Kagaku to Seibutsu 56(1): 2-4 (2018)
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性ホルモンが操る腸内細菌叢が代謝疾患を制御する腸内細菌叢を標的としたアンドロゲンの作用
Published: 2017-12-20
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生物学的・解剖学的性差のために男女のいずれか一方のみに発症する生殖器の疾患以外にも,発症頻度に性差が認められる疾患が存在する.男性では心筋梗塞や痛風のリスクが高く,女性では骨粗鬆症やアルツハイマー病,関節症のリスクが高い.このような発症頻度に性差が見られる疾患の多くには,性ホルモンの作用が関係する.女性における骨粗鬆症の例を挙げると,更年期以降,破骨細胞におけるエストロゲン受容体αを介した女性ホルモン(エストロゲン)によるアポトーシス誘導作用が低下することで,骨芽細胞による骨形成よりも破骨細胞による骨吸収が優勢となり骨量の減少が導かれる.このような性ホルモンが直接標的細胞に働きかける作用機構に加えて,近年,性ホルモンが腸内細菌叢への影響を介して生理作用を発揮する機構が存在することが明らかになってきた.本稿では,1型糖尿病とメタボリックシンドロームの発症における腸内細菌叢の役割に関する研究を例に「性ホルモン–腸内細菌叢–代謝疾患」軸に関する知見を紹介する.
ヒト腸内細菌叢は,およそ1,000種,100兆を超える数の細菌で構成されており,単純にそれぞれがもつ遺伝子数で比較すると腸内細菌叢はヒトの100倍以上の多様性をもつ.隠れた臓器と称される腸内細菌叢は,宿主の炎症・免疫や肥満,2型糖尿病,非アルコール性脂肪性肝炎の発症へ強い影響をもつ.ヒトにおいては統一した見解はまだ得られていないが,マウスではFirmicutes門細菌数/Bacteroidetes門細菌数の比が上昇することが肥満の発症と関係する.このような腸内細菌叢の好ましくない状態(ディスバイオーシス)が,上記の疾患の発生や進行を引き起こす.近年,腸内細菌叢が雌雄間で異なることや同じ細菌叢を移植しても定着するものが雌雄間で異なること,さらに食事による腸内細菌叢の変化も雌雄間で異なることが見いだされ,腸内細菌における性差の存在が明らかになってきた.マウスを用いた研究により,去勢した雄の腸内細菌は正常な雄よりも雌の腸内細菌叢に類似すること,成熟した雌の腸内細菌叢は成熟前の雌や雄の細菌叢と類似することが明らかとなった(1)1) L. Yurkovetskiy, M. Burrows, A. A. Khan, L. Graham, P. Volchkov, L. Becker, D. Antonopoulos, Y. Umesaki & A. V. Chervonsky: Immunity, 39, 400 (2013)..つまり,第二次性徴期に増加する男性ホルモン(アンドロゲン)の作用によって成熟した雄での腸内細菌叢変化が生み出されて性差が形成されると考えられる.
1型糖尿病は自己免疫反応によってインスリン分泌器官である膵β細胞が破壊されることで発症する疾患であり,遺伝的要因と環境因子の両方から影響を受ける.その発症は乳幼児期から始まり,小学生くらいの年齢まではその発症率に性差は認められないが,中高生くらいから発症頻度に性差が生じて男性での発症頻度が高くなる.これは,ほかの自己免疫疾患が女性で発症率が高いことと異なる性差の特徴である.1型糖尿病の動物モデルとして知られるNODマウスは,ヒトとは逆に,雌においてその発症頻度が雄よりも顕著に高い(1)1) L. Yurkovetskiy, M. Burrows, A. A. Khan, L. Graham, P. Volchkov, L. Becker, D. Antonopoulos, Y. Umesaki & A. V. Chervonsky: Immunity, 39, 400 (2013)..雄マウスを去勢するとその発症率が上昇し,雌マウスにアンドロゲンであるテストステロンを投与するとその発症率が低下することから,発症における性差のバイアスは,性染色体上の遺伝子の関与ではなく,アンドロゲンの保護的な作用によるものと考えられていた.2013年に発表された2つの論文から,雌雄での腸内細菌叢の相違が1型糖尿病の発症性差を生じさせる原因であることが明らかになった(1, 2)1) L. Yurkovetskiy, M. Burrows, A. A. Khan, L. Graham, P. Volchkov, L. Becker, D. Antonopoulos, Y. Umesaki & A. V. Chervonsky: Immunity, 39, 400 (2013).2) J. G. Markle, D. N. Frank, S. Mortin-Toth, C. E. Robertson, L. M. Feazel, U. Rolle-Kampczyk, M. von Bergen, K. D. McCoy, A. J. Macpherson & J. S. Danska: Science, 339, 1084 (2013)..具体的には,無菌環境下ではNODマウスの1型糖尿病発症における雌雄差がほぼ消失すること,雄NODマウスの腸内細菌叢を移植した未成熟雌NODマウスでは1型糖尿病の発症が抑制されること,アンドロゲン受容体アンタゴニストを与えた雄マウスをドナーとした腸内細菌叢移植では保護作用が消失することが判明した.これらの結果から,雄ではアンドロゲンに依存した腸内細菌叢変化が1型糖尿病発症抑制に作用すると考えられる(2)2) J. G. Markle, D. N. Frank, S. Mortin-Toth, C. E. Robertson, L. M. Feazel, U. Rolle-Kampczyk, M. von Bergen, K. D. McCoy, A. J. Macpherson & J. S. Danska: Science, 339, 1084 (2013)..1型糖尿病における腸内細菌叢の特徴は,①Bacteroidetes門の増加,②酪酸産生菌の減少,③細菌の多様性の減少が挙げられるが,これらは1型糖尿病の指標となる自己抗体の産生が始まった後に生じることも指摘されている.それ故,腸内細菌叢は1型糖尿病発症機序における初期段階よりも進行段階に影響すると考えられる.
メタボリックシンドロームの発症は,男性が女性よりも2倍以上リスクが高い.男性において,血中テストステロンレベルが低いことがメタボリックシンドローム発症リスクとなり,心疾患のリスクを上昇させることが明らかになってきたが,そのメカニズムに関しては不明であった.最近,高脂肪食摂取時にのみ,マウスは去勢によって肥満が誘導されることが明らかになった(3)3) N. Harada, R. Hanaoka, H. Horiuchi, T. Kitakaze, T. Mitani, H. Inui & R. Yamaji: Sci. Rep., 6, 23001 (2016)..去勢マウスでは摂食量が低下していたことから,誘導された肥満は過食によるものではなく食餌効率(体重増加量/摂餌量)の増加に起因するものであった.また,去勢によって体温が上昇していたことから去勢マウスでの熱産生はむしろ亢進しており,誘導された肥満は熱産生の減少によるものではないと考えられた(4)4) N. Harada, R. Hanaoka, K. Hanada, T. Izawa, H. Inui & R. Yamaji: Gut Microbes, 7, 533 (2016)..この去勢マウスでは高脂肪食摂取時に(i)内臓脂肪(腸間膜)の増加,(ii)空腹時血糖の上昇,(iii)脂肪肝の発症,(iv)大腿筋の減少が観察された.さらに,摂餌量あたりの乾燥糞重量が去勢により減少したことから,腸内細菌叢の関与が疑われ,実際に抗生物質を飲水投与すると(i)~(iv)の変化はすべて消失した.(i)~(iv)はすべて心疾患のリスクファクターとなることから,腸内細菌叢に与えるアンドロゲンの作用は心疾患リスクにまで影響することが示唆された.去勢マウスでは,高脂肪食摂取時にのみ去勢により,盲腸内と糞中の両方でFirmicutes/Bacteroidetes比の増加と,Lactobacillus属細菌の増加が観察された(3, 4)3) N. Harada, R. Hanaoka, H. Horiuchi, T. Kitakaze, T. Mitani, H. Inui & R. Yamaji: Sci. Rep., 6, 23001 (2016).4) N. Harada, R. Hanaoka, K. Hanada, T. Izawa, H. Inui & R. Yamaji: Gut Microbes, 7, 533 (2016)..栄養学分野の研究でさえ,摂食量は測定するものの,糞重量まで測定したものはほとんど見かけない.去勢による肥満の発症に腸内細菌の関与が疑われた要因は,去勢時に「食餌効率」と「食餌量あたりの乾燥糞重量」の変化が観察されたという結果であった.これらの結果は,抗生物質投与試験や腸内細菌叢解析へと強く背中を押すもので,腸内細菌叢変化の指標となりうるのではないかと考える.糞に関する知見はRoseらの総説(5)5) C. Rose, A. Parker, B. Jefferson & E. Cartmell: Crit. Rev. Environ. Sci. Technol., 45, 1827 (2015).がたいへん有用であるが,腸内細菌との関係性に関しては,まだまだこれからという現状である.
本稿で述べてきたように,性ホルモン(特にアンドロゲン)が腸内細菌叢を調節する因子として機能して代謝疾患を制御することが明らかになってきた(図1図1■性ホルモン–腸内細菌叢–代謝疾患軸).この結果から,宿主は内分泌系をコントロールすることで腸内細菌を選択しているのではないだろうか? という疑問が浮上する.この考えを証明するために,内分泌系が腸内細菌にどのように影響を与えるのかについて今後明らかになることが期待される.
Acknowledgments
イラストレーションの作成に協力して頂いた堀内寛子博士に御礼申し上げます.