農芸化学@High School

ネジバナと菌根菌の関係を探るネジバナの種子を発芽させるにはどうすればよいだろうか

繁森 有紗

茗溪学園高等学校

Published: 2017-11-20

本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表された.菌根菌は植物と共生する菌類で,陸上植物の80%以上と共生関係にある.本研究は,菌従属栄養植物であるラン科のネジバナ(Spiranthes sinensis)の種子が,その発芽に必要な菌根菌と共生するイネ科のオヒシバ(Eleusine indica)の側で発芽して生育したことを植生調査,発芽試験,菌根菌同定といった実験で提示し,菌根菌を介した植物間コミュニケーションを示したものである.

本研究の目的・方法および考察

【目的】

菌従属栄養植物は菌根菌がいないと有機物合成や発芽ができない.そのため,菌根菌に共生してもらい,菌根菌に有機物を作ってもらって生きている(1)1) 小川 眞編:“作物と土をつなぐ共生微生物—菌根の生態学—”,社団法人農山漁村文化協会,1987..菌従属栄養植物の一種であるネジバナの種子は,翼部分を除くと長径が0.15~0.20 mmと非常に小さく,発芽に必要な栄養分をもっていない.そのため,ラン菌(ラン科植物に寄生する菌根菌)が寄生しないと発芽できない(2)2) 山本真紀編:“「共生」に学ぶ—生き物の知恵—”,裳華房,2005..以上の背景から,ネジバナがどのような環境に生息しているのかを調査し,ネジバナ種子を発芽させる能力のある菌根菌を見つけ出し,ネジバナの発芽条件を明らかにすることを目的とした.

【方法】

第一に,植生調査を行い,ネジバナの生息地と周辺の植物との関係を調べた.第二に,植生調査よりネジバナとの関係性が高いと考察された植物から菌根菌を単離してネジバナ種子の発芽試験を行い,その菌がネジバナ種子を発芽させることに関与しているかを調べた.

1. 植生調査

茨城県つくば市の赤塚公園内47地点で植生調査を行った.調査地点において1 m2内に1~4本ネジバナが存在していた地点を単生地,5本以上存在していた地点を群生地とした.調査地点では,単生地においても群生地においても1本のネジバナを中心に30×30 cm2の方形枠を置き,枠内の植物の被度を調査し,種別の優占度を求めた.優占度の算出方法は次式のとおりである.

  • ①被度の相対値は,オヒシバの被度合計を10として計算.
    • (被度の相対値)=(被度合計)×10/(オヒシバの被度合計)
  • ②頻度の相対値は,調査区数を10として計算.
    • (頻度の相対値)=(出現した区画数)×10/(調査区数)
  • ③①と②用いて優占度を計算.
    • (優占度)=①(被度の相対値)+②(頻度の相対値)

2. 菌の単離

植生調査の結果,群生地での優占度が第1位と第2位のオヒシバとウラジロチチコグサを,ネジバナが生息していない地域から採取した.オヒシバは茗溪学園の第二食堂前で,ウラジロチチコグサは赤塚公園で採取した.採取したオヒシバとウラジロチチコグサの根から菌を分離した.

  • ①根をよく洗い,根の先端5 mmを切り取った.
  • ②マイクロチューブに切った根を入れ,無菌水1 mLを加え混和した後,5,600×gで2分遠心分離を行い,上清を取り除いた(2回繰り返す).
  • ③1 Mの次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素0.5%)1 mLを加え2分間混和した後,5,600×gで2分遠心分離を行い,上清を取り除いた.
  • ④無菌水1 mLを加え混和した後,5,600×gで30秒遠心分離を行い,上清を取り除いた.この作業を4回繰り返した後,最後に無菌水を1 mL加えた.
  • ⑤表面殺菌をした根を,グルコースを除いたポテトデキストロース培地(PDA培地)に接種した.
  • ⑥25°C明所で1週間培養した後,発生した菌糸を白金耳で掻き取り別の培地に植え替えることを繰り返した.

3. 発芽試験

ネジバナの種子を殺菌して播種した(3)3) 植竹ゆかり:“ネジバナ種子の共生発芽における2核Rhizoctonia AG-Cの侵入と菌毬形成”,財団法人日本きのこセンター菌蕈研究所研究報告,28,307 (1990).後,オヒシバとウラジロチチコグサから単離した菌根菌を接種して発芽試験を行った.ネジバナ種子が共生発芽する菌根菌の一種であるEpulorhiza repensをポジティブコントロールとして用いた.

  • ①種子(0.1 mL容)に無菌水1 mLを加え混和した後,5,600×gで2分遠心分離を行い,上清を取り除く作業を2回繰り返した.
  • ②1 Mの次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素0.5%)1 mLを加え2分間混和した後,5,600×gで2分遠心分離を行い,上清を取り除いた.
  • ③無菌水1 mLを加え混和した後,5,600×gで30秒遠心分離を行い,上清を取り除いた.この作業を4回繰り返した後,最後に無菌水を1 mL加えた.
  • ④マイクロピペットを使いオートミール培地に殺菌種子混濁液を100 µL播種した.
  • ⑤25°C暗所で1週間培養したのち,菌根菌を培養している寒天培地を5 mm角に切って接種した.

4. 菌根菌の同定

  • ①実験に使用したオヒシバの菌根菌をPDA培地で培養した.
  • ②PCRにより,核rDNA遺伝子の転写領域内部スペンサー(ITS)領域と核rDNA遺伝子の大サブユニット(LSU)領域を増幅した4)4) 糟谷大河・小林孝人・黒川悦子・H. N. D. Pham・保坂健太郎・寺嶋芳江:.日本から新たに発見された3種のチャツムタケ属菌,日本菌学会会報,2016.
  • ③ダイレクトシークエンス(国立科学博物館保坂健太郎先生に委託)を行い,塩基配列を決定した.
  • ④NCBIのGenBankでBLAST検索を行った.

【結果】

1. 植生調査

結果は表1表1■赤塚公園における植生調査結果(優占度上位10位まで)に示す.オヒシバの優占度の順位は,すべての条件下で第1位であり,その優占度合計に対する優占度の割合は,単生地16.6%に対して群生地は17.6%と高くなっている.全体での優占度の順位が高いオオバコとカタバミは,群生地では優占度の順位が下がる.反対にウラジロチチコグサ,タチハイゴケ,ニワゼキショウは全体での優占度の順位は高くはないが群生地において高くなる.

表1■赤塚公園における植生調査結果(優占度上位10位まで)
順位全体群生地単生地
植物名優占度植物名優占度植物名優占度
1オヒシバ17.4オヒシバ18.2オヒシバ17
2オオチドメ8.5ウラジロチチコグサ8.4オオチドメ9.7
3オオバコ8.2タチハイゴケ8.3カタバミ9.4
4カタバミ7.6オオバコ7.2オオバコ8.9
5タチハイゴケ7ニワゼキショウ7.2タチハイゴケ6.2
6ウラジロチチコグサ6.4オオチドメ6.5スズメノヤリ5.4
7シロツメクサ4.5カタバミ4.7ウラジロチチコグサ5.1
8ニワゼキショウ4.4ハルジオン4シロツメクサ4.7
9ハルジオン3.9シロツメクサ4ハルジオン3.9
10スズメノヤリ3.3ササガヤ3ヘビイチゴ3.8
合計102.7103.3102.4

以上より,ネジバナの生育環境と関係のある植物はオヒシバ,ウラジロチチコグサ,タチハイゴケ,ニワゼキショウの4種の可能性がある.

2. 菌の単離

オヒシバとウラジロチチコグサの根から菌が採取できた.

3. 発芽試験

発芽試験の結果を図1図1■ネジバナ種子の肥大表2表2■ネジバナの発芽率に示す.Epulorhiza repensの培地では種子が発芽したが,菌を接種していないネガティブコントロール培地では種子の肥大も見られなかったことから,菌根菌が存在していることがネジバナ種子の発芽条件であると考えられた.また,オヒシバから単離した菌の一種にポジティブコントロールと同様の発芽率を示すものがあったが,ウラジロチチコグサから単離した菌では発芽しなかった.このことから,ネジバナ種子を発芽させることのできる菌根菌は,オヒシバの根には生息しているがウラジロチチコグサにはいないことがわかった.

図1■ネジバナ種子の肥大

A. ネジバナ種子の長径の変化.B. ネジバナ種子の短径の変化.C. ネジバナ種子の肥大傾向(顕微鏡下160倍で撮影,バーは100 μmを表す).

表2■ネジバナの発芽率
接種菌発芽数総種子数発芽率(%)
オヒシバ菌3716422.6
ウラジロチチコグサ菌02160
Epulorhiza repens3925015.6
菌なし(コントロール)04570

4. 菌根菌の同定

オヒシバの根から単離された菌は,Ceratobasidium sp.と,5.8Sを含むrDNA ITS領域において100%,rDNA LSU(28S)領域において99%一致した.よって,この菌は,ハラタケ綱アンズタケ目ツノタンシキン科ツノタンシキン属に属していると考えられた.Ceratobasidiumは,Rhizoctonia属菌の有性世代で担子菌亜門に分類される代表的な5属の一つである(5)5) 荒川征夫・稲垣公治:“Rhizoctonia 属菌における菌糸融合群判定および集団遺伝学解析のための分子マーカー”,日植病報,80, 81 (2014)..また,ネジバナの菌根菌として既知であるCeratobasidium cornigerumとはITS領域において0.5%,Thanatephorus cucumerisとはITS領域において2%,LSU(28S)領域において2.5%異なる塩基配列を示したため,別種の菌根菌である可能性がある.

【考察】

植生調査の結果より,ネジバナの自生地における優占種はオヒシバとウラジロチチコグサであると考えた.この2種の内生菌根菌を用いた発芽試験の結果,オヒシバから単離された菌根菌にはポジティブコントロールと同様の発芽率を示すものがあった.しかしながらウラジロチチコグサから単離された菌根菌にはネジバナ種子を発芽させる能力が見られなかった.このことから,ある特定の菌根菌がいることがネジバナ種子の発芽条件の一つであることが考えられた.また,オヒシバの根にはネジバナ種子の発芽能力がある菌根菌が共生しているために,ネジバナの自生地とオヒシバの自生地が重なっているという結果が得られた可能性が考えられた.

本研究の意義と展望

本研究では,オヒシバから菌根菌を単離し,その菌の寄生によりネジバナの種子が発芽することを実証した.ネジバナの生息地において優占度が高かった2つの植物に注目してネジバナとの関係性を仮定したが,マクロレベルの植生の実態とミクロレベルの菌根菌による種子の発芽という2つの事実がつながったところに,本研究の意義があると考える.すなわち風で散布されたネジバナの種子のうち,オヒシバの近くに着地したネジバナの種子が高い確率で発芽し生育するために,2つの植物の頻度が同調するという仮説の提示である.

今後は,ウラジロチチコグサの菌根菌での追試を含め,よりさまざまな種類の菌根菌での検証実験が必要である.発芽率の比較を行い,自然界での菌根菌の寄与率が菌の種類によってどのようになっているのかを明らかにできると,なお一層自然の理解につながると考える.

(文責「化学と生物」編集委員)

Acknowledgments

本研究は,筑波大学の藤森祥平氏,阿部淳一ピーター先生,山岡裕一先生,国立科学博物館の保坂健太郎先生に,種子と菌の提供および研究のご指導をいただきました.この場をお借りして感謝いたします.

Reference

1) 小川 眞編:“作物と土をつなぐ共生微生物—菌根の生態学—”,社団法人農山漁村文化協会,1987.

2) 山本真紀編:“「共生」に学ぶ—生き物の知恵—”,裳華房,2005.

3) 植竹ゆかり:“ネジバナ種子の共生発芽における2核Rhizoctonia AG-Cの侵入と菌毬形成”,財団法人日本きのこセンター菌蕈研究所研究報告,28,307 (1990).

4) 糟谷大河・小林孝人・黒川悦子・H. N. D. Pham・保坂健太郎・寺嶋芳江:.日本から新たに発見された3種のチャツムタケ属菌,日本菌学会会報,2016.

5) 荒川征夫・稲垣公治:“Rhizoctonia 属菌における菌糸融合群判定および集団遺伝学解析のための分子マーカー”,日植病報,80, 81 (2014).