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最小のオープンリーディングフレームである「AUG-stop」を介した新規な遺伝子発現制御機構の発見細胞質ホウ素による輸送体mRNAの分解制御

田中 真幸

Mayuki Tanaka

東京大学大学院農学生命科学研究科

反田 直之

Naoyuki Sotta

東京大学大学院農学生命科学研究科

内藤

Satoshi Naito

北海道大学大学院農学研究院

藤原

Toru Fujiwara

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2018-01-20

翻訳は転写とともに遺伝子発現の重要な段階であるが,その研究例は転写に比べて限定的である.真核生物の翻訳が代謝産物によって調節される例としてはシロイヌナズナCGS1(1)1) 山下由衣,尾之内 均,内藤 哲:化学と生物,54, 191 (2016).や酵母のCPA1(2)2) A. Gaba, A. Jacobson & M. S. Sachs: Mol. Cell, 20, 449 (2005).などが報告されている.これらの調節では翻訳で生じたペプチドがリボソームの出口トンネル(exit tunnel)を通過する過程で,細胞質のアミノ酸をチャージしたtRNAの濃度によってペプチドが出口トンネル内で“つかえて”翻訳が停止する(1, 2)1) 山下由衣,尾之内 均,内藤 哲:化学と生物,54, 191 (2016).2) A. Gaba, A. Jacobson & M. S. Sachs: Mol. Cell, 20, 449 (2005)..また,アミノ酸濃度の低下は,対応するコドンの翻訳を停滞させる(3)3) R. Ishimura, G. Nagy, I. Dotu, J. H. Chuang & S. L. Ackerman: eLife, 5, e14295 (2016)..われわれはシロイヌナズナのホウ素輸送体遺伝子の発現制御機構を研究する中で,新しいタイプの細胞質の物質依存的な翻訳停止現象を発見した(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016).

シロイヌナズナのNIP5;1遺伝子はホウ素吸収に重要な輸送体をコードする遺伝子で,主に根で発現し,NIP5;1 mRNAの蓄積量は培地のホウ素濃度が低い条件で高まる(5)5) J. Takano, M. Wada, U. Ludewig, G. Schaaf, N. von Wirén & T. Fujiwara: Plant Cell, 18, 1498 (2006)..この制御は必須元素でありながら高濃度に存在すると毒性を示すホウ素の吸収を,培地のホウ素濃度が高いときに抑制するために重要であり(6)6) M. Tanaka, J. Takano, Y. Chiba, F. Lombardo, Y. Ogasawara, H. Onouchi, S. Naito & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3547 (2011).NIP5;1 mRNAの5′非翻訳領域(5′UTR)が制御を担っていることや,mRNAの蓄積が主にmRNA分解によって制御されていることを明らかにしていた(6)6) M. Tanaka, J. Takano, Y. Chiba, F. Lombardo, Y. Ogasawara, H. Onouchi, S. Naito & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3547 (2011).

NIP5;1 mRNAの5′UTRでホウ素応答に重要な領域(6)6) M. Tanaka, J. Takano, Y. Chiba, F. Lombardo, Y. Ogasawara, H. Onouchi, S. Naito & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3547 (2011).には開始コドンと終止コドンが並んだAUGUAAという配列が2カ所存在している.この配列のNIP5;1 mRNAの蓄積量の制御における役割を明らかにするため,AUGUAAにさまざまな変異を導入してシロイヌナズナ細胞を用いた一過的な発現系でのホウ素応答に及ぼす影響を調査した.AUGに変異を導入したり,AUGとUAAの間にコドンを挿入したり,UAAを終止コドン以外のコドンに変化させると,いずれもホウ素応答は見られなくなったが,UAAをほかの終止コドン(UGA, UAG)に変化させてもホウ素応答は見られたことから,AUGの直後に終止コドンが存在すること(AUG-stop)が重要であることが明らかになった(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016)..またホウ素に応じた制御はコムギ胚芽由来の試験管内翻訳系でも見られることから,この反応は細胞質のホウ素濃度に応じて翻訳過程が制御されることによって起こっているものと考えられた(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016)..また,ウサギ網状赤血球由来の試験管内翻訳系や動物細胞を用いたトランスフェクション実験でもホウ素応答が見られ,AUG-stopによるホウ素に応答した制御は真核生物の翻訳系に共通の現象である可能性が考えられた(3)3) R. Ishimura, G. Nagy, I. Dotu, J. H. Chuang & S. L. Ackerman: eLife, 5, e14295 (2016).

では翻訳過程はAUG-stop配列でホウ素によりどのような影響を受けているのであろうか? シロイヌナズナを高濃度のホウ素にさらしてmRNAを抽出すると,AUG-stopの上流16塩基の位置で切断されたNIP5;1 mRNAの分解中間産物が観察された(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016)..また,mRNAを試験管内で翻訳し,mRNAにリボソームが結合したままでプライマー伸長実験(toeprint assay)を行うと,終止コドンの下流12塩基付近にシグナルが観察され(3)3) R. Ishimura, G. Nagy, I. Dotu, J. H. Chuang & S. L. Ackerman: eLife, 5, e14295 (2016).,このシグナル強度はホウ素濃度を高めると高くなった.これらの結果はAUGがリボソームのP部位にある状態でリボソームが停止していることを示唆し,ホウ素濃度が高いとリボソームがAUG-stop上に停止しやすくなることを意味している.ホウ素はリボソームをAUG-stop上に停滞させることでmain open reading frame(ORF)の翻訳効率を低下させるだけでなく,上流ORF(uORF)を翻訳したリボソームによるmain ORFでの翻訳の再開(1)1) 山下由衣,尾之内 均,内藤 哲:化学と生物,54, 191 (2016).の効率を低下させることも明らかになった(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016)..また,AUGUAAの上流12-14塩基にはmRNAの切断に必要な新規の配列が存在していた(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016).図1図1■AUGUAA上でのホウ素依存的なリボソームの停止による翻訳抑制とmRNA分解の模式図).

図1■AUGUAA上でのホウ素依存的なリボソームの停止による翻訳抑制とmRNA分解の模式図

リボソームは高濃度のホウ素存在下でAUGがP部位にある状態で停止する.停止に伴ってNIP5;1 ORFの翻訳が低下するとともに,停止したリボソームの5′側のUAUA配列依存的にmRNAが分解される.

AUG-stop上でホウ素依存的にリボソームが停止しやすくなる現象は,これまでに知られている新生ペプチドを介した翻訳停止や,アミノ酸濃度の低下を伴ったものとは異なっている.今回発見したAUG-stopでは,新たに合成されたペプチドはなく,メチオニンだけである.また,試験管内翻訳系でもホウ素による影響を観察することができることから,Met-tRNAの減少によって停止が起こっていることも考えにくい.ホウ素がどのようにリボソームの停止を引き起こすのかは今後の課題であるが,AUG-stopという最小のORF上でのホウ素依存的なリボソームの停止は,これまでに知られている真核生物のリボソーム停止とは異なる新たな機構である可能性が考えられる.

AUG-stopはイネのホウ素輸送体であるNIP3;1(7)7) H. Hanaoka, S. Uraguchi, J. Takano, M. Tanaka & T. Fujiwara: Plant J., 78, 890 (2014).の5′UTRにも見いだされる.AUG-stop配列は6塩基に過ぎず,GC含量を50%と仮定するとおよそ1.4 kbに一度の頻度で出現する.シロイヌナズナでは,約250の遺伝子の5′UTRにAUGUAAが見いだされるが,これらの遺伝子のほとんどはホウ素条件によってmRNAの蓄積が変化しないことから,AUG-stop配列の存在だけではホウ素応答には不十分と考えられる.その一方で,植物では5′UTRにおけるAUG-stopの出現頻度はランダムな配列を仮定した場合よりも低い.一方,動物ではそのような傾向は見られないことから,植物においては5′UTRに存在するAUG-stopに対して負の選択圧がかかっていると考えられる(4)4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016).

今回の発見はAUG-stopという最小のORFが翻訳過程で機能をもつことを示した初めての例と考えられる.植物でAUG-stopに負の選択圧がかかっていることは,ホウ素を含む植物固有の条件や環境がAUG-stopをもつ遺伝子の発現調節に機能する可能性が考えられる.また,ホウ素によるリボソームの停止機構の解明も興味深い課題である.

Reference

1) 山下由衣,尾之内 均,内藤 哲:化学と生物,54, 191 (2016).

2) A. Gaba, A. Jacobson & M. S. Sachs: Mol. Cell, 20, 449 (2005).

3) R. Ishimura, G. Nagy, I. Dotu, J. H. Chuang & S. L. Ackerman: eLife, 5, e14295 (2016).

4) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, 28, 2830 (2016).

5) J. Takano, M. Wada, U. Ludewig, G. Schaaf, N. von Wirén & T. Fujiwara: Plant Cell, 18, 1498 (2006).

6) M. Tanaka, J. Takano, Y. Chiba, F. Lombardo, Y. Ogasawara, H. Onouchi, S. Naito & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3547 (2011).

7) H. Hanaoka, S. Uraguchi, J. Takano, M. Tanaka & T. Fujiwara: Plant J., 78, 890 (2014).