プロダクトイノベーション

夢のエイズ薬? EFdA(4′-C-Ethynyl-2-fluoro-2′-deoxyadenosine)の創製新しい概念による抗ウイルスヌクレオシド薬の創製研究

Hiroshi Ohrui

大類

横浜薬科大学

Published: 2017-11-20

はじめに

エイズ,インフルエンザ,エボラ,MERS,SARS,ジカなどのウイルスが世界中で人命を脅かしている.さらに恐ろしいウイルスが出現するかもしれない.これからは“ウイルスとの戦い”の世紀である.

1980年代の初頭エイズが発生し,現代の黒死病ではと世界を震撼させた.エイズがHIV感染症と分りHIVのライフサイクルが解明され始めると逆転写酵素阻害薬が開発された.しかし,変異により薬剤耐性HIVが容易に出現しその治療の難しさを知らされた.その後,インテグラーゼ阻害薬やプロテアーゼ阻害薬が開発され,耐性HIVの出現に対してはこれら作用機序が異なる複数の薬を併用するHAART(カクテル療法)が開発された.しかし依然として“薬剤耐性HIVの出現”と“薬剤の副作用”がHIV感染化学療法において解決すべき重要な問題である.

筆者は,有機化学の基本とポリオキシンの合成をきっかけに始めた,ヌクレオシドの化学的研究の経験を礎にこれらの問題の解決に挑んだ.ウイルスの変異と感染治療に関して従来とは異なる新しい概念を提案し,さらに“薬剤耐性HIVを出現させない方法”,“薬剤の副作用を低減する方法”および“薬剤の活性を生体中で長時間持続させる方法”など,これらの問題の解決を目指していくつかの作業仮説を立てて研究を行った.本稿では,HIVの感染治療のみならず感染防御にも極めて有効であり,“夢のエイズ薬となる可能性があるEFdA(4′-C-ethynyl-2-fluoro-2′-deoxyadenosine)”の創製研究(1, 2)1) H. Ohrui: Chem. Rec., 6, 133 (2006). doi: 10.1002/tcr.200782) H. Ohrui: Proc. Jpn. Acad., Ser. B., 87, 53 (2011).を紹介させていただく.

新しい概念:“ウイルスの突然変異は自然がわれわれに与えた抗ウイルスヌクレオシド薬創製のための事象である”

ウイルスは変異して環境の変化に適応する.これは“自然がウイルスに与えた生き残るための手段”である.薬剤耐性もしかりである.この変異による薬剤耐性ウイルスの出現が,ウイルス感染の化学療法において最も解決の難しい問題である.私は,ウイルスの変異は“自然がわれわれに与えた抗ウイルスヌクレオシド薬創製のための事象である”と考えている.何故ならば,変異とはウイルスが遺伝子を変えることである.遺伝子を変えるとは「ウイルスがA:T, G:Cの塩基対を無視して,異なるヌクレオシドを取り入れて新たな遺伝子を生合成する」ことである.これはウイルスの核酸ポリメラーゼの基質選択性が非常に甘いことを示唆している.一方ヒトではA:T, G:C塩基対の読み間違いがほとんどない(間違った場合は修復機構がある).これは,ヒトの核酸ポリメラーゼの基質選択性がウイルスに比べてはるかに厳密であることを示唆している.この基質選択性の違いを利用することによって“ウイルスの核酸ポリメラーゼには取り込まれるためウイルスに対して活性をもつが,ヒトの核酸ポリメラーゼには取り込まれず,ヒトに毒性が低い修飾ヌクレオシドの創製が可能である”との概念に至った.この概念は,HIVのみならずほかのウイルスに有効な修飾ヌクレオシド薬の創製にも適用できるものと考えている.

作業仮説1:薬剤耐性HIVを出現させない方法:4′-置換-2′-デオキシヌクレオシドは耐性HIVを出現させない逆転写酵素阻害ヌクレオシドである

ヌクレオシドがHIVの逆転写酵素(RT)のチェインターミネーターとなるためには,2′,3′-ジデオキシヌクレオシド構造が必須であると考えられてきた.それ故いろいろなジデオキシヌクレオシドおよびその類縁体が臨床薬として開発されてきた.しかし,これらジデオキシヌクレオシド薬には容易に耐性HIVが出現する.

図1図1■耐性HIVを出現させない抗HIVヌクレオシドの設計にジデオキシヌクレオシド薬[2′,3′-dideoxynucleoside(ddN)]とRTの生理的基質である2′-デオキシヌクレオシド[2′-deoxynucleoside(dN)]の構造式を示す.筆者は,RTが,3′-OH基をもつか否かでddNとdNを識別するため,ddN薬に耐性HIVが出現すると考えた.そこで,“耐性HIVを出現させないRT阻害ヌクレオシドは,RTによってdNと識別されてはならない,それ故,dNと同様3′-OH基をもつ必要がある,しかもそのヌクレオシドは3′-OH基をもちながらRTのチェインターミネーターとならなければならない”と考えた.これまでの常識では,RTのチェインターミネーターとなるためにはddN構造が必須であり,3′-OH基をもたせることはとても考えられないことであった.3′-OH基をもちながらRTのチェインターミネーターとするにはどうすれば良いかが,この研究で一番重要な問題である.筆者はその答えをdNの4′位に置換基を導入することであると考えた.その理由は,4′位に置換基を導入すると3′-OH基は反応性が非常に低いネオペンチル型二級ヒドロキシ基となる.この3′-OH基はRTが4′SdNをdNとして認識するためには使えてもDNA鎖の伸長反応には使えない,すなわちチェインターミネーターになる,と考えたからである.それ故,4′-置換-2′-デオキシヌクレオシド(4′-C-substituted-2′-deoxynucleoside,4′SdN,図1図1■耐性HIVを出現させない抗HIVヌクレオシドの設計)を耐性HIVを出現させないRT阻害ヌクレオシドとして設計した.4′SdNの5′-OH基はネオペンチル型一級ヒドロキシ基となり反応性が低くなるので,キナーゼによるリン酸化を受けるか否かが問題であるが,研究を進めることとした.ネオペンチルアルコールの構造式とその性状を図2図2■ネオペンチルアルコールは一級アルコールであるが,ヒドロキシメチル基が三級炭素に結合しているため,立体障害により反応性が著しく低下しているに示す.

図1■耐性HIVを出現させない抗HIVヌクレオシドの設計

図2■ネオペンチルアルコールは一級アルコールであるが,ヒドロキシメチル基が三級炭素に結合しているため,立体障害により反応性が著しく低下している

しかし,ヒトのDNAポリメラーゼがRTと同様4′SdNを基質として受け入れれば,4′SdNは毒性が高いと考えられる.次はヌクレオシドの毒性を低減させる方法である.

作業仮説2: 修飾ヌクレオシドの毒性はさらに修飾することによって低減できる

天然から単離されたヌクレオシド系抗生物質の構造式を図3図3■天然から単離されたヌクレオシド系抗生物質と毒性を下げるアイデアに示す.これらのほとんどが生理的ヌクレオシドの1カ所が修飾されたものであり,抗菌活性や抗腫瘍活性は高いが毒性も高く,臨床薬にはなりえなかった.それ故1960~1970年代,ヌクレオシド化学者たちは,より優れた生物活性をもつヌクレオシドを得ようとして,これら1カ所が修飾された抗生物質をさらに化学修飾した.しかし,修飾するといずれの場合も活性が失われた.

図3■天然から単離されたヌクレオシド系抗生物質と毒性を下げるアイデア

合成ヌクレオシドにおいても結果は同じだった.1カ所が修飾されたヌクレオシドは抗菌活性や抗腫瘍活性が高いが毒性も高く,それらをさらに修飾すると活性が失われた.それ故,当時多くの研究者が「ヌクレオシド化学には将来の展望がない」とヌクレオシド化学から去って行った(特にアメリカでは研究費の獲得が難しくなりその動きが速かった).しかし,私は「活性が失われることは毒性もなくなることである」と考えた.そこで,生理的ヌクレオシドの1カ所が修飾された4′SdNの毒性が高ければそれをさらに修飾することによって毒性を低減できると考えた(図3図3■天然から単離されたヌクレオシド系抗生物質と毒性を下げるアイデア).これは,ヒトの核酸ポリメラーゼは1カ所修飾されたヌクレオシドを基質として認識しDNAやRNAに取り込むが,2カ所以上修飾されたヌクレオシドなら基質として認識しなくなるのではと期待したからである.

作業仮説3: RTと人のDNAポリメラーゼは基質選択性が異なる.その違いを利用して高い抗HIV活性をもち毒性が低い修飾ヌクレオシドの創製が可能である

DNA-sequencingのSanger法はジデオキシ法とも呼ばれ,ジデオキシヌクレオシドがDNAポリメラーゼのチェインターミネーターであることを利用している.すなわちSanger法はジデオキシヌクレオシド薬(ddN,図1図1■耐性HIVを出現させない抗HIVヌクレオシドの設計)が重い副作用をもつことを示唆している.それ故ddNはその毒性のため使用量をコントロールしながら臨床に用いられている.これはddNのRTに対する活性とDNAポリメラーゼに対する活性が異なる(RTはこれら臨床薬を容易に取り入れるがヒトのDNAポリメラーゼはなかなか取り入れない)こと,すなわちRTとDNAポリメラーゼの基質選択性が異なることを示している.それ故,“RTには現在の臨床薬より取り込まれやすく高い抗HIV活性をもち,ヒトのDNAポリメラーゼにはより取り込まれにくくさらに低毒性な,修飾ヌクレオシドの創製が可能である”と考えた.この作業仮説はHIVが変異して薬剤耐性を獲得することからも支持される.

作業仮説4: 2′-デオキシヌクレオシドの4′位への置換基の導入は,ヌクレオシドを酵素分解や酸分解を受けにくくし,生体中で長時間活性を持続させる

ヌクレオシドのグリコリシス(核酸塩基の脱離分解)が起こると,ヌクレオシドの生物活性が失われるとともに,時として遊離した塩基が毒性を示すことがある(ソリブジン事件が代表例).それ故,ヌクレオシド薬のグリコシル結合は生体中で安定であることが望まれる.

ヌクレオシドのグリコリシスは,図4図4■4′位への置換基の導入は,グリコシル結合を酵素分解や酸分解に対して安定化させ,体内で長時間活性を持続させるに示すように,環酸素の関与によって平面構造をもつオキソカルベニウムイオンを形成して進む.4′位に置換基を導入すると,4′位の置換基と3′-OH基との立体反発によって,フラノース環のコンフォメーションがN-型に変化する.このN-型のコンフォメーションからは,環酸素が関与してオキソカルベニウムイオンを形成しようとしても,平面構造をとることが難しくなる.それ故,4′SdNのグリコシル結合は,dNと比べると酵素分解や酸分解に対して安定となる.すなわち,4′SdNは生体中安定で長時間活性が持続すると期待できる.

図4■4′位への置換基の導入は,グリコシル結合を酵素分解や酸分解に対して安定化させ,体内で長時間活性を持続させる

新概念と作業仮説1~4に基づいて4′SdNの合成と生物学的評価研究を行った.

新概念および作業仮説の検証

はじめに4′-メチル体(4′MdN,図5図5■4′SNの抗HIV活性と4′MaraCの構造式, R: CH3,)の合成と生物学的評価研究を行った.3′-OH基をもつシチジン体(4′MdC)とアラC体(4′MaraC)が高い抗HIV活性と毒性を示した.他の塩基をもつ4′MdNが高い活性を示さなかったことから,塩基によって5′-OH基のキナーゼによるリン酸化の程度が違うと推測した.4′MdCと4′MaraCが共に抗HIV活性と毒性を示したことは,RTもDNAポリメラーゼもこれらを基質として取り入れたことを示している.山口らとの共同研究により,4′MdCが核酸ポリメラーゼのチェインターミネーターであることを証明した.

図5■4′SNの抗HIV活性と4′MaraCの構造式

次にいろいろな置換基を4′位にもつ,ribo-体,2′,3′-dideoxy-体(dd),2′,3′-didehydrodideoxy-体(d4),2′-deoxy-体(4′SdN)を合成し,その抗HIV活性を調べた(図5図5■4′SNの抗HIV活性と4′MaraCの構造式).4′位に置換基をもつribo-体は全く生物活性を示さなかった.これは5′-OH基がキナーゼによって全くリン酸化されないためと考えた.4′位に置換基をもつdd, d4も高い抗HIV活性を示さなかった.この結果も5′-OH基がキナーゼによってリン酸化され難いためと考えた.4′位に置換基をもたないdd, d4は抗HIV活性を示すことから,この結果は4′位への置換基の導入が5′-OH基をネオペンチル型ヒドロキシ基に変えたためと考えている.しかし3′-OH基をもつ4′SdNは非常に高い抗HIV活性を示した.この結果は3′-OH基がキナーゼによる5′-OH基のリン酸化に非常に役立っていることを示すものである(これは予期していなかった大きな幸運である).総じて4′位の置換基は立体的に小さいものが高い活性をもつ傾向が見られたが,エチニル基(アセチレン)が最も優れた抗HIV活性を示した.以後,化合物はすべて4′位置換であるので4′を略して記述する.ピリミジン塩基をもつエチニル体でもメチル体と同様,シチジン体(EdC)およびアラビノ体(EaraC)が高い抗HIV活性を示したが,やはり毒性も高かった.EdCをさらに修飾した5-フルオロ体(EFdC,5, 4′の2カ所修飾)では,予期どおり毒性が激減した.しかし,ヤマサ醤油(株)よりEFdCはほかの細胞に毒性を示したとの報告があったので,EFdCに関する研究をこれ以上行わないことにした.一方,プリン体はすべて優れた抗HIV活性と好ましい選択性指数(SI=EC50/CC50)を与えた.

4′SdNは耐性HIVにも高い効力をもつが毒性も高い

期待どおり4′SdNは現存するすべての耐性HIVに強い活性を示した.なかでもエチニルプリン体が特に優れた活性を示した.しかし,イノシン体はDNAの構成成分でないため高い活性を示さなかった.

次にエチニルプリン体(EdP)のマウス毒性試験を行った(図6図6■EdPのマウス毒性試験とアデノシンデアミナーゼ).2-アミノアデニン体(EAdA),グアニン体(EdG)は非常に毒性が高かった.アデニン体(EdA),イノシン体(EdI)は100 mg/kgまで毒性を示さなかった.これらの中でEdAが高活性・低毒性であるので有望と思われた.しかし,この動物実験中,EAdAおよびEdAはマウス体内のアデノシンデアミナーゼで容易にデアミノ化され,それぞれ毒性の高いEdGおよび活性も毒性も低いEdIに変化することがわかった.この結果は動物試験ではEAdAとEdAの真の毒性を知ることはできないこと,アデノシンデアミナーゼによる分解は抗ウイルスヌクレオシド薬開発において重大な問題であることを示している.

図6■EdPのマウス毒性試験とアデノシンデアミナーゼ

アデノシンデアミナーゼに対して安定で毒性が低いと期待されるEFdAの創製

Montgomeryらにより,アデニンの2位にハロゲン原子を導入するとアデノシンデアミナーゼの作用を受けにくくなることが,1969年に報告されている(3)3) J. A. Montgomery & K. Hewson: J. Med. Chem., 12, 498 (1969). doi: 10.1021/jm00303a605.そこで,EdAの2位にフッ素原子(F)を導入した4′-C-エチニル-2-フルオロ-2′-デオキシアデノシン(EFdA,図7図7■EFdA)を合成した.EFdAは,予期どおりアデノシンデアミナーゼの作用を受けず,胃酸のpH水中でも安定であった.さらにホスホリラーゼによるグリコリシスに対しても安定であった.EFdAはdAの2位と4′位の2カ所を修飾したものであるので毒性が低いと考えられる.次はEFdAの抗HIV活性と毒性を調べる段階である.

図7■EFdA

4′SdNの3′-OH基は毒性の原因であるから,4′SdNは毒性のためダメであるという2つの論文の出現

そうこうしている間に田中,原口,馬場らは,臨床薬のd4Tの4′位にエチニル基を導入したエチニル-d4T(Ed4T)を合成した(図8図8■エチニル誘導体の構造).彼らは,Ed4Tがd4Tより活性が高くかつ毒性が低い,優れた抗HIVヌクレオシドであることを見いだした.彼らはこの結果と先の筆者らの毒性に関する結果に基づいて「4′SdNの3′-OH基は毒性の原因であり,Ed4Tは3′-OH基をもたないから毒性が低いのである.4′SdNは3′-OH基による毒性のためダメであろう」と主張した(4)4) K. Haraguchi, S. Takeda, H. Tanaka, T. Nitanda, M. Baba, G. E. Dutschman & Y.-C. Cheng: Bioorg. Med. Chem. Lett., 13, 3775 (2003). doi: 10.1016/j.bmcl.2003.07.009.田中博士は筆者に「大類先生がずっと4′置換ヌクレオシドを研究されているのにEd4Tを合成して申しわけありません」と言われたので,筆者は「研究ですから仕方ないことですよ,Ed4Tはd4Tをさらに修飾したものであるからd4Tより毒性が低く,活性が高いのはエチニル基がRTと特別な親和性をもっているからではないですか」と答えた.また,私の共同研究者である満屋裕明先博士,Marquez, Sarafianosらは,抗HIV活性がほとんどないと発表された4′-エチニル-2′,3′-ジデオキシシチジン(EddC)の5′-O-トリリン酸エステル(EddCtriP)を合成し,これが野生株のHIVのRTに対してAZTtriPより活性が高いことを見いだした.彼らはこの結果に基づいて「EddCの抗HIV活性が非常に低い理由は,キナーゼによって5′-OH基がリン酸化されないためであり,3′-OH基をもつEdCが活性も毒性も高いのはキナーゼによって5′-OH基がリン酸化されるためである.3′-OH基はキナーゼによるリン酸化には役立っているが,毒性の原因であるので,4′SdNはその毒性のため臨床薬には期待できない」と主張した(5)5) M. A. Siddiqui, S. H. Hughes, P. L. Boyer, H. Mitsuya, Q. N. Van, C. George, S. G. Sarafianos & V. E. A. Marquez: J. Med. Chem., 47, 5041 (2004). doi: 10.1021/jm049550o.これらの論文は世界をリードしている核酸化学者とウイルス学者らによる共同研究の結果であるので,多くの研究者が4′SdNはその毒性のためダメであるとの認識をもつようになった.

図8■エチニル誘導体の構造

しかし,筆者の研究では,耐性HIVを出現させないために3′-OH基は必須である.さらに,EFdAはdAの2カ所を修飾したものであるので,毒性が低いと期待できる.そこでEFdAとその3′-OH基をもたないdd誘導体(EFddA)およびd4誘導体(EFd4A),さらに,Fの代わりにClをもつ4′-エチニル-2-クロロ-2′-デオキシアデノシン(ECldA)の抗HIV活性を満屋博士に調べてもらった(表1表1■4′-エチニル-2-ハロアデノシン誘導体の抗HIV活性).

表1■4′-エチニル-2-ハロアデノシン誘導体の抗HIV活性

3′-OH基をもたないEFddA, EFd4AおよびEd4T, d4Tは,野生のHIVには効くが耐性HIVに対して活性が低下した.この結果は,3′-OH基をもたないヌクレオシドには耐性HIVが出現することを示唆している.一方,3′-OH基をもつEFdA, ECldAは,野生HIVに対して極めて優れた抗HIV活性を示すとともに,耐性HIVに対しても高い活性を示した.しかも,これらの選択性指数(SI)は100,000以上であった.この結果は,3′-OH基があっても低毒性でありうることを示している.

EFdAに対してin vitroで耐性HIVを出現させる研究が,満屋らによってこの十数年間行われている.3′-OH基をもつEFdAには耐性HIVは出現していないが,3′-OH基をもたないEd4Tには耐性HIVが出現している(6)6) K. Maeda, D. V. Desai, M. Aoki, E. Kodama & H. Mitsuya: Antivir. Ther., 19, 179 (2014). doi: 10.3851/IMP2697

EFdAの安定性と毒性

EFdAはマウスや赤毛猿に対して急性毒性は全く示さない.EFdAtriPは,DNAポリメラーゼα, βの基質とはならないこと,ミトコンドリアDNAポリメラーゼγに対してははじめIC50=10μ(注:マイクロ)Mとされたがその後本酵素の基質にならないことが明らかとなった.それ故,EFdAの毒性は非常に低いと考えられる.EFdAtriPのプラズマ中での半減期はin vitroでは17時間ほどであったが,メルク社による臨床試験では100時間を超えるものであり,EFdAtriPは生体中非常に安定で活性が持続する(この結果は生体中ではRTだけがEFdAtriPを基質として使用していることを示している).

EFdAが高い抗HIV活性をもつ理由

Ed4Tがd4Tより高い抗HIV活性をもつこと,さらに,RTがEFdAを天然基質であるdAより2倍好んで取り込むことは,4′位のエチニル基がRTと特別な親和性をもつことを示唆している.4′位のエチニル基がRTと特別な親和性をもつことは,WangらによりRTがEd4Tを取り込んだ結晶のX線結晶解析によって“RTのアミノ酸残基が作る親油性のポケットに4′位のエチニル基が丁度入り込む形でEd4TがRTと結合する”と証明された(7)7) G. Yang, J. Wang, Y. Cheng, G. E. Dutschman, H. Tanaka, M. Baba & Y.-C. Cheng: Antimicrob. Agents Chemother., 52, 2035 (2008). doi: 10.1128/AAC.00083-08.1年遅れでE. MichailidisらによりEFdAを用いて全く同じことが証明された(8)8) E. Michailidis, B. Marchand, E. Kodama, K. Singh, M. Matsuoka, K. A. Kirby, E. M. Ryan, A. M. Sawai, E. Nagy, N. Ashida et al.: J. Biol. Chem., 18, 35681 (2009). doi: 10.1074/jbc.M109.036616.さらに,Michailidisらは“EFdAは,その3′-OH基と4′-エチニル基によるRTとの結合が非常に強いので,最初結合した位置から次の基質を受け入れるための位置まで移動することができないTranslocation-Defective RT Inhibitorである”としている(8)8) E. Michailidis, B. Marchand, E. Kodama, K. Singh, M. Matsuoka, K. A. Kirby, E. M. Ryan, A. M. Sawai, E. Nagy, N. Ashida et al.: J. Biol. Chem., 18, 35681 (2009). doi: 10.1074/jbc.M109.036616

このように,新概念とすべての作業仮説の正当性が証明され,さらに,3′-OH基が5′-OH基のキナーゼによるリン酸化を促進すること,4′-エチニル基がRTと特別な親和性をもつなどの大きな幸運に恵まれて(Chance favors the prepared mind),①耐性HIVを出現させない,②AZTの400倍以上,ほかのRT疎外臨床薬の数万倍という極めて高い抗HIV活性をもつ,③毒性が低い,④生体中安定で長時間活性が持続する,EFdAを創製することができた.

メルク社によるEFdAの臨床試験結果

米国メルク社(MSD)はヤマサ醤油(株)とライセンス契約を締結し,EFdAをMK-8591として臨床試験を行っている.そのPhase 1, Phase 1bの結果がCROI2016とIAS2017で報告されたので紹介する.

CROI2016での報告:MK-8591(EFdA)は経口投与で速やかに体内に吸収されて,活性本体のトリリン酸(TP)に変換される.TPの体内での半減期は約103時間,10 mg一回の投与で10日間以上活性が持続する.臨床薬であるTDF毎日300 mg, TAF毎日25 mgの経口投与より,MK-8591一回10 mgの経口投与のほうがはるかに抗HIV活性が高い.TDFは約11日,TAFは約14日で耐性HIVが出現するがMK-8591には出現しない.10 mgではほとんど副作用が見られなかった.固体状態で投与する方法では1年に一回の投与で済むという結果を得た.感染防御(prophylaxis)にも使用が期待できる.

ISA2017での報告:IAS2017でlate-breaking abstractとして発表された.MK-8591の最低使用可能量の研究が行われ0.5 mgは一度の経口投与で少なくとも7日間活性が持続する,MK-8591の優れた諸性質はHIV感染の治療および防御にパラダイムシフトを起こす可能性がある,との報告である.

おわりに

本研究は畑辻明東工大教授が代表の科研費重点研究「核酸の構造と機能の有機化学的展開(1992~1994)」の金子主税東北大教授班の班員として,また生物学的評価をアサヒビール(株)に依頼し共同研究として始めました.抗HIV活性試験は実吉峯朗教授(帝京科学大)を通して馬場昌範先生(県立福島医大,現鹿児島大教授)にお願いいたしました.しかし,数年でアサヒビール(株)が医薬品開発事業から撤退したので共同研究が終わり,次にヤマサ醤油(株)に生物学的評価を依頼しました.ヤマサ醤油(株)が抗HIV活性試験を満屋弘明教授(熊本大,NIH)にお願いしましたので,筆者,満屋先生,ヤマサ醤油(株)の共同研究が始まりました.

ヤマサ醤油(株)が私達共同研究者を発明者としてEFdAの特許を取得しました.本研究は上記の先生方,会社の皆様,私の研究室の学生諸君と多くの方々の協力を得ることができここまできました.皆様に心から感謝申し上げます.新概念と作業仮説が抗ウイルス薬の開発に,EFdAが世の役に立つことを願っております.

Reference

1) H. Ohrui: Chem. Rec., 6, 133 (2006). doi: 10.1002/tcr.20078

2) H. Ohrui: Proc. Jpn. Acad., Ser. B., 87, 53 (2011).

3) J. A. Montgomery & K. Hewson: J. Med. Chem., 12, 498 (1969). doi: 10.1021/jm00303a605

4) K. Haraguchi, S. Takeda, H. Tanaka, T. Nitanda, M. Baba, G. E. Dutschman & Y.-C. Cheng: Bioorg. Med. Chem. Lett., 13, 3775 (2003). doi: 10.1016/j.bmcl.2003.07.009

5) M. A. Siddiqui, S. H. Hughes, P. L. Boyer, H. Mitsuya, Q. N. Van, C. George, S. G. Sarafianos & V. E. A. Marquez: J. Med. Chem., 47, 5041 (2004). doi: 10.1021/jm049550o

6) K. Maeda, D. V. Desai, M. Aoki, E. Kodama & H. Mitsuya: Antivir. Ther., 19, 179 (2014). doi: 10.3851/IMP2697

7) G. Yang, J. Wang, Y. Cheng, G. E. Dutschman, H. Tanaka, M. Baba & Y.-C. Cheng: Antimicrob. Agents Chemother., 52, 2035 (2008). doi: 10.1128/AAC.00083-08

8) E. Michailidis, B. Marchand, E. Kodama, K. Singh, M. Matsuoka, K. A. Kirby, E. M. Ryan, A. M. Sawai, E. Nagy, N. Ashida et al.: J. Biol. Chem., 18, 35681 (2009). doi: 10.1074/jbc.M109.036616