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放線菌が生み出した疑似ペプチド化合物疑似ペプチド(ケトメミシン)がもつカルボニルメチレンの生合成を解明

小笠原 泰志

Yasushi Ogasawara

北海道大学大学院工学研究院

大利

Tohru Dairi

北海道大学大学院工学研究院

Published: 2018-01-20

放線菌は二次代謝産物(天然有機化合物)発見の重要な源として知られ,これまでさまざまな新規生理活性物質の単離が報告されている.近年,天然からの新規化合物の単離例は減少を続けているが,ゲノム情報の蓄積により放線菌が多数の二次代謝産物の生合成遺伝子クラスターを有していることが明らかになっており,放線菌のもつ二次代謝産物生産能の潜在性が再認識されている.筆者らは未知の遺伝子クラスターの異種宿主発現により新規なカルボニルメチレン型の疑似(シュード)ペプチド天然物であるケトメミシン類を見いだし,その生合成経路を明らかにすることができたので紹介したい.

われわれは以前,放線菌が生産するペプチド系抗生物質,フェガノマイシンの生合成に関与する新規なアミド結合形成酵素(ペプチドライゲース,PGM1)を見いだした(1)1) M. Noike, T. Matsui, K. Ooya, I. Sasaki, S. Ohtaki, Y. Hamano, C. Maruyama, J. Ishikawa, Y. Satoh, H. Itoh et al.: Nat. Chem. Biol., 11, 71 (2015).図1図1■A)フェガノマイシンとレゾルシノマイシンの構造.B)ペプチドライゲースの反応).本酵素はアミジノフェニルグリシン誘導体のカルボキシル基をATPの存在下でリン酸無水物へと活性化し,つづくリボソームによって生合成されたオリゴペプチドのN末端の求核攻撃によりアミド結合形成反応を触媒する.これはATP-grasp型のアミド結合形成酵素のなかで,ペプチドを求核剤として用いる初めての例であった.興味深いことに,本酵素は求核剤基質の認識が非常に緩く,さまざまなペプチドを受容可能であり,ペプチドのN末端修飾酵素としての応用も期待された.これら酵素の相同遺伝子をゲノムデータベースに探索した結果,一部の放線菌に見いだすことができ,レゾルシノマイシン(図1図1■A)フェガノマイシンとレゾルシノマイシンの構造.B)ペプチドライゲースの反応)の生合成にも同様の酵素が関与することを明らかにした(2)2) K. Ooya, Y. Ogasawara, M. Noike & T. Dairi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1833 (2015).

図1■A)フェガノマイシンとレゾルシノマイシンの構造.B)ペプチドライゲースの反応

われわれは,PGM1相同遺伝子の多様性について明らかにするため3つの放線菌,Streptomyces mobaraensis, Micromonospora sp., Salinispora tropicaに見いだされた遺伝子クラスターに注目した.これらは互いに類似しており,PGM1相同遺伝子を含む6つの遺伝子群をすべて共通にもっていた(図2図2■3株の放線菌に見いだされた遺伝子クラスター).このような遺伝子構成の遺伝子クラスターはこれまで知られておらず,その代謝産物は新規な骨格をもつ化合物であることが期待された.そこで各々の生合成遺伝子クラスターを近縁異種宿主のStreptomyces lividansで発現したところ,いずれのクラスター保持株でも特異的な代謝産物が確認できた.これらの構造を図3図3■各クラスターの異種宿主発現により得られたケトメミシン類,およびアルファメニン,ルピントリビルの構造.カルボニルメチレン構造を破線で示したに示すが,すべて通常のペプチド結合がカルボニルメチレン構造に置き換わった疑似ジペプチド構造をもち,そのN末端にアミジノアミノ酸がアミド結合した疑似トリペプチドであった(3)3) Y. Ogasawara, J. Kawata, M. Noike, Y. Satoh, K. Furihata & T. Dairi: ACS Chem. Biol., 11, 1686 (2016)..本化合物はいずれも新規であり,ケトメチレン構造をもつことからケトメミシン(ketomemicin)と命名した.なお,各遺伝子クラスターを見いだした元株を培養しその代謝産物をHPLCで分析したが,ケトメミシン類は検出されず,通常の培養条件ではこれら遺伝子クラスターは眠っていると考えられた.

図2■3株の放線菌に見いだされた遺伝子クラスター

図3■各クラスターの異種宿主発現により得られたケトメミシン類,およびアルファメニン,ルピントリビルの構造.カルボニルメチレン構造を破線で示した

クラスターのペプチドライゲースの相同遺伝子は,ケトメミシン生合成の最終段階でのアミド結合形成に関与すると予想できる.そこで組換え酵素を用いて検討を行い,実際にアミジノ-L-アルギニンと疑似ジペプチド間でのアミド結合形成を確認できた.また,そのN末基質については2分子のL-アルギニンからアミジノ基転移酵素(KtmE)によって生成されることもin vitroで確認した(4)4) Y. Ogasawara, M. Fujimori, J. Kawata & T. Dairi: Bioorg. Med. Chem. Lett., 26, 3662 (2016).図4図4■ケトメミシンの生合成経路).

図4■ケトメミシンの生合成経路

カルボニルメチレン構造はアミドの生物学的等価体であり,合成品ではヒトライノウイルスC3プロテアーゼ阻害剤であるルピントリビル(5)5) U. Lendeckel & N. M. Hopper: “Viral proteases and antiviral protease inhibitor therapy” Springer, 2009.の部分構造として用いられるなど重要である.しかし,カルボニルメチレン型の疑似ペプチド天然物はペプチダーゼ阻害剤として単離されたアルファメニン類(6)6) H. Umezawa, T. Aoyagi, S. Ohuchi, A. Okuyama, H. Suda, T. Takita, M. Hamada & T. Takeuchi: J. Antibiot., 36, 1572 (1983).が知られているのみであり,その生合成について関与する遺伝子や酵素の報告は皆無であったことからその解明を行った.疑似ジペプチドの生合成にはクラスターの6つの遺伝子のうち,残りのアルドラーゼ,デヒドラターゼ,デヒドロゲナーゼ,α-オキソアミン合成酵素が関与すると予想される.4つの酵素について各反応をS. mobaraensis由来の組換え酵素を用いて解析した(7)7) J. Kawata, T. Naoe, Y. Ogasawara & T. Dairi: Angew. Chem. Int. Ed., 56, 2026 (2017)..本経路で初発反応を担うと予想したKtmA(アルドラーゼ)はクエン酸の分解にかかわるクエン酸リアーゼと相同性を有しており,当初アセチルCoAとフェニルピルビン酸からベンジルリンゴ酸CoAが生成すると予想し酵素反応を行ったが反応は進行しなかった.しかし,アセチルCoAの代わりにマロニルCoAを用いた場合には脱炭酸を伴って反応が進行しベンジルリンゴ酸CoAが生成した.つづいて,脱水酵素(KtmC)をアルドラーゼ生成物と反応させたところ,ベンジルフマル酸CoAへと変換された.さらにPLP依存酵素であるα-オキソアミン合成酵素(KtmB)が2回目の炭素–炭素結合形成を触媒し,最後に二重結合がKtmFにより還元されカルボニルメチレン構造をもつ疑似ジペプチドが生成することを確認した(図4図4■ケトメミシンの生合成経路).本経路では炭素-炭素結合形成の反応を触媒する2つの酵素が疑似ジペプチドの構成アミノ酸を決定しており,KtmAがC末基質,KtmBがN末基質の認識と選択に重要である.これらの知見は,遺伝子の人為的改変による新規(疑似)ペプチド化合物の創製の基盤としても重要であると考えている.

Reference

1) M. Noike, T. Matsui, K. Ooya, I. Sasaki, S. Ohtaki, Y. Hamano, C. Maruyama, J. Ishikawa, Y. Satoh, H. Itoh et al.: Nat. Chem. Biol., 11, 71 (2015).

2) K. Ooya, Y. Ogasawara, M. Noike & T. Dairi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1833 (2015).

3) Y. Ogasawara, J. Kawata, M. Noike, Y. Satoh, K. Furihata & T. Dairi: ACS Chem. Biol., 11, 1686 (2016).

4) Y. Ogasawara, M. Fujimori, J. Kawata & T. Dairi: Bioorg. Med. Chem. Lett., 26, 3662 (2016).

5) U. Lendeckel & N. M. Hopper: “Viral proteases and antiviral protease inhibitor therapy” Springer, 2009.

6) H. Umezawa, T. Aoyagi, S. Ohuchi, A. Okuyama, H. Suda, T. Takita, M. Hamada & T. Takeuchi: J. Antibiot., 36, 1572 (1983).

7) J. Kawata, T. Naoe, Y. Ogasawara & T. Dairi: Angew. Chem. Int. Ed., 56, 2026 (2017).