今日の話題

酢酸を介した植物の乾燥応答とプライミング効果酢酸を使って乾燥に耐える植物の生存戦略

鍾明

Jong-Myong Kim

理化学研究所環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チーム

原明

Motoaki Seki

理化学研究所環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チーム

泰子

Taiko To

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻

Published: 2018-01-20

水がなくなると生き物は死ぬ.もちろん植物も例外ではなく,気候変動に伴う急激な乾燥・干ばつの頻発により,作物生産量の低下や砂漠化による緑地の減少など,世界規模で甚大な被害を及ぼしている.未来の地球環境と植物資源維持のためにも,植物の乾燥耐性機構の解明は基礎と応用の両面で大きな課題であることは間違いない.これまでにも,乾燥ストレス応答遺伝子の同定や植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)の機能解明など,乾燥応答メカニズム理解に向けた多くの成果が報告されている.しかしながら,近年の大きな潮流の一つとも言えるクロマチン・エピジェネティクス研究と植物の乾燥応答制御を明確に結びつけた報告はこれまでになかった.どのような真核生物においても,遺伝子発現にはヒストン修飾変化を介したクロマチンの構造変換がかかわることが知られている(1, 2)1) J. M. Kim, T. K. To, J. Ishida, T. Morosawa, M. Kawashima, A. Matsui, T. Toyoda, H. Kimura, K. Shinozaki & M. Seki: Plant Cell Physiol., 49, 1580 (2008).2) J. M. Kim, T. K. To, J. Ishida, A. Matsui, H. Kimura & M. Seki: Plant Cell Physiol., 53, 847 (2012)..われわれはこの点に着目し,シロイヌナズナを用いてクロマチン制御因子であるヒストン修飾酵素の遺伝子変異体の解析から,クロマチン制御に基づく植物の乾燥応答制御機構の解明を目指した.その結果,「すべての植物種に生来的に備わった必須の新規乾燥耐性メカニズム:クロマチン因子によって制御される酢酸—ジャスモン酸(JA)乾燥耐性ネットワーク」を発見した(3)3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017).図1図1■酢酸–ジャスモン酸を介した植物の新規乾燥耐性機構).

図1■酢酸–ジャスモン酸を介した植物の新規乾燥耐性機構

通常条件下でHDA6により抑制されている酢酸合成遺伝子が,乾燥刺激によるHDA6の乖離に連動して活性化される.乾燥条件下で特異的に合成された酢酸は,一過的なジャスモン酸合成を誘導して下流のシグナルネットワークを活性化するとともに,ジャスモン酸ネットワーク遺伝子上のヒストンタンパク質をアセチル化して,これら遺伝子の活性化プライミングに機能する.

この新規乾燥耐性ネットワークは,ABA応答など既知の乾燥ストレス応答系とは全く異なり,クロマチン制御因子であるヒストン脱アセチル化酵素HDA6(Histone Deacetylase6)によりコントロールされる.これまでHDA6はトランスポゾン抑制を介したヘテロクロマチン構築などに機能する因子として知られてきたが(4, 5)4) T. K. To, J. M. Kim, A. Matsui, Y. Kurihara, T. Morosawa, J. Ishida, M. Tanaka, T. Endo, T. Kakutani, T. Toyoda et al.: PLoS Genet., 7, e1002055 (2011).5) J. M. Kim, T. K. To & M. Seki: Plant Cell Physiol., 53, 794 (2012).,この新規乾燥耐性メカニズムではHDA6が乾燥応答時に中心代謝系のフローを変換するON/OFFスイッチ分子として機能する(3)3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017)..リプレッサーとして働いていたHDA6が乾燥刺激により酢酸合成系遺伝子上から乖離し,酢酸合成酵素遺伝子が転写–翻訳されることで,解糖系中間代謝物のピルビン酸を基質とした酢酸の合成が誘導される.そして,乾燥ストレス下で特異的に合成された酢酸は一過的なJA合成を促進し,つづいて下流のJAシグナルネットワークを活性化することで植物が乾燥耐性を獲得する.この発見は,ヘテロクロマチン構築に機能するクロマチン制御因子が,ユークロマチン上の遺伝子発現制御においても重要な役割をもつこと,また特に環境変動に応答にした役割を備えており,環境変化に呼応した代謝変換をクロマチンレベルで直接制御することを示す.加えて「酢酸」および「JA」が植物の乾燥耐性獲得に必須の因子であることを明らかにしたという点でも非常に新しい(3)3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017).

さらに興味深い点として,このメカニズムにおける「もう一つの異なる酢酸の作用」が挙げられる.一般的にヒストンタンパク質のアセチル化修飾は,クロマチン構造を弛緩させることにより,遺伝子発現の活性化に関与することが知られている.植物体内での酢酸の挙動を調べるため,非乾燥条件下で根から取り込ませたRIラベル酢酸のトレース実験を行った結果,地上部の植物体から精製したH4ヒストンタンパク質に強いシグナルが検出された(3)3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017)..さらに,JAシグナル経路のネットワークを構成する遺伝子群をコードするゲノム領域にヒストンアセチル化が高蓄積していることも明らかとなった(3)3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017)..つまり,乾燥処理することなしに,酢酸自体が基質となってクロマチン構成因子であるヒストンタンパク質のアセチル化修飾に取り込まれ,乾燥耐性に機能するJAネットワーク上の標的遺伝子領域のヒストンアセチル化レベルを上昇させるのである.また,これら標的遺伝子群の発現は酢酸処理のみの時点では誘導されず,その後の連続した乾燥処理により初めて,より強くかつ特異的に発現が誘導されることもわかった.この結果が示す酢酸のもう一つの作用とは「乾燥耐性に機能するJA応答ネットワーク遺伝子の発現に備えて,標的領域のクロマチンを弛緩させておくこと」である.つまりこの点において,酢酸によるヒストンアセチル化は遺伝子の発現活性化に対する「プライミング効果」と言える(図2図2■酢酸処理によるクロマチンの構造と状態の変化).実際の自然環境中では,これら「乾燥刺激による植物体内での酢酸合成とそれによるJA合成の促進」および「合成された酢酸によるJAシグナルネットワーク遺伝子のヒストンアセチル化によるプライミング作用」は,おそらくほぼ同時に起こるイベントだとわれわれは考えている.また,酢酸合成ステップとJAシグナルネットワークの最終的な発現活性化ステップでは,乾燥強度に依存した段階的な制御があるのではないかと予想している.以上が「酢酸」というシンプルな化合物を生理活性物質として二重に利用し,乾燥に対抗する「植物の巧みな生存戦略」である.

図2■酢酸処理によるクロマチンの構造と状態の変化

酢酸処理により,抑制されていたクロマチンにヒストンアセチル化が付加され,乾燥で応答する標的遺伝子領域の発現活性化に向けたプライミング状態が形成される.

最後に,このメカニズムは進化的にも菌類および植物に広く保存されており,単子葉・双子葉を問わず,外部から一定濃度の酢酸を植物に与えるだけで,どんな植物(イネ,コムギ,ナタネ,トウモロコシなど)も乾燥に強くできることを確認している(3)3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017)..われわれはこの酢酸による効果をもとに,世界の農地などで使用可能な酢酸利用法の一般化技術開発を視野に入れており,この成果が将来の植物生産力と地球環境の維持・改善に大きく結びつくことは言うまでもない.また今後は,JAシグナル下流の遺伝子ネットワークについてより詳細な解析を行い,エピジェネティック因子や転写因子による遺伝子発現との連動性や新規機能遺伝子などの探索を進めることで,乾燥耐性を決定づけるさらに新しい遺伝子カスケードや機能物質などの発見にもつなげたい.「酢酸」を中心に据えた植物の乾燥応答・適応メカニズムのさらなる解明は〈環境応答–エピジェネティクス–代謝–転写–植物ホルモン〉のそれぞれ研究分野を横断的につなぎ,植物の生存・適応戦略の理解に向けた,さらに新しい発見とアプローチをもたらすと考える.

Reference

1) J. M. Kim, T. K. To, J. Ishida, T. Morosawa, M. Kawashima, A. Matsui, T. Toyoda, H. Kimura, K. Shinozaki & M. Seki: Plant Cell Physiol., 49, 1580 (2008).

2) J. M. Kim, T. K. To, J. Ishida, A. Matsui, H. Kimura & M. Seki: Plant Cell Physiol., 53, 847 (2012).

3) J. M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nature Plants, 3, 17097 (2017).

4) T. K. To, J. M. Kim, A. Matsui, Y. Kurihara, T. Morosawa, J. Ishida, M. Tanaka, T. Endo, T. Kakutani, T. Toyoda et al.: PLoS Genet., 7, e1002055 (2011).

5) J. M. Kim, T. K. To & M. Seki: Plant Cell Physiol., 53, 794 (2012).