今日の話題

テルペン環化酵素が触媒する多段階反応の構造基盤を解明複雑な環構造を酵素はいかに組み立てるのか

Kazuya Teramoto

寺本 和矢

東京大学大学院農学生命科学研究科

Tomohisa Kuzuyama

葛山 智久

東京大学生物生産工学研究センター

Published: 2017-12-20

テルペノイドは最大の天然有機化合物群であり,多様な構造と生理活性を有することから,医薬品だけでなく添加物や工業原料としてさまざまな場面で利用されている.その生合成は,前駆体であるプレニル二リン酸の合成,テルペン環化酵素による環状骨格の形成,水酸化酵素や糖転移酵素などによる修飾の各段階からなる.なかでもテルペン環化酵素が担う環状骨格の形成反応は,単独の酵素による反応によって複雑な多環式化合物を立体選択的に一挙に作り出すことができる,構造多様性を生み出す鍵反応である(1)1) D. W. Christianson: Chem. Rev., 117, 11570 (2017).

CotB2は,放線菌Streptomyces melanosporofaciens MI614-43F2が生産するサイクロオクタチンの生合成遺伝子クラスターから発見されたテルペン環化酵素である.本酵素は,不斉点をもたない炭素鎖長20の非環状化合物,ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)を基質として,6つの不斉点をもち3つの環構造が縮合したサイクロオクタチンの生合成中間体,サイクロオクタット-9-エン-7-オールを合成する(2)2) S.-Y. Kim, P. Zhao, M. Igarashi, R. Sawa, T. Tomita, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: Chem. Biol., 16, 736 (2009)..これまでにCotB2の精巧な反応カスケードが明らかにされている(3, 4)3) A. Meguro, Y. Motoyoshi, K. Teramoto, S. Ueda, Y. Totsuka, Y. Ando, T. Tomita, S. Y. Kim, T. Kimura, M. Igarashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4353 (2015).4) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang et al.: Sci. Rep., 5, 18471 (2015)..すなわちCotB2は,ピロリン酸基の脱離に続き,求電子環化反応による5-8-5員環構造の構築と連続した2回の1,2-ヒドリドシフト,独立した2回の1,5-ヒドリドシフト,シクロプロパン環を介した炭素–炭素結合の組換えによって生じた複数のカルボカチオン中間体を経由した一連の反応を触媒する.この複雑な環化反応の過程で生成する3つの炭素–炭素結合が位置選択的かつ立体選択的に厳密に制御されることから,CotB2が触媒するこの一連の環化反応の構造基盤に興味がもたれていた.今回,CotB2と基質アナログであるゲラニルゲラニルチオ二リン酸(GGSPP)との複合体の結晶構造が1.8 Åの分解能で決定された(5)5) T. Tomita, S.-Y. Kim, K. Teramoto, A. Meguro, T. Ozaki, A. Yoshida, Y. Motoyoshi, N. Mori, K. Ishigami, H. Watanabe et al.: ACS Chem. Biol., 12, 1621 (2017).

興味深いことに,複合体構造中のGGSPPは最終反応産物であるサイクロオクタット-9-エン-7-オールに近い特徴的なS字構造をとっていた.このS字構造は環化反応開始直前のGGPP結合状態の構造を反映していると推測され,CotB2は基質GGPPと結合した時点でGGPPを最終産物様の構造に折り畳んでいることが示唆された.また,CotB2活性中心ポケットは主に芳香族アミノ酸残基,疎水性アミノ酸残基と,いくつかの極性アミノ酸残基によって構成されていることが明らかになった.そこで,これらのアミノ酸残基に変異を導入した変異酵素が作製され,そのin vitro反応産物の構造解析から各アミノ酸残基の役割が推測された.それぞれの変異酵素が与える反応産物は,反応カスケードの途中で水分子による攻撃や脱プロトン化を受け終結したと推定される,サイクロオクタット-9-エン-7-オールとはいずれも異なる化合物であった.また,GGPPからサイクロオクタット-9-エン-7-オールに至る多段階反応の量子化学計算の結果から,GGPPの初期配座が環化反応の立体選択性を決定づけること,多段階反応中では複数回のコンホメーション変化が起きていることが明らかにされている(4)4) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang et al.: Sci. Rep., 5, 18471 (2015)..以上のことから,活性中心ポケットを形成する各アミノ酸残基は,①基質GGPP結合直後のコンホメーションを厳密に制御すること,反応カスケードにおいては,②近接するカルボカチオンをカチオン–π相互作用や双極性相互作用によって安定化すること,③カルボカチオン中間体のコンホメーション変化を引き起こすことが示唆された.

今回,CotB2-基質アナログ複合体の構造解析およびCotB2変異酵素の機能解析を組み合わせることで,反応カスケードにおける反応中間体の立体構造の制御および複数のカルボカチオン中間体の安定化に寄与するアミノ酸残基が特定された.今後,変異酵素の構造解析や,CotB2と反応中間体アナログとの複合体構造を解明することで,活性中心ポケットを構成する各アミノ酸残基の役割がより詳細に明らかになり,さらには活性中心ポケットの構造をリデザインすることで任意の骨格のテルペノイドを与える人工生体触媒分子の開発も可能になるかもしれない.

図1■テルペン環化酵素CotB2の活性中心の構造と環化反応機構

Reference

1) D. W. Christianson: Chem. Rev., 117, 11570 (2017).

2) S.-Y. Kim, P. Zhao, M. Igarashi, R. Sawa, T. Tomita, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: Chem. Biol., 16, 736 (2009).

3) A. Meguro, Y. Motoyoshi, K. Teramoto, S. Ueda, Y. Totsuka, Y. Ando, T. Tomita, S. Y. Kim, T. Kimura, M. Igarashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4353 (2015).

4) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang et al.: Sci. Rep., 5, 18471 (2015).

5) T. Tomita, S.-Y. Kim, K. Teramoto, A. Meguro, T. Ozaki, A. Yoshida, Y. Motoyoshi, N. Mori, K. Ishigami, H. Watanabe et al.: ACS Chem. Biol., 12, 1621 (2017).