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カメムシから見つかった新規幼若ホルモンの構造決定構造推理を出発点とする超微量天然物の構造決定

Tetsuro Shinada

品田 哲郎

大阪市立大学大学院理学研究科

Yoko Yasuno

保野 陽子

大阪市立大学大学院理学研究科

Toyomi Kotaki

小滝 豊美

農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門

Published: 2017-12-20

構造決定の対象となる天然物が超微量の場合,その構造が決定されるまでに長い年月を要する場合が多い.幼若ホルモン(JH)などの昆虫由来の生物活性天然物などが,その代表的な例である(1~3)1) 山下興亜:化学と生物,26,355(1988).2) 是枝正人,中西香爾:化学と生物,10,138(1972).3) 小林勝利:化学と生物,5,201(1967)..本稿ではチャバネアオカメムシ由来の新規JH, JHSB3の構造決定について紹介する(4, 5)4) T. Kotaki, T. Shinada & H. Numata: Psyche J. Entom., Article ID 924256, http://dx.doi.org/10.1155/2012/924256, (2012).5) T. Kotaki, T. Shinada, K. Kaihara, Y. Ohfune & H. Numata: Org. Lett., 11, 5234 (2009)..JHは昆虫の幼若形質の維持を司る超微量ホルモンである.1934年にカメムシの一種である吸血サシガメ(Rhodnius prolixus)を用いた実験から,その存在が明らかにされた.1968年,大型のカイコガの一種,セクロピアサンを用いた実験によってJH Iが単離構造決定され,JHの構造が初めて世に示された.その後,側鎖の炭素数とエポキシ環の数が異なる同族体が天然より確認されている(図1図1■代表的な幼若ホルモンの構造).一方で,JHの発見を導いたカメムシのJHは最近まで未決定であった.

図1■代表的な幼若ホルモンの構造

カメムシ由来のJHの構造決定は,JH Iの場合とは大きく異なり,構造推理と有機合成を出発点とすることを特徴とする(図2図2■構造決定手順の比較).構造を的確に推理することが本戦略の要である.推理のための状況証拠はJHの生合成実験(アラタ体培養)と質量分析を拠り所としている(図3図3■候補分子の推理).JHはアラタ体と呼ばれる内分泌組織で生合成され,体内に分泌される.この仕組みを利用して,カメムシからアラタ体を摘出・培養することで,アラタ体が生産するであろうJHを検出することが試みられた.超微量のホルモンを検出するためには超高感度な分析が必要となる.そのため,ラジオアイソトープを用いた標識実験が行われた.具体的には,JHのメチルエステル化がメチオニンのS-メチル基に由来することに基づいて,S-メチル基をトリチウム標識したメチオニンが添加された.アラタ体培養生産物は順層の薄層クロマトグラフィーにより分析された.その結果,トリチウム標識された生産物が確認されたが,そのRf値は,既知のJH類とは一致せずJH IIIとJHB3の中間に位置した.また,同条件下,培養条件に炭素数15の鎖状セスキテルペン,ファルネソールを添加しところ生産物の量が増加した.これより,カメムシのアラタ体の生産物はこれまでに報告されたものと同じような分子極性を備えているが,新規であることが示唆された.さらなる情報を得るために,アラタ体培養抽出物の質量分析が行われた.その結果,複数のピークの中にJH III(分子量266, C16H26O3)より16マスユニット,分子量が大きい分子(分子量282)が確認された.これについて高分解能MS分析を行うと,分子式C16H26O4が得られた.

図2■構造決定手順の比較

図3■候補分子の推理

図4■候補分子の合成とTLC分析

上述の状況証拠をもとに,標的JHをJHB3以外のジエポキシエステル体と予想した.平面式から考えられる可能性(異性体の数)は鏡像異性体を含めて32である.その中に目的物が存在するかどうかを調べるために,可能な分子をすべて含む混合物が市販品より2段階で合成された(図4図4■候補分子の合成とTLC分析).合成混合物はTLC上でほぼワンスポットに観測され,そのRf値はアラタ体培養実験で確認されたものと同じであった.また,弱いながらJH活性(チャバネアオカメムシの終齢幼虫が成虫に脱皮しないこと)も確認された.これらの結果を踏まえて,混合物の分離とJH活性試験が行われた.

ワンスポットの混合物を分離することには困難が予想されたが,順相のキラルカラムを用いることで20程度のフラクション(Fr)に分離できた.各FrのJH活性が調べられた結果,AとBに強力なJH活性が認められた.これらのNMR解析から,AとBはいずれもファルネソール骨格上にエポキシ環が2, 3位;10, 11位に配置されていることが示された(図5図5■構造決定に至る候補分子の絞り込み).しかし,2つのエポキシ環が遠隔に位置しているために相対立体配置の決定には至らなかった.

図5■構造決定に至る候補分子の絞り込み

機器分析による構造解析に限界があると判断され,有機合成による4つの光学活性体の作り分けと構造の比較が行われた.鍵となるエポキシ環の立体制御は,生成物の不斉中心を試薬の選択によって任意に制御できる(経験則が成り立っている)香月・シャープレスエポキシ化(6)6) T. Katsuki & V. Martin: Org. React., 48, 1 (1996).とシャープレスジヒドロキシ化(7)7) H. C. Kolb, M. S. VanNieuwenhze & K. B. Sharpless: Chem. Rev., 94, 2483 (1994).により行われた.10数段階かけて合成された各候補化合物がキラルHPLCにて分析された結果,(2R,3S,10R)-体がAと,(2R,3S,10S)-体がBと一致した.これより,AとBはジアステレオマーの関係にあることがわかった.候補が2つになったところで,天然物との同定がガスクロマトグラフィー(GC)/MSにより行われた.天然由来のJHはチャバネアオカメムシ約60頭分のアラタ体培養により調製された.構造がよく似ているAとBは,通常のGCカラムでは分離できなかったが,キラルGCカラムを用いることによって分離できた.天然物由来のJHとの比較から,2R,3S,10R配置であるAがチャバネアオカメムシのアラタ体生産物と一致することがわかった.これより,チャバネアオカメムシのJH構造がAであると結論づけられた.本分子は新規であったことからJHSB3と命名された.このように,日本から初めて世界に発信する新規JHは,化学と生物(有機化学と昆虫生理学)との緊密な連携と協力によってもたらされた.

独特のにおいが印象的なカメムシであるが,それ以上に,イネ・果樹・大豆などに与える被害や,吸血サシガメが媒介するトリパノソーマの一種の感染症,シャーガス病の被害は深刻なものとなっている.農業・伝染病の被害を食い止めるという観点から,カメムシの防除・対策は重要な課題となっている.近年,核内JH受容体が同定され,その役割と情報伝達機構の理解が大きく進歩しつつある(8)8) M. Jindra, X. Bellés & T. Shinoda: Curr. Opin. Insect Sci., 11, 39 (2015)..新規JHはJH受容体が関与する情報伝達の扉を開く重要な鍵となろう.また,JHSB3はほかの昆虫とは異なる新規な構造なので,特異性に着目したカメムシ選択的な防除剤を考える手立てともなろう.基礎から応用への今後の展開が期待される.

Reference

1) 山下興亜:化学と生物,26,355(1988).

2) 是枝正人,中西香爾:化学と生物,10,138(1972).

3) 小林勝利:化学と生物,5,201(1967).

4) T. Kotaki, T. Shinada & H. Numata: Psyche J. Entom., Article ID 924256, http://dx.doi.org/10.1155/2012/924256, (2012).

5) T. Kotaki, T. Shinada, K. Kaihara, Y. Ohfune & H. Numata: Org. Lett., 11, 5234 (2009).

6) T. Katsuki & V. Martin: Org. React., 48, 1 (1996).

7) H. C. Kolb, M. S. VanNieuwenhze & K. B. Sharpless: Chem. Rev., 94, 2483 (1994).

8) M. Jindra, X. Bellés & T. Shinoda: Curr. Opin. Insect Sci., 11, 39 (2015).