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種分化を導くフェロモンと受容体の協調的な進化分裂酵母の新しい生殖群の創出

Taisuke Seike

清家 泰介

国立遺伝学研究所系統生物研究センター

Chikashi Shimoda

下田

大阪市立大学大学院理学研究科酵母遺伝資源センター

Published: 2017-12-20

現在,地球上には1千万程度の種が棲息していると推測されている(1)1) C. Mora, D. P. Tittensor, S. Adl, A. G. Simpson & B. Worm: PLoS Biol., 9, e1001127 (2011)..進化の過程で,一つの種から異なる種が分岐して新しい種になると考えられており,生殖隔離(大多数の個体とは生殖できなくなった少数の個体が出現してくること)は,種ができる重要な要因の一つである.昆虫や両生類から酵母まで,多くの生物では体外に性フェロモンと呼ばれる物質を分泌して異性と交配している.性フェロモンとその受容体の認識特異性は厳密で,フェロモンの構造が変わると受容体とは結合できずに,異性との交配が妨げられる結果になる.性フェロモンの研究では,昆虫を対象とする研究がよく知られており(2)2) R. Tirindelli, M. Dibattista, S. Pifferi & A. Menini: Physiol. Rev., 89, 921 (2009).,フェロモンが遺伝的に変化して生殖隔離されるという仮説がこれまで議論されてきた(3)3) C. Smadja & R. K. Butlin: Heredity, 102, 77 (2008)..しかし,昆虫では 1)受容体が同定されていないものが多い,2)フェロモンの化学構造が複雑である,3)遺伝子操作が困難,などの難点があり,仮説の検証はあまり進んでいない.

そこで著者らは,単細胞微生物である分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを使って,この仮説の証明を試みた.分裂酵母にも動物と同じく2つの性=接合型(P型・M型と呼ぶ)があり,異なる接合型の細胞間で接合(交配)する.この接合には,ペプチド性フェロモンと7回膜貫通型受容体(GPCR: G-protein coupled receptor)との認識特異性が極めて重要である.受容体からのシグナルはGタンパク質を介した情報伝達経路により,核に伝えられる.また分裂酵母では,これらのペプチドおよび受容体タンパク質の遺伝子はすべて同定されている(4~7)4) K. Kitamura & C. Shimoda: EMBO J., 10, 3743 (1991).5) K. Tanaka, J. Davey, Y. Imai & M. Yamamoto: Mol. Cell. Biol., 13, 80 (1993).6) Y. Imai & M. Yamamoto: Genes Dev., 8, 328 (1994).7) S. Kjaerulff, J. Davey & O. Nielsen: Mol. Cell. Biol., 14, 3895 (1994)..そこで分裂酵母を用いて,遺伝子操作によりフェロモンと受容体の遺伝子を大規模に改変し,人為的に生殖隔離を実現させることを試みた.

戦略を図1図1■分裂酵母の新しい生殖群を創る戦略図に示す.まず第1段階として,M型細胞から分泌されるフェロモンM-factor(9アミノ酸からなるペプチド)の遺伝子に網羅的にミスセンス変異を導入し,それを構成する8つのアミノ酸の一つが,別の19のアミノ酸に置換された,合計152(8×19)種の変異M-factorを生産する変異株を作製した.これらの変異体の中で35種の変異M-factorは,野生型受容体に認識されなくなることがわかった(8)8) T. Seike, Y. Yamagishi, H. Iio, T. Nakamura & C. Shimoda: Genetics, 191, 815 (2012)..このような網羅的な変異導入はかつてない試みであったが,M-factorのアミノ酸末端側の半分の4アミノ酸はほとんど活性に影響しないという予期せぬ結果が得られた.次に第2段階では,M-factorの受容体であるMap3タンパク質(365アミノ酸からなるGPCR)にランダムに変異を導入し,不活性型の変異M-factorを認識できるようになったmap3変異体を探索した.約65万個の変異体から生殖可能になったものを探し出し,受容体のどのアミノ酸が変わっているかを調べた.その結果,Map3の第6番目の膜貫通領域および第3番目の細胞外ループに位置するアミノ酸が,集中的に変異していることがわかった.そこで,さらにこれらのキーとなるアミノ酸部位に網羅的に変異を導入し,変異M-factorと変異Map3の組み合わせを精査した.そして最終的に,野生型に匹敵するレベルで接合する(つまり,フェロモンが受容体に認識されている)組み合わせを発見した(9)9) T. Seike, T. Nakamura & C. Shimoda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 4405 (2015).

図1■分裂酵母の新しい生殖群を創る戦略図

分裂酵母は性フェロモンをやりとりすることにより,M(Minus)型細胞とP(Plus)型細胞の間で接合する.(第1段階)フェロモンM-factorへの変異導入,(第2段階)受容体Map3への変異導入を経て,野生型生殖群から生殖隔離された新しい生殖群(変異M-factorを発現するM′型細胞と,変異Map3を発現するP′型細胞)を創出した.詳細は本文参照.

この人為的に作製した新しい生殖群(変異M-factorと変異Map3を発現している個体)が,野生型生殖群(元の正常な個体)と接合できないことを確認した.さらに野生型生殖群と新しい生殖群に属するM型とP型の細胞に,それぞれ異なる薬剤耐性遺伝子を付与し,同じフラスコ内で混合して生殖を行わせた.その結果,それぞれの生殖群の間では接合により遺伝子の混合が頻繁に起こるのに対し,野生型生殖群と新しい生殖群の間では,1,000万分の1以下の頻度でしか遺伝子の交換が起こらないことを証明した(9)9) T. Seike, T. Nakamura & C. Shimoda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 4405 (2015)..このように人為的に新しい生殖群を創った成功例は,酵母以外での生物でも報告はなく,この成果は世界に先駆けた成果であると言える.こうして,著者らは分裂酵母を使って,フェロモンと受容体の遺伝的な変化が生殖隔離を引き起こすことを,実験的に証明できた.

今回,酵母を用いて種分化の一端を実験室で実現できたことは,今後の種分化機構の研究に大きなインパクトを与え,高等生物である昆虫などを用いた同様の研究に火をつける効果が期待される.最近,早稲田大学の菊山榮らの研究グループは,両生類のアカハライモリの雌が雄を引きつけるために,たった3アミノ酸からなるペプチド性フェロモン(アイモリンと命名)を利用していることを明らかにした(10)10) T. Nakada, F. Toyoda, K. Matsuda, T. Nakakura, I. Hasunuma, K. Yamamoto, S. Onoue, M. Yokosuka & S. Kikuyama: Sci. Rep., 7, 41334 (2017)..これは脊椎動物の雌が分泌するフェロモンとしては,初の発見である.一方,雄が雌を引きつけるために使われる性フェロモン(ソデフリンと命名)は,同グループが20年以上前に発見し,報告している(11)11) S. Kikuyama, F. Toyoda, Y. Ohmiya, K. Matsuda, S. Tanaka & H. Hayashi: Science, 267, 1643 (1995)..興味深いことに,日本各地に分布しているイモリの調査によると,ソデフリンのアミノ酸配列が地域によって僅かに変化しており,それが個体間の生殖隔離に働いている可能性が議論されている(12, 13)12) T. Iwata, K. Umezawa, F. Toyoda, N. Takahashi, H. Matsukawa, K. Yamamoto, S. Miura, H. Hayashi & S. Kikuyama: FEBS Lett., 457, 400 (1999).13) T. Nakada, F. Toyoda, T. Iwata, K. Yamamoto, J. M. Conlon, T. Kato & S. Kikuyama: Peptides, 28, 774 (2007)..このように自然界でも性フェロモンの遺伝的な変化が生殖隔離を引き起こし,新しい種の出現に結びつくことが強く示唆されている.筆者らも現在,世界各地で単離された分裂酵母の野生株の広範な解析を進めており(清家ら,論文準備中),同じ種でありながら,フェロモンや受容体には実験室株では見られないような多くの変異が見つかっている.しかし,性フェロモンもしくは受容体の単独の変化は通常,交配能力の低下を引き起こすだけである.そのため,フェロモンと受容体の新しい組み合わせができるためには,どちらかが変化しても交配が(少なくとも一時的に)維持できる柔軟な仕組みが必要である.性フェロモンがどのようにして,その機能を維持しつつ,多様化するのかについてはたいへん興味深いが,そのメカニズムについてはよくわかっていない.

分裂酵母のフェロモン受容体は,タイプDに属するGPCRである.これまで真菌の受容体はいずれも構造が決定しておらず,解析が遅れている.そのため,分裂酵母におけるM-factorとMap3間の分子的な仕組みに関する知見は,医学方面への波及効果も期待される.筆者らが行った受容体とペプチドリガンド間の親和性に関する網羅的な情報は,ペプチドホルモンの作用を増強したり,抑制したりする薬剤の開発にも今後応用できるかもしれない.

Reference

1) C. Mora, D. P. Tittensor, S. Adl, A. G. Simpson & B. Worm: PLoS Biol., 9, e1001127 (2011).

2) R. Tirindelli, M. Dibattista, S. Pifferi & A. Menini: Physiol. Rev., 89, 921 (2009).

3) C. Smadja & R. K. Butlin: Heredity, 102, 77 (2008).

4) K. Kitamura & C. Shimoda: EMBO J., 10, 3743 (1991).

5) K. Tanaka, J. Davey, Y. Imai & M. Yamamoto: Mol. Cell. Biol., 13, 80 (1993).

6) Y. Imai & M. Yamamoto: Genes Dev., 8, 328 (1994).

7) S. Kjaerulff, J. Davey & O. Nielsen: Mol. Cell. Biol., 14, 3895 (1994).

8) T. Seike, Y. Yamagishi, H. Iio, T. Nakamura & C. Shimoda: Genetics, 191, 815 (2012).

9) T. Seike, T. Nakamura & C. Shimoda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 4405 (2015).

10) T. Nakada, F. Toyoda, K. Matsuda, T. Nakakura, I. Hasunuma, K. Yamamoto, S. Onoue, M. Yokosuka & S. Kikuyama: Sci. Rep., 7, 41334 (2017).

11) S. Kikuyama, F. Toyoda, Y. Ohmiya, K. Matsuda, S. Tanaka & H. Hayashi: Science, 267, 1643 (1995).

12) T. Iwata, K. Umezawa, F. Toyoda, N. Takahashi, H. Matsukawa, K. Yamamoto, S. Miura, H. Hayashi & S. Kikuyama: FEBS Lett., 457, 400 (1999).

13) T. Nakada, F. Toyoda, T. Iwata, K. Yamamoto, J. M. Conlon, T. Kato & S. Kikuyama: Peptides, 28, 774 (2007).