Kagaku to Seibutsu 56(1): 39-46 (2018)
セミナー室
新たなステージに入ったアサガオ研究高精度なゲノム解読と幻の黄色いアサガオの再現
Published: 2017-12-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
アサガオ(Ipomoea nil)は,古くから日本人に愛されている夏の花.江戸時代後期にあたる約200年前から,園芸植物として発展してきた(1, 2)1) 米田芳秋:ビオストーリー,16, 38 (2012).2) 仁田坂英二:“変化朝顔図鑑”,化学同人,2014..原種系の花は青く小ぶりだが,園芸種は色もかたちも変化に富む(図1図1■アサガオの多種多彩な花).アサガオがみせる千変万化は突然変異によるもので,その美しさの源泉である.なかには,アサガオとは思えないかたちをした花もある(図1j–o図1■アサガオの多種多彩な花).これらは,変化アサガオと呼ばれ,奇妙な見た目を愛でる爛熟した江戸文化のなごりだ(図2図2■江戸時代の図譜).
a:ゲノムが解読された東京古型標準型.b:東京古型標準型の赤いつぼみ.c:花成研究の標準系統であるムラサキは,いわゆる青色遺伝子を欠いたマジェンタ変異体.d:液胞pHの上昇が不完全なため紫色をした紫変異体.e:茶色い花の団十郎.f–j:さまざまな模様.f:白い縞や条斑ができる吹雪.g:典型的なトランスポゾンによるキメラ斑(雀斑).h:吹掛絞.i:刷毛目絞.j–o:変化アサガオ.j:牡丹.k:風鈴獅子咲牡丹.l:管弁獅子咲牡丹.m:細切采咲牡丹.n:撫子采咲牡丹.o:車咲牡丹.
a:丸糸柳爪巻葉猩々紅アサキフクリン毛咲狂八重,『朝顔三十六花撰』(1854).b:イサハ宇津川一種,『あさかほ叢』(1817).宇津川は渦変異体であることを表す.c:極黄采一種,『あさかほ叢』.d:南天極黄車八重,『朝顔花併』(1853).いずれも,国立国会図書館デジタルコレクションより転載.
アサガオの研究は,豊富な突然変異を利用した遺伝学から始まった.最初の論文が発表されたのは1916年(3, 4)3) 外山亀太郎:日本育種学会会報,1, 1 (1916).4) 竹崎嘉徳:日本育種学会会報,1, 12 (1916)..それから世紀を超えて,植物生理学,天然物化学,分子遺伝学などに利用され続けている.1990年代からの分子遺伝学によって,トランスポゾンが突然変異を誘発して千変万化を生んだことがわかってきた.2002年にはナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)アサガオがスタートし,約1,500の系統や17万以上のDNAクローンなど,日本独自のバイオリソース(生物遺伝資源)が整備されている(5)5) ナショナルバイオリソースプロジェクト:アサガオ,http://www.nbrp.jp/report/reportProject.jsp?project=morningGlory, 2016..そして2016年の秋には,待望の全ゲノム配列も公開され(6)6) A. Hoshino, V. Jayakumar, E. Nitasaka, A. Toyoda, H. Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. Nagano et al.: Nat. Commun., 7, 13295 (2016).,実験植物としての可能性が広がってきている.
表1表1■アサガオを使った花の研究に,アサガオにおける花の研究をまとめた.アサガオに特徴的な形質やバイオリソースをうまく利用した研究が展開されている.近年では,花の色を濃くする遺伝子(7)7) Y. Morita, K. Takagi, M. Fukuchi-Mizutani, K. Ishiguro, Y. Tanaka, E. Nitasaka, M. Nakayama, N. Saito, T. Kagami, A. Hoshino et al.: Plant J., 78, 294 (2014).や,花の寿命にかかわる遺伝子(8)8) K. Shibuya, K. Shimizu, T. Niki & K. Ichimura: Plant J., 79, 1044 (2014).が世界に先駆けて発見されている.ここでは,花の研究材料としてのアサガオの魅力,さらにその魅力を高める全ゲノム配列の解読(6)6) A. Hoshino, V. Jayakumar, E. Nitasaka, A. Toyoda, H. Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. Nagano et al.: Nat. Commun., 7, 13295 (2016).と,遺伝子組換えによってよみがえった幻の黄色いアサガオ(9)9) 基礎生物学研究所:「幻のアサガオ」といわれる黄色いアサガオを再現,http://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/2014/10/10.html, 2014.を紹介する.
研究対象 | 特徴的な形質 | おもに研究されている系統 |
---|---|---|
色 | 野生型の青色と,変異体の白,赤,紫,茶色など | 東京古型標準型,突然変異系統 |
模様 | 吹雪,覆輪,キメラ斑など複数の模様 | 突然変異系統 |
かたち | 変化咲き | 突然変異系統 |
開花 | 一晩で急激に伸展して,早朝に開花する | ムラサキ,午後咲きメキシコ系統 |
老化 | 短時間で花がしおれる | ムラサキ |
受精 | 交配が容易で交配可能な近縁種がある | 東京古型標準型,北京天壇,アフリカ |
光周性花成 | 日長に鋭敏な短日植物のモデル | ムラサキ,キダチアサガオ |
一般に実験植物としての魅力とは,入手しやすい,育てやすい,ライフサイクルが短い,交配が容易などの利便性がポイントになる.確立した標準系統や変異系統があることも魅力につながる.また,分子生物に欠かせないゲノム配列,遺伝子組換え,ゲノム編集,DNAクローンなどのツールや,バイオリソースのストックセンターやデータベースなども重要なポイントになる.アサガオは,このようなポイントをすべてそろえている数少ない花卉植物で,花の分子生物学を研究するうえで好適な材料といえる.
一方,シークエンサーの技術革新に伴い,ゲノム解析ができる生物の魅力が増している.ゲノム解読だけでなく,網羅的な転写産物の解析,遺伝子の同定なども容易になってきたからだ.しかし,花卉植物の多くはゲノム解析に不向きである.雑種起源,高次倍数性,自家不和合性,クローン繁殖などに起因してゲノム構成が複雑なためだ.それに対してアサガオは,雑種起源ではなく,2倍体であり,自家受粉による継代でゲノムがホモ接合になるため均一なゲノムをもつ.ゲノムサイズ(752 Mb)も大きくないためゲノム解析に適しており,花卉植物のうちで最も高精度なゲノム配列が公表されている(6)6) A. Hoshino, V. Jayakumar, E. Nitasaka, A. Toyoda, H. Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. Nagano et al.: Nat. Commun., 7, 13295 (2016).(表2表2■花卉植物のゲノム配列).
種 | アサガオ | ペチュニアの原種(37)37) A. Bombarely, M. Moser, A. Amrad, M. Bao, L. Bapaume, C. S. Barry, M. Bliek, M. R. Boersma, L. Borghi, R. Bruggmann et al.: Nat. Plants, 2, 16074 (2016).(Petunia axillaris) | ペチュニアの原種(37)37) A. Bombarely, M. Moser, A. Amrad, M. Bao, L. Bapaume, C. S. Barry, M. Bliek, M. R. Boersma, L. Borghi, R. Bruggmann et al.: Nat. Plants, 2, 16074 (2016).(Petunia inflata) | カーネーション(38)38) M. Yagi, S. Kosugi, H. Hirakawa, A. Ohmiya, K. Tanase, T. Harada, K. Kishimoto, M. Nakayama, K. Ichimura, T. Onozaki et al.: DNA Res., 21, 231 (2014). |
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ゲノムサイズ | 752 Mb | 1.4 Gb | 1.4 Gb | 622 Mb |
解読割合 | 98% | 90% | 92% | 91% |
スキャフォールド(N50/数) | 2.88 Mb/3,416 | 1.23 Mb/83,639 | 0.88 Mb/136,283 | 60.73 kb/45,088 |
コンティグ(N50/数) | 1.87 Mb/3,865 | 95.17 kb/109,892 | 34.99 kb/213,254 | 16.64 kb/88,654 |
疑似染色体のサイズ | 671.7 Mb | なし | なし | 51.4 Mb |
推定遺伝子数 | 42,783 | 32,928 | 36,697 | 43,266 |
シークエンサー | PacBio/Illumina | Illumina | Illumina | Illumina |
解読割合が高いほど,スキャフォールドやコンティグが長くて数が少ないほど,利用しやすいゲノム配列である.推定遺伝子数は,計算機を使った推定方法により数も異なってくるため,一概に比較はできない.NCBIが独自にアサガオの推定遺伝子を公表しており,タンパク質をコードする遺伝子の数は35,151とされている(39)39) NCBI: NCBI Ipomoea nil Annotation Release 100, https://www.ncbi.nlm.nih.gov/genome/annotation_euk/Ipomoea_nil/100/, 2016.. |
さらに,アサガオは研究対象として興味深い形質を備えている(表1表1■アサガオを使った花の研究).たとえば,原種系の青い花は花色研究のモデルである(10~13)10) S. Fukada-Tanaka, Y. Inagaki, T. Yamaguchi, N. Saito & S. Iida: Nature, 407, 581 (2000).11) A. Hoshino, Y. Morita, J. D. Choi, N. Saito, K. Toki, Y. Tanaka & S. Iida: Plant Cell Physiol., 44, 990 (2003).12) Y. Morita, A. Hoshino, Y. Kikuchi, H. Okuhara, E. Ono, Y. Tanaka, Y. Fukui, N. Saito, E. Nitasaka, H. Noguchi et al.: Plant J., 42, 353 (2005).13) Y. Morita, K. Ishiguro, Y. Tanaka, S. Iida & A. Hoshino: Planta, 242, 575 (2015)..青い花の植物は希少で,バラやキクなどでは青い花が究極の育種目標だ(14)14) N. Sasaki & T. Nakayama: Plant Cell Physiol., 56, 28 (2015)..短時間のあいだに進行する花の開花やしおれも特徴的で観察がしやすい(渋谷健市「花の老化メカニズムと日持ち延長技術」本誌55巻10号,pp. 699–705参照).突然変異体も豊富で,多種多様な花の色,模様,かたちがある(2)2) 仁田坂英二:“変化朝顔図鑑”,化学同人,2014..突然変異体は遺伝子レベルでの研究に欠かせない材料だ.
このように,実験生物としての魅力と興味深い形質を兼ね備えている希有な花卉植物であるため,アサガオは100年以上も研究され続けてきた.
アサガオには2つの標準系統がある.原種系の青い花を咲かせる東京古型標準型(図1a図1■アサガオの多種多彩な花)と,光周性花成のモデルとして国内外で利用されているムラサキ(図1c図1■アサガオの多種多彩な花)だ.このうち野生型の形質をもち,トランスポゾンが不活性である東京古型標準型のゲノムを解読した(6)6) A. Hoshino, V. Jayakumar, E. Nitasaka, A. Toyoda, H. Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. Nagano et al.: Nat. Commun., 7, 13295 (2016)..アサガオの染色体数は2n=30(15)15) K. Yasui: Bot. Mag. Tokyo, 42, 480 (1928).で,146遺伝子座からなる古典連鎖地図が1956年に作成されている(16)16) T. Hagiwara: Bull. Res. Coll. Agric. Vet. Sci. Nihon Univ., 5, 34 (1956)..
ゲノム解読には,一分子リアルタイムDNAシークエンサーであるPacBio RSIIを用いた.このシークエンサーは,いちどに数kb~数十kb(塩基)といった長さのDNA配列,いわゆるロングリードを出力する.ロングリードはリード同士をつなぎ合わせるアセンブリに都合が良い.アサガオのゲノム解読に着手した当時は,真核生物の大きなゲノム解読にロングリードをアセンブリした前例がなく,チャレンジングな試みであった.最終的には,スループットと精度に優れたイルミナのシークエンサーが出力したショートリードも利用して,精度の高いゲノム配列を得ることができた.
アセンブリはまず,ゲノムサイズの52.6倍に相当する量の平均6.8 kbのロングリードから,ギャップのないDNA配列である「コンティグ」を作成することからはじめた.次に,10 kb前後の長いDNA断片の両端を読んだメイトペアシークエンスを足場としてコンティグ同士を連結し,コンティグ間にギャップがあるDNA配列である「スキャフォールド」を作成した.また,ショートリードでシークエンスのエラーも修正した.ここまでのアセンブリは定石どおりであるが,さらに連鎖地図を使ったアセンブリのエラー修正と疑似染色体の作成も行った.
連鎖地図は,F2集団(東京古型標準型×アフリカ系統)176個体をRAD-seqで解析してできた3,733のSNPマーカーを含む.このマーカーの並びはスキャフォールドのDNA配列と対応するはずだが,アセンブリのエラーが原因と思われる不一致が部分的に見られた.そこで,スキャフォールドを連鎖地図に合うように分割することで不一致部分を解消した.こうしてできたスキャフォールドのDNA配列の集合を,Asagao_1.1として公表した.その特筆すべき点は,一つひとつのDNA配列が長いことである.ゲノム配列の半分(375 Mb)以上は,1.87 Mbよりも長いコンティグ,2.88 Mbよりも長いスキャフォールドでカバーされている.この値(N50)は,近年公表されている動植物のゲノム配列の中でもトップクラスである.連鎖地図だけでなく,BACクローンの配列などとも整合性がとれており,アセンブリエラーも少ないと思われる.
さらに,SNPマーカーに対応する配列をもつスキャフォールドを連鎖地図上に配置して,15本の疑似染色体(pseudo molecule)のDNA配列を作成した(図3図3■アサガオのゲノム).疑似染色体は,全ゲノム配列の91.4%をカバーする321本のスキャフォールド,671.7 Mbの配列からなる.疑似染色体の配列と,そこに含まれなかったスキャフォールドのセットを,Asagao_1.2とした.Asagao_1.1とAsagao_1.2は,オリジナルのゲノムブラウザーから検索閲覧できる(17)17) Morning Glory Genome Consortium: Asagao Genome Project, http://viewer.shigen.info/asagao/, 2017..染色体レベルにつながったゲノム配列を利用できる花卉植物は,現時点ではアサガオが唯一である.
長くつながったゲノム配列は,トランスポゾンの解析や連鎖解析にもとづく遺伝子特定を可能にした.
まず,トランスポゾンについては,アサガオの主要な突然変異原であるTpn1ファミリーのトランスポゾンが,ゲノム配列中に339コピーも見つかった.その平均長は約7 kbで,両末端にある反復配列領域は解読が困難だと思われていたが,ロングリードの効果でうまく解読できていた.また,転移酵素をコードする4種類のトランスポゾン,TpnA1~TpnA4が合計6コピー見つかった.約130遺伝子当たりに一つというトランスポゾンの多さと,これらを動かす転移酵素の存在が,多くの突然変異を生んだと推測できた.
一方,ゲノム配列を利用することで,「渦」変異の原因遺伝子も特定できた.渦は葉や花が肉厚でかたちが詰まる変異である(図2b図2■江戸時代の図譜,図4a, b, c図4■渦変異体).古典連鎖地図では,渦から1.2 cMの距離にa3白(a3-white)変異がマップされており(16)16) T. Hagiwara: Bull. Res. Coll. Agric. Vet. Sci. Nihon Univ., 5, 34 (1956).,その原因遺伝子はアントシアニン色素の生合成酵素,DFR-Bをコードする(18)18) Y. Inagaki, Y. Hisatomi, T. Suzuki, K. Kasahara & S. Iida: Plant Cell, 6, 375 (1994)..また,渦とおなじような表現型(図4d図4■渦変異体)になる桔梗(star)変異は,植物ホルモンであるブラシノステロイドの合成酵素,DET2をコードする(19)19) Y. Suzuki, K. Saso, S. Fujioka, S. Yoshida, E. Nitasaka, S. Nagata, H. Nagasawa, S. Takatsuto & I. Yamaguchi: Plant J., 36, 401 (2003)..この桔梗と渦の二重変異体は,渦小人(図4e図4■渦変異体)という極端に詰まった草形になることから,渦もブラシノステロイド合成系の遺伝子だと予想した.そこで,DFR-B遺伝子の周辺を調べたところ,129 kb上流にブラシノステロイド生合成を触媒するシトクムP450(ROT3/CYP90C1)の遺伝子を見つけた.この遺伝子を渦変異体で調べたところ,Tpn1ファミリーのトランスポゾンが挿入して抑制されていることが判明したので,これが渦遺伝子であると結論した.
葉は萎縮して肥厚し,緑色が濃くなる.花や種子も小さい.a, b:強い表現型の渦(contracted-2).葉柄に近い部分の葉身が重なり合って渦巻く姿から渦と名づけられた説がある.c:弱い表現型の渦(contracted-w).d:桔梗渦(star).e:渦と桔梗渦の二重突然変異体は渦小人と呼ばれる.
渦遺伝子を特定できた鍵は,長くつながったゲノム配列と,強く連鎖した渦とa3白変異がマップされた1956年の連鎖地図である.アサガオではQTL解析も進んでおり,ゲノム配列を使った連鎖解析により遺伝子の特定が進むであろう.
バラに青い花がないように(20)20) Y. Katsumoto, M. Fukuchi-Mizutani, Y. Fukui, F. Brugliera, T. A. Holton, M. Karan, N. Nakamura, K. Yonekura-Sakakibara, J. Togami, A. Pigeaire et al.: Plant Cell Physiol., 48, 1589 (2007).,アサガオには黄色い花がない.だが,江戸時代の図譜には,菜の花のように黄色いと書かれた花など,黄色いアサガオが何度か記録されている(図2c, d図2■江戸時代の図譜).そのため黄色いアサガオは,失われた「幻のアサガオ」とされている.近年,東野圭吾の『無幻花』や,梶よう子の『一朝の夢』といった小説に取り上げられたことで認知度が高まっている.
現在でも黄色いとされる系統はあるが,淡い黄色~クリーム色の花しか咲かない.これらの多くは,カルコン異性化酵素(CHI)遺伝子の機能が抑制されたクリーム(cream)変異体である(21)21) A. Hoshino, Y. Johzuka-Hisatomi & S. Iida: Gene, 265, 1 (2001).(図5a図5■黄色いアサガオ).CHIは花の主要な色素でフラボノイドの一種であるアントシアニンの生合成を触媒する(図5b図5■黄色いアサガオ).クリーム変異体では,CHI遺伝子の発現がTpn1ファミリーのトランスポゾンの挿入により抑制されているが,トランスポゾンが花弁細胞で転移すると,CHI遺伝子が発現して赤や青のスポットができる.クリーム色の花ではトランスポゾンの転移が目立たないほどに抑えられている.トランスポゾンの転移が活発におきる系統は,「吹掛絞(ふっかけしぼり)」(図1h図1■アサガオの多種多彩な花)という斑点模様の花になる.吹掛絞(speckled; creamとおなじ変異)変異も江戸時代に出現していることから,当時の黄色いアサガオもクリーム変異体で,現存するクリーム色のアサガオはその子孫だと思われる.その状況証拠として,伊勢松阪の商人の家系に伝わる『朝かほ押華』(1818年)には,黄丸という黄色いアサガオの押し花があり,その花弁にはトランスポゾンの転移によると思われる赤いスポットが残っている.江戸時代の黄色いアサガオは,環境の影響などで偶然に黄色い花を咲かせたクリーム変異体だったのであろう.図譜の黄色いアサガオは,色を誇張して描かれたというよりも,再現性のないチャンピオンデータをもとに描かれた可能性がある(図2c, d図2■江戸時代の図譜).
黄色い花の色素には,キクやバラのカロチノイド,オシロイバナのベタレインと,フラボノイドであるカルコンやオーロンがある.カルコンはベニバナやカーネーションの黄色い花に,オーロンはダリヤやキンギョソウの鮮やかな黄色花に含まれている(22)22) Y. Tanaka, N. Sasaki & A. Ohmiya: Plant J., 54, 733 (2008)..一方,クリーム変異体の花弁にはCHIの基質であるテトラヒドロキシカルコンの派生物であるカルコン2′-グルコシドが蓄積する(23)23) N. Saito, F. Tatsuzawa, A. Hoshino, Y. Abe, M. Ichimura, M. Yokoi, K. Toki, Y. Morita, S. Iida & T. Honda: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 80, 452 (2011)..しかし,このカルコンはアサガオの細胞に毒性があるらしく,花弁が縮んでうまく開かない(図5a図5■黄色いアサガオ).これが従来,黄色い花の実現を阻んできた.黄色いアサガオをつくるには,カルコン以外の黄色い色素を蓄積させる必要がある.このうちオーロンは,その生合成経路は比較的にシンプルで,黄色いキンギョソウで解明されている(図5b図5■黄色いアサガオ).それによると,フラボノイド経路の初発酵素であるカルコン合成酵素でつくられたテトラヒドロキシカルコンが,カルコン配糖化酵素(Am4′CGT)(24)24) E. Ono, M. Fukuchi-Mizutani, N. Nakamura, Y. Fukui, K. Yonekura-Sakakibara, M. Yamaguchi, T. Nakayama, T. Tanaka, T. Kusumi & Y. Tanaka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 11075 (2006).で配糖化されたあと,液胞内にあるオーロン合成酵素(AmAS1)(25, 26)25) T. Nakayama, K. Yonekura-Sakakibara, T. Sato, S. Kikuchi, Y. Fukui, M. Fukuchi-Mizutani, T. Ueda, M. Nakao, Y. Tanaka, T. Kusumi et al.: Science, 290, 1163 (2000).26) T. Sato, T. Nakayama, S. Kikuchi, Y. Fukui, K. Yonekura-Sakakibara, T. Ueda, T. Nishino, Y. Tanaka & T. Kusumi: Plant Sci., 160, 229 (2001).により酸化的閉環と水酸化が触媒されてオーロンの一種であるオーレウシジン6-グルコシドができる.これら2つの酵素遺伝子をクリーム変異体で発現させれば,カルコン2′-グルコシドの代わりにオーレウシジン6-グルコシドが蓄積して,黄色い花になると予想された.そこで,サントリーグローバルイノベーションセンター(株)の田中良和と鹿児島大学の清水圭一らと共同で,黄色いアサガオの再現に挑戦した.
宿主のクリーム変異体には,54Y系統を選んだ(図5a図5■黄色いアサガオ).54Yは,1954年に遺伝研の圃場でこぼれ種から咲いた花を,阿部幸穎(元日大・故人)が見つけて系統化したもので,もとは,ほかの系統と交雑して現れる吹掛絞の研究に用いられていた(27)27) Y. Abe, A. Hoshino & S. Iida: Genes Genet. Syst., 72, 57 (1997)..アサガオの形質転換は,未熟な種子から摘出した未熟胚を培養した細胞に,アグロバクテリウムを感染させることで行う.感染から花が咲くまでは半年程度で,すでに効率と再現性のよいプロトコールが確立している(28, 29)28) R. Kikuchi, K. Sage-Ono, H. Kamada & M. Ono: Plant Biotechnol., 22, 295 (2005).29) Y. Takatori, K. Shimizu, J. Ogata, H. Endo, K. Ishimaru, S. Okamoto & F. Hashimoto: Hort. J., 84, 131 (2015)..Am4′CGTとAmAS1遺伝子を54Yに導入して発現させたところ,期待どおりに黄色い花が咲いた(図5a図5■黄色いアサガオ).花弁にはオーレウシジン6-グルコシドが蓄積しており,カルコン2′-グルコシドが減少したためか花弁の縮みが解消されて,きれいに開く花も多くなった(9)9) 基礎生物学研究所:「幻のアサガオ」といわれる黄色いアサガオを再現,http://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/2014/10/10.html, 2014..
再現した黄色いアサガオは遺伝子組換え植物なので,拡散防止措置が取られた施設内でしか栽培できない.今後,変化アサガオのもつ不稔形質を交配で導入すれば,カルタヘナ法にもとづく一種使用規程承認を得て,施設外で栽培できるであろう.商品化の計画はないが,植物園などでの展示を通じて教育分野での貢献をめざしたい.
ゲノム解読やゲノム編集の技術革新は,研究者をモデル植物から開放する.小さくて白いシロイヌナズナの花を使わずとも,より解析対象に適した花や,美しい花を咲かせる植物でも,遺伝子の機能解析が容易になるからだ.アサガオも,200年の伝統園芸と100年の研究で蓄積した資産をアドバンテージにして研究が盛り上がると期待される.その中でも,多様な変異体は特に重要な役割を果たすであろう.これらの変異体は江戸時代から「美しさ」を基準にスクリーニングされてきたもの.美しさの決め手は,色,模様,かたちである.
色については,青い発色の鍵となるフラボノイドの水酸化酵素(いわゆる青色遺伝子)(14)14) N. Sasaki & T. Nakayama: Plant Cell Physiol., 56, 28 (2015).をコードするマジェンタ(Magenta)遺伝子と,紫(Purple)遺伝子(コラム参照)が特定されている(10, 11)10) S. Fukada-Tanaka, Y. Inagaki, T. Yamaguchi, N. Saito & S. Iida: Nature, 407, 581 (2000).11) A. Hoshino, Y. Morita, J. D. Choi, N. Saito, K. Toki, Y. Tanaka & S. Iida: Plant Cell Physiol., 44, 990 (2003)..またアントシアニンの基本骨格の生合成経路にかかわる酵素遺伝子とその調節遺伝子も特定されている(18, 21, 30, 13)18) Y. Inagaki, Y. Hisatomi, T. Suzuki, K. Kasahara & S. Iida: Plant Cell, 6, 375 (1994).21) A. Hoshino, Y. Johzuka-Hisatomi & S. Iida: Gene, 265, 1 (2001).30) A. Hoshino, K. I. Park & S. Iida: J. Plant Res., 122, 215 (2009).13) Y. Morita, K. Ishiguro, Y. Tanaka, S. Iida & A. Hoshino: Planta, 242, 575 (2015)..調節遺伝子のプロモーター配列には花弁特異的に働くものがあり,ほかの植物の解析や分子育種に使われはじめている(31, 32)31) M. Azuma, N. Mitsuda, K. Goto, Y. Oshima, M. Ohme-Takagi, S. Otagaki, S. Matsumoto & K. Shiratake: Plant Cell Physiol., 57, 580 (2016).32) M. Azuma, R. Morimoto, M. Hirose, Y. Morita, A. Hoshino, S. Iida, Y. Oshima, N. Mitsuda, M. Ohme-Takagi & K. Shiratake: Plant Biotechnol. J., 14, 354 (2016)..基本骨格への配糖化やアシル化を触媒してアサガオ特有のアントシアニンをつくる酵素遺伝子や,花色の濃淡を決める遺伝子については未解明な点が多く,多彩な花色変異体を手がかりに研究が進められるであろう.
模様については,トランスポゾンが転移することでできる模様(図1h, g図1■アサガオの多種多彩な花)だけでなく,RNAサイレンシングやエピジェネティクスなどが関与してできる模様(図1f, i, j図1■アサガオの多種多彩な花)があることがわかってきている.古典連鎖地図上には模様に影響する変異座もマップされている.その原因遺伝子の特定やエピゲノムの解読などから,模様ができる仕組みの理解が進むであろう.
かたちについては,「花器官の分化方向を決める遺伝子群」や「葉や花の座標軸を決める遺伝子群」と,変化アサガオの奇妙なかたちの関係がわかってきている.花器官の分化方向を決める遺伝子の機能欠損は,ある器官が別の器官に置きかわるホメオティック変異として現れる.このうち,牡丹(Duplicate)遺伝子は花の中心部ではたらくC機能のMADS-box転写因子をコードしており,変異体の花は雄ずいと雌ずいがそれぞれ花弁とがくに置換して八重咲きになる(2, 33)2) 仁田坂英二:“変化朝顔図鑑”,化学同人,2014.33) E. Nitasaka: Plant J., 36, 522 (2003).(図1j–o図1■アサガオの多種多彩な花).一方,葉や花の座標軸には,裏表の向背軸,横方向の中央側方軸,縦方向の基部先端部軸があり,それぞれの軸を規定する遺伝子群がある.このうち向背軸にかかわる獅子(Feathered)遺伝子は,シロイヌナズナで葉の裏側の位置を決めている転写因子のホモログである(2, 34)2) 仁田坂英二:“変化朝顔図鑑”,化学同人,2014.34) M. Iwasaki & E. Nitasaka: Plant Mol. Biol., 62, 913 (2006)..その機能欠損により葉や花の裏側は表側に変化する(図1k, l図1■アサガオの多種多彩な花).獅子変異は単独では表現型が弱いが,ほかの修飾変異と組み合わさると強い表現型になり鑑賞価値が増す.このような修飾変異の原因遺伝子や,ほかの座標軸を決める遺伝子の特定から,変化アサガオの美の分子基盤が明かされるであろう.
アサガオは,200年前にトランスポゾンによる突然変異が多く出現するようになって園芸植物として発展した.また,100年前にメンデル則が再発見されて遺伝学の材料とされたことで,実験植物として発展した.それから100年後にゲノムが解読されたことが研究の発展につながり,こののち100年後もアサガオが日本人に愛され,研究され続けていることを願いたい.
Reference
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