Kagaku to Seibutsu 56(2): 104-110 (2018)
解説
植物細胞のcGMPシグナル伝達cGMPの代謝,機能,遺伝子発現調節およびNOとの関連
cGMP Signal Transduction in Plant Cells: Metabolisms, Functions, Control of Gene Expression by cGMP and Relationships with NO
Published: 2018-01-20
サイクリックGMP(guanosine 3′,5′-cyclic monophosphate; cGMP)はサイクリックAMP(cAMP)とともに動物細胞の二次メッセンジャーとしてよく知られている環状ヌクレオチド(cyclic nucleoside monophosphate; cNMP)であるが,植物でも形態形成,ホルモン作用,ストレス応答などを仲介するシグナル分子として機能している.動物では,cGMPの合成,代謝,作用機構などが解明され,一酸化窒素(NO)の二次メッセンジャーとしてのcGMPの働きもよく理解されているが植物では不明な点が多い.本稿では,動物と対比しながら植物におけるcGMPの働きを概説する.なお,植物におけるcAMPの機能についても多くの研究報告があるが,ここではcGMPを中心に述べる.
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1960年代以降,哺乳類,酵母などの真核細胞およびラン藻類などの原核生物にcGMPが見いだされた.植物細胞内のcGMP濃度は動物や酵母などに比べて低く測定は困難であったが,質量分析法,放射性同位元素を用いたイムノアッセイなどの開発により植物細胞中のcGMPの存在が広く認められるようになった(1)1) R. P. Newton & C. J. Smith: Phytochemistry, 65, 2423 (2004)..近年では,cGMP依存性プロテインキナーゼ(cGMP-dependent protein kinase; PKG)の制御ドメインと緑色蛍光タンパク質(GFP)からなる蛍光プローブを用いた高感度検出法も開発され,植物ホルモンやさまざまな生物的・非生物的刺激による細胞内cGMP濃度の変化を非破壊的にリアルタイムで捉えることができるようになってきた(2)2) J. C. Isner, T. Nuhse & F. J. M. Maathuis: J. Exp. Bot., 63, 3199 (2012)..
植物においてNOとcGMPシグナルにより調節される生理現象には共通点が多い.NOは根の伸長,オーキシンにより誘導される側根形成,根の重力屈性,細胞壁のリグニン化,老化,種子発芽,病害抵抗性誘導,アブシジン酸に誘導される気孔閉鎖などに関与している(3)3) L. Lamattina & J. C. Polacco (Eds): “Plant Cell Monographs : Nitric oxide in plant growth, development and stress physiology,” Springer, 2007..これらの多くはcGMPによっても引き起こされ,NOとcGMPが同じシグナル伝達経路で機能しているか,両者のシグナル伝達経路がクロストークしていることが示唆される(表1表1■cGMPの生理作用).
・根の形態形成 |
根の伸長 |
オーキシンによる側根形成 |
根の重力屈性 |
・病害抵抗性誘導 |
ファイトアレキシンの生成 |
PRタンパク質の合成 |
細胞壁のリグニン化 |
過敏感細胞死,全身獲得抵抗性 |
・葉の老化 |
・アントシアニン合成 |
・種子発芽 |
ジベレリンによるα-アミラーゼの合成 |
・アブシジン酸による気孔閉鎖 |
cGMPは開口,8-nitro-cGMPは閉鎖 |
・花成 |
・花粉管の伸長(F-アクチン形成)とオリエンテーション |
・塩ストレス応答 |
近年,感染防御応答におけるNOの作用が明らかにされつつある.エリシターと呼ばれる病原体由来の分子は植物のさまざまな病害抵抗反応を誘導するが,NOはこの反応のシグナル伝達物質の一つとして機能している.また,病原体侵入部位ではNADPHオキシダーゼによりスーパーオキシドアニオン(O2−)などの活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)を急激に生成するオキシダティブバーストが起こる.この際,NOも急激に生成する.これらが開始シグナルとなってカスパーゼ様プロテアーゼカスケードやMAPK(mitogen-activated protein kinase)カスケードが活性化され,さまざまな防御反応が起きる.病原体を封じ込め感染の拡大を防止する過敏感細胞死や,非感染部位にも病害抵抗性を付与する全身獲得抵抗性(systemic acquired resistance; SAR)にもNOとROSの両者が必要である4).一方,NOだけでなくcGMPやcyclic ADP-リボースも抗菌性物質であるファイトアレキシンの生成,抵抗反応を誘導するタンパク質(pathogen-related protein; PRタンパク質)や細胞壁の強化に関与するフェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)などの防御関連遺伝子の発現を誘導する.
cGMPはそのほかにも,アントシアニン合成,オオムギ種子アリューロン層におけるジベレリンによるα-アミラーゼの生成,気孔の開閉,花成,花粉管の伸長,塩ストレス応答などに関与している(5)5) I. Gross & J. Durner: Front. Plant Sci., 7, 576 (2016)..種々の刺激による細胞内cGMP濃度の変化も捉えられており,たとえば,シロイヌナズナの根に塩ストレスを与えると1分以内にcGMP濃度が上昇する.
NOは不対電子をもつラジカル種で活性窒素種(reactive nitrogen species; RNS)の一つである.車の排ガスに含まれる大気汚染物質であるNOが,実は動物の血管内皮細胞から放出される平滑筋弛緩因子として作用している重要な生体内シグナル伝達分子でもあることが1980年代に発見された.NOは,酸素とNADPHの存在下,アルギニンのグアニジド基が二段階の酸化反応によりシトルリンに変換するときに生成する.NO分子中の酸素原子は酸素分子に由来する.
L-アルギニン+O2→L-シトルリン+NO
この反応を触媒するのはシトクロムP450に分類されるNO合成酵素(NOS)である.補因子としてテトラヒドロビオプテリン(H4B)が必須である.NOSにはCa2+イオンにより調節される神経型(neuronal NOS; nNOS),血管内皮型(endothelial NOS; eNOS)とCa2+イオン非感受性の誘導型(inducible NOS; iNOS)の3種類が存在する.NOは神経伝達,血管拡張による血圧制御,血小板凝集阻害,感染防御,アポトーシス,記憶形成など幅広い生理機能を調節している.
一方,視覚や血管拡張などに機能しているcGMPの合成は,GTPをcGMPとピロリン酸に変換する反応を触媒するリアーゼであるグアニル酸シクラーゼ(guanylyl cyclase, GC)により触媒される(図1図1■cGMPの合成と分解(動物)).
GTP→cGMP+PPi
脊椎動物のGCには膜結合型(または顆粒型,particulate GC; pGC)と可溶性型(soluble GC; sGC)の2種類がある.pGCは心房性ナトリウム利尿ペプチドの受容体であり,sGCはヘテロダイマー構造をもつNO受容体である.上述のNOによる生理作用の多くはsGCの活性化を通じて引き起こされる.一例として,血管平滑筋の弛緩についてみると,血管内皮細胞でCa2+イオンの刺激によりeNOSが活性化される.産生したNOは細胞膜を透過して標的細胞に達し,sGCがもつヘム鉄に結合してcGMP合成を著しく活性化する.生成したcGMPによりPKGが活性化され,細胞内機能タンパク質がリン酸化される.最終的に筋収縮を行うリン酸化ミオシン軽鎖を脱リン酸化して平滑筋を弛緩させる.
それでは,植物細胞内でNOやcGMPはどのようにして合成されるのだろうか.植物におけるNOとcGMPの代謝およびシグナル伝達の概略を図2図2■植物細胞内cGMPシグナル伝達の概要に示した.ほ乳類のNOSのインヒビターにより阻害されるNOS様活性が植物に報告されている.しかし,陸上植物のDNAデータベースには動物NOSのオーソログが見いだされないことから,植物は動物とは異なる機構でNOを合成していることが推測される(6)6) S. Jeandroz, D. Wipf, D. J. Stuehr, L. Lamattina, M. Melkonian, Z. Tian, Y. Zhu, E. J. Carpenter, G. K. Wong & D. Wendehenne: Sci. Signal., 9, 417 (2016)..無機窒素をアミノ酸などの有機態窒素に変換する窒素同化の鍵酵素である硝酸還元酵素(NR)は,NAD(P)Hを電子供与体として硝酸を亜硝酸へと還元するだけでなく,反応生成物である亜硝酸を基質としてNOを生成する(7)7) J. V. Dean & J. E. Harper: Plant Physiol., 88, 389 (1988)..
2NO2−+3H++NADH→2NO+2H2O+NAD+
現在,この反応が植物における主要なNO生成経路と考えられているが,そのほかにもミトコンドリアにおけるNOの発生やアスコルビン酸などの還元剤による非酵素的な生成など,いくつかのNO生成機構が知られている(3)3) L. Lamattina & J. C. Polacco (Eds): “Plant Cell Monographs : Nitric oxide in plant growth, development and stress physiology,” Springer, 2007..
NOS: NO合成酵素,NR: 硝酸還元酵素,ROS: 活性酸素種,RNOS: 活性酸化窒素種,GC: グアニル酸シクラーゼ,PDE: cNMPホスホジエステラーゼ,CNGC: cNMP作動性イオンチャネル,PKG: cGMP依存性プロテインキナーゼ.
一方,植物には動物のGCやアデニル酸シクラーゼ(AC)などのヌクレオチドシクラーゼ(NC)と配列相同性をもつオーソログが見つからないことから,植物は動物とは違うタイプのcGMP合成酵素をもつことが示唆される.上述したようにNOとcGMPの生理作用はかなりの部分がオーバーラップしており,たとえばダイズ培養細胞のNO処理による細胞内cGMP濃度の一過的増加を観察した筆者らの報告(8)8) K. Suita, T. Kiryu, M. Sawada, M. Mitsui, M. Nakagawa, K. Kanamaru & H. Yamagata: Planta, 229, 403 (2009).のように,NOとcGMPの機能的連関が推測されるが,植物にはsGC様酵素が見いだされていないので詳細な分子機構は不明である.これまでに動物GCの活性中心を形成するアミノ酸部分配列をもとに,植物のGC候補とされるいくつかのタンパク質がシロイヌナズナから検索・単離されている.なかでも,感染防御応答に関与するロイシンリッチリピート様受容体キナーゼ(LRR-RLK)のAtPepR1は,低いながらもGC活性をもち,後述のcNMP作動性イオンチャネル(cyclic nucleotide-gated channel; CNGC)の上流で機能する(9)9) Z. Qi, R. Verma, C. Gehring, Y. Yamaguchi, Y. Zhao, C. A. Ryan & G. A. Berkowitz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 21193 (2010)..これは,植物免疫におけるcGMPの作用機構を示す例として興味深い.また,NO-dependent GC1(NOGC1)と名づけられたフラビンモノオキシゲナーゼは,NO依存的に増加するGC活性をもつが,やはり活性は低い(10)10) T. Mulaudzi, N. Ludidi, O. Ruzvidzo, M. Morse, N. Hendricks, E. Iwuoha & C. Gehring: FEBS Lett., 585, 2693 (2011)..GCではないが,最近,ラン藻のAC(CyaC)の配列をもとに,ゼニゴケからPDEドメインを併せ持つ新奇ACが発見されたことは注目される(11)11) M. Kasahara, N. Suetsugu, Y. Urano, C. Yamamoto, M. Ohmori, Y. Takada, S. Okuda, T. Nishiyama, H. Sakayama, T. Kohchi et al.: Sci. Rep., 6, 39232 (2016)..いずれにしろ,植物におけるcGMPの合成に関しては,NOの合成と同様に,動物に存在するような特化した酵素が見いだされておらず,GC活性をもつ多機能タンパク質が複数並存して機能を分担しているのかもしれない(12)12) C. Gehring & I. S. Turek: Front. Plant Sci., 8, 1704 (2017)..
動物では,cGMPはホスホジエステラーゼ(3′,5′-cyclic nucleotide phosphodiesterase; cNMP PDE)により5′-GMPに分解される(図1図1■cGMPの合成と分解(動物)).cNMP PDE(PDE)は構造の類似性に基づきI, II, IIIの3クラスに分類され,単細胞緑藻のクラミドモナスはクラスIに分類されるPDEをもつ.しかし,高等植物には動物のPDEのオーソログが見つからない.一方で,さまざまな植物からPDEの粗酵素が精製され特性が解析されているが,3′,5′-cNMPに対する特異性は低い(5)5) I. Gross & J. Durner: Front. Plant Sci., 7, 576 (2016)..PDEはcGMPシグナル伝達のスイッチをオフにする重要な酵素であるが,2001年以来,植物PDEに関する研究はほとんど進展していない.
NOの作用機序として,動物と同様にcGMPやCa2+イオンなどの二次メッセンジャーを介する経路の存在が示唆されているが,前述のようにNOとcGMPの機能的相関を説明する分子機構は不明である.NOはラジカルとしては反応性が低いが,共存するROSと反応して生体にとって有害でもあるパーオキシナイトライト(ONOO−)などの活性酸化窒素種(reactive nitrogen oxide species; RNOS)を生成する.近年,植物においても動物と同様にNOまたは関連分子が酵素や転写因子などのタンパク質を修飾してそれらの活性や細胞内局在部位を変化させることが明らかになってきた.NOによるタンパク質の翻訳後修飾には,ONOO−により媒介されるチロシン残基のニトロ化(nitration; R-NO2),sGCの活性化に見られるヘム鉄への配位などの金属のニトロシル化(M-NO),システイン残基のニトロシル化(nitrosylation; S-NO)などがある(図2図2■植物細胞内cGMPシグナル伝達の概要).これらのNOによるタンパク質の翻訳後修飾は,さまざまな非生物的ストレス応答やホルモンの代謝などに関与している(13, 14)13) N. N. Fancy, A.-K. Bahlmann & G. J. Loake: Plant Cell Environ., 40, 462 (2017).14) L. Freschi: Front. Plant Sci., 4, 398 (2013)..一方,最近cGMPがRNOSの作用によりニトロ化を受けて新奇の二次メッセンジャーである8-nitro-cGMPを生じ,これが細胞内タンパク質中の反応性の高いシステイン残基のチオール(SH)基と反応してcGMP付加体を生成することが明らかにされた(15)15) 藤井重元,澤 智裕,赤池孝章:化学と生物,48, 22 (2010)..この新たなタンパク質翻訳後修飾は“タンパク質S-グアニル化(protein S-guanylation)”と呼ばれている.8-nitro-cGMPは動物に限らず,植物の孔辺細胞でもアブシジン酸の作用で生じたROSとNOから生成される.生じた8-nitro-cGMPはCa2+イオンを介してアニオンチャネルを活性化し気孔を閉鎖するが,逆に通常のcGMPは気孔開口を誘導する(16, 17)16) T. Joudoi, Y. Shichiri, N. Kamizono, T. Akaike, T. Sawa, J. Yoshitake, N. Yamada & S. Iwai: Plant Cell, 25, 558 (2013).17) 岩井純夫:化学と生物,51, 348 (2013)..cGMPの8-ニトロ化が気孔開閉のスイッチになっており興味深い.また,硫化水素(H2S)の存在下で生じる8-mercapto-cGMPも気孔を閉鎖する(18)18) K. Honda, N. Yamada, R. Yoshida, H. Ihara, T. Sawa, T. Akaike & S. Iwai: Plant Cell Physiol., 56, 1481 (2015)..これらの修飾cGMPは気孔の閉鎖以外の生理現象にも関与している可能性がある.
動物におけるcGMPシグナルの主要な標的分子はPKGやCNGCである.動物のPKGはcAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)に構造や機能が類似したセリン/スレオニンキナーゼであり,PKAが制御サブユニットと触媒サブユニットに分かれた構造をもつのに対し,一つのポリペプチド鎖上に制御および触媒ドメインをもつ.視覚や嗅覚において重要な役割を担うCNGCは,リガンド依存性Ca2+チャネルの一種であり,cNMPの結合によりチャネルが開いてCa2+などの陽イオンを細胞質に流入させる.CNGCはN-, C-末端を細胞質側に配する6回膜貫通ドメインをもつサブユニットからなる4量体の膜タンパク質である.最近,CNGCの高分解能立体構造が解明されている(19)19) M. Li, X. Zhou, S. Wang, I. Michailidis, Y. Gong, D. Su, H. Li, X. Li & J. Yang: Nature, 542, 60 (2017)..
高等植物には動物のPKGのオーソログが見いだされていない.一方,シロイヌナズナのホスホプロテオーム(phosphoproteome)解析により,cGMP処理後リン酸化や脱リン酸化を受けるタンパク質が数多く同定され,タンパク質のリン酸化/脱リン酸化がcGMPシグナル作用の一つであることが示唆された(20)20) C. Marondedze, A. J. Groen, L. Thomas, K. S. Liley & C. Gehring: Mol. Plant, 9, 621 (2016)..また,インタラクトーム(interactome)解析により,cNMP結合性タンパク質(CNBP)が複数得られている(21)21) L. Donaldson, S. Meier & C. Gehring: Cell Commun. Signal., 14, 10 (2016)..
一方,植物はCNGCの遺伝子を多数もっており,CNGCが植物におけるcGMPの主要な標的分子と考えられている.植物CNGCは動物CNGCと同様にcNMPの結合によりCa2+などの陽イオンを非選択的に透過する.また,Ca2+センサータンパク質であるカルモジュリン(calmodulin; CaM)によりフィードバック制御を受けるが,逆に活性化される分子種もある(22)22) T. A. DeFalco, W. Moeder & K. Yoshioka: Trends Plant Sci., 21, 903 (2016)..シロイヌナズナがもつ20種類のCNGCについては,機能欠損株の解析などから各分子種の生理的役割が詳しく調べられている.たとえば,病原菌の感染により生成したcGMPがCNGC2に結合しアポプラストからCa2+イオンが細胞質に流入する.Ca2+イオンはカルシウム依存性プロテインキナーゼ(CPK)やCaMを活性化し,さらに下流にシグナルが伝えられて防御応答を引き起こすというモデルが提案されている(23)23) S. K. Jha, M. Sharma & G. K. Pandy: Curr. Genomics, 17, 315 (2016)..そのほかにも,CNGCは根の生長,重力屈性,葉の老化,花成,温度センシング,花粉管伸長,発芽,耐塩性,重金属耐性,雄性不稔など,cGMPの生理的作用と重なる多岐にわたるプロセスに関与している.
筆者らは以前に植物の光シグナル伝達機構を解析する中で,暗所下でもcGMPが特異的にアントシアニンの合成とカルコン合成酵素(CHS)などのアントシアニン合成系酵素遺伝子の発現を誘導することを見いだした(24, 25)24) C. Bowler, G. Neuhaus, H. Yamagata & N.-H. Chua: Cell, 77, 73 (1994).25) C. Bowler, H. Yamagata, G. Neuhaus & N.-H. Chua: Genes Dev., 8, 2188 (1994)..これは植物においてcNMPが遺伝子発現を調節することを示した最初の例であった.これまでに報告されたcGMPにより発現が強く誘導される主な遺伝子を表2表2■cGMPにより発現が調節される主な遺伝子に示した.さらに,筆者らはダイズのファイトアレキシンやイソフラボンなどのフラボノイド類の合成系酵素の遺伝子発現がcGMPやNOにより一斉に誘導されることを見いだし,NO/cGMPシグナルが二次代謝を調節することを示した(8)8) K. Suita, T. Kiryu, M. Sawada, M. Mitsui, M. Nakagawa, K. Kanamaru & H. Yamagata: Planta, 229, 403 (2009).(図3図3■ダイズフラボノイド合成経路).これらの知見をもとに,cGMPの細胞内濃度をコントロールすることにより,イソフラボンなど有用二次代謝産物の生産・蓄積量を改変した植物の作出も可能と考えられる.
・カルコン合成酵素(CHS) |
・感染特異的タンパク質(PR protein, PR-1) |
・フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL) |
・オオムギ種子α-アミラーゼ |
・ダイズフラボノイド合成系酵素群 |
・シロイヌナズナ陽イオントランスポーター |
・その他,多数(DNAマイクロアレイ分析による) |
この図に示したANS以外のすべての代謝酵素の遺伝子発現がcGMPとNOにより誘導される.PAL: phenylalanine ammonia-lyase, C4H: cinnamate 4-hydroxylase, 4CL : 4-coumarate: CoA ligase, CHS : chalcone synthase, CHR : chalcone reductase, CHI: chalcone isomerase, IFS: 2-hydroxyisoflavanone synthase, HIDH: 2-hydroxyisoflavanone dehydratase, ANS: anthocyanidin synthase, IFR: isoflavone reductase, IFGT: UDP-glucose:isoflavone 7-O-glucosyltransferase.
さらに,筆者らはシロイヌナズナT-87培養細胞を用いたDNAマイクロアレイ分析によりNOやcGMPによる遺伝子発現の変化を調べ,多くの遺伝子の発現がNO/cGMPにより誘導または抑制されることを見いだした(26)26) 吹田憲治,小原達矢,矢野俊介,豊島美咲,山形裕士:大豆たん白質研究,13, 55 (2010).(図4図4■シロイヌナズナのNO/cGMP応答性遺伝子).NO, cGMPの両者により誘導される遺伝子の中には,傷害,オーキシン,鉄ストレスなどに応答する遺伝子が見いだされた.一方,cAMPによって発現調節される遺伝子は少なかった.
DNAマイクロアレイ分析の結果をもとに,発現量が対照の2倍以上に誘導された遺伝子(Up-regulated genes)または1/2以下に抑制された遺伝子(Down-regulated genes)を示した.
このように多くの遺伝子の発現がcGMPやNOにより調節されていることが明らかになったが,その機構は不明である.筆者らは,ダイズCHSの多型遺伝子のプロモーター解析により,G-box(CAC GTG)とH-box(CCT ACC)の組み合わせからなるUnit-I配列がcGMP応答シスエレメントとして機能していることを明らかにした(27)27) H. A. Zahra, S. Kuwamoto, T. Uno, K. Kanamaru & H. Yamagata: Plant Physiol. Biochem., 74, 92 (2014)..cGMP応答性遺伝子プロモーター中のcGMP応答性シス配列の特定は,cGMPシグナルの標的転写因子の同定や転写調節機構解明の手がかりになる.今後,このようなシグナル伝達の下流からの生化学的,分子生物学的アプローチとともに,変異株の遺伝学的解析,逆遺伝学的解析,プロテオミクス,トランスクリプトミクス,インタラクトミクス,メタボロミクス,バイオインフォマティクスなどのさまざまな手法を組み合わせ,植物独自のcGMPシグナル伝達機構の全体像が明らかにされることが期待される.
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