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細菌が放出する膜小胞の新たな展開ゴミだ,残骸だ,いや,ベシクルだ

豊福 雅典

Masanori Toyofuku

筑波大学生命環境系

Published: 2018-01-20

一度何かが定義づけされると,その枠組みから脱却するのは困難となる.“Outer membrane vesicles are not the products of cell lysisメンブレンベシクルは溶菌由来ではない)”とは,細菌が放出するメンブレンベシクル(MV)の説明として,総説に掲載されている一文であり(1)1) C. Schwechheimer & M. J. Kuehn: Nat. Rev. Microbiol., 13, 605 (2015).,現在のMV研究者の大多数の意見を反映している.われわれはこの考え方を真っ向から否定する結果を得たので,そこに至った経緯を少し紹介させていただきたい.

多くの細菌は球状の膜小胞であるMVを細胞外に放出することが知られている.グラム陰性細菌のMVは主に細胞外膜で構成されることからしばしば,outer membrane vesicle(OMV)とも呼ばれる.MVは遺伝子の水平伝播,毒素の運搬,細胞間コミュニケーションなどにも関与し,抗生物質耐性やファージへのおとり,としても細菌の生存にかかわっている(2)2) M. Toyofuku, Y. Tashiro, Y. Hasegawa, M. Kurosawa & N. Nomura: Adv. Colloid Interface Sci., 226(Pt A), 65 (2015)..また,ワクチンとして国外での利用が認可されており,ドラッグデリバリーシステムの基盤として利用されるなど,その応用にも注目が集まっている.MVの機能は多岐にわたる一方で,その最も根幹であるMVの形成メカニズムについては理解が進んでいない.前述のとおり,MVは膜が出芽するような形で,細菌が生きたまま放出するものである,と一般的に思われている.MV形成を誘発する経路はさまざま存在することが示されているが,MVが放出される瞬間を捉えた研究者はいなかった.

われわれは超解像顕微鏡を用いたライブセルイメージングによってPseudomonas aeruginosaのMVが形成される瞬間を捉えた.細胞が生育しながらMVを形成する,という大方の予想を裏切り,そこに映し出されたのは,P. aeruginosaが溶菌を伴ってMVを放出する姿であった.Explosive cell lysis(ECL)と名づけたこの過程においては,細胞が破裂し,破裂した細胞の膜断片が会合することでMVが形成される(3)3) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016)..ECLが誘導された細胞は死んでしまうものの,実に巧みな制御機構が働いており,通常は集団中の1%未満でしか誘導されない.そのため,集団全体としては存続できる.ECLを引き起こすメカニズムを解析したところ,2本鎖DNAファージが宿主を破壊して細胞外に放出されるために用いる酵素,エンドリシン,が関与していることが明らかとなった.エンドリシンはペプチドグリカン(PG)分解活性を示し,PGが分解されることで,細胞がプロトプラスト状になり,破裂する(図1図1■エンドリシンによるMV形成).

図1■エンドリシンによるMV形成

文献3および5より図を転載.

破裂した細胞からはMVだけでなく,核酸などの,細胞質内の物質も一緒に放出される.多くの細菌において,細胞外DNA(eDNA)はバイオフィルム形成を支える,細胞外マトリクスとしての役割を果たすことが知られている.P. aeruginosaにおいて,エンドリシン破壊株ではバイオフィルム初期段階に形成されるマイクロコロニーが観察されなかった(3)3) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016)..eDNAがどのようにしてバイオフィルムに供給されるかについては諸説あるものの,われわれの発見は細胞死によるeDNAの提供を支持した結果となった.

この研究に先立ち,筆者はポスドク時代に,P. aeruginosaのバイオフィルムの細胞外マトリクスにはMVが多く含まれることを見いだしていた.なぜMVが多いのかについて,よくわかっていなかったが,今回の新たな発見は,細胞外マトリクスであるeDNAとMVが同じ機構によって同時に放出されることを解明することとなった.

グラム陽性細菌のMV形成機構についての知見は皆無と言っていいほど何もわかっていなかった(4)4) L. Brown, J. M. Wolf, R. Prados-Rosales & A. Casadevall: Nat. Rev. Microbiol., 13, 620 (2015)..というのも,グラム陽性細菌はグラム陰性細菌と違って,膜の外側を厚い細胞壁で覆われている.したがって,どのようにしてMVが細胞壁を超えて,外に放出されるのかについては,MV形成機構における最大の謎となっていた.多くの研究者は,MVは細胞が生きたまま放出される,という見方に立脚した仮説を立てようとしていた.一方でわれわれは,ECLの成果のお陰で,この制約を払拭して考えることができた.さらに,ECLに関与するエンドリシンはグラム陽性細菌にも広く存在することから,そのMV形成にも関与していることが推察された.そこで,Bacillus subtilisを用いて実験したところ,エンドリシンがMV形成にかかわることが明らかとなった(5)5) M. Toyofuku, G. Cárcamo-Oyarce, T. Yamamoto, F. Eisenstein, C. C. Hsiao, M. Kurosawa, K. Gademann, M. Pilhofer, N. Nomura & L. Eberl: Nat. Commun., 8, 481 (2017)..ここまではわれわれの予想どおりであり,短絡的にB. subtilisでもECLが起きているだろう,と考えていた.しかしながら,ライブセルイメージングを行ったところ,B. subtilisは細胞の形を保ったままMVを形成することが明らかとなった(図1図1■エンドリシンによるMV形成).細胞の形は保たれているものの,MVを形成した細胞は死んでおり,細胞壁が残された抜け殻な状態,つまりはゴースト細胞化していた.細胞の微細構造を観察するために,クライオ電子線トモグラフィー法によって観察したところ,細胞壁の穴からMVが形成されている様子が観察された.ECLと同様に,エンドリシンによって誘導されるものの,その過程が異なるために,これをわれわれはbubbling cell deathと名づけた(6)6) M. Toyofuku: Nature Microbiology: Behind the paper: http://go.nature.com/2xjIQ8G (Sep 13, 2017)..細胞の死に方も一様ではないのである.

ところで,本成果の査読の過程はすべて公開されているので,興味ある方には一読をオススメしたい(5)5) M. Toyofuku, G. Cárcamo-Oyarce, T. Yamamoto, F. Eisenstein, C. C. Hsiao, M. Kurosawa, K. Gademann, M. Pilhofer, N. Nomura & L. Eberl: Nat. Commun., 8, 481 (2017)..細胞死由来のMVを認めない査読者との生々しいやり取りが記録されており,本文よりも面白いかもしれない.そこには記載されていないが,われわれの成果を真っ向から否定していた査読者が,論文の受理を最終的に強くお勧めしたことを,後日になって編集者がこっそりと教えてくれたことを申し添えたい.

MV形成を誘導する経路は多種多様であると考えられる.生きたままMVを放出する細菌の姿はまだ捉えられていないが,こちらの検証も進めていきたい.細胞死に由来するMVが生物学的な機能を有することも報告され,それは単なる細胞残渣ではないことがわかってきた.これを宝の山とみるのか,ゴミの山とみるのか,今後のMV研究の展開を大きく左右するであろう.

Reference

1) C. Schwechheimer & M. J. Kuehn: Nat. Rev. Microbiol., 13, 605 (2015).

2) M. Toyofuku, Y. Tashiro, Y. Hasegawa, M. Kurosawa & N. Nomura: Adv. Colloid Interface Sci., 226(Pt A), 65 (2015).

3) L. Turnbull, M. Toyofuku, A. L. Hynen, M. Kurosawa, G. Pessi, N. K. Petty, S. R. Osvath, G. Cárcamo-Oyarce, E. S. Gloag, R. Shimoni et al.: Nat. Commun., 7, 11220 (2016).

4) L. Brown, J. M. Wolf, R. Prados-Rosales & A. Casadevall: Nat. Rev. Microbiol., 13, 620 (2015).

5) M. Toyofuku, G. Cárcamo-Oyarce, T. Yamamoto, F. Eisenstein, C. C. Hsiao, M. Kurosawa, K. Gademann, M. Pilhofer, N. Nomura & L. Eberl: Nat. Commun., 8, 481 (2017).

6) M. Toyofuku: Nature Microbiology: Behind the paper: http://go.nature.com/2xjIQ8G (Sep 13, 2017).