Kagaku to Seibutsu 56(1): 47-51 (2018)
プロダクトイノベーション
チョコレートでとる乳酸菌乳酸菌を腸で活躍させるために
Published: 2017-12-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
乳酸菌やビフィズス菌に代表されるヒトに有益な作用を有する生菌体をプロバイオティクスと呼び,従来言われていた整腸作用に加え,さまざまな効果が報告されている.たとえば,京都パストゥール研究所の岸田教授と日東薬品との共同研究で発見した乳酸菌(Lactobacillus brevis)には,インターフェロンαの産生を誘導し,NK活性を高め,免疫機能を高める効果(1, 2)1) A. Kishi, K. Uno, Y. Matsubara, C. Okuda & T. Kishida: J. Am. Coll. Nutr., 15, 408 (1996).2) U.S. Pat. No. 5662900.,漢方薬中の構成生薬の配糖体を分解して吸収を高める作用(3)3) H. Sakurama, S. Kishino, Y. Uchibori, Y. Yonejima, H. Ashida, K. Kita, S. Takahashi & J. Ogawa: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 4021 (2014).,最近では,プリン体を代謝して吸収を低下させる作用(4)4) 岸田奈弓,岸野重信,雑賀あずさ,米島靖記,小川 順:高いプリン体代謝活性を有する乳酸菌の探索,2016年度日本農芸化学会大会要旨,発表番号4F166.を確認している.プロバイオティクスの活性本体については,さまざまな可能性があり議論が尽きないが,われわれは,菌そのものの作用と菌の産生物による作用に大別されると考えている.前者は菌体が免疫系に認識されて与える作用が該当し,後者は菌が食事由来の物質などの消化管内に存在する化合物を代謝し,その代謝産物が与える作用が該当する.
乳酸菌は一般的に口から摂取すると胃酸によるダメージを受け,腸に生きて届く菌数は摂取時に比べて激減する.乳酸菌に腸管での物質代謝を期待する場合,生菌であることが不可欠であり,胃酸による生菌数の激減は,その効果においても著しく減少するものと考えられる.そのため,医薬品では腸溶性の製剤に加工して胃酸への暴露を防止し,プロバイオティクスとしての効果を高めている.しかしながら,食品においては,このような加工がされていないことから,効果が十分に発揮されていない可能性がある.
そこで本稿では,食品成分であるチョコレートを用いた乳酸菌の安定性向上に関する試み(5)5) Y. Yonejima, K. Hisa, M. Kawaguchi, H. Ashitani, T. Koyama, Y. Usamikrank, N. Kishida, S. Kishino & J. Ogawa: Biocatal. Agric. Biotechnol., 4, 773 (2015).について紹介する.
医薬品の剤形といえば,錠剤,顆粒剤などが一般的であるが,服用のしやすさを高めることを目的にさまざまな製剤工夫が検討され,いくつかは実際に市販または臨床の場で使用されている.たとえば,ゼリー状製剤やチュアブル錠,さらにはチョコレート剤というものもある.また,配合成分を安定化させるための手法として,油脂コーティングという技術があり,吸湿防止,接触回避,耐酸性の向上などの効果を付与できる.チョコレートを使うことや,油脂で覆って守るという発想は医薬品の技術としてなじみがあったため,チョコレートに乳酸菌を配合した製品を開発するにあたり,うまくすれば乳酸菌を安定化させることが可能になるのでは? という予感があった.
チョコレートの出発原料はカカオ豆である.カカオ豆はアフリカ,東南アジア,中南米などの熱帯雨林から輸入され,チョコレート工場で焙炒,磨砕,圧搾などの工程を経てカカオマスやココアバターとなり,さらに砂糖や粉乳が加わってチョコレートとなる.製法については比較的なじみがあるが,チョコレートの独特の香りと風味がどのように生まれるのかはあまり知られていない.実は,香り成分は微生物による発酵によってその前駆体が生み出され,焙炒で起こる化学反応ででき上がる.
工場に運ばれる前,原産国である熱帯雨林では,カカオ豆はカカオの果実であるカカオパルプとともに木箱や籠に入れられる.木箱に生息している酵母,乳酸菌,酢酸菌などの菌によって発酵が進み,芳醇なカカオの香りの元が生まれる.この過程は伝統的なワインや漬物の製法とよく似ており,チョコレートが発酵食品であることがうなずける.初期の発酵過程からチョコレートに乳酸菌が関与していることからも,乳酸菌とチョコレートの相性の良さがうかがえる(6)6) 佐藤清隆,古谷野哲夫:カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン,幸書房,2011, p. 62..
乳酸菌含有チョコレートを開発するにあたり,まず,製造過程で菌が失活しないことが前提となる.菌を投入するタイミングを工夫して,ほとんど菌が死活しない製造条件がわかり,試作品ができ上がった.次のステップは試作品の耐酸性評価である.
胃酸での生存性を評価する実験系として,東ら(7)7) Y. Azuma, K. Ito & M. Sato: Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi, 48, 656 (2001).の報告を基に,以下の方法を設定した.塩酸でpHを2.5に合わせ,ペプシンを0.04%(w/v)となるように添加したMRS broth(以下,模擬人工胃液)に被検物質を添加し,37°C,振幅70 rpmで0~2時間インキュベートし,各時点の乳酸菌の生菌数を測定した.
まず,乳酸菌含有チョコレート,乳酸菌ドリンク,乳酸菌凍結乾燥粉末の3種類を比較した.乳酸菌はLactobacillus brevis FERM BP-4693を使用した.乳酸菌含有チョコレートでは,生菌数は2時間まで105~106 cfu/mLの間を推移した.一方,ドリンクや粉末では約1時間で102 cfu/mL以下となった.このことから,乳酸菌をチョコレートで包むことで,模擬人工胃液中での生存率は大幅に向上することが確認された(図1図1■模擬人工胃液中での乳酸菌の生存率の比較).
●:乳酸菌含有チョコレート,◇:乳酸菌含有ドリンク,△:乳酸菌凍結乾燥粉末.平均値±S.D., a,b異符号間に有意差あり(Tukey’s multiple comparison tests, p<0.05).
次に,菌の違いによる効果を確認した.耐酸性の異なるラクトバシルス属ブレビス種の乳酸菌2株(L. brevis FERM BP-4693およびL. brevis NITE BP-1634)を用いて,それぞれ凍結乾燥粉末および乳酸菌含有チョコレートを作製し,耐酸性を比較した.グラフ(図2図2■菌株別チョコレートコーティングの効果)より,凍結乾燥粉末では菌株の違いにより,模擬人工胃液中での生存率に差が認められたが,チョコレートで包むことによって,等しく生存が保持された.
●:乳酸菌(FERM BP-4693)含有チョコレート,■:乳酸菌(NITE BP-1634)含有チョコレート,△:乳酸菌(FERM BP-4693)凍結乾燥粉末,◇:乳酸菌(NITE BP-1634)凍結乾燥粉末.平均値±S.D., a,b,c異符号間に有意差あり(Tukey’s multiple comparison tests, p<0.05).
さらに,チョコレートの組成の違いによる効果の差を検証すべく,通常のミルクチョコレート,通常のミルクチョコレートに30%の割合でフレッシュクリームを添加したチョコレート,通常のミルクチョコレートに凍結乾燥したフレッシュクリームを添加したチョコレートを比較検討した.フレッシュクリームを添加することで,模擬人工胃液中の乳酸菌(Lactobacillus brevis FERM BP-4693)の生存率は低下するが,凍結乾燥したフレッシュクリームでは生存率は低下しなかった.チョコレートにフレッシュクリーム由来の水分が混ざることで,乳酸菌を覆っているチョコレートの膜が脆弱化し,酸性の液が浸透しやすくなり,乳酸菌が酸に暴露され,菌が失活しやすくなったと考えられた(図3図3■チョコレートの組成と耐酸性の関係).
乳酸菌をチョコレートで包むことで模擬人工胃液中での生存率が向上することは確認できたが,乳酸菌がもっている酵素の活性についてはどうだろうか? 本研究に使用した乳酸菌(L. brevis FERM BP-4693およびL. brevis NITE BP-1634)はプリン体代謝活性に優れた株であり,プリン体を代謝するプリンヌクレオシダーゼという酵素をもっている.この酵素の活性を指標に実験を実施した.
レバーや魚,魚の卵などのプリン体を多く含む食品を過剰に摂取することなどで,体内に尿酸が蓄積すると高尿酸血症となる.高尿酸血症をそのまま放置すると,さらに痛風や尿路結石などの合併症が引き起こされる.また,高尿酸血症は動脈硬化のリスクファクターとも言われている.日本では,30歳以上の成人男性の約30%が高尿酸血症に罹患しており,高尿酸血症と痛風の患者は増加傾向にあり,全国で約87万人が痛風で通院していると報告されている(8)8) 高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン 第2版 2012年追補ダイジェスト版,日本痛風・核酸代謝学会ガイドライン改訂委員会(編集),メディカルレビュー社,2012, p. 4..予防法として食事療法によるプリン体の制限があるが,プリン体は日本人の好む食材に多く含まれており,摂取を制限することが難しいという問題を抱えている.
プリン体はプリン骨格をもつ物質の総称であるが,そのうちの一つであるプリンヌクレオシドは,微生物によって代謝を受けてプリン塩基となり(9)9) J. Ogawa, C. L. Soong, S. Kishino, Q. S. Li, N. Horinouchi & S. Shimizu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 574 (2006).,プリン塩基はプリンヌクレオシドよりも吸収が少ないことが報告されている(10)10) R. A. Stow & J. R. Bronk: J. Physiol., 468, 311 (1993)..そこで,われわれは乳酸菌を用いて,食事由来のプリン体をより体内に吸収されにくい形に変換すれば,尿酸値の上昇を抑えられるのではないかと考えた(図4図4■腸内細菌によるプリン体代謝).
植物や発酵食品を起源とする乳酸菌約170菌株の中から,プリンヌクレオシダーゼ活性を有する菌の選抜を行った.まず,各乳酸菌をMRS brothで培養後,遠心分離して集菌し,生理食塩水で洗浄後,適切な濃度に調整して菌体を得た.そこにイノシンおよびグアノシンをそれぞれ4, 2 mMの濃度で添加し,37°C,嫌気条件下で約1時間反応後,反応液中に含まれるイノシン,グアノシンおよびその代謝物であるヒポキサンチン,グアニンをHPLCで測定した.イノシンおよびグアノシンをすべて分解し,ヒポキサンチン,グアニンを生成した株が5株選抜され,本試験に使用した乳酸菌はそのうちの2株であった.
模擬人工胃液中で酵素活性が維持されているかどうかを検証するため,乳酸菌(L. brevis FERM BP-4693)の凍結乾燥粉末および乳酸菌含有チョコレートをそれぞれ生理食塩水および模擬人工胃液中で処理し,処理後のプリンヌクレオシダーゼ活性を前述の方法で測定した.凍結乾燥粉末では,生理食塩水処理を対照として,模擬人工胃液で処理すると,グアニンを生成する活性は約2%,ヒポキサンチンを生成する活性は0.1%以下となり,プリンヌクレオシダーゼ活性はほぼ消失していた.一方,乳酸菌含有チョコレートでは,グアニンを生成する活性は約75%,ヒポキサンチンを生成する活性は約65%であり,酵素活性はある程度維持された(表1表1■模擬人工胃液処理後の酵素活性の比較).本結果より,チョコレートコーティングによる乳酸菌の胃酸への耐性の向上が酵素活性の維持の観点からも有効である可能性が示された.
生成プリン塩基 | 乳酸菌凍結乾燥紛末 | 乳酸菌含有チョコレート | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
生理食塩水処理 | 模擬人工胃液処理 | 酵素活性b(%) | 生理食塩水処理 | 模擬人工胃液処理 | 酵素活性b(%) | |
Guanine (mM) | 0.208±0.035 | 0.004±0.004 | 2.0±1.7 | 0.446±0.083 | 0.320±0.159 | 74.8±39.6* |
Hypoxanthine (mM) | 0.489±0.088 | tra: <0.001 | tra: <0.1 | l.316±0.173 | 0.838±0.364 | 65.4±30.8 |
atr: 検出限界以下,b酵素活性(%)=模擬人工胃液処理後の生成プリン塩基濃度/生理食塩水処理後の生成プリン塩基濃度×100. 平均値±S.D.,*p<0.05(t-tests). |
乳酸菌の摂取方法として,チョコレートに包んで摂取することは,胃酸への暴露を防ぎ,乳酸菌を生きたまま腸まで届け,その効果を高めるうえで有効であると示唆された.チョコレートがどのようにして乳酸菌を守っているかについては,まだまだ解明すべき点が多く,目下,さまざまなチョコレートで追加検討を実施している.
さらに近年の報告により,食事に由来する脂質から腸内細菌の作用により生成する脂肪酸がヒトの健康に寄与する可能性が示唆されている(11)11) J. Miyamoto, T. Mizukure, S. B. Park, S. Kishino, I. Kimura, K. Hirano, P. Bergamo, M. Rossi, T. Suzuki, M. Arita et al.: J. Biol. Chem., 290, 2902 (2015)..乳酸菌がカカオ豆を発酵させている事実から考えても,乳酸菌がチョコレート中の脂質を利用して新たな化合物を産生することを介して健康増進に寄与している可能性があり,興味がもたれる.
Acknowledgments
本研究は株式会社ロッテさまと共同で進め,多大なるご指導およびご協力いただきましたことに心より感謝申し上げます.
Reference
1) A. Kishi, K. Uno, Y. Matsubara, C. Okuda & T. Kishida: J. Am. Coll. Nutr., 15, 408 (1996).
2) U.S. Pat. No. 5662900.
4) 岸田奈弓,岸野重信,雑賀あずさ,米島靖記,小川 順:高いプリン体代謝活性を有する乳酸菌の探索,2016年度日本農芸化学会大会要旨,発表番号4F166.
5) Y. Yonejima, K. Hisa, M. Kawaguchi, H. Ashitani, T. Koyama, Y. Usamikrank, N. Kishida, S. Kishino & J. Ogawa: Biocatal. Agric. Biotechnol., 4, 773 (2015).
6) 佐藤清隆,古谷野哲夫:カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン,幸書房,2011, p. 62.
7) Y. Azuma, K. Ito & M. Sato: Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi, 48, 656 (2001).
8) 高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン 第2版 2012年追補ダイジェスト版,日本痛風・核酸代謝学会ガイドライン改訂委員会(編集),メディカルレビュー社,2012, p. 4.