサーが導入されたトレニアの花で利用された花器官特異的プロモーターは,それぞれ花器官の発生・形成のさまざまなステージ(左上,右上)において,活性を示す場所(右下,細胞層など),活性量とパターン(左下,遺伝子の発現量とパターン)が異なる性質を示す.これらの性質の異なるプロモーターの利用が,図1図1■AtTCP3キメラリプレッサーが導入されたトレニアの花で見られるようなさまざまな特徴の異なる花の作出に至っている.今後はそのほかにも,上下左右などの相称性に関するプロモーターなどの利用も期待される.

応用面から見た場合には,花器官特異的プロモーターの利用は,園芸上,花だけに新たな形質を付与する技術として期待される.たとえば,全身発現型のプロモーターの利用により,葉や草姿,さらには生育特性が変化した場合,優良な親系統で培われた栽培技術が利用できない可能性が生じる.一方,花弁特異的プロモーターの利用により,花器官だけに新しい形質の付与・変化が可能になれば,親系統の栽培方法がそのまま利用可能となる.また,これまで花の形質改変を目指した分子育種には,主に遺伝子の種類のみが選択肢とされてきたが,同じ転写因子の利用にもかかわらずプロモーターの変更でこれほど花の色,形,模様の変化が望めるならば,今後は性質の異なるプロモーターの種類も新たな選択肢となるだろう.今後,ゲノム編集を用いた新しい育種技術が園芸植物種でも期待されるが,花弁特異的プロモーターなどの時間空間的に特異的なプロモーターと転写因子(キメラリプレッサーを含め)の組合せは,ゲノム編集育種でも困難な,各器官ごとに好みで形質を選べる「オーダーメイド」の花の創造を可能にする技術として期待される.

観賞性花きのゲノム編集

1. 変異導入によるゲノム改変

この数年で,ゲノム編集による植物の形質改変技術の開発が目覚しく進んできているが,花き植物でも,育種を目的としてゲノム編集技術の開発と形質改変が行われてきている.この項では,まず,これまで花きの形質改変のために行われてきた突然変異育種について簡単に紹介する.花きでも,他の作物と同様に交配育種により多様な花形,色をもつだけでなく草姿や栽培特性も優れた栽培品種が生み出されてきた.種子繁殖される花きもあるが,遺伝的に固定されていない花きは交配を行うと形質が分離してしまうため,栄養繁殖により増殖される.そこで,労力をかけて育成した品種に対してピンポイントで形質改変し新しい品種を作出する方法として,突然変異を活用した育種も行われている.昔から利用されてきた突然変異である枝変わりでは,元の株と性質が異なっている部分を見つけ,その部分を取り分けて育てることを繰り返し,別の品種として確立する方法である.さらに,自然突然変異を待つだけでなく,優良品種にガンマ線,イオンビームなどの放射線を照射して,積極的にゲノムに変異を加えることも行われている.これらの突然変異を利用して育成された花は,特にカーネーションの“ウイリアム・シム”から生み出されたシムシリーズ,最近では香川県の生産者から出されたミナミシリーズ(19)19) 中尾綾香,高村武二郎,鳴海貴子:園芸学研究 別冊,14, 421 (2015).などが有名で,多様な花色をもった品種が生み出されている.突然変異育種の欠点は,ゲノム上で変異の入る場所がランダムであること,偶然性に頼るため多数の植物を展開してその中から優れた物を選び出す必要があることである.また,突然変異で生み出された植物は,元の形質をもった組織と新しい形質の組織が入り混じっているため,新しい形質のみをもった品種を作製するためには,形質が変化している部分を切り取って繰り返し育成あるいは培養し均一化する必要がある.さらに,新たに元とする品種を変える場合は,変異導入のステップから実施する必要がある.

偶然に生まれる変異集団からこれまでと違う物を見つけ出す突然変異育種に対して,ゲノム編集では改変したい形質を制御する遺伝子のみに変異を導入することができる.また,同じ種内で保存されている標的配列を選べば,1品種に使用するゲノム編集ベクターを構築することで,ほかの品種にも用いることができる.そのため,突然変異育種よりも迅速に,また,小規模の植物体を展開することで欲しい形質をもった植物が得られると期待される.特に花きは栽培環境,色,形など多品種が栽培されていることから,ゲノム編集による育種の効率化は大いに期待される.また,育種方法としてだけでなく,遺伝子の機能解析にも有効である.

2. ゲノム編集

基本的なゲノム編集の流れは,特定のDNA配列を認識するモジュールと,DNAを切断するヌクレアーゼによりゲノムを切断し,内在の修復機構によりゲノムが修復される際に偶然変異が入ることによりゲノムを改変できるというものである.ゲノム編集自体は,2013年のCRISPR/Cas9システムの登場により飛躍的に利便性が増したため,適用される植物種が急速に増えてきた(20)20) X. Ma, Q. Zhu, Y. Chen & Y.-G. Liu: Mol. Plant, 9, 961 (2016)..CRISPR/Cas9システムでは,single guide RNA(sgRNA)が標的配列を認識し,その箇所を二本鎖DNAに対するヌクレアーゼであるCas9タンパク質が切断する.標的配列に応じてCas9タンパク質を改変する必要はない.また,sgRNAが認識する標的配列は20塩基であり,そこにNGGの配列が隣接すればよいことから,非常に設計が容易である.さらに,複数のsgRNAを同時に使用して多種類の標的配列に対するゲノム編集も可能である.動物では,マイクロインジェクションやエレクトロポレーションによりCas9タンパク質とsgRNAを細胞にそのまま導入することが可能であるが,これらの方法は細胞壁をもつ植物で実行するのは難しい.そのため,植物ではCas9とsgRNAを発現するベクターをアグロバクテリウムに搭載し,そのアグロバクテリウムを植物細胞に感染させるという,従来の形質転換法を用いたゲノム編集が最もよく行われている.

これまでにゲノム編集が報告されている植物の多くは2倍体である.一方,花きでは観賞性の高い大型の花が育種される過程で,倍数化が進んでいる物が多い.たとえば,バラの野生種は2倍体だが,主な園芸品種は4倍体であるし,キク(6倍体),ダリア(8倍体)なども倍数性が高い.こうした,高次倍数性の植物でも,重要作物であるジャガイモ(4倍体),コムギ(6倍体)などでゲノム編集が実施されている(20, 21)20) X. Ma, Q. Zhu, Y. Chen & Y.-G. Liu: Mol. Plant, 9, 961 (2016).21) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014)..しかし,高次倍数性の植物では,1種類の遺伝子に対して多数の対立遺伝子が存在するため,すべての遺伝子に変異が入る確率が低く,形質を改変するには多数の植物を作製する必要がある(図3A図3■高次倍数性,栄養繁殖性植物への変異導入).さらに,倍数性が高い植物種でもコムギなどは自植性であり,種子で同じ品種の植物を増やせるため,複数の対立遺伝子に変異をもつ植物が1回の交配で得られる.一方,交配が困難であったり,交配すると親がもっている多くの形質が変わってしまう植物では,主に挿し芽,球根などの栄養繁殖によって同じ品種の植物を増やしている.さらに,花き植物の多くが栄養繁殖で品種が維持されているため,複数の対立遺伝子にどのように変異を入れていくかという課題が存在している(図3B図3■高次倍数性,栄養繁殖性植物への変異導入).

図3■高次倍数性,栄養繁殖性植物への変異導入

(A)1種類の遺伝子は2倍体の植物では2つの対立遺伝子,6倍体の植物では原則6つの対立遺伝子が存在する.ゲノムサイズを考慮に入れず,各遺伝子に同じ頻度で変異が入ると仮定しても,2倍体植物に比べて,6倍体植物ですべてのアリル遺伝子に変異が入る確率は低い.(B)6倍体植物における繁殖様式による変異蓄積の違いの概念図.自殖交配できる植物種では,1回の交配で変異蓄積が最大2倍になる.他殖性の場合は,別品種で同じ遺伝子に変異を入れて交配すれば自殖性植物と同様に変異蓄積が最大2倍になる.では,栄養繁殖性植物ではどう変異が蓄積するのだろうか.

これまでに花きでは,ペチュニア(Petunia hybrid(22)22) B. Zhang, X. Yang, C. Yang, M. Li & Y. Guo: Sci. Rep., 6, 20315 (2016).,アサガオ(Ipomoea nilまたはPharbitis nil(23)23) 佐々木克友,小野道之,加星光子,渡邊健太:アグリバイオ,1, 33 (2017)とキク(Chrysanthemum morifolium(24)24) M. Kishi-Kaboshi, R. Aida & K. Sasaki: Plant Cell Physiol., 58, 216 (2017).,でゲノム編集を実施した植物体が得られている.ゲノム編集に用いられているペチュニアとアサガオは2倍体で全ゲノム情報が報告されており(25, 26)25) A. Bombarely, M. Moser, A. Amrad, M. Bao, L. Bapaume, C. S. Barry, M. Bliek, M. R. Boersma, L. Borghi, R. Bruggmann et al.: Nat Plants, 2, 16074 (2016).26) A. Hoshino, V. Jayakumar, E. Nitasaka, A. Toyoda, H. Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. Nagano et al.: Nat. Commun., 7, 13295 (2016).,既報のモデル植物とほぼ同様の方法でゲノム編集を行い形質改変した個体を獲得できる.一方,キクは基本的に6倍体でゲノムサイズが約9.4 G(27)27) GSAD: Genome size in Asteraceae database, http://www.etnobiofic.cat/gsad_v2/, 2013.と大きいことから,全ゲノムは解読されていない.また,基本的に自家不和合性が強く(28)28) F. Wang, F. J. Zhang, F. D. Chen, W. M. Fang & N. J. Teng: Sci. World J., 2014, 625658 (2014).,交配すると両親の形質が入り混じり栽培特性が変化してしまうため,挿し芽などの栄養繁殖により増殖されている.そのため,キクでゲノム編集を行うには,標的とする遺伝子の配列決定と,栄養繁殖で多数の標的遺伝子にどう変異を入れていくかという2つの大きな課題が存在している.

そこで,キクでは,形質転換で導入した多コピーの配列既知の蛍光タンパク質遺伝子(CpYGFP)を用いてゲノム編集系が開発された(24)24) M. Kishi-Kaboshi, R. Aida & K. Sasaki: Plant Cell Physiol., 58, 216 (2017).図4図4■CpYGFPを標的としたキクのゲノム編集).キクのゲノム編集の流れとしては,葉片にゲノム編集ベクターを搭載したアグロバクテリウムを感染させ,培地に置床させてカルスを形成させる.数カ月間,継代すると,カルスから新しくシュート(芽)が出現する.この芽を育てるとゲノム編集を実施した植物体が得られる(図4A図4■CpYGFPを標的としたキクのゲノム編集).得られた植物体(CRISPR-CpYGFPギク)からDNAを抽出し,PCRとシーケンス解析により配列を確認すると,約10%の頻度で変異の導入が見られた.ゲノム編集で形質改変するには,栄養繁殖により増殖した植物でも変異が安定して存在すること,さらに,機能している遺伝子すべての配列を変える必要がある.そこで,次に脇芽由来植物を育成して変異が安定して伝達されるか調べた.さらに,変異の頻度を上げるために,再度葉片をカルス化して新たな変異誘導を試みた.すると,脇芽由来植物では親の植物と同程度の変異頻度をもつ個体だけでなく,変異頻度が上昇した個体も出現していた.また,再度のカルス化でも変異頻度が上昇していた.これらのことから,形質転換でゲノム編集因子を導入すれば,一度の形質転換で変異が入らなくても,脇芽を繰り返し取得し生育させたり,再度カルス化させることで変異頻度を上げることが可能であることがわかった.このようにして,CRISPR-CpYGFPを導入したキクから繰り返し脇芽由来植物を育成することで,元のCpYGFPを発現するキクよりも大幅にCpYGFPによる蛍光が低減した植物が得られている(図4B図4■CpYGFPを標的としたキクのゲノム編集).まだ,完全にCpYGFPによる蛍光を消失するには至っていないが,この研究により栄養繁殖性植物でも変異を積み重ねて形質を完全に改変する道筋がたったといえる.

図4■CpYGFPを標的としたキクのゲノム編集

(A)実験の流れ.① CpYGFPを多コピー遺伝子持つキク(CpYGFPギク)を材料とする.すべてのCpYGFP遺伝子配列が正常型である.② CpYGFPギクの葉片に,形質転換法によりゲノム編集ベクターを導入する.③ゲノム編集により変異が導入されたCRISPR-CpYGFPギクができる.一部のCpYGFPコピーに変異が入る.④ CRISPR-CpYGFPギクを生長させ,脇芽を含む茎を切断し育てる.⑤脇芽が成長.変異をもったCpYGFPコピー遺伝子が増加する.(B)脇芽育成を2回繰り返して得られたCRISPR-CpYGFPギクの花の蛍光写真.上段:可視光下で撮影,下段:励起光下で撮影.CpYGFPギク(左)の黄緑色の蛍光がゲノム編集したCRISPR-CpYGFPギクでは低減している.

3. 出口,将来予想

ペチュニア,アサガオ,キクでゲノム編集が実施された現在,作目ごとの速度差はあっても,形質転換技術が確立されていればどんな植物でもゲノム編集による形質改変が可能と予測される.現状では高次倍数性や栄養繁殖性植物ではゲノム編集の適用が難しいが,これまでの育種法にない利点も非常に大きく,技術開発を重ねることで,実際の育種に用いられる方法に生長することが期待される.さらに,ゲノム編集が花きの育種技術の一つとして成長していくには,ゲノム編集植物の法規制がどうなるかという問題が大きな鍵を握っている(29)29) 日本学術会議:“報告 植物における新育種技術(NPBT: New Plant Breeding Techniques)の現状と課題”,2014..前述のように,多くの植物ではゲノム編集が遺伝子組換えの手法で実行されているが,交配可能な植物種では,目的遺伝子のゲノムが改変された後は,交配によりゲノム編集因子を除去し標的遺伝子に対する変異だけをもつ植物個体が獲得できる.このようにして得られる植物では,理論上は元の品種と僅か数塩基対だけが異なるだけであり,法規制のかからない突然変異育種で得られた植物と見分けがつかなくなる.さらに,野生生物に広がる懸念のある外来遺伝子をもたないことから,遺伝子組換え植物としての規制の対象外になる可能性がある.

一方で,花きに多い,交配ができないあるいは交配が適さない栄養繁殖性の植物種では,現在のところ,ゲノム編集因子の除去が難しい.このような植物では,ゲノム編集因子をコードするDNAをゲノムに挿入する従来の形質転換法だけでなく,別の技術開発が必要と考えられる.たとえば,動物細胞のようにタンパク質とRNAのみを細胞に導入してゲノム編集を行う方法が,シロイヌナズナ,タバコ,レタスのプロトプラストに対して(30)30) J. W. Woo, J. Kim, S. I. Kwon, C. Corvalán, S. W. Cho, H. Kim, S. G. Kim, S. T. Kim, S. Choe & J. S. Kim: Nat. Biotechnol., 33, 1162 (2015).,また,ボンバードメントを利用してトウモロコシの未熟胚に対して(31)31) S. Svitashev, C. Schwartz, B. Lenderts, J. K. Young & C. Mark: Nat. Commun., 7, 13274 (2016).適用されている.どちらの方法も,材料の調整から植物体の再生までを安定的かつ効率的に実施するのは困難であるが,こうした方法や新たな技術開発により,栄養繁殖性植物でも実施可能なゲノム編集技術が生まれてくるだろう.また,育種技術として発展するには,改変したい形質にかかわる遺伝子を同定する必要がある.モデル植物から得られてきている知見と,NGSやロングリードシーケンサーにより改変したい植物種の遺伝子情報を得ることで,今後,形質を制御する遺伝子の単離が進むと予測される.花きでもゲノム編集により,新しい魅力的な形質をもった品種が生み出されると期待される.

おわりに

商業利用される観賞用花きは流行の変化が速いことから,消費者,生産者または流通業者などのニーズに合わせた迅速な形質改良は今後の重要な課題である.遺伝子組換え技術は,すでに国内の花き産業に新たな可能性をもたらしているが,さらに,今回紹介した花器官特異的プロモーターなどの特異的プロモーターと転写因子の組合せは,消費者のより細やかな希望に対応しうる「オーダーメードの花」を実現可能としている.今後はさまざまな花き品目で多面的な解析が進められることで,花の形質の改変に利用可能な選択肢(遺伝子)が増えることが期待される.また,ゲノム編集技術についても,すでにある優良品種の性質をほとんど変えることなくピンポイントに目的形質のみを改変し,より優れた品種の作出を可能とする技術である.一方で,ゲノム編集についてもさまざまな園芸種で有効な目的形質改変のための変異ターゲット遺伝子の情報は乏しく,組換え育種と同様にゲノム編集育種においても「目的形質と標的遺伝子の組合せの解明」といった基礎研究は今後の重要な課題である.ゲノム編集作物の商業利用にはいくつかの解決すべき課題はあるが,近い将来に商品として流通することが期待される.遺伝子組換えやゲノム編集は,これまで新品種開発に利用されてきた交配育種や突然変異育種だけでは迅速な対応が困難な,または対応不可能な新たな形質付与を可能にするバイオテクノロジーを用いた育種技術である.従来からの育種技術や今回紹介したバイオテクノロジーによる育種技術には,それぞれの花き品目において育種技術の開発,開発期間,コスト,規制等々に長所や短所があるため,これらを目的に合わせて効果的に利用することで,今後も新たな魅力的な花き品種が作られることが期待される.

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