Kagaku to Seibutsu 56(2): 70-72 (2018)
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細胞横断型アルカロイド生合成における代謝中間体の分布解明一細胞質量分析技術が明らかにしたもの
Published: 2018-01-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
細胞レベルで小分子の空間的分布情報を得ることは,生物内での生理応答や代謝を理解するために極めて重要である.近年の新規メタボローム解析技術である高分解能質量顕微鏡などを用いた化合物の分布解析技術の進歩により,これまで調べることが困難であった代謝物の分布が一細胞レベルで少しずつ明らかになりつつある.本稿では,技術発展の著しい一細胞レベルでのメタボローム解析技術を用いてわれわれが行っているテルペノイドインドールアルカロイド(TIA: Terpenoid Indole Alkaloid)の分布解析の結果について紹介したい.
RNAやタンパク質の組織・細胞レベルでの局在を調べるにはin situ hybridizationや蛍光タンパク質が利用されてきたが,低分子化合物を組織・細胞レベルで調べるためには,組織もしくは細胞を分取し,それらの代謝物を測定するというのが一般的な手法であった(1)1) U. Heinig, M. Gutensohn, N. Dudareva & A. Aharoni: Curr. Opin. Biotechnol., 24, 239 (2013)..質量分析法(MS: Mass Spectrometry)の高感度化に伴い,これまで検出が困難であった微量サンプルでも複数の化合物の情報を得ることができるようになってきた.質量分析計で組織切片における化合物の分布を測定するには,そのイオン化法が重要になる.DESI(Desorption ElectroSpray Ionization) やSIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry)などさまざまな方法が開発されてきたが,ここではわれわれが使用しているMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)やESI(ElectroSpray Ionization)の手法を用いた微量サンプルの測定方法について簡単に説明する(2)2) B. A. Boughton, D. Thinagaran, D. Sarabia, A. Bacic & U. Roessner: Phytochem. Rev., 15, 445 (2016).(図1図1■新規メタボローム解析技術を用いたアルカロイドの分布解析).
(A)UV励起した際に青色の蛍光を放つ異形細胞や乳管細胞と分析手法.Imaging MSでは顕微鏡で細胞の分布を確認後,凍結乾燥,マトリックス蒸着を行い,MALDIによってイオン化し,質量分析計で測定.Single-cell MSでは顕微鏡下で細胞内容物を回収後,Nano-ESIによってイオン化し,質量分析計で測定.(B)Imaging MSの結果.(C)Single-cell MSの結果.
UVレーザー照射によって試料中の物質を気化イオン化し,その後,各種質量分析計で測定を行うMALDI-MSの手法は,低分子からペプチドまでさまざまな化合物を測定することができる.導電性のIndium Tin Oxide(ITO)ガラスなどに固定した組織切片にマトリックスを均一に蒸着した後,MALDI-MSの手法を代謝物分布分析に応用することで,数万点のMSデータを取得し,2次元の化合物の分布データを構築することによりMS imageが得られる.文献的にはMALDI-MSによる空間分解能は1~100 μm(3)3) Y. Dong, B. Li & A. Aharoni: Trends Plant Sci., 21, 686 (2016).とされているが,実際に複数の標的代謝物を検出するには数十μmが限界に近い.しかし,植物種や組織にもよるが,一つの細胞の大きさが数十μmの六面体であると考えると,一細胞レベルで多くの代謝物を検出することが十分可能なレベルまできている.われわれは,このImaging MSのレーザーの径を20 μmにした装置を開発された高橋勝利博士(産総研)との共同研究で,植物組織切片より複数の代謝物を検出することに成功した(4, 5)4) K. Takahashi, T. Kozuka, A. Anegawa, A. Nagatani & T. Mimura: Plant Cell Physiol., 56, 1329 (2015).5) K. Yamamoto, K. Takahashi, H. Mizuno, A. Anegawa, K. Ishizaki, H. Fukaki, M. Ohnishi, M. Yamazaki, T. Masujima & T. Mimura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 3891 (2016)..
これまで,上記のMALDI-MSの手法により,サンプルプレート上の細胞から一細胞レベルの解像度で細胞内容物の検出に成功していたが,この手法では生きた細胞を扱えないことなどの問題があった.故升島努博士ら(理研)(6, 7)6) H. Mizuno, N. Tsuyama, T. Harada & T. Masujima: J. Mass Spectrom., 43, 1692 (2008).7) T. Fujii, S. Matsuda, M. L. Tejedor, T. Esaki, I. Sakane, H. Mizuno, N. Tsuyama & T. Masujima: Nat. Protoc., 10, 1445 (2015).により開発されたLive video Single-cell MS(Single-cell MS)と呼ばれる手法では,生きた細胞から細胞内容物を採取し,即座に測定することが可能である.まず,イオン化効率を上げるために金属コーティングされたガラスキャピラリーを用いて,生きた細胞を顕微鏡下で観察しながら細胞内容物を回収する.その後,抽出・イオン化溶媒をガラスキャピラリーに直接導入し,微量成分でイオン化できるNano-ESI(Nano-ElectroSpray Ionization)を用いて質量分析計で測定を行う.ESIは大気圧イオン化法の一種で,生体物質など高極性化合物のイオン化に適している.金属キャピラリーに3 kVほどの高電圧を印可し,スプレーによって細かな帯電液滴を形成し,その後,帯電液滴は蒸発と電荷同士の反発によって起こる分裂を繰り返すことによって,最終的にサンプル中のイオンが気相中に放出され,質量分析計で測定できるようになる.これまでこの手法により,生きている動植物の一細胞よりさまざまな代謝物が検出されてきたが(6~8)6) H. Mizuno, N. Tsuyama, T. Harada & T. Masujima: J. Mass Spectrom., 43, 1692 (2008).7) T. Fujii, S. Matsuda, M. L. Tejedor, T. Esaki, I. Sakane, H. Mizuno, N. Tsuyama & T. Masujima: Nat. Protoc., 10, 1445 (2015).8) T. Shimizu, S. Miyakawa, T. Esaki, H. Mizuno, T. Masujima, T. Koshiba & M. Seo: Plant Cell Physiol., 56, 1287 (2015).,われわれは,升島博士のご協力を得ることで,この手法の植物組織への応用を試みてきた(5)5) K. Yamamoto, K. Takahashi, H. Mizuno, A. Anegawa, K. Ishizaki, H. Fukaki, M. Ohnishi, M. Yamazaki, T. Masujima & T. Mimura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 3891 (2016)..
植物は,草食動物などの捕食者に対する防御物質として,カフェインやモルヒネのような二次代謝産物を生産している.われわれは,植物における二次代謝産物の一種であるアルカロイドに着目し,抗がん剤を含むさまざまな有用アルカロイドを生合成するニチニチソウを実験材料としてきた.ニチニチソウ地上部におけるアルカロイド生合成は,酵素遺伝子の発現場所や酵素タンパク質の局在を調べたデータより,一つの細胞内で完結せず,さまざまな細胞を経由して合成されるという仮説が立てられている(9, 10)9) T. Dugé de Bernonville, M. Clastre, S. Besseau, A. Oudin, V. Burlat, G. Glévarec, A. Lanoue, N. Papon, N. Giglioli-Guivarc’h, B. St-Pierre et al.: Phytochemistry, 113, 9 (2015).10) Q. Pan, N. R. Mustafa, K. Tang, Y. H. Choi & R. Verpoorte: Phytochem. Rev., 15, 221 (2016)..まず,テルペノイドの合成がInternal phloem-associated parenchyma cell(IPAP細胞)から始まり,中間体であるIridoid glucosideが表皮細胞へと運ばれて反応が進みSecologaninとなり,アミノ酸由来のTryptamineと縮合反応をすることでTIAの中心中間体であるStrictosidineが合成される(9, 10)9) T. Dugé de Bernonville, M. Clastre, S. Besseau, A. Oudin, V. Burlat, G. Glévarec, A. Lanoue, N. Papon, N. Giglioli-Guivarc’h, B. St-Pierre et al.: Phytochemistry, 113, 9 (2015).10) Q. Pan, N. R. Mustafa, K. Tang, Y. H. Choi & R. Verpoorte: Phytochem. Rev., 15, 221 (2016)..その後,Strictosidineから,さらにさまざまなTIA(Cathenamineなど)が表皮細胞や葉肉細胞で合成され,最終的に異形細胞や乳管細胞といった,表皮細胞や葉肉細胞とは異なる特殊に分化した細胞に輸送され,そこでは抗がん剤の原料として知られるTIA(Vindolineなど)が蓄積するとされてきた(9, 10)9) T. Dugé de Bernonville, M. Clastre, S. Besseau, A. Oudin, V. Burlat, G. Glévarec, A. Lanoue, N. Papon, N. Giglioli-Guivarc’h, B. St-Pierre et al.: Phytochemistry, 113, 9 (2015).10) Q. Pan, N. R. Mustafa, K. Tang, Y. H. Choi & R. Verpoorte: Phytochem. Rev., 15, 221 (2016)..しかし,このような仮説が立てられているにもかかわらず,TIAの中間体の局在場所を同定した報告はなかった.
前述の新規メタボローム解析技術であるImaging MSとSingle-cell MSを用いてTIA分布の解明を試みた結果,SecologaninのようなIridoid glucosideは仮説どおり表皮細胞に局在するが,TIAの最終産物はもちろん,Strictosidineも含めTIAの中間体の多くが異形細胞や乳管細胞といった細胞に局在していることが明らかとなった(5)5) K. Yamamoto, K. Takahashi, H. Mizuno, A. Anegawa, K. Ishizaki, H. Fukaki, M. Ohnishi, M. Yamazaki, T. Masujima & T. Mimura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 3891 (2016).(図1図1■新規メタボローム解析技術を用いたアルカロイドの分布解析).異形細胞や乳管細胞はこれまで最終産物の蓄積場所とだけ考えられてきたが,表皮細胞で生合成が続くTIA中間体もこれらの細胞に局在していたことから,単なる最終産物の蓄積場所としてだけではなく,何らかの形でTIAの生合成に関与することが考えられる.また,近年ニチニチソウにおけるTIAの輸送体のいくつかが同定され(11, 12)11) F. Yu & V. De Luca: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 15830 (2013).12) R. M. E. Payne, D. Xu, E. Foureau, M. I. Teto Carqueijeiro, A. Oudin, T. D. Bernonville, V. Novak, M. Burow, C. E. Olsen, D. M. Jones et al.: Nature Plants, 3, 16208 (2017).,表皮細胞の液胞におけるStrictosidineの排出輸送体も報告された(12)12) R. M. E. Payne, D. Xu, E. Foureau, M. I. Teto Carqueijeiro, A. Oudin, T. D. Bernonville, V. Novak, M. Burow, C. E. Olsen, D. M. Jones et al.: Nature Plants, 3, 16208 (2017)..ウイルス誘導性ジーンサイレンシング法を用いてこの輸送体のノックダウンを行った結果,葉のStrictosidineの蓄積量が増大し,葉の表面の損傷が見られている(12)12) R. M. E. Payne, D. Xu, E. Foureau, M. I. Teto Carqueijeiro, A. Oudin, T. D. Bernonville, V. Novak, M. Burow, C. E. Olsen, D. M. Jones et al.: Nature Plants, 3, 16208 (2017)..ニチニチソウは,このような損傷を引き起こさないために,Strictosidineのような自身にとっても毒性のあるTIAが過剰となった場合には,それらのTIAを異形細胞や乳管細胞に蓄積しているのかもしれない.
このように新規メタボローム解析技術を使うことにより,植物組織における一細胞レベルでのアルカロイドの局在を明らかにすることに成功し,異形細胞や乳管細胞が単なるTIAの最終産物の蓄積場所として機能するのではなく,TIAの主要な中間体を蓄積し生合成に関与する細胞という新たな可能性を見いだすことに成功した(5)5) K. Yamamoto, K. Takahashi, H. Mizuno, A. Anegawa, K. Ishizaki, H. Fukaki, M. Ohnishi, M. Yamazaki, T. Masujima & T. Mimura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 3891 (2016)..
今後,質量分析計の高感度化や新たなイオン化法の開発が進むことにより,アルカロイドのようにイオン化しやすい化合物だけでなく,イオン化しにくい化合物に関しても一細胞の微量画分より検出できるようになることが期待される.
Reference
1) U. Heinig, M. Gutensohn, N. Dudareva & A. Aharoni: Curr. Opin. Biotechnol., 24, 239 (2013).
3) Y. Dong, B. Li & A. Aharoni: Trends Plant Sci., 21, 686 (2016).
6) H. Mizuno, N. Tsuyama, T. Harada & T. Masujima: J. Mass Spectrom., 43, 1692 (2008).
10) Q. Pan, N. R. Mustafa, K. Tang, Y. H. Choi & R. Verpoorte: Phytochem. Rev., 15, 221 (2016).
11) F. Yu & V. De Luca: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 15830 (2013).