農芸化学@High School

伝統的な酢をつくる菌とその働き

實好 琴葉

愛媛大学附属高等学校

小山 絵凪

愛媛大学附属高等学校

Published: 2017-12-20

本研究は,日本農芸化学会2017年度大会(開催地:京都女子大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.発表者らは,江戸時代から発酵液を植え継いで伝統的静置発酵で酢を生産している酢蔵の,発酵液および表面菌膜に含まれる微生物菌叢を解析した.さらに,それぞれの菌の代謝特性を知るために菌を単離し,純粋培養における経時的な成分の変化を分析した.

本研究の目的,方法および結果

【目的】

酢は,塩と並んで人類最古の調味料とされ,日本では3世紀には米酢が生産されていた記録がある(1)1) 酢酸菌研究会(外内尚人代表編):“食物と健康の科学シリーズ 酢の機能と科学”,朝倉書店,2012..造酢技術の一つである伝統的静置発酵は江戸時代後期に確立され,現在まで続いている.近年普及した,純化された発酵菌を原料に投入して短期間に発酵を終了する深部発酵法とは大きく異なり,静置発酵は開放的な環境で長期間静置されているにもかかわらず,安定した酢づくりが可能である.本研究の目的は,静置発酵による生産を続ける酢蔵が,創業以来大切に植え継いできた菌を同定することと,発酵液から菌を単離し,純粋培養した際の発酵液の成分変化を追跡することで,それぞれの菌の働きを明らかにすることである.

【方法】

(1) 2015年10月4日に,静置発酵で酢をつくる(株)中橋造酢(香川県三豊市,創業276年)を訪問した.酢酸発酵中の杉樽(発酵3週目の前期・7週目の後期)の液面から20 cm下から酢酸発酵液を20 mL,加えて発酵液表面の菌膜を2 mL採取した(図1図1■伝統的静置発酵で酢が作られている蔵).また,後期酢酸発酵液を持ち帰り,その一部を松下の報告(2)2) 松下一信:好気呼吸による「発酵」を行う酢酸菌,生物工学,90, 340 (2012).を参考に作ったエタノール培地とポテト培地で培養した.次に,これら試料から増幅した16S rDNAを,DGGE(変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法)によって種ごとに分離した.分離したバンドを含むゲルを切り出し,それぞれのDNAを増幅した後,塩基配列を解読し,データベースで検索・同定した.発酵液中の菌の経時変化は,バンドの太さ(=鋳型DNA量)で判断した.

図1■伝統的静置発酵で酢が作られている蔵

杉樽の中に,日本酒と種酢を入れ,さらに発酵中期~後期の樽から酢酸菌膜が移植され,約3カ月の酢酸発酵が行われる.

(2) 2016年8月2日に,(株)中橋造酢から新たに発酵液を持ち帰り,酢蔵の発酵液を参考にした再現液体培地(市販の日本酒30%+市販の醸造酢10%+水60%)に植え継いだ.この再現液体培地を,再現液体培地に寒天を加えた再現寒天培地,グルコース・グルコン酸培地,乳酸菌用MRS+トマトジュース培地に画線し,それらを好気的・嫌気的条件下におくことでコロニーを単離した.単離できた菌株は再現液体培地で純粋培養し,その培養液のエタノール量をアルコール脱水素酵素による酵素法で,グルコース量をグルコースキットで,酸度を水酸化ナトリウムによる中和滴定で,0, 2, 4, 6, 10日後にそれぞれ測定した.各培養は,37°Cに維持した恒温器で行った.

【結果】

(1) DGGEの結果,試料には酢酸菌5種,酢酸菌以外が3種いたことを確認した(図2図2■16S rDNAのDGGE解析の結果).発酵初期に比べると,Saccharibacillus kuerlensis, Paenibacillus sp., 乳酸菌のLactobacillus acetotoleransが発酵後期からは減少し,Acetobacter pasteurianusが増えていた(図2図2■16S rDNAのDGGE解析の結果).

図2■16S rDNAのDGGE解析の結果

同じ長さのDNAであっても,GC塩基含有量が多いほど変性剤の影響を受けにくい性質を利用して,種ごとに分離することができる.

(2) 酢酸菌A. pasteurianusを1株,酢酸菌Tanticharoenia sakaerateniusを2株,A. sp.の近縁種を2株単離できた.Gluconacetobacterや乳酸菌の単離には成功しなかった.単離できた5株中,A. sp.の近縁種1株を除く4株を純粋培養でき,その4株すべてがエタノールとグルコースを消費して酸度を上昇させていた(図3図3■単離できた4株を純粋培養した際の,培養液中のエタノール量(a),グルコース量(b),酸度(c)の経時的変化).

図3■単離できた4株を純粋培養した際の,培養液中のエタノール量(a),グルコース量(b),酸度(c)の経時的変化

▲はA. pasteurianus,●と×はT. sakaeratenius,■はA. sp.の近縁種.

【考察】

伝統的静置発酵の酢酸発酵液中には,複数の菌が含まれていた.発酵が進むにつれて酢酸菌以外の菌が減少していたことから,酢酸発酵開始時に種酢があることだけでなく,発酵が進むにつれて酸度が上昇するため,厳密な殺菌操作がなくても安定した酢づくりが可能になっていると考えられた.また,発酵が進むにつれて優先する酢酸菌の種が異なっていた.静置発酵で生産された酢には独特の風味があるが,それをもたらすのは多様な菌の代謝物が影響しているからと考えられる.

本研究では5種類の菌株の単離と,4種類の菌株の培養に成功した.酢蔵発酵液のDGGE解析では検出できなかった酢酸菌が,実験室で培養した後には単離・培養できたことから,酢蔵の発酵液中にはまだ別の菌が存在している可能性がある.また乳酸菌のように,DGGEで確認されたにもかかわらず単離できなかった菌もいたため,さらなる培地や培養環境の探索が必要である.

本研究の意義と展望

日本全国で伝統的な酢蔵の廃業が相次いでいる.本研究は,静置発酵ならではの豊かな味わいをもつ酢と,江戸時代から続く発酵文化を守りたいという思いで始まった.研究の結果,創業300年近い酢蔵が植え継いできた,伝統的静置発酵に関与する複数の菌が同定され,5つの菌株の単離にも成功した.今後単離・培養を進め,菌株の生化学的解析を進めれば,酢酸生産能の高い菌株,あるいは酢酸を消費してしまう菌株,静置発酵ならではの味わいを生み出す菌株などを発見できるかもしれない.そうなれば静置発酵の製造期間の短縮,味の向上,生産の安定化などに寄与できる.

現在発表者は,単離・培養操作を継続すると同時に,日本国内の静置発酵で酢を作り続けている酢蔵から発酵液を入手し,新たな研究テーマに挑んでいる.また,伝統ある酢蔵自体の文化的価値・科学的価値を見直すことで,地域振興につなげる提案も行っている.

本研究は「JST中高生科学研究実践プログラム」の支援を受け,愛媛大学大学院農学研究科微生物学教育分野の阿野嘉孝先生のご指導,ご協力のもと行われた.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 酢酸菌研究会(外内尚人代表編):“食物と健康の科学シリーズ 酢の機能と科学”,朝倉書店,2012.

2) 松下一信:好気呼吸による「発酵」を行う酢酸菌,生物工学,90, 340 (2012).