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イネ科植物における二次代謝の進化スクラップ・アンド・ビルドによって二次代謝が多様になった

宇部 尚樹

Naoki Ube

鳥取大学連合大学院農学研究科

石原

Atsushi Ishihara

鳥取大学農学部

Published: 2018-01-20

イネ科植物は,約12,000種770属からなる大きな植物群である.ヒトにより激しく撹乱を受ける環境にもよく適応し,我が世の春を謳歌している.その起源は,中生代白亜紀に遡る.白亜紀後期の恐竜の糞の化石からは,イネ科イネ属の植物に由来する維管束のガラス質が見つかっている.白亜紀の恐竜にはイネ科植物を喰むものがいたのである.イネ科は大きく2つ分類群に分けられる.イネ,コムギ,タケなどを含むBOPクレードとトウモロコシやアワ,ヨシ,シコクビエなどを含むPACMADクレードである.これらの2つのクレードが分岐したのは新生代の初期とみられている.

植物は,二次代謝産物と呼ばれる多種多様な化合物を蓄積している.これらの化合物の多くは,植物が病原菌や食植性の昆虫から身を守るために獲得した化合物である.イネ科植物の代表的な二次代謝産物は,ベンゾキサジノン(Bx)類である.Bx類には,抗菌活性や,昆虫に対する毒性,摂食阻害活性などがある.通常は配糖体の形で,液胞に蓄積しているが,病原菌感染や昆虫の食害を受けて細胞が壊れると,葉緑体に存在するβ-グルコシダーゼと接触し,活性をもったアグリコンが遊離する.主要なBx類は,DIBOA-GlcとDIMBOA-Glc(図1図1■ベンゾキサジノン類(DIBOA-GlcおよびDIMBOA-Glc),ホルダチンA, ムリナミド類の化学構造)で,BOPクレードに属するコムギやライムギ,PACMADクレードのトウモロコシなどに存在する.

図1■ベンゾキサジノン類(DIBOA-GlcおよびDIMBOA-Glc),ホルダチンA, ムリナミド類の化学構造

ホルダチンAとムリナミド類については,アグマチンとヒドロキシ桂皮酸から構成される2つユニットをそれぞれ赤と青の影を付けて表している.

Bx類の生合成については,まず,トウモロコシで研究が行われ,生合成酵素やその遺伝子が同定された(1)1) M. Frey, P. Chomet, E. Glawischnig, C. Stettner, S. Grün, A. Winklmair, W. Eisenreich, A. Bacher, R. B. Meeley, S. P. Briggs et al.: Science, 277, 696 (1997)..その後,コムギやライムギでも,順次解析が進められている(2, 3)2) T. Nomura, A. Ishihara, H. Imaishi, T. R. Endo, H. Ohkawa & H. Iwamura: Mol. Genet. Genomics, 267, 210 (2002).3) J. Groszyk, M. Kowalczyk, Y. Yanushevska, A. Stochmal, M. Rakoczy-Trojanowska & W. Orczyk: PLOS One, 12, e0171506 (2017)..同定された生合成遺伝子を比較すると,コムギやライムギの遺伝子はトウモロコシの遺伝子とよく似たオルソログであった.PACMADクレードのトウモロコシとBOPクレードのコムギやライムギが共通の酵素でBx類を合成しているということは,その共通祖先がBx類の生合成経路をもっていたことを意味する.2つのクレードに分岐する前の初期のイネ科植物は,すでにBx類を獲得していたのである.

それでは,イネ科植物の歴史の中でBx類はどのように受け継がれたのだろうか.これを知るため,BOPクレードのイチゴツナギ亜科,タケ亜科,イネ亜科,PACMADクレードのキビ亜科,ダンチク亜科,ヒゲシバ亜科に含まれる69種について,Bx類の有無が調べられた(4)4) Y. Kokubo, M. Nishizaka, N. Ube, Y. Yabuta, S. Tebayashi, K. Ueno, S. Taketa & A. Ishihara: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 431 (2017)..その結果,Bx類が検出されたのは,BOPクレードのイチゴツナギ亜科とPACMADクレードのキビ亜科のみであった(図2図2■イネ科植物におけるベンゾキサジノン類の分布,およびオオムギ属内でのベンゾキサジノン類とムリナミド類,ホルダチン類の分布).それ以外の亜科ではBx類は全く検出されず,それぞれの亜科が分岐した早い段階でBx類は失われたものと推定された.

図2■イネ科植物におけるベンゾキサジノン類の分布,およびオオムギ属内でのベンゾキサジノン類とムリナミド類,ホルダチン類の分布

草マークは,種(あるいは亜種)を表す.色の違いで蓄積する二次代謝産物の違いを示している.赤:ベンゾキサジノン類,青:ムリナミド類,紺:ホルダチン類,緑:いずれの化合物も蓄積しない.

一方,イチゴツナギ亜科やキビ亜科のなかにもBx類をもつ種ともたない種が混在していた.同属の近縁種であってもBx類の蓄積の有無に違いがある場合もあった.たとえば,ギニアグラス(Panicum maximum)はBx類を蓄積していたが,同属のキビ(P. miliaceum)はBx類をもっていなかった.オオムギ属でも,ホソムギクサ(Hordeum brachyantherum)にはDIBOA-Glcが含まれていたが,栽培オオムギ(H. vulagare)からは検出されなかった.一部の系統ではBx類が保持される一方で,イネ科の系統樹のあちこちで,またいろいろなタイミングでBx類は失われていった.では,Bx類を失った種では,身を守るための二次代謝は不要になったのだろうか.

Bx類の喪失時に生じた二次代謝の進化を物語る研究も行われている(5)5) N. Ube, M. Nishizaka, T. Ichiyanagi, K. Ueno, S. Taketa & A. Ishihara: Phytochemistry, 141, 1 (2017)..オオムギ属は31種からなる植物群で,その系統関係はよく研究されている.31種は,H, Xu, I, Xaの4つのクレードに分類され,このうち,HとXu, IとXaがそれぞれ近縁である.栽培オオムギはHクレードに属する.これら4つのクレードに属する10種13系統のオオムギについて二次代謝産物が分析された.その結果,IとXaクレードの種はすべてBx類のDIBOA-Glcを蓄積していた.一方で,Hクレードの栽培オオムギとその野生種H. vulgare ssp. spontaneumには,栽培オオムギに特徴的なホルダチン類(図1図1■ベンゾキサジノン類(DIBOA-GlcおよびDIMBOA-Glc),ホルダチンA, ムリナミド類の化学構造)が存在した.ところが,同じHクレードに属するH. bulbosumとXuクレードのH. murinumからは,Bx類もホルダチン類も検出されなかった.そこで,これらの種に蓄積する二次代謝産物が詳細に調べられた.

すると,H. murinum ssp. glaucumには,Bx類ともホルダチン類とも異なる化合物が少なくとも2種存在することがわかった.これらの化合物は,植物病原菌に強い抗菌活性を示したので,防御にかかわる二次代謝産物であると考えられた.単離して化学構造を解析したところ,これまでに知られていない化合物であった(図1図1■ベンゾキサジノン類(DIBOA-GlcおよびDIMBOA-Glc),ホルダチンA, ムリナミド類の化学構造).これらの化合物は,H. murinumから見つかったので,ムリナミドAおよびBと名づけられた.さらに,ムリナミド類はH. murinumだけでなく,H. bulbosumにも存在していた.ここで,図1図1■ベンゾキサジノン類(DIBOA-GlcおよびDIMBOA-Glc),ホルダチンA, ムリナミド類の化学構造のムリナミド類とホルダチンAの構造を見比べて欲しい.よく見ると両者に共通のユニットがあることに気がつく.ムリナミド類もホルダチンAも,結合の仕方は違うもののヒドロキシ経皮酸とアグマチンのアミドが二量化した化合物とみることができる.したがって,オオムギ属の中では,IとXaクレードに属する種は,Bx類を受け継いだが,HとXuクレードの祖先は,新たにヒドロキシ桂皮酸アミド二量体を合成する経路を発明したのである.このとき獲得された化合物はムリナミド類である.その後,Hクレードの栽培オオムギに至る系統では,合成経路にマイナーチェンジが加えられ,ホルダチン類を作り始めたと考えられる.Bx類を失った系統では,Bxを失うと同時に,これとは別の新たな防御物質の合成経路を獲得していたのである.この時点で二次代謝の速やかなシフトが生じたのだ.

もう一度イネ科全体を眺めて見よう.イネ科には,イチゴツナギ亜科やキビ亜科など古い形質(Bx類)を色濃くの残す系統がある.一方で,多数の系統でBx類は失われた.そのような系統では,オオムギ属で見られたように,新たな化合物の開発に成功したと推定される.実際,イネ科植物からは,青酸配糖体やサポニンなど防御にかかわるさまざまな二次代謝産物が見いだされている.オオムギ属以外でもBx類を失う代わりに,それぞれの系統で新たな生合成経路が生み出され,イネ科全体では多様な二次代謝が獲得されてきたのである.イネ科植物の繁栄には,環境に適応した柔軟な二次代謝のスクラップ・アンド・ビルドが貢献しているに違いない.

Reference

1) M. Frey, P. Chomet, E. Glawischnig, C. Stettner, S. Grün, A. Winklmair, W. Eisenreich, A. Bacher, R. B. Meeley, S. P. Briggs et al.: Science, 277, 696 (1997).

2) T. Nomura, A. Ishihara, H. Imaishi, T. R. Endo, H. Ohkawa & H. Iwamura: Mol. Genet. Genomics, 267, 210 (2002).

3) J. Groszyk, M. Kowalczyk, Y. Yanushevska, A. Stochmal, M. Rakoczy-Trojanowska & W. Orczyk: PLOS One, 12, e0171506 (2017).

4) Y. Kokubo, M. Nishizaka, N. Ube, Y. Yabuta, S. Tebayashi, K. Ueno, S. Taketa & A. Ishihara: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 431 (2017).

5) N. Ube, M. Nishizaka, T. Ichiyanagi, K. Ueno, S. Taketa & A. Ishihara: Phytochemistry, 141, 1 (2017).