セミナー室

キクの育種上の諸特性と開花制御今,キクが面白い!

樋口 洋平

Yohei Higuchi

東京大学大学院農学生命科学研究科

柴田 道夫

Michio Shibata

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2018-01-20

はじめに

キクはサクラと並んで古くからわれわれ日本人にとってなじみ深い花である.また,キクは秋に花を咲かせる典型的な短日植物で,「電照菊(でんしょうぎく)」で知られるように日長によって開花制御される花の代表的存在となっている.本稿では,主に育種的な観点からみたほかの花にはないキクの特性とともに,ごく最近明らかになったキクの開花の分子メカニズムに関する研究成果について紹介する.

キクの分類と育種上の特性

キク属の学名は,Chrysanthemumで,ギリシャ語の「黄金の花」に由来する.キク属はかつてヨーロッパ原産のシュンギクをタイプとする大きな属であったが,1978年に東アジアに分布し,栽培ギクに近縁な植物種のみの小さな属となっている.キク属植物は基本染色体数が9でその多くが倍数性を有し,日本にも20種余りが自生している.キク属植物は多年草で山野では林縁部の周辺の崖や沿岸部の岩地などによく見られる.

栽培ギクは中国が起源とされているが,起源については諸説あり不詳である.染色体数54の6倍体と紹介されることが多いが,実は54を中心とした広い異数性を有する.筆者の一人はかつてある育種業者の育成品種の染色体数を調べた経験をもつが,54の染色体数をもつ品種とほぼ同数の55本の染色体をもつ品種があったことを確認している(1)1) M. Shibata & J. Kawata: Development of new technology for identification and classification of the tree and ornamentals, Fruit Tree Research Station, MAFF. p. 41–45 1986..一般に染色体数が奇数の植物体では不稔性を示すことが普通であるが,キクでは染色体数が奇数でも花粉稔性,種子稔性ともに問題がないことが多い.このような特徴はほかの植物種にはほとんど見られない.

栽培ギクは多年草で挿し芽によって栄養繁殖されているが,キクの品種改良は種子繁殖で行われるのが普通である.キクは自家不和合性を示すことから純系を得ることがほとんど不可能である.しかし,挿し芽繁殖が可能なので,一旦優良個体が作出できればあとは挿し芽で殖やすことができるので,育種の上でイネなどのように純系をつくる過程を必要としない.このような背景をもつので,栽培ギクは遺伝的にみてヘテロ性が高い.そのために同じ交配組み合わせでも後代には幅広い変異が存在する.果樹やほかの花き類と同様に栄養繁殖性作物では数多くの実生の中から優れたものを選抜するという育種法が採用されている.

一方,キクでは突然変異による枝変わりも広く利用されている.花色に関する枝変わりが最もよく利用されているが,花色以外の特性はほぼ同じことから同様の栽培方法によって複数の花色のキクを生産できるメリットがある.1990年代にヨーロッパで主要品種となった「レーガン(日本名はセイローザ)」は80を超える枝変わり品種を生み,約10年間にわたりヨーロッパ市場の50%のシェアを占める大品種となった.多くの枝変わり品種は周縁キメラである.生物学では異なる遺伝子型の細胞が一個体の中に共存している状態をキメラというが,このようなキクの枝変わり品種には,内層と表皮で異なる遺伝的組成の異なる周縁キメラが数多くあり,かつ他の植物には見られないような中と外で染色体数が異なる異数性のキメラがかなり存在する(2)2) M. Shibata, S. Kishimoto, M. Hirai, I. Ikeda & R. Aida: Acta Hortic., 347 (1998)..これも他の植物には見られない特徴といえよう.

キクの花の構造と改良されている特性

キクの含まれるキク科は真正双子葉類に分類され,被子植物で最も進化した植物とされている.キク科の花の最大の特徴は,多くの小花が集まって一つの大きな頭花を形成する頭状花序を有する点である.小花には二種類あり,花弁のように見える舌状花と中心部に存在する筒状の筒状花があるが,今日栽培されるキクではこの頭花がさらに一つの花の単位となり,総状花序様もしくは複総状花序様の複層的な花序を形成する.キクは主要な花であるバラやカーネーションと比較して圧倒的に優れた日持ち性をもつが,これはキク科特有の花序によるところが大きいと考えられる.一方,栽培ギクでは,舌状花の数,大きさ,形の違いによって多様な花形を生んでいる.日本では江戸時代にキクの育種が盛んに行われ,今日でも嵯我ギク,伊勢ギク,肥後ギク,江戸ギクなどの古典ギクの中に変化に富んだ多様な花形をみることができる.特に,江戸ギクは開花が進むに従って花形が変化していく様子に着目して改良された種類で,経時的な花形の変化を観賞価値として捉えた点は現在の花の育種のうえでも斬新といえよう.

キクといえば図1図1■無側枝性品種「精の一世」のような1本の茎に一つの花をつけた輪ギク(りんぎく)が一般的ではないだろうか.これは最初からつぼみが一つなのではなく,実は葉腋に発生するつぼみを人手によって取り去ることにより作られている.この芽摘みの作業は手間がかかることから,海外では輪ギクの生産比率が低いのであるが,わが国でキクとしては輪ギクが主に生産されている.しかし,日本でも生産農家が減少し,人手が足りない問題が顕在化している.そこで育種選抜により遺伝的につぼみの着生が少ない無側枝性の品種の育種が進められている.図1図1■無側枝性品種「精の一世」は現在広く生産されている無側枝性品種「精の一世」であるが,ごく少数のつぼみしか発生しないことから省力的に生産が可能となっている.現代はキクの育種においても省力生産性といった課題にも取り組むことが必要となっている.

図1■無側枝性品種「精の一世」

イノチオ精興園原図.

キクの主な需要は葬儀用および仏事用であり,輪ギクでは白い花色の品種が6割以上を占めている.蛍光灯やLEDの普及により最近は純白の品種の市場性が特に高い.白に次いで黄色のキクの生産が多いが,従来からキクの花色の遺伝性に不明な点があった.キクの黄色の花色はカロテノイド色素の発現によることが知られていたが,経験的にキクでは白色が黄色に対して優性的に遺伝すること,しかも突然変異が起こる際には白色から黄色への方向のみが起こり,その逆は起こらないことが知られていた.そこでキクではカロテノイドの生合成を抑制する遺伝子の存在が推定されていたのであるが,2006年にこれらの疑問を一気に解決する研究成果が得られた(3)3) A. Ohmiya, S. Kishimoto, R. Aida, S. Yoshioka & K. Sumitomo: Plant Physiol., 142, 1193 (2006)..すべてのキクの舌状花弁でいったんはカロテノイドが生成されていること,白色の花では舌状花特異的にカロテノイドを分解する遺伝子が働いていることが明らかにされたのである.本遺伝子はカロテノイド酸化開裂酵素遺伝子(Carotenoid cleavage dioxygenase; CCD)の一種で,シロイヌナズナでは種皮におけるカロテノイド分解にかかわるとされるCCD4に近い配列を有している.カロテノイドの分解によって植物ホルモンのアブシシン酸やストリゴラクトンが生成されることがよく知られているが,キクでは舌状花特異的に働くカロテノイド酸化開裂酵素遺伝子の一種がキクの花色を決定する鍵遺伝子の一つとなっていることが明らかとなったことは大きな研究成果である.今後のキクの花色の改良に本知見は必ずや役立てられていくものと期待される.

キクの開花制御の市場ニーズ

最新の農林水産統計によると,2016年のキクの出荷量は15億1,400万本で切り花全体の40%を占めるわが国で最も生産の多い花きである.この生産量は世界一であり,かつこれに海外からの輸入量の約3億本を加えたキクが国内消費されていることから,わが国は世界一のキク生産,消費大国ということができる.図2図2■主要卸売市場におけるキクの月別卸売数量の推移(2008)は,2008年の主要卸売市場における月別のキクの卸売数量の推移を示したものである(4)4) 農林水産省:花き卸売市場調査.平成20年花き流通統計調査報告.主要卸売市場の年間・月別卸売数量,卸売価額および卸売価格.切り花類.http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001062146.キクは仏事用および葬儀用需要が主であることから,周年にわたり一定の消費がある一方,春と秋の彼岸,盆,年末と年始といった時期には通年需要に匹敵するいわゆる物日(ものび)需要が存在する.この図は月ごとではあるが,盆であれば8月15日と数日の許容範囲しか認められない高精度な開花制御が求められている.

図2■主要卸売市場におけるキクの月別卸売数量の推移(2008)

農林水産省統計資料(4)4) 農林水産省:花き卸売市場調査.平成20年花き流通統計調査報告.主要卸売市場の年間・月別卸売数量,卸売価額および卸売価格.切り花類.http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001062146を基に作図.

1920年に植物の光周性が発見され,キクではその直後に日長制御による開花調節が行われるようになった.キクは昼が短く夜が長い環境下で花を咲かせる短日植物であり,多くの品種は日の短くなる秋に開花する.また,短日条件の真夜中に人工的に光を照射する(暗期中断)ことによって花芽分化を長期間抑制することが可能である.この性質を利用したのがいわゆる電照菊栽培であり,短日処理と組み合わせることによって周年栽培が可能となっている.しかしながら,キクがなぜ真夜中の電照に敏感に反応し,花芽分化が厳密に抑制されるのか,その仕組みはほとんど明らかとなっていなかった.

光周性花成とフロリゲン・アンチフロリゲン説

植物が季節の変化に伴う日照時間(日長)の変化を認識し,適切な時期に花を咲かせる性質は光周性花成と呼ばれる.ガーナーとアラードによる光周性の発見以降,植物の日長認識を説明するモデルが次々と提唱された.1930年代には,適切な日長下の葉で合成され,茎頂部へと移動して花芽分化を誘導する情報伝達物質「フロリゲン」の存在が提唱された.一方で,不適切な日長下の葉で合成され,花成を抑制する物質「アンチフロリゲン」の存在を示唆する実験結果も次々と報告された.それ以来,植物の開花時期はフロリゲンとアンチフロリゲンの量的バランスによって決まると考えられるようになったが,それらの実体は70年近く謎のままであった.1990年代以降,モデル植物のシロイヌナズナやイネを用いた分子遺伝学的研究が盛んに行われ,フロリゲンの実体がFLOWERING LOCUS T(FT)と呼ばれる分子量約20 kDaの球状タンパク質であることが明らかとなった.また,FTと同じフォスファチジルエタノールアミン結合タンパク質(PEBP)ファミリーに属するTERMINAL FLOWER 1(TFL1)がFTと拮抗的に作用し,花成抑制的に機能することが明らかとなった.加えて,約24時間周期の内在性リズムを生み出す概日時計を構成する遺伝子や,フィトクロムやクリプトクロムといった光受容体をコードする遺伝子も次々と明らかとなった.現在では,植物は複数の概日リズムと光シグナルの相互作用により日長の変化を認識し,開花時期を決定しているとの説が有力視されている(5)5) G. S. Golembeski & T. Imaizumi: Arabidopsis Book, 13, e0178 (2015).

キクのフロリゲンとアンチフロリゲン

近年,2倍体野生種のキクタニギクを用いた研究から,開花制御の分子機構の一端が明らかとなりつつある.キクの花成応答の分子メカニズムを解明する上で最初に注目されたのが,当時フロリゲンの分子実体として明らかとなって間もないFT遺伝子である.キクタニギクFT相同遺伝子(CsFTL3)の発現は,長日条件や暗期中断条件と比較して短日条件下の葉において高く,短日を繰り返すことにより徐々に誘導された.また,CsFTL3を過剰発現する形質転換キクは通常開花しない長日条件下においても極めて早期に開花した.また,形質転換体と野生型植物体の接木実験から,CsFTL3遺伝子産物が接木面を横断して茎頂部へと長距離移動し,花芽分化を誘導することも明らかとなった(6)6) A. Oda, T. Narumi, T. Li, T. Kando, Y. Higuchi, K. Sumitomo, S. Fukai & T. Hisamatsu: J. Exp. Bot., 63, 1461 (2012)..これらの結果から,CsFTL3がキクのフロリゲンとして機能すると考えられた(図3図3■茎頂部における花成抑制因子も含めたキクの開花の分子メカニズムの詳細).

図3■茎頂部における花成抑制因子も含めたキクの開花の分子メカニズムの詳細

キクと同じく絶対的短日要求性であり,古典的な花成生理学研究のモデル植物であるアサガオは,十分な長さの暗期をたった1回与えるだけで,その後連続明条件で栽培しても花芽を形成する.アサガオのFT遺伝子(PnFT)の発現は連続明条件下では非常に低いレベルに抑えられているが,花成誘導暗期開始から16時間目には数百倍に発現が上昇する(7, 8)7) R. Hayama, B. Aagashe, E. Luley, R. King & G. Coupland: Plant Cell, 19, 2988 (2007).8) Y. Higuchi, K. Sage-Ono, R. Sasaki, N. Ohtsuki, A. Hoshino, S. Iida, H. Kamada & M. Ono: Plant Cell Physiol., 52, 638 (2011)..このことから,アサガオの鋭敏な花成反応は暗期依存的なPnFTの発現誘導で明確に説明することができる.一方で,キクのFT相同遺伝子であるCsFTL3の発現は短日条件で誘導されるものの,花成抑制的条件下でも比較的多量に発現していること,CsFTL3のパラログであるCsFTL1の発現が抑制条件の葉で高く誘導されることなど,フロリゲン遺伝子の発現パターンのみではキクの厳密な開花応答を説明するには不十分であった.

キクタニギクにおいて短日条件と暗期中断条件の葉で発現パターンが異なる遺伝子を網羅的にスクリーニングした結果,暗期中断条件の葉で特異的に発現が上昇するTFL1様遺伝子が単離され,Anti-florigenic FT/TFL1 family proteinCsAFT)と名づけられた.一般的にTFL1は茎頂や根端部で特異的に発現が見られるため,葉で発現するタイプのTFL1様遺伝子は極めて希であった.CsAFTの発現は花成抑制的な条件(長日や暗期中断)の葉で誘導され,短日条件下では非常に低く抑えられていた.CsAFTを過剰発現する形質転換キクは極端な花成遅延を示し,短日条件下でも開花しなかった.一方で,RNAi法によるCsAFT発現抑制体は暗期中断条件下でも花芽を形成したことから,CsAFTは強い花成抑制活性をもつと考えられた.CsAFT過剰発現体と野生型植物体の接ぎ木実験の結果,CsAFTタンパク質が台木から穂木へと接ぎ木面を横断して長距離移動し,茎頂部に蓄積することが確認された.タンパク質間相互作用解析の結果,CsAFTはFDと呼ばれるbZIP型の転写制御因子(CsFDL1)と複合体を形成することが明らかとなった.CsFDL1はCsFTL3とも複合体を形成することから,CsAFTはCsFTL3–CsFDL1複合体の形成を阻害し,下流の花芽分裂組織決定遺伝子(CsAFL1, CsAFL2)の発現を抑制することにより花成抑制的に機能すると考えられた.これらの結果から,キクは花成抑制的な条件下でアンチフロリゲンを合成し,積極的に花成を抑制していることが明らかとなった(図3図3■茎頂部における花成抑制因子も含めたキクの開花の分子メカニズムの詳細).加えて,キクのTFL1相同遺伝子(CsTFL1)を単離し詳細に解析した結果,CsTFL1は茎頂部において日長条件にかかわらず恒常的に発現し,花成抑制活性をもつことが明らかとなった.CsTFL1はCsAFTと同様にCsFDL1と相互作用したことから,フロリゲン複合体と拮抗することにより花成を抑制すると考えられた(9)9) Y. Higuchi & T. Hisamatsu: Plant Sci., 237, 1 (2015)..これらの結果から,キクの厳密な開花応答は,1)日長に応答して葉で誘導される長距離移動性のアンチフロリゲン(AFT)および,2)茎頂部で恒常的に発現する局所的な花成抑制因子(TFL1),による二重の抑制システムにより決まっていると考えられる(図3図3■茎頂部における花成抑制因子も含めたキクの開花の分子メカニズムの詳細).花成抑制的条件下ではAFT/TFL1の二重の抑制システムが機能しているが,花成誘導条件になるとAFTによる抑制は解除され,一方でFTL3の発現が繰り返しの短日に応答して徐々に上昇する.短日に応答したFTL3の発現誘導機構は不明な点が多いが,FTL3–FDL1複合体による正のフィードバック制御機構の存在が示唆されている(10)10) Y. Higuchi, T. Narumi, A. Oda, Y. Nakano, K. Sumitomo, S. Fukai & T. Hisamatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17137 (2013)..高温条件下で引き起こされる開花遅延は,主にFTL3の発現抑制が原因であると考えられ,繰り返しの短日に応答したFTL3遺伝子発現の増幅過程が高温により阻害されると考えられている(11)11) Y. Nakano, Y. Higuchi, K. Sumitomo & T. Hisamatsu: J. Exp. Bot., 64, 909 (2013).図3図3■茎頂部における花成抑制因子も含めたキクの開花の分子メカニズムの詳細).

電照を感知する光受容体と光に敏感な時間帯

キクを含む多くの短日植物では,暗期中断による花成抑制には赤色(R)光が最も有効であり,この抑制効果は直後の遠赤色(FR)光照射によって部分的に打ち消されることから,長らく赤・遠赤色光受容体であるフィトクロム(phy)の関与が示唆されてきた(12, 13)12) B. Thomas & D. Vince-Prue:“Photoperiodism in Plants”, Academic Press, London, 1997.13) K. Sumitomo, Y. Higuchi, K. Aoki, H. Miyamae, A. Oda, M. Ishiwata, M. Yamada, M. Nakayama & T. Hisamatsu: J. Hortic. Sci. Biotechnol., 87, 461 (2012)..実際に,短日植物のイネにおいてはphyBが暗期中断を感知する主要な光受容体であることが報告されている(14)14) R. Ishikawa, S. Tamaki, S. Yokoi, N. Inagaki, T. Shinomura, M. Takano & K. Shimamoto: Plant Cell, 17, 3326 (2005)..キクタニギクPHYB遺伝子(CsPHYB)を単離し機能解析を行った結果,CsPHYBの機能抑制体(CsPHYB-RNAi)は赤色光による暗期中断に低感受となり,極早期に開花した.さらに,CsPHYB-RNAiでは野生型植物と比較して,フロリゲン(CsFTL3)の発現量が上昇し,反対にアンチフロリゲン(CsAFT)の発現量が減少していた(10)10) Y. Higuchi, T. Narumi, A. Oda, Y. Nakano, K. Sumitomo, S. Fukai & T. Hisamatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17137 (2013)..このことから,CsPHYBがキクの暗期中断を感知する主要な光受容体として機能すること,さらに,電照下ではフロリゲンの発現を抑制し,一方でアンチフロリゲンの発現を誘導することにより,積極的に花芽分化を抑制していることが明らかとなった(図3図3■茎頂部における花成抑制因子も含めたキクの開花の分子メカニズムの詳細).

次に,赤色光によるCsAFTの発現誘導に最も効果的な時間帯を解析した結果,明期の長さにかかわらず,暗期開始から一定時間(8~10時間)後に現れることが明らかとなった.この時間帯は,キクタニギクにおいて暗期中断による花成抑制効果が最も高い時間帯と一致していた.また,非24時間周期下における花成反応を解析した結果,キクは明期の長さや明・暗周期の比ではなく,絶対的な暗期の長さを認識していることが明らかになった(10)10) Y. Higuchi, T. Narumi, A. Oda, Y. Nakano, K. Sumitomo, S. Fukai & T. Hisamatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17137 (2013)..これらの結果は,キクは暗期開始(日没)から発動する体内時計によって夜の長さを計測し,日没から一定時間後に光に対して敏感な時間帯(光感受相)が現れるように調節していることを意味している.近年の研究から,シロイヌナズナ(長日植物)およびイネ(短日植物)では,概日時計と外的な光シグナルの相互作用により日長を認識していることが明らかとなっている.これらの植物では,暗期の長さよりもむしろ明期の長さを計測することによりFT遺伝子の発現を調節している(15, 16)15) M. Yanovsky & S. A. Kay: Nature, 419, 308 (2002).16) T. Izawa, T. Oikawa, N. Sugiyama, T. Tanisaka, M. Yano & K. Shimamoto: Genes Dev., 16, 2006 (2002)..一方で,絶対的短日植物のアサガオではキクと同様に,暗期の継続時間を認識していることが報告されている(7)7) R. Hayama, B. Aagashe, E. Luley, R. King & G. Coupland: Plant Cell, 19, 2988 (2007)..これらの結果は,植物ごとに概日時計の同調機構が異なっており,明期や暗期の認識機構もさまざまであることを示している.最近になって,キクタニギクから概日時計構成遺伝子であるLATE ELONGATED HYPOCOTYLLHY)の相同遺伝子(CsLHY)が単離された.形質転換体を用いた機能解析の結果から,CsLHYはフロリゲンおよびアンチフロリゲン遺伝子の発現制御に関与することが示唆された(17)17) A. Oda, Y. Higuchi & T. Hisamatsu: Plant Sci., 259, 86 (2017)..今後,ほかの概日時計関連遺伝子と合わせてキクの暗期長認識への関与が明らかになることが期待される.

キクの電照栽培技術への応用

キクタニギクで明らかとなった開花制御メカニズムの知見は,キクの営利生産において新たな電照栽培技術の開発に直結する可能性を秘めている.たとえば,CsAFTの光誘導相が,日没から一定時間後に現れるという発見は,電照時間帯を最適化するうえで重要な意味をもっている.これまで多くの短日植物と同様,キクの暗期中断が最も効果的な時間帯は暗期の中央付近とされ,慣行の電照菊栽培でも午前0時を中心として4~5時間程度の電照方法が広く普及している(図4図4■新しい省エネルギー型電照方法の提案).一方で,栽培ギクにおいて電照時間帯と花芽分化抑制効果の関係を詳細に調べ直してみると,電照効果が最も高い時間帯は暗期の中心ではなく,暗期の後半に現れることが明らかとなった.秋ギク系の主力品種‘神馬’では,電照効果の最も高い時間帯(NB-max)はアンチフロリゲンの光誘導相と同様に,昼の長さにかかわらず日没から一定(9~10)時間後に現れること,さらに,NB-maxは品種ごとの限界暗期長と関連があることが明らかとなった(18)18) 白山竜次,郡山啓作:園学研,12, 427 (2013)..これらの結果は,野生ギクで得られた知見が栽培ギクにも適用可能であること,さらに,慣行の電照栽培では電照のタイミングが最も効果的な時間帯から僅かに外れている可能性を示している.今後は,季節によって変動する日没からの経過時間を考慮することにより,電照のタイミングや照射時間を最適化したより効果的で省エネルギー型の電照栽培技術が普及していくことが期待される(図4図4■新しい省エネルギー型電照方法の提案).

図4■新しい省エネルギー型電照方法の提案

アンチフロリゲンの発現誘導に最も効果的な時間帯は,暗期開始から一定時間(8~10時間)後に現れる.赤い点線はAFTの光誘導相を示す.

おわりに

本稿で紹介したキクを含め,極めて多様な品目・品種が存在する園芸作物は,色や形,生育特性などあらゆる表現型を解析するうえで研究テーマの宝庫と言える.しかし,ゲノム情報や分子生物学的解析ツールの不足などの問題から,分子機構の解明はこれまで進んでいなかった.近年,次世代型シークエンサーの急速な普及・低コスト化により,キクを含めた個別の園芸作物においてゲノム配列や発現遺伝子情報を網羅的に取得することが比較的容易となっている.また,CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術の開発により,形質転換が可能な植物についてはゲノム中の任意の遺伝子を破壊または改変することが可能となっている.今後は,モデル植物で明らかとなった知見と個別の園芸作物がもつ遺伝資源,およびそれらのゲノム情報を活用することにより,新品種の育種が飛躍的に加速するものと考えられる.基礎研究から明らかとなった科学的知見を従来型の交雑育種の効率化に応用しつつ,ゲノム編集などの先進的な技術も積極的に取り入れることにより,これまでにない画期的な新品種が生み出されることを期待している.

Reference

1) M. Shibata & J. Kawata: Development of new technology for identification and classification of the tree and ornamentals, Fruit Tree Research Station, MAFF. p. 41–45 1986.

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4) 農林水産省:花き卸売市場調査.平成20年花き流通統計調査報告.主要卸売市場の年間・月別卸売数量,卸売価額および卸売価格.切り花類.http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001062146

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10) Y. Higuchi, T. Narumi, A. Oda, Y. Nakano, K. Sumitomo, S. Fukai & T. Hisamatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17137 (2013).

11) Y. Nakano, Y. Higuchi, K. Sumitomo & T. Hisamatsu: J. Exp. Bot., 64, 909 (2013).

12) B. Thomas & D. Vince-Prue:“Photoperiodism in Plants”, Academic Press, London, 1997.

13) K. Sumitomo, Y. Higuchi, K. Aoki, H. Miyamae, A. Oda, M. Ishiwata, M. Yamada, M. Nakayama & T. Hisamatsu: J. Hortic. Sci. Biotechnol., 87, 461 (2012).

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15) M. Yanovsky & S. A. Kay: Nature, 419, 308 (2002).

16) T. Izawa, T. Oikawa, N. Sugiyama, T. Tanisaka, M. Yano & K. Shimamoto: Genes Dev., 16, 2006 (2002).

17) A. Oda, Y. Higuchi & T. Hisamatsu: Plant Sci., 259, 86 (2017).

18) 白山竜次,郡山啓作:園学研,12, 427 (2013).