Kagaku to Seibutsu 56(1): 26-32 (2018)
解説
ビタミンK研究のパラダイムシフト吸収・代謝から新たな生物活性まで
Paradigm Shift of Vitamin K Research: Discovery of New Biological Activities of Vitamin K and Synthesis of the Analogues
Published: 2017-12-20
脂溶性ビタミンの一つであるビタミンKは一般に,γ-グルタミルカルボキシラーゼ(GGCX)の補酵素として働き,血液凝固や骨形成に関与していることが知られている.近年ビタミンK同族体の一つであるメナキノン-4(MK-4)が,ほかのビタミンK同族体から変換されて各組織に蓄積していることが明らかにされた.そこで,ビタミンKにはいまだ解明されていない重要な生理的役割を果たしていると考えられるようになった.特に最近のビタミンK研究から,核内受容体のアゴニストとしての作用や脳神経の酸化ストレスからの保護作用などさまざまな作用が発見された.本稿ではMK-4が脳神経前駆細胞からニューロンへの分化を誘導する作用についても解説する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
ビタミンKは脂溶性ビタミンの一つであり,天然には大きく分類して2種類が存在し,植物が合成するビタミンK1(フィロキノン:PK)(1)と腸内細菌などの微生物が産生し発酵食品や動物体内に多く含まれるビタミンK2(メナキノン-n(n=1–14); MK-n)(2)に大別される(図1図1■ビタミンKの化学構造).ビタミンKは,2-メチル-1,4-ナフトキノン(ビタミンK3,メナジオン;MD)(3)を共通構造として,その3位炭素に長さや不飽和度の異なる側鎖が結合した構造をもつ.PKは単一の化合物であり,MDの3位にフィチル基が結合したモノ飽和側鎖を有している.PKは主に緑黄色野菜や植物油などに含まれ,ヒトにとってビタミンKの主要な食事源であり,一般に総ビタミンK摂取量の90%以上を占める(1)1) M. V. Holmes, B. J. Hunt & M. J. Shearer: Blood Rev., 26, 1 (2012)..MK-nは,不飽和側鎖の長さによって区別され,nは側鎖のイソプレン単位の数を表す.自然界にはMK-1~MK-14までが存在する(図1図1■ビタミンKの化学構造).MK-4は鶏肉や卵黄に比較的多く含まれており,ビタミンK源としてMDが添加された飼料を与えられた家畜の肉には特にMK-4含量が高い(2)2) L. J. Schurgers & C. Vermeer: Haemostasis, 30, 298 (2000)..MK-7, MK-8, MK-9のような長鎖の側鎖をもつメナキノン類は,チーズやヨーグルト,納豆に代表される発酵食品に多く含まれている.食事由来のビタミンKとは別に,腸内細菌が合成するメナキノン類もビタミンKの栄養にとって重要である.腸内細菌が合成するメナキノン類は主にMK-10やMK-11であるが,このほかにも僅かな量のMK-7, MK-8, MK-9, MK-12が合成される(3)3) J. C. Mathers, F. Fernandez, M. J. Hill, P. T. McCarthy, M. J. Shearer & A. D. Oxley: Br. J. Nutr., 63, 639 (1990)..しかし,腸内最近由来のメナキノン類がビタミンK必要量に寄与する割合は低いため,通常は食事からのビタミンK摂取が不可欠である(4)4) J. W. Suttie: Annu. Rev. Nutr., 15, 399 (1995)..最近,PKの小腸吸収過程でMDが代謝物として生成し,血液を介して抹消組織へ運ばれ,MK-4へ変換されることが明らかとなってきた.ビタミンKの代謝研究は,栄養学の領域ではPK,創薬研究の領域ではMK-4を中心に行われてきた.このような背景から,本稿では特にMK-nの生物活性に焦点を当てて概説する.
1935年にDamらが血液凝固促進因子としてビタミンKを発見し,その後1960年にはBouckaertらがビタミンKの骨折治癒および骨形成促進効果を明らかにしている.その後,ビタミンKによりタンパク質分子が翻訳後修飾(γ-glutamyl carboxylationと呼ばれ,一般的にGla化と略称される)されることで活性化されるタンパク質(vitamin K dependent protein; VKDP)が発見され,骨ではosteocalcin(5)5) P. V. Hauschka, J. B. Lian & P. M. Gallop: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 72, 7230 (1975).,軟骨ではmatrix Gla protein(6)6) P. A. Price, M. R. Urist & Y. Otawara: Biochem. Biophys. Res. Commun., 117, 765 (1983).,脳・血管内皮系組織ではgrowth arrest specific-6(7)7) G. Manfioletti, C. Brancolini, G. C. Avanzi & C. Schneider: Mol. Cell. Biol., 13, 4976 (1993).など多くのVKDPが発見された.発現量の程度に差異はあるものの,生体内のほとんどの組織・細胞にGGCXが存在することを考えると,今後タンパク質の微量分析技術の発達に伴い,さらに多くのVKDPが発見される可能性がある.
ビタミンKは,通常,安定な酸化型(quinone form)で存在するが,細胞内に入るとビタミンKエポキシド還元酵素(vitamin K epoxide reductase; VKOR)により還元型(hydroquinone form)となる.GGCXは,還元型ビタミンKを用いてVKDPのグルタミン酸残基をGla化すると同時に,ビタミンKの還元型をエポキシド型(epoxide form)に酸化する.GGCXが触媒するこれらの反応は,反応液中のCO2とO2を利用してGGCXタンパク質分子上で同時に進行するが,詳細な分子機構はいまだに明らかにされていない.ビタミンKのエポキシド型は,VKORにより酸化型へ変換された後,再び還元型へ戻る(図2図2■ビタミンKサイクルによるGGCXの補酵素作用).この小胞体膜で起こる一連の反応がビタミンKサイクルと呼ばれ,細胞内に僅かに存在するビタミンKがVKDPを効率良くGla化できるのは,このような再利用系が働いているためである.臨床で使われている経口抗凝固薬warfarinは,VKORの作用を阻害してビタミンKサイクルを停止させ,血液凝固因子のGla化を起こらなくするために,血液凝固を阻害する働きがある(図2図2■ビタミンKサイクルによるGGCXの補酵素作用).また,GGCX活性とVKOR活性の両方はcalumeninと呼ばれるタンパク質によりビタミンKサイクルが制御される.今後,ビタミンKサイクルの電子授受過程において,唯一ブレーキの役割を果たすcalumeninの働きが明らかになれば,ビタミンKサイクルの全貌が解明されるものと思われる.
ビタミンK同族体の中で最も強い生理活性を示すMK-4は,ヒトやマウス,ラットの組織中に高濃度に存在する.ヒトは,食事からPKや発酵食品に多く含まれるMK-6~MK-8を摂取しているが,動物性食品に含まれるMK-4の摂取量は極めて少ない.また,ラットやマウスの飼育飼料中に含まれるビタミンKはMDであり,そのほかにはPKがわずかに含まれるのみである.このようにヒトやマウス,ラットはMK-4をほとんど摂取していないにもかかわらず,組織中にMK-4が高濃度に存在することから,摂取したビタミンKがMK-4に変換されている可能性が高いと考えられる.このMK-4の変換については,ThijssenやSuttieらによって(8, 9),PKやMDがMK-4に変換されることが示されてきた.また,腸内細菌にMK-n合成能があることから腸内細菌の関与が示唆されたため,Kimuraらは無菌マウスやラットを用いて研究を行ったが,PKやMDからMK-4への変換反応に腸内細菌が関与しないことを示した(10)10) S. Kimura, H. Satoh & M. Komai: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 38(Special), 425 (1992)..しかし,摂取したビタミンK同族体からMK-4に変換するという科学的に十分な証明がされてこなかった.
このような背景からOkanoらは,重水素標識ビタミンK化合物を合成し,これをマウスに経口,経腸,静脈内および脳室内投与して,大脳中に重水素標識したMK-4(MK-4-d7)が検出されるかを検討した.その結果,重水素標識ビタミンKを経口および経腸投与した場合においてのみ,大脳中にMK-4-d7が高濃度に検出されることが明らかとなり,NMRにより大脳中に生成したMK-4がMK-4-d7であることを科学的に証明することに成功した(11)11) T. Okano, Y. Shimomura, M. Yamane, Y. Suhara, M. Kamao, M. Sugiura & K. Nakagawa: J. Biol. Chem., 283, 11270 (2008)..さらに,われわれはヒト骨芽細胞様細胞を用いて,細胞レベルでMK-4の変換反応が起こること,UbiA prenyltransferase domain containing protein l(UBIAD1)が変換反応を担う酵素であることを明らかにした(11, 12)11) T. Okano, Y. Shimomura, M. Yamane, Y. Suhara, M. Kamao, M. Sugiura & K. Nakagawa: J. Biol. Chem., 283, 11270 (2008).12) K. Nakagawa, Y. Hirota, N. Sawada, N. Yuge, M. Watanabe, Y. Uchino, N. Okuda, Y. Shimomura, Y. Suhara & T. Okano: Nature, 468, 117 (2010). (図3図3■生体におけるビタミンK同族体からMK-4への変換反応).
UBIAD1遺伝子は全身の組織に発現しており,各組織におけるUBIAD1の発現量およびMK-4変換活性,内因的に存在するMK-4の量はほぼ一致する.そこで,UBIAD1が生理的にどのような役割を担うかを明らかにする目的で,われわれは全身のUbiad1遺伝子を欠損した(Ubiad1−/−)マウスの作出を試みた.しかし,Ubiad1−/−マウスは出生せず,胎生7.5~10.5日の間に胎生致死となることがわかった(13)13) K. Nakagawa, N. Sawada, Y. Hirota, Y. Uchino, Y. Suhara, T. Hasegawa, N. Amizuka, T. Okamoto, N. Tsugawa, M. Kamao et al.: PLOS One, 9, e104078 (2014)..また,受精卵よりUbiad1−/−マウス由来のES細胞を樹立し,MK-4変換活性を評価した.その結果,Ubiad1−/−マウス由来のES細胞では,MK-4変換活性が完全に消失していた.このような結果から,UBIAD1はMK-4合成に必須の酵素であり,UBIAD1の欠損あるいはそれに伴うMK-4の欠如は,マウスの発生異常を引き起こすことが明らかとなった.
このようにビタミンKの生体内代謝変換機構は,食事から摂取したビタミンKは小腸で側鎖切断反応を受け中間体である側鎖をもたないビタミンK(MD)となり,MDはリンパ管を介して全身へ移行し,各組織中に存在するUBIAD1によってMK-4に変換されGGCXやSXRを介したさまざまな生理作用を発揮すると考えられている(14)14) Y. Hirota, N. Tsugawa, K. Nakagawa, Y. Suhara, K. Tanaka, Y. Uchino, A. Takeuchi, N. Sawada, M. Kamao, A. Wada et al.: J. Biol. Chem., 288, 33071 (2013)..
ビタミンKの発見以来,ビタミンK研究は主に血液凝固系を中心に発展してきた.しかし,2003年にMK-4が核内受容体スーパーファミリーの一つであるsteroid and xenobotic receptor(SXR,マウスではpregnane X receptor; PXR)に結合してアゴニスト活性を示すことが明らかにされた.SXRのリガンドとして,rifampicinやhyperforinなどが知られているが,MK-4も同様にSXRと結合して核内に引き込まれると,retinoid X receptor(RXR)とヘテロニ量体を形成し,DNA上のSXR応答配列に結合して,薬物代謝酵素の遺伝子発現を誘導することが報告された(15)15) M. M. Tabb, A. Sun, C. Zhou, F. Grün, J. Errandi, K. Romero, H. Pham, S. Inoue, S. Mallick, M. Lin et al.: J. Biol. Chem., 278, 43919 (2003)..またMK-4はSXRとの結合を介して骨形成にかかわるタンパク質の遺伝子発現を誘導することが明らかにされた(16)16) T. Ichikawa, K. Horie-Inoue, K. Ikeda, B. Blumberg & S. Inoue: J. Biol. Chem., 281, 16927 (2006)..このような遺伝子発現調節作用はメナキノン類で起こり,MK-4が最も強い作用を示すが,興味深いことにPKはこのような作用をもたない.
われわれは天然のビタミンK同族体との生物活性と比較するために,さまざまな種類の誘導体を合成した.まず,MK-4の側鎖の二重結合とメチル基に着目し,イソプレン側鎖部分にある二重結合の数を段階的に飽和させたときとメチル基を欠損させたときの転写活性に及ぼす影響を検討するために,化合物4~13を合成した(17)17) Y. Suhara, N. Hanada, T. Okitsu, M. Sakai, M. Watanabe, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takeda, K. Takahashi, H. Tokiwa et al.: J. Med. Chem., 55, 1552 (2012).(図4a図4■SXRを介した転写活性について,側鎖構造の与える影響を検討するためのビタミンK誘導体)(MK-4への変換も同時に調べたため重水素標識体にしてある).それぞれの化合物について,SXR-GAL4とCYP3A4プロモーターについての2通りの方法によりSXRを介した転写活性を評価した.その結果,二重結合の数が減少するほど転写活性も有意に減少することがわかった(17)17) Y. Suhara, N. Hanada, T. Okitsu, M. Sakai, M. Watanabe, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takeda, K. Takahashi, H. Tokiwa et al.: J. Med. Chem., 55, 1552 (2012)..この傾向は特にCYP3A4プロモーターに対するアッセイで顕著に現れた.一方,側鎖のメチル基を欠損させることによっても,転写活性は減少した.
次にわれわれは,メナキノン類がもつ側鎖部分のイソプレン構造が活性発現に重要であると考えられたため,ビタミンK同族体のナフトキノン骨格にイソプレン側鎖を対称に導入した新たなビタミンK誘導体14~18を合成した(18)18) Y. Suhara, M. Watanabe, S. Motoyoshi, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takeda, K. Takahashi, H. Tokiwa & T. Okano: J. Med. Chem., 54, 4918 (2011).(図4b図4■SXRを介した転写活性について,側鎖構造の与える影響を検討するためのビタミンK誘導体).得られた誘導体14~18についてSXRの転写活性を調べたところ,MK-2の側鎖部分を2つ導入した誘導体16をピークにして,14, 17, 18と側鎖が長くなるほど顕著に減少することが明らかとなった.以上のことから,ビタミンK誘導体の転写活性は側鎖部分の長さやかさ高さに大きく影響されることがわかった.
われわれはさらに,ビタミンKの側鎖末端部分に親水性および脂溶性の官能基を導入して,側鎖の極性の違いによって転写活性がどのように変化するのかを検討した.このとき親水性の官能基としてヒドロキシ基を導入した化合物19~21を,疎水性の官能基としてフェニル基を導入した化合物22, 23を合成した(19)19) Y. Suhara, M. Watanabe, K. Nakagawa, A. Wada, Y. Ito, K. Takeda, K. Takahashi & T. Okano: J. Med. Chem., 54, 4269 (2011).(図4c図4■SXRを介した転写活性について,側鎖構造の与える影響を検討するためのビタミンK誘導体).これらの化合物の転写活性は,ヒドロキシ基をもつ19~21で低下した反面,フェニル基を導入した22, 23では著しく活性が上昇した.特にMK-3の側鎖末端にフェニル基をもつ化合物22は,SXRのリガンドとして知られているrifampicinと同等の活性を有していることが明らかとなった.この結果を計算化学の面から考察するために,SXRのリガンド結合部位とビタミンK誘導体との結合状態を統合計算化学システムMolecular Operating Environment(MOE)を用いて解析した.その結果,22は側鎖の長さやかさ高さから受容体のポケットにちょうどあてはまり,22のキノン部分の酸素原子とSXRを構成するHis407とSer247が水素結合を形成しているのが観測された(19)19) Y. Suhara, M. Watanabe, K. Nakagawa, A. Wada, Y. Ito, K. Takeda, K. Takahashi & T. Okano: J. Med. Chem., 54, 4269 (2011)..高活性を示したMK-3やMK-4も同様の結合状態を示していると予想された.つまり,ビタミンKのSXRを介した転写活性の強さには適度なイソプレン側鎖の長さとかさ高さが必要であり,側鎖部分の転写活性に与える影響が大きいことかが明らかとなった(17~19)17) Y. Suhara, N. Hanada, T. Okitsu, M. Sakai, M. Watanabe, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takeda, K. Takahashi, H. Tokiwa et al.: J. Med. Chem., 55, 1552 (2012).18) Y. Suhara, M. Watanabe, S. Motoyoshi, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takeda, K. Takahashi, H. Tokiwa & T. Okano: J. Med. Chem., 54, 4918 (2011).19) Y. Suhara, M. Watanabe, K. Nakagawa, A. Wada, Y. Ito, K. Takeda, K. Takahashi & T. Okano: J. Med. Chem., 54, 4269 (2011)..
MK-4は脳内にも比較的高濃度に存在しており,脳内でこれまでに明らかにされていない何らかの重要な役割を有していると考えられる.その一つとして,脳神経細胞の酸化ストレスからの保護作用などが報告されているが(20)20) J. Li, J. C. Lin, H. Wang, J. W. Peterson, B. C. Furie, B. Furie, S. L. Booth, J. J. Volpe & P. A. Rosenberg: J. Neurosci., 23, 5816 (2003).,現在までにビタミンKの脳内における役割はいまだ明らかにされていない.脳神経は神経幹細胞からニューロン前駆細胞およびグリア前駆細胞に分化し,次にニューロン前駆細胞はニューロンへ,グリア前駆細胞はアストロサイトおよびオリゴデンドロサイトに分化することが知られている(21)21) P. S. Eriksson, E. Perlieva, T. Bjork-Eriksson, A. M. Alborn, C. Nordborg, D. A. Peterson & F. H. Gage: Nat. Med., 4, 1313 (1998)..最近になってわれわれは,メナキノン類が弱いながらも神経前駆細胞からニューロンへ選択的に分化を誘導する作用をもつことを見いだした(22)22) Y. Suhara, Y. Hirota, N. Hanada, S. Nishina, S. Eguchi, R. Sakane, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takahashi, H. Tokiwa et al.: J. Med. Chem., 58, 7088 (2015)..またこの作用はビタミンK同族体の側鎖の繰り返し構造の違いにより異なっていた.この作用を誘導体化により強めることができれば,iPS細胞などで従来から行われている「遺伝子導入」による手法ではなく,安全性の高い「低分子の神経分化誘導物質」を用いた分化調節が可能になると考えられる.そこで,特に脳神経の形成に着目して,脳神経幹細胞をニューロンへ分化させるビタミンKの創製を試みた.脳は脂溶性の器官であることから,ベンゼンやナフタレンなど各種の脂溶性の官能基を導入した新規のビタミンK誘導体をデザイン・合成することにした(図5a図5■神経分化誘導活性をもつビタミンK誘導体).目的とする化合物の合成方法は,上記の誘導体と同様に側鎖部分を別途合成してからMDとカップリングする方法により行った.次に得られた化合物について,マウス胎仔大脳由来の脳神経幹細胞を用いてニューロンへの分化誘導作用を検討した.評価方法は,胎生14日齢のマウス胎仔の大脳から調製した神経幹細胞に各種の化合物を1 µMの濃度で添加し,4日間培養後,ニューロンおよびアストロサイト特異的に発現するMap2とGfapに対して蛍光免疫染色を施し,共焦点レーザー顕微鏡で分化の状態を観察した.また同時に化合物間の分化誘導作用の違いを求めるため,細胞のmRNAを回収した後,それらの発現量をリアルタイムPCRにより定量した.その結果,蛍光免疫染色ではニューロンへ分化した細胞を観察できた.一方,リアルタイムPCRによる発現量の測定では,合成したほとんどの化合物でコントロール群に比べて有意にニューロンへの分化誘導作用の上昇が認められた.特にすべての化合物の中で,MK-3の側鎖末端にm-メチルフェニル基を導入した誘導体25bが最も高い活性を示し,コントロール群の約2倍の強さの分化誘導作用を示した.さらにMap2とGfapの発現量の比から,化合物25bにはコントロール群の約2倍のニューロンへの選択的な分化誘導作用が見られた(22)22) Y. Suhara, Y. Hirota, N. Hanada, S. Nishina, S. Eguchi, R. Sakane, K. Nakagawa, A. Wada, K. Takahashi, H. Tokiwa et al.: J. Med. Chem., 58, 7088 (2015)..またわれわれは,ビタミンK誘導体の神経分化に関係する作用タンパク質との相互作用を期待して,側鎖の末端にヘテロ原子を組み入れ,さらに側鎖末端のフェニル基にフッ素原子やメチル基などの置換基を導入した化合物29ab~34abを合成した(図5a図5■神経分化誘導活性をもつビタミンK誘導体).それらの神経分化誘導作用を調べた結果,フッ素原子をもつ化合物ではニューロンへの分化の選択性が向上することがわかった.一方,化合物25bにおける分化誘導活性に与える影響を調べるため,側鎖末端のフェニル基にt-ブチル基やメチル基を複数導入した化合物35~46を合成した.その結果,興味深いことにMK-2側鎖末端のフェニル基の2位と3位および3位と4位にメチル基を導入した誘導体35, 37は,神経細胞への分化を抑制することが明らかとなった(23, 24)23) K. Kimura, Y. Hirota, S. Kuwahara, A. Takeuchi, C. Tode, A. Wada, N. Osakabe & Y. Suhara: J. Med. Chem., 60, 2591 (2017).24) R. Sakane, K. Kimura, Y. Hirota, M. Ishizawa, Y. Takagi, A. Wada, S. Kuwahara, M. Makishima & Y. Suhara: Bioorg. Med. Chem. Lett., in press.(図5b図5■神経分化誘導活性をもつビタミンK誘導体).以上から,側鎖末端に疎水性の官能基を導入することで,ビタミンKの神経幹細胞からニューロンへの分化誘導作用を増強させることができることを見いだした.これまでに発見されているニューロンへの分化誘導作用をもつ天然物として,neuropathiazolやepolactaene, retinol(retinoic acid)などが知られている.これらはいずれも側鎖部分に二重結合やフェニル基を有しており,今回われわれが合成した化合物の構造と類似した点が見られた(25~27)25) M. Warashina, K. H. Min, T. Kuwabara, A. Huynh, F. H. Gage, P. G. Schultz & S. Ding: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 45, 591 (2006).26) H. Kakeya, I. Takahashi, G. Okada, K. Isono & H. Osada: J. Antibiot. (Tokyo), 48, 733 (1995).27) S. Yu, L. Levi, R. Siegel & N. Noy: J. Biol. Chem., 287, 42195 (2012)..これらの知見を基に,現在側鎖末端にほかの疎水性の置換基を導入した化合物や,作用タンパク質との相互作用を期待して分子内にヘテロ原子を導入した化合物の合成を進めている.ビタミンK誘導体のニューロンへの分化誘導作用のメカニズムはいまだ解明されていない.ビタミンKがどのようなタンパク質に作用して作用を発現しているのかが明らかになれば,そのタンパク質に強く作用する化合物のデザインが可能となる.今後さらに解析を進めることで,神経分化に関するビタミンKの作用タンパク質が明らかにされるものと思われる.
以上のように,ビタミンKは側鎖部分の性質の違いによって生物活性に大きな影響を与えることが明らかとなった.脂溶性ビタミンはビタミンK以外にビタミンA, D, Eについても,多くは二重結合を含むアルキル側鎖をもっている.このアルキル側鎖構造の違いによって,それぞれビタミン特有の作用が異なることからも,目的の生物活性を強化するために最適の側鎖構造が必ず存在すると考えられる.現在はさらに側鎖部分の構造特異性を調べると共に,これまでに行わなかったナフトキノン環部分の構造活性相関についても検討する予定にしている.そして,ビタミンKの構造を基にした新規の生理活性物質を見いだしたいと考えている.
Reference
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