Kagaku to Seibutsu 56(1): 15-17 (2018)
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プラズマ照射で植物細胞にタンパク質を導入植物の品種改良への応用利用へ向けて
Published: 2017-12-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
植物の品種改良には,縄文時代頃から行われている自然選抜から有用品種間の交配,さらには薬剤処理やガンマー線などを使ったゲノムDNAへのランダム変異導入など偶然に依存した方法がある.さらに,近年では,外来DNAを細胞内に導入することで形質を付与する遺伝子組換えが行われているが,外来遺伝子をもつ作物へ忌避感を抱く消費者も多く作物への利用にはいまだに障害がある.
最近,新しい品種改良技術としてゲノム編集が注目を浴びている.ゲノム編集とは,TALENタンパク質やCRISPR/Cas9タンパク質–RNA複合体などの部位特異的なゲノム編集酵素を導入して内在性の標的DNAを改変する技術である.TALENタンパク質やCRISPR/Cas9タンパク質–RNA複合体はゲノム編集の過程で必要となるだけで,目的とする作物では無用となる点が導入遺伝子の発現によって新規の形質を付与する遺伝子組換えと根本的に異なっている.このため,外来遺伝子を保持することなしに遺伝子改変できるゲノム編集は,これからの作物の品種改良技術として期待されている.タンパク質やRNAは細胞内において短時間で分解されるため,これらゲノム編集酵素をタンパク質やタンパク質–RNA複合体の形で導入できれば,外来因子が次世代に遺伝するということはない.しかしながら,植物細胞へ直接タンパク質を導入する技術が整っておらず,タンパク質導入に膜透過ペプチド法,パーティクルガン法,電気穿孔法などの利用が考えられるが,どれもゲノム編集に使用するには限界がある.そのため,通常,作物のゲノム編集においては,ゲノム編集酵素遺伝子を一時的に導入して機能させた後に,交配などによって導入遺伝子を除去する方法がとられている.このような理由から,簡単かつ多様な植物種や組織に適用できるタンパク質導入法の開発が期待されている.本稿では,筆者らが開発した,プラズマを用いて植物細胞へタンパク質を導入する方法(2)2) Y. Yanagawa, H. Kawano, T. Kobayashi, H. Miyahara, A. Okino & I. Mitsuhara: PLOS ONE, 12, e0171942 (2017).を紹介する.
プラズマとは,分子が陽イオンと電子に遊離した電離気体であり,固体,液体,気体に次ぐ第4の物質の状態である.プラズマは非常にエネルギーが高く,自然界の例としては雷やオーロラなど,さらに日常生活においては蛍光灯や空気清浄器などで応用利用されている.では,なぜプラズマでタンパク質導入という発想に行き着いたか,これは植物研究者に毎回聞かれる質問なので,簡単に触れておきたい.プラズマにはさまざまな種類があるが,ここでは,大気圧下で生成でき,かつ電離放電がなく100°C以下の温度に制御できるダメージフリープラズマを用いた(3)3) Atmospheric Damage-free Plasma Source: 株式会社プラズマコンセプト東京,http://www.pc-tokyo.co.jp/damagefree.html.このプラズマは,短時間照射では対象物に電離損傷や熱損傷を与えないので,繊細な生き物に処理できるといった特徴があり,金属表面の親水化などの工業利用のみならず殺菌や止血など医療応用にも利用可能である(4, 5)4) Y. Nomura, T. Takamatsu, H. Kawano, H. Miyahara, A. Okino, M. Yoshida & T. Azuma: J. Surg. Res., 219, 302 (2017).5) T. Takamatsu, K. Uehara, Y. Sasaki, H. Miyahara, Y. Matsumura, A. Iwasawa, N. Ito, M. Kohno, T. Azuma & A. Okino: PLOS ONE, 10, e0132381 (2015)..この,生き物にダメージを与えない,かつ表面の親水化,にヒントを得て,プラズマが植物表面に何らかの影響を与え,植物細胞へタンパク質導入できるのではないか,とひらめいた,というわけである.
前置きはそこまでにしておいて,本論に移りたいと思う.図1図1■プラズマ照射によるタンパク質導入のイメージ図をご覧いただきたい.これはプラズマを用いた植物細胞へのタンパク質導入実験のイメージ図である.図の中央にあるのがプラズマ生成装置で,その中にプラズマ生成用のガスを流し,電圧を印加することでプラズマが発生,そのプラズマが生成装置の下の穴から噴射される.さらに,そのままのプラズマは50°C以上と植物へ照射するには高温のため,冷却したヘリウムガスを通した金属管を使ってプラズマ生成装置を通るガスを冷却し,20~30°Cに調節したプラズマを植物へ照射している(6)6) T. Oshita, H. Kawano, T. Takamatsu, H. Miyahara & A. Okino: IEEE Trans. Plasma Sci., 43, 1987 (2015)..このシステムで二酸化炭素ガスあるいは窒素ガスから生成したプラズマをタバコ葉に照射した後,sGFP融合アデニル酸シクラーゼタンパク質溶液と接触させた.このように処理した葉を共焦点顕微鏡で観察するとsGFP蛍光が細胞内に観察された.一方,ネガティブコントロールとしてガスを照射した後にsGFP融合アデニル酸シクラーゼタンパク質溶液と接触させた葉では,sGFPの蛍光像は観察されなかった.また,プラズマ照射後にタンパク質を含まない溶液と接触させた葉でも緑色蛍光は観察されなかった.さらに,同様の実験をシロイヌナズナの葉とイネの根で行ったところ,二酸化炭素プラズマおよび窒素プラズマどちらで処理してもこれら組織の細胞内にsGFP蛍光が観察された.アデニル酸シクラーゼは細胞内のカルモジュリン依存的にATPからcAMPへの変換を触媒する酵素であり,cAMPを測定することで導入の有無を生化学的に判定することができる.二酸化炭素プラズマあるいは窒素プラズマを照射した後にsGFP融合アデニル酸シクラーゼと接触させたタバコ葉片では,ガス照射した葉片と比較して,有意にcAMP量が増加していた.これらのことから,二酸化炭素プラズマおよび窒素プラズマどちらで植物組織を処理しても,さらに植物種や組織を問わず,タンパク質が細胞内に導入されることが示唆された.
本稿で紹介したプラズマを用いた植物細胞へのタンパク質導入法は,無傷の組織にそのまま適用できるのが特徴であり,膜透過ペプチド法で必要とされるタンパク質溶液を葉に注入するなどの処理は不要である.そのため,これまでタンパク質導入に不向きとされてきた植物種や組織にも適用できる方法として期待される.現在多くの植物でゲノム編集による品種改良が行われているが,このプラズマ法を用いれば,導入されたゲノム編集酵素遺伝子の除去作業のための時間が不要になり,ゲノム編集による品種改良の効率性アップに役立つと考えている.さらに,遺伝的に固定されていないために差し芽で個体を増殖させるジャガイモや果樹などは次世代で導入遺伝子を除去することはできない.このような植物には,除去作業の不要なタンパク質導入によるゲノム編集系の確立が切望されており,プラズマによるタンパク質導入法の貢献は大きいと思われる.
Reference
3) Atmospheric Damage-free Plasma Source: 株式会社プラズマコンセプト東京,http://www.pc-tokyo.co.jp/damagefree.html